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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
魔王編
52/169

撃墜【part紫】

「おー……本当に防ぎやがった。つくづく人間やめてるな」

 主砲発射後。さくっと砲台を破壊した疾は、砲台の穴から下を見下ろして呆れ気味に独りごちた。

 地形が変わるどころか街ごと消し飛ばして余りある魔力砲を防ぐなど、人ひとりでこなせる業じゃない。現に、4家の術者総動員して作られた結界はパリッと割られた。減衰すらしなかったので、ほぼノワール単独での防御だ。

 しかも、見る限りまだ魔術を維持している。あれでも魔力切れは起こしていないらしい、化け物か。

「あれとやり合うのは面白いが……本気で敵対したら骨が折れるじゃ済まない、か」

 軽く目を眇め、疾は微かに口元を歪めた。

 いつか来る衝突は、おそらく疾の方が不利だ。伸びしろを見せようともしないノワールに正面衝突する怖さは、以前にガチの殺し合いをした疾はよーく知っている。

「どーにか懐柔する方法とかねえかな……あいつ仕事くそ真面目だからな……。弱みでも握るか……? でもあの野郎に弱みとかな……上手くカバーしてるし。罠に嵌めるのも難しいよな」

 ぶつぶつと呟きつつ、砲台の部品を使って手際よく壁に魔法陣を刻んでいく。基本の円形魔法陣だけでなく、正方形、正六角形、正八角形など、多才な図形を壁一杯に記していった。

「チビガキを使う……駄目だな、ある意味ノワールより扱いにくい。道化はこういう時には全く役立たずの保護者だしな……身内は無理か」

 ある程度壁が図形で埋まると、今度は図形の合間に更に文字や奇妙な線形を刻む。次第に全体像が複雑になっていくが、疾の手は鈍らない。

「あいつに恨みを持ってる奴は掃いて捨てるほどいるが、大体が敵だしなあ。敵の敵は味方ってほど強え奴いねえし、つうか雑魚だし。魔法士幹部に接触するのは時間とリスクがな」

 大きく腕を伸ばして、壁の端まで文字を刻む。1歩下がって全体像を眺め、疾は床に円形魔法陣を刻み始めた。

「道具になってくれそうな駒で、それなりにノワールに対して影響のありそうな奴……お、そういや」

 手を止めて、疾はにやりと笑う。銃を構え、上下左右に抗魔の弾を撃ち込んだ。弾は、壁に僅かにめりこんだ所で消滅する。

「瀧宮羽黒、そして使役された吸血鬼。戦力としても、あの曲者度合いも有用そうだ。どーにかあいつを操作できねえかな……雑貨屋なんでもやとか言ってたし、最終手段は依頼だな。ビジネスならそこそこ信頼できそうだ」

 銃弾がめりこんだ所に、ポケットから取り出した魔石を埋め込む。緩やかに刻んだ壁一面の魔法陣へと魔力を流し込み始めたのを確認して、疾は更に床の魔法陣に銃を向ける。今度は魔力の弾を撃ち込んで、魔法陣に組み込んだ魔術を発動させた。

「さて、残り時間は5分未満。頑張って逃げろよ、ギリだと巻き込まれるぜ」

 未だ戦っている音の聞こえる遥か後方に向けて言って、疾は踵を返して歩き出す。目指すは機関部だ。

 この戦艦は、機関部から外壁や梁に沿って魔力を流し、この巨体を浮かせている。更に防御結界などの起点も同じ。盛大に破壊したから魔術は破綻しており、主砲も破壊した。もはやただの飛行船だが、壁が魔力回路になっているのには変わりない。

 そこに、複雑極まりない魔法陣が質の違う魔力で発動する。特に頑丈な主砲のある部屋の壁だ、残った壁や梁を介して魔術は魔力回路を通して満遍なく効果を発揮してくれることだろう。

 しかも疾の用意した魔石はさして質も良くない為、残っていた浮遊魔術の魔力と盛大に喧嘩するだろう。現にもう微振動が始まっている。

 このまま放っておいても確実に墜落するだろうが、それでは疾が面白くない。だからこそ、機関部からも干渉しようと足を向けているのだ。

 足取りも軽く機関室に向かう疾に、セキから連絡が入った。どうやら、捕虜をハクが回収したようだ。今は彼らを街へと下ろしているらしい。

「あっそ。じゃ、セキは早いとこ戦艦の前の方に飛んでこい。あと3分で離脱するから拾え。はあ? 短い? 神獣ともあろう奴が、ここまで飛んでくるのに3分もかけるな。早くしろよ」

 返事も待たず会話を打ち切った。これで離脱の準備も万全、後は墜落に全力を尽くすのみ。

「こんなデカい戦艦を堕とす機会なんて、そうねえからな。折角だ、派手にいくぜ」

 そう言って疾は、ゆるりと口の端を上げた。


***


 防御魔術の維持に意識を向けていたノワールは、ふと嫌な予感を覚えて空を仰ぐ。巨大な戦艦が目に入り、僅かに口元を引き攣らせた。

「あの馬鹿どもが……!」

 戦艦はふらふらと頼りなく揺れていて、浮遊を維持するのもやっとという状態だ。しかも時間が経つ程に揺れは大きくなってきていて、いつ墜落してもおかしくない。

 折角ノワールが被害を最小限にした、街の真上に、だ。

「ああ、くそっ……」

 悪態を吐き捨てつつも戦艦を受け止める為の魔術を構築し始めたその時。


 ——ボンッ!


 小さな爆発音を立てて、戦艦から炎が膨れあがる。


「なっ」


 ——ボンッ! ボンッ! ボンッ! ボンッ!

 

 思わずノワールが声を上げて硬直した僅かな時間にも、戦艦は次々と火を吹き上げていく。

「っくそっ、せめて爆発は止めろ馬鹿が」

 災厄を呼び込んだ当事者に悪態を吐き捨て、ノワールは構築しかけていた魔術に対火対物効果を編み込んでいく。幹部の名に恥じない驚異的な速度で魔法陣が編み上げられていくが、


 ——ドォオオオオオオオオオン!!!!


 ほとんど火に包まれていた戦艦が大爆発を起こす方が先だった。

「ちっ……!」

 魔術を破棄して、防御魔術に意識を集中する。馬鹿みたいな質量だが、何とか残った魔力で防げるはずだ。多分。

 力業で爆破の影響と戦艦のなれの果てを受け止める——という無茶は、ノワールにとっては幸いなことに、せずにすんだ。


 戦艦の真下に、巨大魔法陣が浮かび上がる。


「あれは……」

 眉を寄せたノワールが目を凝らす先で、魔法陣はくるくると回り出した。その周囲を、光り輝く文字が飛び交い、魔法陣に吸い込まれていく。

「魔導書……準備していたのか」

 呟いたノワールは、小さく息を吐きだした。

 やがて魔法陣は文字と同じ光を帯び、柔らかく戦艦を包み込んだ。ゆっくりと、戦艦を覆っていた炎が小さくなっていく。

 ほぼ同時に、戦艦は北の方へと移動を始めた。

「北は……成る程、海か」

「そういう事。ゆっくり下ろせば高波の心配もないしね」

 独り言に返事がついたが、ノワールは驚かない。魔術が発動している以上、居場所の同定は容易い。

「久々だね、管理者殿」

「そうだな」

 ノワールが振り返ると、そこには和服姿の女性がシニカルな笑みを浮かべていた。

「『魔女』……いや、吉祥寺次期当主と呼んだ方がいいか?」

「『魔女』で良いよ。次期なんて肩書きに何の意味も無い」

 苦笑して応じた『魔女』は、表情を改める。

「改めて、お礼申し上げる。我々の力不足にも関わらず、この街を救ってくれたこと。ノワールには、感謝してもしきれない」

「感謝はどうでもいいが、自分達のことくらいどうにかしろ」

「手厳しいなあ、相手は魔王だよ?」

 また苦笑を滲ませ、『魔女』は言う。

「とはいえ、約定を守ろうとしてくれたのは助かるんだけどね。この街は貴方達の干渉は受けない。保護も求めない。そう言ったのはこっちだ、寧ろ手を貸してくれたことが意外だったよ」

「対価は後で請求する」

 ノワールは素っ気なく返した。そもそもは手を貸すつもりなど全くなかったのだ、礼を受けとる気はない。ただ、動いたからには利益が欲しいわけで。

「これは、俺が受けた『魔女』からの個人的な・・・・依頼だ。魔法士協会は徹頭徹尾今回の騒ぎに関わっていない。だから当然、お前から相応の額を貰う」

 『魔女』が目を見開いた。それはそうだろう、彼女にとって——『吉祥寺』にとって、この上なく都合の良い申し出だ。

 過去に何らかの確執があったらしく、この世界の中でも特に、この街はノワールの属す魔法士協会の干渉を嫌う。管理者という、世界に影響を及ぼしてはならない立場にあって更に関わりを拒絶され、しかし監視は外せない。それがこの土地に対するノワールのスタンスだ。

 それを破ってノワールが成し遂げた魔術は、協会にとって良い口実になる。干渉の再開すら可能だが、それを回避した。

「……随分と人の好い真似をするね? どういう心境の変化かな」

「……別に」

 すい、と視線を逸らす。別に、かの協会が目の仇にしてる天敵2人と関わったからではない。彼らの個人的な知り合いが、たまたま防御魔術に詳しかっただけ。その人物がたまたま『魔女』とも知り合いだったから、こうして個人的な依頼の報酬を要求していると、ただそれだけなのである。

 だから、決して、

「魔法士協会は、約定通り、魔法士を1人も動かさなかった。それで良いだろう」

 その方が都合が良いからではない。

「……そういえば協会って研究も盛んらしいけど、もしかしてあの男」

「俺は何も知らん」

「分かった。私も何も知らない」

 くすくす笑いながらも、どこか真剣に『魔女』が応じた。どうやら既に何事か衝突した後らしい。理解が早くて助かる。

「金策が大変だから、ちょっと支払いまで時間かかるかもしれないけど。値切りはしないから、適正価格請求してね」

「言われるまでもない。後で請求書は回す」

「分かった。じゃあ、また後日」

 ひらりと手を振って『魔女』が歩き去った。

 1つ息をつき、ノワールは改めて頭上を見上げる。爆発の余波も落ち着いた暁の空に目を凝らせば、鳥にしては大きな影がゆっくりと空を過ぎる。暗闇が視界の妨げにならないノワールには、それが何なのかはっきりと見えた。

 ノワールは片目を眇め、おもむろにその影を指差した。


***


「あー……ほんっとあのクソガキ、無茶苦茶だな」

 パラシュートなしスカイダイビング真っ最中の羽黒は、そう言って苦笑いを浮かべた。

 ムラヴェイとのバトル中に突如振動を始めた戦艦は、あれよあれよというまに飛行機能を失っていった。ムラヴェイは真っ青になり「戦艦が……姫様……姫様……」などとぶつぶつ呟きながら夢遊病者のように機関部へ歩き去った。戦艦と運命を共にしたいならどうぞご自由に。

 勿論羽黒は巻き添えお断りなので、さっさと離脱を開始した羽黒だったが、予想外の出来事が2つ。1つは虎がいなくなっていた上、疾の姿が遥か遠くに見えたこと。もう1つは羽黒が離脱を開始したとほぼ時を同じくして、戦艦が次々と火を吹き始めたこと。

 離脱手段を考える暇も無かった。慌てて全力で飛んだら、背後で大爆発。一歩遅かったら流石にどうなっていたか分からない。

 羽黒すれすれを落ちていった戦艦は魔法陣に受け止められたので、街の心配がいらないのは何よりだが。

「……全治1ヵ月……いや、もっとか?」

 いくら何でもこの高度からの自由落下は龍麟があっても軽く重傷、下手したら死ぬ。だがそれは困る。向こう10日ほど埋め尽くされている仕事のスケジュールは待ってくれないし、死んだら妹二人に殺される。それは嫌だ。

「せめて離脱手段くらい残せよ、ったく……」

 さてどうするかと羽黒は考えを巡らせたが、それは杞憂に終わった。

「楽しそうなことをしていましたね」

 わざとらしく拗ねた声の持ち主が、羽黒を優しく受け止める。

「お、もみじごくろーさん」

「疲れました。いきなり黒い炎に巻き込まれますし、慌てて逃げていたら殺気を向けられますし」

「あー……あいつ挑発してたのか。よく我慢したな」

「本当に。消耗していなければ、是非受けて立ちました」

「おう、街が消えるからやめとけな」

 ぷすっと頬を膨らませるもみじに、羽黒は苦笑した。もみじとノワールの正面衝突など、冗談抜きに街が消えかねない。

「……それはそうと、この体勢やめね?」

 羽黒を横抱きにして宙空に滞在するもみじに訴える。流石にこの体勢はちょっと恥ずかしい。

「嫌です」

「…………」

 が、ご満悦そうに抱える腕に力を入れるもみじに口を閉じる羽目になる。何か言ったら唇から精気を持っていかれそうだ。

「……ま、いいか。取り敢えず街の危険は去ったと見なして良さそうだ。あとは西の山か?」

「はい。白羽さんは大丈夫でしょうか?」

 西の方からは禍々しい気配が立ち上っている。轟音も聞こえるから、戦闘中だろう。

「賢妹なら上手くやるだろ。心配するとすれば、あの騒ぎに乱入してしっちゃかめっちゃかにしていないかってーところだな」

「ふふ、そうなったらきちんとお説教しなければなりませんね、お兄様」

「まったく、手のかかる妹の兄貴も楽じゃねえ」

 くつくつ笑う羽黒に、もみじも笑う。このまま2人での時間を楽しんでいようかと考え――どこからか飛んできた火の玉を手で打ち払った。

「アイツまだじゃれる気かよ。若いねえ」

 火の玉の飛んできた方向に呆れた視線を向ける。遥か情報からでは姿は確認できないが、こんな事をするのはノワールしかいまい。

「羽黒のお許しが出るならお相手しますが――」

「やめとけやめとけ、手出しできない八つ当たりでしかねえんだから。今回は何もしてこないさ」

 不敵な笑みを浮かべて断言する。それを見たもみじが首を傾げた。

「そうでしょうか? 私の目には、物凄い数の魔法陣が視えるのですが……」

「あ? ……って、うぉおお!?」

 先程より更に速い速度で飛んできた火の玉を、羽黒は慌てて打ち払う。龍麟越しだというのに、じゅうと肉の焦げる音がした。

「あっつ!? アイツマジになってきてないか……っておい!」

 もみじの腕の中から身を乗り出すようにした羽黒は、地上から吹き上がる無数の光線に顔を引き攣らせた。光線1つ1つから、馬鹿みたいな魔力を感じる。

「まだあんなに魔力残ってるのかよ……てか本気かあの弟子。まだ後始末残ってるっつうの」

「羽黒」

「全力で回避! もみじ頼む!」

「……分かりました」

 2人はしばらく、地上からの砲撃を戦闘機並の曲芸飛行で避け続けた。

疾「お、バレルロール。木の葉落としに……凄え、垂直上昇。あれG半端ねえって聞いたけど、頑丈だなーあいつら」

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