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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
魔王編
50/169

憤激の魔王【part夙】

 白いテーブルに白い椅子。やはり白いティーカップに白いポットから香り豊かなハーブティーが注がれる。

 人間のように二足歩行する白蟻は器用にハーブティーを注ぎ終えると、恭しく一礼して後ろへ下がった。入れ替わりに別の白蟻が木片の乗せられた皿をテーブルに置く。

 木片は目の前で半壊している建物――『異世界邸』を構築していた柱の一部である。

 あちこちから響き渡る心地よい戦闘の音をBGMに、『白蟻の魔王』フォルミーカ・ブランはナイフで木片を切り分け、フォークに刺して口へと運んだ。

 大変美味ではある。

 今まで食べてきたどんな人工物よりも――あの『こんくりぃと』などよりも遥かに美味い。微量の魔力が含まれているからだろうか。口の中で蕩けるように柔らかいのに、しっかりとした歯応えもあって、噛めば噛むほど溢れ出る旨味が味覚を大いに刺激する。お気に入りのハーブティーとの相性もよく、気を抜けば美味しさのあまり昇天してしまいそうだ。

 平時ならば。

「最悪ですわ……」

 こんなに美味しい食べ物を素直に感動しつついただけないなど、『最悪』以外になんと表現できようか。


 ロウとトードが早々に討ち取られた。

 人間ごときに次空艦への侵入を許してしまった。

 胸に穴が空いたような喪失感は〈マザー〉を失ったからだろう。麓から立ち上った、夜でもはっきりと視認できた黒い炎。〈マザー〉を破壊したのは『黒き劫火の魔王』か。

 ムラヴェイが主砲を撃ったようだが、街は健在。不発ではなく、防がれた。

 そして先程、ナラクの魔力が消失し、ここに来てようやく守護者と思われる力を感じた。


 勇者の誕生だ。


 邸での戦闘をパイセとアーマイゼに引き継がせ、そちらにはヴァイスを向かわせた。この異常なまでに抵抗力の強い世界の勇者ともなれば、恐らくヴァイスでないと対処できないからだ。

 木片を口にする。

 美味しいのに、味わえない。

 苛立ちが募る。この『白蟻の魔王』の軍勢を持ってして、街一つ落とせない現実に不快指数メーターがマッハで振り切れる。

 ピキリ、と。

 ティーカップに罅割れが走った。


        * * *


 蟻天将・ヴァイスが戦線を離脱したことで戦いが楽になったかと思えば、実際のところそうでもなかった。

「チクショウ!? なんなんだコイツは!?」

 竜神が上空から放射する火炎のブレスを、フードを被った蟻天将は紙一重でかわした。熱風でフードが捲れ、白髪紅眼の美男子の素顔が露わになる。人間を基準に置くと異常なまでの色白の肌。二房の触覚。背中から生えた楕円形で半透明の翅。その両腕は刃状に変化しており、人型ではあるが決して人間ではないことを明確に表している。

(それがし)の名はパイセ。我が姫君、フォルミーカ様に仕えし蟻天将なり」

 物々しく名乗りを挙げると、蟻天将・パイセは翅を広げて飛び上がり、竜神のブレスを掻い潜って切迫した。

 振り下ろされた刃を竜神は腕の鱗で受け止め、至近距離から劫炎を噴きつける。が、パイセは少し体を横へずらしただけでかわしてしまった。

「くっそ、俺のブレスが当たらねえ!? 別に動きが速えわけでもねえのになんで避けられるんだ!?」

「そこを退くのであるトカゲ殿!」

 吐き捨てた竜神に下から声がかけられる。

 瞬間、地上からも灼熱の炎が噴き上がった。竜神とパイセはお互いを弾き合うようにして炎を回避する。

「てめえワン公!? 俺ごと焼くつもりか!? つか誰がトカゲだぶっ飛ばすぞ!?」

「警告はしたのである! というか貴様に炎は効かぬであろう!」

 地上からマンモス級チワワのジョンが吠える。

「てめえ、そういや自分を魔族っつってたよな? だったらこいつらとオトモダチじゃねえのか?」

「馬鹿なことを。吾輩はノルデンショルド地下大迷宮第一階層支配者(フロアマスター)――〈鮮血の番狼〉! 吾輩の主君は『迷宮の魔王』であり、吾輩の友は他の階層支配者フロアマスターたちだけである! あのような虫けらごときと一緒にしないでほしいのである! だいたい魔族というものは一人の魔王の――」

「わーったわーった! もういいから吠えんな! 俺が悪かったよ!」

 長々とどうでもいい説教が始まりそうだったので竜神の方から打ち切った。今は戦闘中。それも油断のできない相手だ。お喋りなんてしている余裕は――

「余所見とは余裕。その首、頂戴する」

「チィッ!」

 ない。

 いつの間にか背後に出現したパイセが両腕の刃で挟撃する。首を刎ねんと迫るそれらは、恐らく鱗だけでは防げない。

 ガキィン! と金属音が響いた。

「いいですね。さっきの人も強者でしたが、あなたもなかなかお強いです。人間でないのが残念ですが、それはそれとして楽しくなってきました!」

 竜神とパイセの間に死神のような大鎌が割り込んで攻撃を防いでいた。その大鎌を持つ白銀のドレスアーマーを纏った戦乙女は、実に楽しそうに上がったテンションで頬を上気させていた。

 大鎌を捻ってパイセを弾き、そのまま一瞬で接近して大上段から振り下ろす。パイセは腕の刃をクロスさせて防御したが、衝撃を殺し切れず砲弾のような勢いで地上へと打ち落とされた。

「た、助かったぜ、ヴァルキリーの姉ちゃん」

 危なく首ちょんぱされるところだった竜神が礼を言うが、ジークルーネは声が聞こえないどころか竜神の姿すら眼中になく地上を見詰めていた。

「えへへ、わかってますよ。このくらいで倒されるわけないですよね」

 空中を蹴って急降下。土煙が立ち昇る中心へとなんの躊躇いもなく突撃する。

 再び、刃の打ち合う金属音。

 一回二回ではない。激しく打ち合わされる刃は旋風を巻き起こして土煙を吹き飛ばした。近くにいた白蟻兵たちも衝撃に巻き込まれて無残にも散っていく。

「凄いですね。全部見切られちゃってます。なにか力を使っているのですか?」

「愚問。某は戦闘において身体能力以外の力を使うことを嫌う。(うぬ)もそうであると見受けるが?」

 パイセは触覚をピコピコ動かしてジークルーネの大鎌をかわし、腕の刃で首を狙って斬りつける。ジークルーネも驚異的な身体能力でその一撃をかわしたが、ピッと頬に一本の赤い線が刻まれた。

「そうですね。私もお仕事じゃなければ戦乙女の能力は使わないようにしています。だってその方が楽しいですから」

 ピクリとパイセの触覚が反応し、翅を広げて飛び上がる。一瞬後、鋭い回し蹴りが宙空を薙いだ。

「ふむ、あまりに避けられるので予知能力でもあるのかと思いましたが……」

 蹴りを放った老紳士は、上空に浮かぶパイセを見上げて片眼鏡をくいっと持ち上げた。

「察するに、その触覚が有する〝超感覚〟でしょうか?」

「某に隠すつもりはない。知ったところで汝らに対処は不能」

「はてさて、それはどうでございましょうか?」

 老紳士――ウィリアムは慇懃に答えてから魔法を発動させようと白手袋を嵌め直す。だがその前に大鎌の刃が首筋にあてられた。

 不満そうに唇を尖らせたジークルーネだ。

「せっかくいいところだったのに邪魔をしないでください、おじいちゃん」

「これは試合ではなく戦争でございます、お嬢様。あとで貴文様と戦える方法をお教えいたしますので、どうかお許しを」

「うーん、そういうことなら仕方ありま――って前もそう言われて結局教えてもらってない気がします!?」

 と、上空で強大な魔力が高まるのを二人は感じた。

「戦いの最中ぞ。無駄な話をしたいのであれば消えよ」

 次の瞬間、白く怪しく発光する魔力の刃が降り注いてきた。ジークルーネはバックステップで、ウィリアムは夜の闇にとぷんと潜ってその場から離れる。魔力の刃は空気を斬り裂いて地面に深々と爪痕を残した。

 その時だった。

 鈍い音が響き、邸の方から木材の破片と共になにかが吹っ飛んできた。

「む?」

 ピコッと触覚を揺らして感知したパイセは翅を畳んで地面に降りる。丁度その目の前に、双剣を握った人間の男が空中で器用に体勢を立て直して着地した。

「アーマイゼか。邸の中にいた連中はどうした?」

「……逃げられた。追って殺す」

「待て」

 すぐに駆け出そうとする男――の体に寄生している蟻天将・アーマイゼをパイセは呼び止める。

「先にこちらを片づけよ。これ以上長引かせれば姫様のお怒りを買う」

「御意」

「某はあの大鎌の女を殺す。この場では奴が恐らく最も強い。汝は他の者を」

「御意」

 頷き合うと、アーマイゼはチワワと竜神を濁った瞳に捉えて疾走した。パイセも魔力の斬撃波をかわした戦乙女に視線をやり――

「行くぞ」

 力強く地面を蹴り出した。


        * * *


「蟻天将・アーマイゼ――参る」

 神速で間合いを詰めたアーマイゼが振るった双剣を、竜神は自慢の鱗で受け止めた。だがアーマイゼの双剣は鱗に弾かれることはなく、バターのように容易く刃を喰い込ませる。

 咄嗟に竜神は腕を振るってアーマイゼを薙ぎ飛ばした。鱗の斬られた部分から赤い血が滴る。

「なんつー切れ味の剣だ。つかあいつ、人間か?」

「あの男の胸をよく見るのである」

「俺にそんな趣味はねえぞ」

「違うのである! あの左胸の傷痕……恐らく寄生系の魔族である。どこかの世界の強い人間に取りついて戦っているのであろう」

 再度こちらに突撃しようとするアーマイゼを、竜神が近くに落ちていた邸の柱を振り回して牽制する。

「体は人間ってことか? じゃあ話は早え。脆い人間なんざ俺様のブレスでイチコロよ」

「これだから低能なトカゲは嫌なのである」

「ああん?」

「奴が握っている剣に守護者の力を感じるのである。つまりあの宿主は勇者。本来、吾輩たち魔族の天敵である」

 しかも守護者の力が働いているということは、宿主は死体ではない。まだ生きている。だからと言って敵であるのなら関係はないのだが……。

「勇者がこえーのか? だったら下がってろワン公! 俺は魔族じゃねえから全然怖くねえぞ」

「フン! 勇者が怖くてノルデンショルド地下大迷宮の階層支配者(フロアマスター)は務まらないのである!」

 アーマイゼが振り回されていた柱に飛び乗り、双剣を閃かせて一気に駆け寄ってくる。

「……死ね」

「その心臓ごと抉り取ってくれるのである!」

 ジョンの爪が的確に心臓を狙う。アーマイゼは身軽に体を捻ってかわすと、その爪を根元辺りからバッサリと斬り落とした。

 怯んだジョンの巨体の陰から竜神が飛び出して拳を振るう。炎を纏った拳はアーマイゼの顔面を捉えると、放物線を描いて殴り飛ばした。

「ハハッ! こんな奴、うちの管理人に比べりゃ屁でもねえぜ!」

 余裕の笑みが竜顔に刻まれる。だが敵もそこまで雑魚ではない。最初のヴァイスという蟻天将ほどではないにせよ、パイセと同等の力は持っている。

 空中で一回転したアーマイゼの魔力が極端に跳ね上がる。

 総毛立つほどの魔力の気配に竜神とジョンが思わず一歩引き下がった次の瞬間、アーマイゼの双剣から光の波動が射出された。

「ぐおっ!?」

「きゃうん!?」

 光の波動は竜神とジョンを撥ね飛ばし、異世界邸を貫通して裏手の山で爆発する。

「この力、宿主を強化しているのであるか!?」

 ただの人間ならいつか必ず壊れる。だが、それが勇者であるならどのくらい強化されてしまうのか未知数だ。

 光が双剣の刃を包んだまま、アーマイゼは疾駆する。一鼓動の内に竜神に切迫し、その鱗の鎧を縦横に斬り裂いた。

「ぐっ……まだだ、こんなもん!!」

 血を噴き出すも踏み止まり、竜神はアーマイゼの頭を鷲掴みにする。それからブレスを吐こうと大口を開くも、その顎を蹴り上げられて口内で火炎が暴発した。

 アーマイゼの双剣が閃く。

 刹那――とぷん、と夜の闇から竜神を庇うようにウィリアムが出現した。

「助太刀いたしますぞ!」

 老紳士は手袋を翳す。魔法が発動し、光の乱反射がアーマイゼの目を眩ます。

「竜神様、今でございます」

 再び影の中に身を潜めるウィリアムに代わり、竜神はニヤリと笑った。


「よっしゃ! 最大出力でぶっ放してやんよ!」


 ドラゴンブレス。

 特大の火炎流に呑み込まれたアーマイゼは、黒い塊となって煙の尾を引きながら彼方へと消えていった。


        * * *


 甲高い剣戟音が断続的に響き渡る。

 蟻天将・パイセと戦乙女・ジークルーネは、もはや何度目かもわからない衝突を繰り返していた。

「血湧き肉躍る……こんな戦いを私は待っていました!」

「某と刃を交えてそこまで嬉しげ顔をする者は汝が初めてなり」

 腕の刃と大鎌が交差する。

「某も汝のような強者と戦えて気が高ぶってきた。しかし、そろそろ矜持を曲げる必要があろう」

「なんの話ですか?」

「汝は言った。仕事でなければ能力は使わない。ならば仕事では能力を使うということ。それは某も同じ」

 大鎌を弾き、パイセは後ろへ飛ぶ。


「今より、汝との戦いを仕事と看做そう」


 瞬間、パイセの姿が()()()

「――ッ!?」

 斬! と。

 ジークルーネの背中に熱いなにかが走った。

「かはっ!?」

 夥しい量の鮮血が噴き出す。白銀のドレスアーマーが赤く染まっていく。堪らず膝をついたジークルーネにどこからともなく声がかかった。

「某は蟻天将・パイセ。姫様より与えられし本来の役割は――暗殺なり」

 次は首筋を斬り裂かれる。背中への一撃もそうだが、斬られたと同時にほとんど反射で身を引いていなければ間違いなく切断されていただろう。

「どこですか? 出てきて私と戦ってください!」

「探しても無駄だ。某の姿が消えたわけではない」

 声は聞こえる。しかしパイセの姿は見えない。

「汝が某を認識できなくなっただけ」

 胸部プレートが砕ける。心臓を一突きされそうだったが、それもジークルーネは天賦の反射神経で致命傷を防いだ。

「くぅ……!?」

 だが、それも長くは続かない。致命傷を避けはするも、斬り裂かれ続ければ戦乙女といえどやがて力尽きる。

 斬られる度に鎧が砕かれ、服が裂け、流れた血が地面に吸い込まれていく。

「こんなの……こんな戦いは楽しくありませんッ!」

 叫んだジークルーネは、我武者羅に大鎌を振り回した。

 すると――金属音。

 偶然にもパイセの刃に当たった。

「……運のいい」

 音がした場所を大鎌で薙ぎ払っても既にパイセはそこにはいない。ヒュンと大気を裂いて空振りに終わる。

 そのはずだった。

 またしても、金属音。

 それが次も、次も、その次も――ジークルーネが大鎌を振るう度にパイセを確実に捉えるようになっていく。

「ぬ? 次第に勘がよくなっているだと……?」

 驚愕の声に、俯いたジークルーネは肩で息をしながら軽く笑った。

「えへへ……このまま私が負けちゃうと、オーディン様に怒られてしまいますからね」

 顔を上げ、紅蓮の瞳で虚空を睥睨する。

「仕事ではありませんが、私も本気にならざるを得ません!」

 そこへ、大鎌を大きく振り被り――ぶん投げた。

「ぐぬっ!?」

 回転しながら投擲された大鎌がなにかを斬り裂いた。ジークルーネにはなにも見えない空間からブシャアッと白蟻の血が噴霧する。

「戦乙女とは運命を操り、英雄を戦死させ、ヴァルハラへと導く存在です」

 ブーメランのように戻ってきた大鎌をキャッチし、ジークルーネは勝ち誇ったように胸を張って告げる。

「いくら私の認識を阻害しようと、いくら触覚の超感覚を用いようと、死の運命があなたを逃がしません」

 パイセがどこにいるのか未だにわからない。だが、わかる必要はない。大鎌をテキトーに薙げば斬られる。それが今のパイセの『運命』なのだ。

「終わりです」

 確かな手応えが大鎌を通して伝わる。

「……天晴なり」

 ようやく姿を認識できたパイセは、胴から真っ二つに両断されていた。

「せっかく楽しい戦いができると思っていたのに、残念です」

 魔力の粒子となって消えていくパイセを見下ろしながら、ジークルーネは溜息を零すのだった。


        * * *


 アーマイゼが倒された。


 ピキリ。


 パイセも消滅した。


 ピキリ。


 そして丁度今、ヴァイスの魔力を感じなくなった。


 パリン。


 ティーカップが砕ける音が、静かに異世界邸の片隅で響いた。


        * * *


「おう、姉ちゃん。そっちも終わったみたいだな」

「非常に不愉快な戦いでした。これは後で貴文様に慰めていただかないといけませんね。えへへ♪」

「……この娘、血塗れなのに元気そうである」

 体中からピューっと血を吹きながら恍惚とした表情でなにやら妄想しているジークルーネに、竜神とジョンは顔を見合わせて肩を竦めた。

 そこにウィリアムが周囲を警戒しながら歩み寄ってくる。

「皆様、まだ終わってはおりません。白蟻の魔物が残っていますし、それに――」


「わたくしが、いますものね」


「「「「――ッ!?」」」」

 ふわり、と四人の中心に純白のドレスを纏った少女が舞い降りた。

 彼女は差していた日傘を畳むと、その先端をジークルーネに、もう片方の掌を竜神に翳した。

「「え?」」

 呆けるのも束の間、傘の先端と掌から放たれた白い魔力砲が山を削り取る勢いで二人を呑み込んだ。

 抉り取られた地面の彼方で、ジークルーネと竜神は倒れ、ピクピクと痙攣する。

「あらあら? 二分したとはいえ、わたくしの魔力砲で原形を留めるどころか息があるだなんて……本当に腹立たしい世界の連中ですわ!」

 怒気が不可視の衝撃となって荒れ狂う。吹き飛ばされそうになるのを必死に堪えて、ウィリアムは『白蟻の魔王』へと言葉を投げる。

「どうやら向こうでも旦那様が勝利なされたご様子。白蟻のお嬢様、あなた様の幹部は全て倒しました。大人しく退き下がってはいただけないでしょうか?」

「なにを仰っていますの? わたくしが退く? あり得ませんわ。そこのワンちゃんなら、わかりますわよね?」

 鼻で笑ったフォルミーカがジョンを見る。全身の毛が逆立っているジョンは震える声でウィリアムに言った。

「そ、そうである、老執事殿。基本的に魔王という存在に『撤退』の二文字はないのである」

 教えられたウィリアムは難しそうに唸る。

「勝つか負けるか、その二択でございますか」

「それも違うのである。勝つか負けるかではなく――()()()()()()()()

 それが普通の魔王だ。余程のことがない限り侵略している世界から手を引くことはない。ジョンの主である『迷宮の魔王』のようなイレギュラーなら話は別だが、彼女はそうではない。

「あなた方が調子に乗れるのはここまでですわ。いい加減、目障りなので消えてくださいな」

 フォルミーカが傘を一振りする。すると、今まで傘だったものが純白の両刃長剣へと変化した。


「魔王武具――〈喰魔の白帝剣(ブランシュテイン)〉」


 剣に変わったそれを、もう一振り。

 音はなかった。

 なのに、ウィリアムたちの背後にあった異世界邸の建物が――魔術的な防御結界ごと消滅していた。

 背筋が凍る。

「これはいけません。ジョン様、ここは我々が撤退すべきでございます」

 そう言ってウィリアムは影に潜る。

 だが――

「うふふ、どこへ行くのかしら?」

 地面に、いや、影に腕を突っ込んだフォルミーカがウィリアムの髪の毛を掴んで引っ張り抜いたのだ。

「なっ!?」

 瞠目するウィリアムを、フォルミーカは一切の容赦もなく放り投げる。細い腕からは考えられない膂力が老骨をゴミ屑のように山の斜面へと叩きつけた。

「まあ。軽いお爺様だこと」

「老執事殿!?」

 駆け出そうとしたジョンの前にフォルミーカが回り込む。急ブレーキをかけたジョンの顎を、フォルミーカは優しく撫でた。

「ワンちゃん、あなたがどこの魔王の眷属かは知りませんけれど、他の魔王(わたくし)に歯向かった意味は理解しているのではなくて?」

「あ……ああ……わ、吾輩は…………………………きゅぅん」

 恐怖が絶頂を向かえ、ジョンは白目を剥いて失神しその場に崩れ落ちた。圧し掛かりそうになった巨体を、フォルミーカは乱暴に払い除ける。


「さぁて、魔女さん。どこですの? 早く出て来ないと、あなたの大切なお友達を全員食べてしまいますわよ?」


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