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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
異世界邸へ、ようこそ
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来訪者はこちらの事情など関係なくやってくる 【part夙】


〈異世界〉


 そのたった三つの漢字には無限の可能性が秘められている。

 物理的に繋がっていない世界。繋がっていても到達不可能な惑星。あるいは地球上にありながら誰にも感知できない未踏の地。そういった〝ここではないどこか〟を人々が想像し妄想し夢想することをやめる日は間違いなく来ない。

 それは世に蔓延るフィクション作品の数々からもわかるだろう。

 フィクション作品が本物の〈異世界〉とどう関係するかわからず首を傾げる者もいるかもしれないが、要するにフィクションとは現実ではない世界=異世界である、ということだ。

 暴論だって?

 剣と魔法の世界を舞台にした作品は異世界だろうが、所詮は作り物だと?

 そういった世界はゲームや漫画や映画の中だけにしかあり得ないものだと?

 ――本当に・・・

 地球ではフィクションとされる世界を『実在しない』と証明できるものは誰もいない。地球人類が絶滅するまでかかっても到達し得ないどこか遠い次元の彼方に魔法文明の発達した世界がないなどと誰が否定できよう。

 人が想像しうる世界は、たとえ設定が破綻していようとも漏れなく存在する可能性がある。

 故に、異世界は必ずしもファンタジーやSFとは限らない。

 並行世界パラレルワールドもまた然り。

 似ている世界や全く同じ世界だって無限にある。きっと。

 その反面、未だ地球人類の想像に及ばない世界は、恐らくは及んでいる世界よりも遥かに多いだろう。

 ネタは出尽くした? ――――そんなわけはない。

 そう口にするのは未知の創造を諦めた者たちだ。

 

 と、長々と意味不明な前置きを挟んでおいて恐縮ではあるが。

 未知の創造とかいうモノはひとまず箪笥の奥にでも仕舞っておき―― 

 今回は敢えて。


 古き神話、伝承、伝説、御伽噺として語られる世界の一つ――と酷似した(あるいは本物かもしれないが)どっかの異世界から物語を綴らねばなるまい。


        ***


【通達!

 以下に名前を連ねる戦乙女おバカは、〈英雄の魂エインヘリアル〉の回収ノルマ未達成につき再出動を命じる。


 再出動はこの通達を読み終えてから三分後、強制的に転送される。

 該当する戦乙女は速やかに準備されたし。

 異論は認めない。


《再出動対象者》


・ジークルーネ



 尚、ノルマを達成するまでヴァルハラに帰還することを禁じる。


                   主神オーディン 印】



「私だけ!? 全然名前連なってないんですけど!?」

 神界〈アースガルズ〉の黄昏色の空に仰々しく表示された光文字を見上げた少女は、主神の宮殿前という神聖な場所にも関わらず大声で絶叫した。

「どういうことですかオーディン様!?」

 白銀のドレスアーマーを纏い、死神を思わせる物騒な大鎌を肩に担いだ彼女は、流れるような蒼い髪を振り乱して回れ右。

 今さっき出てきたばかりの宮殿へと戻るために。

 流水のごとき蒼い髪とは対照的な、炎を凝縮したような紅い瞳に抗議の意思を宿して。

 だが――


「達成してないものを達成してないと言ったまでじゃ」


 文句をぶつけたい主神あいては、振り返ったすぐ目の前に立っていた。

「他の戦乙女ヴァルキリーは最低でも一人の英雄をヴァルハラに導いておるというのに、お主は一人として連れ帰ってはおらぬではないか」

 宮殿へと続く階段の先に立って尚、ジークルーネと目線の高さを同じにする童女が見た目相応の幼い声で言い放った。

 眼帯に覆われていない方の目が厳しくジークルーネを睥睨する。見た目こそ幼い女の子なのに、その内から溢れ出る威厳は流石当代の主神オーディンに選ばれただけの神である。

 ジークルーネはサッと目を逸らし、拗ねたように唇をちゅくんと尖らす。

「私だってちゃんと連れて帰ったじゃないですかぁ……」

「ああ、確かに一人連れ帰ったの。――食用に育てておった仔牛に轢殺されたとかいう冴えない農夫の魂をのう!」

「才能溢れる素晴らしい魂ですね」

「アレのどこが〈英雄の魂エインヘリアル〉じゃ!? ノーカンに決まっておろう!?」

 眼帯幼女が持っていた槍の柄でジークルーネの頭をゴツンと叩いた。割と痛くて涙目になるもジークルーネは反論する。

「だってそう簡単に英雄なんて見つかるわけないじゃないですか!?」

「お主も各世界を渡り数多の戦場を飛び回っておったのじゃろう? 英雄と呼べる猛者の一人や二人、寧ろなぜ見つけられん!?」

「だってだって――」

 子供のように腕をぶんぶん振ってジークルーネは言い訳する。


「〝英雄〟って言うくらいですから、私より強くないと・・・・・・・・ダメじゃないですか!」


 と。

「……」

 長い沈黙が下りた。

 眼帯幼女――もとい主神オーディンの「なに言ってんのこいつ?」という視線が突き刺さる。

「……お主、まさか、来たる〈黄昏の終焉ラグナロク〉のための貴重な戦力を――」

「イエス! これだと思った人間には片っ端から勝負を挑んでその全てを見事打ち負かしました♪ 楽しかったです♪」

「この馬鹿もんがッ!?」

「これから他の戦乙女が集めた英雄とも一戦交えるつもりです。えへへ、血が滾りますね♪」

「この戦闘狂がッ!?」

 大鎌を握り、爽やかな笑顔で恍惚と告げるジークルーネにオーディンは頭を抱えた。

「……〈勝利のルーンジークルーネ〉。物理的な実力があり過ぎる故に阿呆じゃったか」

 回収できるはずの〈英雄の魂〉に挑み降し放り捨て続け、時間がなくなったからと適当な魂を導いて来た駄ルキリーに、オーディンはもう怒鳴りつけるだけの元気もなさそうだった。

「もうよい、さっさと行け」

「え? いえですから私はこれから用事が――」

「いいから行け! もし次適当な魂を連れて来たらナメクジに転生させてやるのじゃ!」

「ナメクジはいやぁあああああああああああああああッ!?」

 ジークルーネが通達を読み終えてきっちり三分後――

 ――その体は光の粒子に包まれ、悲痛な叫びと共に消え去った。


        ***


 そして現代世界。地球は日本のとあるアパート。

 その共用食堂の厨房奥にひっそりと佇む古い冷蔵庫から――

「寒っ!?」

 と、本来はあり得ない人の声が響いた。

 慌ただしく冷蔵庫の扉が開け放たれ、中からドレスアーマーの少女が転がり出てくる。

「なにここ!? どこ!? 戦場じゃないんですか!?」

 戦乙女は戦場に赴き、運命を操って戦死させた・・・・・〈英雄の魂〉をヴァルハラに導くことが仕事である。

 だからこそ転移先は戦場であることがほとんどだ。

 こんなどこともしれない建物の中、ましてや謎の冷却箱に押し込められる形で転移するなど初めての経験である。

 だが、意味のない転移はしないはず。

 オーディンがミスってさえいなければ。

「とにかく外に出てみればわかることです。もしかしたら外の光景は世紀末かもしれませんしね」

 そう独りごちて窓際まで歩き、なんの躊躇いもなく大鎌を振るって壁を文字通り切り開いた。

 しかし――

 そこは期待していた世紀末ではなく、木々が生い茂り小鳥が囀る長閑な山奥にしか見えなかった。

「……ま、まだです!」

 まだ完全否定はできない。

 山を下りれば合戦の最中だったり、大勢の兵士たちが山を行軍中だったり、世紀末とまでは行かなくても近い未来にここが戦場になる可能性はあるのだ。

「まずは周辺の調査です。山奥に隠居した武の達人とかいたら最高ですね。もしいたら、私と戦ってもらって……えへへ♪」

 魂を連れ帰ることよりも、強者と戦える自分を想像して悦に入りかけながら、ジークルーネはふわりと空中に舞い上がった。

 その時――


 ちゅどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!


 突如、建物の二階の部屋から発生した爆音と爆光と爆熱にジークルーネは呑み込まれ吹き飛ばされた。

「ええええええええッ!? いきなりなんですか!?」

 近くの木に逆様に引っかかったおかげで星にならずに済んだ彼女は、プスプスと煙を上げる煤けた自分に大したダメージがないことを確認すると、爆発があった方向に目を向ける。


「ぎゃああああああ!! またトカゲ野郎が爆発しやがったぞ!?」

「だ、誰がトカゲだコラ!? ちょっと消臭できるスプレーかけてただけだろうが!!」

「そこで炎のくしゃみするから燃えるんだよ!? ちょっとは気をつけて使えよこの火だるまトカゲが!!」

「何おう!? てめぇ、この竜神である俺様に喧嘩を売るたあいい度胸だな! 表へ出やがれぇええええ!!」


 建物の住人と思われる人々の叫び声が聞こえ――

「え?」

 その後、飛び出してきた二つの影を見て目を瞠った。

 それは背中から燃える翼を広げた有翼竜人ドラゴニュートに、機械装甲に身を包んだ人造人間アンドロイドだった。

 炎が爆裂し、レーザー光線が迸る。攻撃する度に被害に遭うのは、戦っている両者ではなくさっきまでジークルーネもいた建物ばかりだった。

 そう、両者は、戦っている。

 戦っているということは、ここはつまり――戦場だ。

「えへ、えへへぇ、やっぱりそうでしたそういうことでしたそうじゃないと面白くありません! あの二人は人類じゃないので連れ帰れませんが、私が戦う分にはなんの問題もないですよね♪ ですよね♪」

 なんなら二人同時に相手したって構わない寧ろ大歓迎バッチコーイ! と大鎌を構えたジークルーネは参戦するため意気揚々と飛び出そうとし――


「てめぇら調子に乗ってるとまた竹串で全身串刺しにするぞコラァアアアアア!!」


 第三者の怒号にピタリと飛翔しかけた足を止めた。

 戦っていた有翼竜人と人造人間も一瞬静止するが、すぐに「「黙れっ!!」」と吐き捨てて戦闘を続行。再び建物の破壊活動に勤しみ始めた。

 怒鳴ったのは人間の男だ。〈英雄の魂〉の対象ではあるが、どう見てもひょろっとして弱そうだし、空中で暴れる人外相手にはどうすることもできないだろう。

 コンマ二秒で彼から興味が失せたジークルーネは、口の端を歪めて尚も戦い続ける二者をターゲッティングする。

「それじゃ、私も参戦――」


「何また館壊してんだコラァアアアアアアアア!!」


 二度目の怒号が轟き渡った次の瞬間――

 ジークルーネは純粋な意味で驚愕した。

 ただの人間だと思っていた男が宙を飛び、二本の槍――いや、竹串か――を振るって、人の手には負えないはずの人外どもを一瞬にして葬り去ったからだ。

 気絶させただけのようだが、それは『殺す』ことよりも遥かにハードルは高い。

 あの人間の男は――強い!

 確信してしまうと、ジークルーネの興味は一気に彼へと集中した。

 今すぐに勝負を挑みたい気持ちに駆られる彼女だが、男は気絶した二人の襟首を掴んで引きずるようにしてどこかに連れ去ってしまった。

「ああ! 待ってください!」

 しかし声は届かず、ジークルーネはいそいそと彼の後を追いかけるのだった。


        ***


「やー、こりゃまた見事にぶっ壊しましたなあ! ははははは!」


 追いかけてみると、黒光りするガチムチの大男が妙に脳内に響く声で笑っていた。

 建物の柱の陰に隠れて様子を窺っていたジークルーネは、ごくり、と生唾を飲む。

 あの黒光りマッチョも強そうだ、と。

 だが当面の目標はその黒光りマッチョと話をしている男の方だ。名前は伊藤貴文。自分で気絶させた二人を治療したにも関わらず掃除しているのか疑問に思うきったないトイレに放置するという鬼畜。覚えた。

 是が非でも戦いを挑みたいのだが、余計なギャラリーのせいでなかなか切り出せないでいるジークルーネである。


「今度は誰が何やらかしたんで?」

「バイオハザードとサイバーテロが同時発生した」

「なるほど合点がいった! ははははは!」


 黒光りマッチョが高笑いしながら担いでいた巨大木箱を地面に下ろすと、それだけで大地が振動し弾かれるように体が一瞬宙に浮いた。

 やはり黒光りマッチョもとんでもない強者のようだが。

「う~ん、タイプじゃないんですよねぇ」

〝胎動する筋肉〟という視界の暴力に興奮できるほどジークルーネの趣味はよくなかった。

 と――


 バキン!!


 身を隠していた柱からとっても嫌な音が響いた。

「へ?」

 先程の振動で柱が折れたのだ。柱が折れたということは、自然とそれが支えていたものが崩れてくるわけで――

「ちょ、ま、いやぁあああああああああああああああああああああッ!?」

 ジークルーネはガラガラと崩壊する建物に見事巻き込まれ、その悲鳴は轟音の中で虚しく掻き消された。


        ***


 ちゅどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!


「はっ」

 二度目の爆発音に、頭を強打して不覚にも気を失っていたジークルーネは目を覚ました。

 崩壊したはずの建物は、どういうわけか綺麗に直っている。さっきまで外になっていた場所は、すっかり壁と床と天井に囲まれた室内に戻っていた。

 いや、それより――

「彼はどこに!?」

 周りを見回すが、伊藤貴文の姿も黒光りマッチョの姿もなく、この場にはジークルーネしかいない。


「――だぁから、いつになったらガスマスク付けてから片付けるという当たり前の心構えが身につくんだてめえはぁっ!?」


 そんな時、建物の上階から一階まで響き渡る絶叫が聞こえてきた。

「上ですか」

 誰の声かはちょっとわからなかったが、彼の声に似ていた気がする。たとえ別の誰かだとしても、そこに彼もいるように思えたのでジークルーネはもう一度壁を大鎌で切り開いて外に出た。そのまま浮遊して声の聞こえた方へと飛び――

「あれ? なんか変な臭いが……あれ? なんか視界がぐるっとして目がッ!? 目がぁああああああああああああッ!?」

 なぜか反転した視界となぜか急に物凄く乾燥した両目に、ジークルーネは堪らず浮遊のバランスを崩す。

 そのまま瑞々しい野菜が植えられた家庭菜園の中に頭からダイブした。

 大の字に倒れる。ぐるぐるする視界に頭までぼんやりしてくる。

「あ、これ死にそう……」

 百戦連勝のヴァルキリーも、毒ガスには勝てなかった。

 ガクリ、と再び意識を手放すジークルーネ。そんな彼女に近づいてくる一つの小さな影があった。

 その影は大惨事になった菜園を見て悲しそうに目を伏せると――


「要救護者を一名確認したのじゃ。たぶん、新人。部屋と〈言意の調べ〉の用意、急務じゃ」


 綺麗な黒髪にぴょこんと飛び出た狐耳と尻尾を持つ少女――神久夜は、持っていたスコップをその辺に突き刺して踵を返し、とたたたたっと駆け去った。


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[一言] エブリデイ地獄絵図。 トラブルが一日に起こる量じゃないですな。 そして、やっちゃえバーサーカーよりもバーサーカーな戦乙女。 なんだこの子も問題児じゃないか。 入居の流れが見える。館が壊れる姿…
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