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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
魔王編
49/169

黒き空が瞬くとき【part夢】

――空を駆ける。

 貴文は軽くなった体と共に異世界邸へと向かっていた。距離はあまりない。あと三十秒もすればつくだろう。

 異世界邸に近づくにつれ、ぞわぞわと悪寒が全身を駆け抜ける。やはりあのポンコツが言ったことは本当なのだろう。

 自分が戦ったアレよりももっと強い何かがいて、その何かよりもさらに強いものがいる。

 本当にストレスで胃がマッハだ。嫌な兄に会うはめにもなったし、今日はあれだな。厄日だな。

 ため息やら疲労感やら様々なものが溢れてくるが、このままじゃやばいことくらい自分でもわかっている。

 最善策はさっさとこのふざけた状態を片づけてしまうこと。本当ふざけんなシロアリ野郎。

 白蟻というだけでぶち殺したいことこの上ないのに、それに加えてこの騒動。今までぼこぼこにやられていたこともあって心の底からふつふつと怒りがこみあげてくる。

 全く……なぜうちにはこんなにも次から次へと面倒ごとがやってくるのか。まさかうちの家系的にご先祖様がいろいろやってるんじゃないだろうな? だとしたらゴルァご先祖様。許さんぞご先祖様。

 まぁ……とにかく……。

「……ん?」

 異世界邸へ向かって飛んでいると、突如としてこちらに向かって一人の人影が飛んでくる。

 それは執事服の女性のように見えた。

 ほとんど人と変わらない姿。しかし、その女性からは強烈なある匂いが漂ってくる。

 それは……。

「白蟻……」

 風の力を纏っているせいか、周囲に漂っているものがはっきりと感知できる。それは普段は鋭くない嗅覚も強くし、この強烈な悪意の塊の匂いをはっきりと理解させてくれる。

 白蟻の匂いに交じる敵意。

 まさか匂いで敵意まで感知できるようになるとは思っていなかったが……まぁ、今更というものだろう

 あの人によって与えられた力はただ単に風を纏うだけでなくほかにもいろいろな影響を与えてくれているらしい。先ほどまで感じていた不安と恐怖は幾分か薄れているおかげでこの敵に対しての恐怖も薄い。

 ……問題ない……すぐに仕留めればいい。

「行くぜ……白蟻……」

 貴文は空中で大きくけり込むとまるで空気中に見えない足場があったかのように加速する。

 その速度は今までの比ではなかった。神久夜と融合して行う加速よりもずば抜けていて、周りの景色をすべて置き去りにし、一拍打つよりも早く、目標の後方へと移動する。

「――っ!?」

 一瞬で移動されたことに女が気づいたころには、もうすでに貴文の拳が振り下ろされていた。

 硬く握りしめられた拳は女の脳天をとらえ、すさまじい衝撃とともに、地面を粉砕するがごとくたたきつける。

「がっ!?」

 その女――ヴァイスは突然の強襲に驚きを隠せなかった。

 先ほど始末したあの機械人間。それとは遥かに勝る圧倒的な戦闘力。

 本能に突き付けられるような、圧倒的強者の……まるで自分の主のような敬意と畏怖に値するそんな存在感。

 こんな人間という下等生物の男が……それを持っている。

 信じられない……だが、他の蟻天将の連中から来た連絡の内容を見る限り、この世界にはそれが普通。

 頭を砕かれるように地面にめり込まさせながら、ヴァイスは小さく微笑むと……。


 ……なるほど。しかし……そんな奴だからこそ姫には近づけられない。


「――っ!」

 貴文は顔をゆがませる。

 それもそうだろう。確実に仕留めたと思っていた女が自分の右腕をつかんでいたのだから。

 大地を粉砕するほどの一撃をうけてもなお、拳の下で笑みを浮かべているヴァイス。

 ヴァイスは小さく息を吸い込むと……。

「光栄に思いなさい……貴方ならば、私も本気で戦ってあげましょう」

 そういい、貴文を弾き飛ばす。

 ヴァイスは焦りと興奮を覚えていた。

 焦りは……今現在の状況を見る限り、我々は劣勢であるということ。今までほとんど死に別れることのなかった同胞が次々と滅されるこの世界。自分が消されてしまうのも時間の問題かもしれない。

 だが、それと同様に今までにない敵。片手で消してしまえるような相手ではなく、このようなバカげている強さの敵はいつぶりだろうか。

 戦いをもって、すべてを従え、食らいつくす。

 それを繰り返してきたゆえに、戦いそのものに快楽すら覚えていた……相手の命を刈り取る瞬間に興奮を覚えていた。

 そんな自分が……やられてしまうかもしれない相手……。

 それだけでゾクゾクする。心の底から奮い立たされる。

 ヴァイスは木々をなぎ倒しながら吹き飛んだ貴文を見つめながら、首をこきこきと鳴らす。

 本気で……殺そう。

 全力で、全身の筋繊維を引き絞りながら敵の肉を引きちぎろう。

 全力で、あふれださんばかりの速度で血を巡らせながら酸素を循環させよう。

 この体が持てる全力を……。

 ヴァイスは大きく口角を引き上げると、

「さぁ、戦いましょう」

 その言葉と共に駆けだした。


 ***


「はぁああああああああああーー!!」

 ヴァイスの今までにない闘気のこもった叫びが森の中に響き渡る。

 それと同時に、突き出した拳が貴文の腹部へと食い込み、螺旋を描くように回転をかけてそのまま突き飛ばす。

 貴文はこみあげてきた胃酸を飲み込みつつも、地面に足を突き立てることで踏みとどまりそのままカウンターの拳をヴァイスの顎へと決める。

 両者の戦いは開始からわずか一分。一分で、シンプルなものへと変わっていた。

 最初は貴文も風の力を使っての攻撃などを試みた。しかし、それは最初は当たったもののこの蟻天将。どうやら、すさまじい学習能力と回復能力を持っているようで次からは二度と当たらない。技すべてが一撃必殺でなければ、それ以降は通用しない。そんなふざけた相手だったのだ。

 おそらく、一度受けた技を分析して、それを相殺する術を瞬時に判断しているのだろう。

 たちが悪い。が、相手も多彩な攻撃はしてこない。きっとこちらに対して有効ではないと判断したからだろう。

 ゆえに……両者がとった戦闘スタイルは単純な殴打に蹴り。生物の初歩的な戦いかた。己の体を使った、己の体をぶつけることによっての攻撃。

 「殴り合い」……だ。

「まったく……なんでこんなふざけた奴らばっかり出てくるんだ!!」

 貴文は顎に打撃をうけてよろめいたヴァイスの横っ腹に鋭く回し蹴りを放つ。通常の人間からは想像できない重さの蹴りはヴァイスの骨をミシミシと軋ませながら、そのまま轟音と共に吹き飛ばされる。

(ふざけた奴らとは……こっちのセリフですのに……)

 ヴァイスは木々に体を引きずられる中、負傷した部位を瞬時に治癒すると、一つの大木の幹にけり込み、方向転換を行う。

 そして、そのまま貴文の目前へと走り、頭蓋を砕くように蹴りを放った。

「……ぶっ!?」

 予測外の方向から来た蹴りをよけられるはずもなく、貴文は地面にそのまま叩きつけられる。

 そのままヴァイスの追撃の拳が放たれ、頭へと迫るが。

 そう簡単にやられる貴文ではない。

「この……っ!」

 腰を素早くひねり、ヴァイスの足元を払う。

 バランスを崩したヴァイスはそのまま崩れ落ち、その瞬間を狙って貴文が右手で顔面を突き抜く。

 しかし……。

「同じ手を食うものですか……!」

 ヴァイスはその腕を捕らえると、大きく体をねじる。

 その動きは、柔道という武道の一本背負い投げに似ていた。

 貴文の体は宙を舞い、そのまま……。

「……がっ!?」

 ーー最初に感じたものは衝撃だった。

 腹部に襲い掛かる今までにない衝撃。

 どの拳よりも重く……痛みのあるもの。

 そう、痛み……その痛みはにぶい打撃というより、鋭く突き刺さるようなもので……。


 ……突き刺さる?


 痛みの変化に、貴文は痛みを覚えた部位へと目を向ける。

 そこに広がっていた光景は……。

 ……そんな……まじかよ……。

 そこにあったものは、折れた木の幹に突き刺さった自分の体であった。

 腹部には貫かれ、だくだくとあふれだす血。

 それを認識した途端、体が気づき反応を始めたのか、意識が遠のいてくる。

 その中で……。

「これで終わりです……」

 そう笑みを浮かべて拳を振り下ろすヴァイスの姿が、貴文の目に映っていた。


 ***


 異世界邸が襲撃を受けているころ……とある世界の一人の男が空を見上げていた。

 黒一色に塗りつぶされた空。その中央には、なぜか異世界邸の様子が映し出されている。

「……私の血を持つ者たちは厄介ごとによく巻き込まれるようだな……」

 滑稽なものを見つめるように笑う男。

 その男の元にある人物が姿を現す。

「……おい、それでいいのかよ」

 紫色の髪を持ったムカデの尾を持つ少女。

 異世界邸の管理人貴文の先祖にして、最強と謳われている人物だが、彼女は男を見つめ、

「……諸悪の根源。お前が与えたあの館はもうすぐあの蟲どもに壊されちまうぜ?」

 そういわれた男はムカデさんのほうを一瞥すると、

「諸悪の根源か……まぁ、ある意味その呼び名はあっているのかもしれない……」

 空を仰ぎながら、小さくぼやく。

「あの世界に作ったあの場所。それは、さまざまな世界、さまざまな特徴を持つ者たちが仲良く暮らせるなんて甘い幻想を形にした場所……子孫共に管理させ、作ってみたはいいものの……どうもなかなか仲良くとはいかないみたいだな……」

「そうか? 俺は違うと思うぞ?」

「何?」

 諸悪の根源と呼ばれた男が眉を顰めると、ムカデさんはおどけたような顔で、

「少なくともあそこに住む連中は仲良く楽しくやってるよ……だから、あんたがあの場所を作ったことは間違いじゃない……ただ……あのままだとあそこは壊れちまうぜ?」

「……そうか……」

 男はしばらく空に移る異世界邸を見つめていたが……やがて、小さくため息をつくと。

「わかった……貴文の今現在加わっている何かの力のセーブをほどこう」

「そうこないとな」

「誰がやったのかは知らんが……いつも【抑えている】体にさらに力を与えるなど何を考えているやら……私が彼の枷を外すとなると、与えられている力に引きずられて、原初の力が出てくるがいいのか?」

「それはあいつと……あいつらがなんとかするだろ……」

「そうか……」

 ムカデさんがにひひと笑うと同時に、男の体から赤い鮮血がほとばしる。

 それは空へと……異世界邸が映りこむ空へと舞い上がると、静かに消えていった。


 ***


「……なんだ……」

 貴文は暗闇の中を漂っていた。

 どこまでも続く深い闇。貴文の声もすぐに消えてしまい、響き渡ることなく静寂が包んでいく。

 その中で……ふと、ぽわっと小さな赤い光が現れた。

「……なんだこれ」

 あたたかな赤い光。貴文は恐る恐るそれに触れてみるが、特にどうこう変わることはなく、それはただぐるぐると自分の周りをまわっている。

 一体これは何がしたいのだろう。

 よくわからない……ただ。

 早く戻らないと……。

 まだあの女との闘いは終わっていない。それに異世界邸が危ない。あの化け物のような白蟻たちを早く倒さないと……。

 そう思っていると、赤い光がふいに緑色の風を纏い始めた。

 それは素早く貴文の周りを旋回し、小さな微風から、大きな竜巻へと姿を変える。

【神々の深淵を見る覚悟はあるか……】

 ふと、突然そんな声が脳内に響く。

 一体何をこいつは言っているのだ。そもそもお前は誰なのだ。

 わからない……よくわからないが、

「知るかそんなもん……俺は戻らないといけないんだよ……」

 貴文はその声を吐き捨てるようにそう告げる。

 すると、脳内の声はこう答えた。

【そうか……お前もあいつと同じ答えを出すのだな……】

 ……あいつ?

 貴文はその言葉の指し示す意味が分からなかった。

 しかし、風は納得したかのように勢いを増し、貴文の視界を包んでいく。

 その時……。


 貴文の奥底に眠る何かが……目を覚ましたような気がした。


 ***


 これで……殺せる。

 運よく投げ飛ばした位置に杭ができており、圧倒的な隙ができた。

 動きが鈍ったこの一瞬。ヴァイスは全身の力を振り絞り、手刀を貴文の首元へと滑らせる。

 いくらこの人間といえど、首を飛ばされてしまえば死んでしまうだろう。

 それで生きている人間などいない。これで……これで仕留めてやる。

 ヴァイスは勝利を確信すると同時に、鋭く、一撃で仕留められるようにできるだけ少ない距離で振り下ろす。

 これで……終わりだ……。


(バシュッ!!)


「……え?」

 そう……思ったのに……。

 ヴァイスの手は貴文に届くことはなかった。

 いや、違う。

 ヴァイスは先ほど耳元に響いた音の意味を瞬時に理解する。

「な……なぜ……」

 ヴァイスの右腕が吹き飛ばされていた。

 比喩ではない。肩が完全にぐちゃぐちゃに粉砕され、ねじり取られたかのように傷口の断面からぽたぽたと血があふれ出す。

 それと同時にヴァイスは感じたのだった。

 それは異変。

 それは畏怖。

 それは本能。

 体がヴァイスが考えるよりも先に貴文から距離を取り、その体を見つめる。

 もうその時ヴァイスは分かってしまっていた。

 この男から感じる気配が大きく変化……いや違う。

 まったく別のものになった。自分の主よりも恐ろしい何かに変わってしまったのを。

 肌がびりびりと震える。汗腺が一気に緩み、汗があふれ出す。もう意思が理解するよりも先に体ははっきりとこれが何かを理解していた。

 これは……死だ。

 生物が最も重要視する、感覚。死からの回避。

 体が今必死に逃げようとしたのも、分かる。進化してこの体になった今では久しく忘れていた白蟻出会ったときに感じられた死のビジョン。

 これは……この目の前にいるものは死そのものであった。

 腹を貫かれ、もう満身創痍なはずなのにも関わらずそれに殺されてしまうと認識してしまったヴァイス。

 それもそうだろう……。

(ズズズ……)

 幹に貫かれたはずの腹部が、せりあがるように……体が浮き上がるように幹から引き抜かれていく。

 そして、完全に幹から抜かれた瞬間。


 じゅるん。


 そんな音とともに、腹部が瞬時に再生。傷などなかったかのように治されてしまう。

(なんだ……こいつは……)

 人間などではない。人間の姿をした別のもの。

 これは……魔王……いや……。

 人間たちが言っていた。魔王の上に存在するそれよりも強くおぞましい存在。

 「破壊神」……。

 その言葉が脳裏に浮かんだ途端、ヴァイスは震える体を抑え込み、貴文へと身構える。

 その時、ヴァイスは思ったのだ。

 この得体のしれない化け物は……我が主、姫に近づけるわけにはいかないと。

 それは死の覚悟であった。たとえ死んでも、姫に近づけてはならない。この危険を……死の体現者のようなものを姫に……。

「ガぁああああああああああああーー!!」

 ヴァイスはもうすでに余裕などない、やけくそに近い形で、貴文へと向かっていた。

 勝てる可能性はゼロ。歴戦の戦士ゆえに戦う前から理解した、圧倒的力量差。

 自分の学習能力をもってしても、今のこの化け物にはかなわない。

(姫……どうか私の命で……)

 ヴァイスは全身全霊の力を込めた拳を貴文へと振り下ろす。

 しかし……。

(ボキュ……ッ)

 そんな音とともに……貴文の体から放たれた風の刃で、ヴァイスの体はバラバラに刻まれていた。

 空中に舞う肉片。ヴァイスの体から抜け出た風はそのまま山の中腹をえぐり取るように刻み、抹消する。

 ぼたぼたとヴァイスが崩れ落ちる中、その時やっと貴文は目を覚ました。

「……なんだこれ……一体どうなって」

 周りの状況が理解できない彼であったが、貴文はすぐに異世界邸のことを思い出すとそちらのほうへと走り出す。

 まさかそれが、あふれ出した力によって考えることそのものをうやめさせられたとは気づかぬまま。貴文の背中で赤いムカデのようなあざが嬉しそうに赤く輝いていた。

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