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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
魔王編
48/169

主砲発射 【part紫】

「ここは俺に任せてお前は先に行け! なんつってな」

「フラグ立てごくろーさん、回収すんなよ」

 羽黒の冗談に鼻で笑うように返した疾が、迷いなく離脱を開始する。

「逃がすと思いますれば」

「おっと、お前の相手は俺だぜ?」

 ガァン! と金属のぶつかるような音を立てて、刃と拳が再び衝突する。力で羽黒が押している間に、疾は既に姿を消していた。

「ちっ、追いますれば——」

「出来るならな」

 転移しようとしたのだろうムラヴェイを、羽黒は腕を鷲掴んだ。そのまま強引に振り回し、近くの壁に叩き付ける。

 壁は紙切れのように破れ、ムラヴェイは床に放射状の皹を作りながらめりこんだ。

「あぶねえあぶねえ。時間なかったから結界の範囲は狭いんだわ」

 拳をさすりつつ、羽黒は軽薄に笑った。

 疾との戦闘を見て即座に張った空間支配の結界は、即席故に半径20メートルもない。あまり景気よく吹っ飛ばすと結界から出てしまう。折角瞬間移動を封じたのだ、このまま閉じ込められていただく。

 というよりも。

「悪いが、お前にはここで俺に付き合ってもらうぜ?」

 言いながら、羽黒はムラヴェイに肉薄して拳を振りかぶった。つられて拳を振るうムラヴェイをひょいと避けて、膝で腹部を蹴り上げる。

「うぐっ!?」

「安心したぜ、龍鱗が通じなかったらどうしようかと思ったわ」

 口ではそう言ったが、地味にこちらにも響いた。なるべく刀で受けた方が良さそうだ。

「っ、まずはお前から倒すべきでありますれば」

「そーだそーだ、かかってこい蟻んこ」

 何度もやられて頭に血が上ったのか、注文通りムラヴェイは羽黒に照準を定めた。更に挑発しつつ、羽黒は敢えて接触戦に挑む。

 当たれば龍鱗持ちでもただじゃ済まない硬さの拳が、髪一筋のところを掠めていく。何度も何度も連続で攻撃してくるムラヴェイの技術は大した事がないが、受けられないというのは中々にキツイ。

「っ、あーいってえ」

 避けきれずに受けた攻撃が重く痛む。最初に思い切り殴られた所も痛いし、動きが鈍りそうになる。

 だがまあ、それでも。

「そらっと」

「ぐっ」

 時折単純な攻撃にカウンターを合わせつつ、羽黒はにやりと笑う。

 そもそもこの戦い、決着を付けるのが目的ではない。疾が魔力砲を無効化し、機関部を破壊するまで妨害させなければこっちの勝ちだ。

 目的は戦艦の墜落、ならばムラヴェイを倒す必要も無いじゃない。

 そんな意図で、羽黒は延々と結界内での接触戦を続ける消耗戦に突入していった。




***




 羽黒を置いて先へ進んだ疾は、激しい妨害を受けていた。

「おっと」

 吐き出された体液を避け、魔力弾を撃ち込む。展開した風魔術の魔法陣に魔力が供給され、幾重にも吐き出された見えない刃が蟻に傷を刻む。

「キシャアアアア」

 鳴き声を上げた蟻が、素早い動きで疾の背後を取った。手に持つ槍を掲げ、鋭く突きを放つ。

「くたばれ」

 手首だけを返して、抗魔の弾を撃ち込む。頭部を撃ち抜かれた蟻は、その場に崩れ落ちてぐずぐずと溶けた。

「……はあ」

 魔力弾で魔術を展開して、疾を囲む蟻を拘束する。その全てに的確に抗魔の弾を撃ち込み、疾は溜息をついた。

 人型で襲いかかってくるそれらは、街にいた白蟻よりは遥かに頑丈で動きも素早く、溶解液を吐き出してきたりと攻撃も多様だ。槍による一撃の凶悪性も増していて、流石は戦艦を守る兵といったところか。疾はごく一般的な人間なので、当たればただでは済まないだろう。

 だが、物足りない。

 廊下の奥からまたも飛び出してきた白蟻を、速射で仕留める。全てぐずぐずに溶けるのを見て、疾はまた溜息をついた。

「あー、つまんねー……」

 蟻天将ロウは瀕死の状態を仕留めただけだから、脆かったのだろう。その証拠に、先程のムラヴェイは相当な硬度を持っていた上、こちらの攻撃を躱すだけの知能と技能を持ち合わせていた。

 中々に心躍る相手だったが、作戦上、羽黒に譲り渡す羽目になった。

 そして現在相手にしている白蟻は、それなりに強くも、攻撃を当てさえすれば溶けてしまう。当たれば致命傷と分かってはいても、攻撃パターンを読み切ってしまった今となっては、避けるのもさして神経を使わない。

 はっきり言って、物足りない。

 疾は別に命のやり取りそのものを楽しむバトルジャンキーではない。が、守護獣にさんざんごねられて渋々出陣したというのに、精霊に手出し無用と釘を刺され、ようやく面白そうな敵が出て来たと思えば相手に出来ず。

 徹夜で働いてこの程度かと、どうもテンションがダダ下がるのであった。

「はあ……」

 溜息をつきながらも、手はひたすら出てくる白蟻を撃ち抜いていく。蟻塚を破壊される前に配備されていたのか、数だけは多い為になかなか進めない。こうなると、一気に殲滅する火力がないのが惜しまれる。

「ノワール連れてきて中から燃やし尽くさせた方が早かったか」

 知る限りの最大火力保持者を思い浮かべ、その当人が対策中である魔力砲の存在を思い出した。機関部の破壊を最優先に置いていたが、足止めの影響も考えればそろそろ発射されかねない筈だ。

「魔力の集まってる方角は……あっちか」

 意識をこらして方向を確認すると、疾は進行方向の白蟻を一気に撃ち抜く。それでも進行を妨げるように道を塞いでくる白蟻兵達を見て、疾は我慢出来ずに舌打ちを漏らした。

 ノワールの口癖じゃないが、面倒になった。

「——おい、セキ。聞こえてるんだろ」

 低い声で守護獣が一に呼びかけると、応えが返ってくる。

「今から撃つ魔力弾の周囲5メートル、火炎で燃やし尽くせ。……は? 建物の中だと危険? お前、これだけ穴だらけになった代物を建物と呼ぶのかよ。風通し良すぎで燃えすぎたらセイにでも何とかさせろ」

 ごねる相手に苛立ちを覚えつつ白蟻を地道に撃ち抜いていた疾は、続いて告げられた懸念要素に眉を寄せた。

「あ? 人を巻き込みかねない? ……そういや捕虜がいるとか言ってたな」

 そういえば、羽黒が街の人間が捕まって云々言っていた気がする。今の今まで忘れていたが、もしかして羽黒が足止め要員となっている今、疾に救出任務が回ってきたりするのだろうか。

「ねえわ。気にせずぶっ放せ」

 すっぱり切り捨てようとする疾を、セキが必死で引き留めようとしてくる。曰く、尋問でぼろぼろになっているから、自分の炎を防げるはずがないらしい。物凄くどうでもいい。

「んなもん捕まった奴の自己責任だろ。この騒ぎに乗じて逃げ出してるなら虎に……ハクに拾わせても良いが。わざわざ助け出しに行く? ねえわ」

 趣味の研究所破壊でも、実験体になった人間を救出した試しはない。混乱を誘う為に鍵を開けた事なら多々あるが、その後崩壊した研究所から抜け出せるかどうかはそれぞれの技量次第。1度たりとも疾が逃亡を手助けしてやった事はない。

 よって、尋問で怪我を負っていようが何だろうが、今の状況をチャンスと逃げ出せたならばちょっとばかり手助けしてやらんでもないが(そして貸しにするが)、自分から助けに行くという選択肢は欠片もない。

「という訳でさっさと燃やせ、そろそろ魔力砲が充填される」

 有無を言わさない口調で促した疾だったが、珍しくセキがごねて従わない。どうやら、セキが本来守護すべき家の人間らしい。だったら最初からその家に加護を与えておけば良かっただろうに。そうすれば今疾がこんな所で徹夜作業に勤しむ必要も無かったのだ。

 イライラと眉を寄せる。段々腹が立ってきた。

「ああくそ……勝手に主と纏わり付いておいて人の足引っ張りまくりやがって、何が守護獣だド阿呆。役立たずが口ばっかり達者で、何の役にもたたねえし。巫山戯んなよマジで」

 気が変わった。少々魔力の浪費だが、どうせこの後の戦闘は望めそうにもない。ちょっとくらい冒険でもしなければやってられない気分だ。

 白蟻兵を足止めする障壁を展開。白蟻兵の足元を覆うように魔法陣を構築。大体直径7メートル程度になったそれに、魔力弾を数個撃ち込んで魔力を充填する。

 発動の光が放たれた瞬間、疾はそれまで溜めに溜めていた抗魔の力を弾に乗せ、発砲した。

 轟と燃え上がった魔術の炎が、弾けて広がった抗魔の弾に相殺される。その余波が大きく渦巻き、白い光が閃いた。

 ——ドォオオオオン!

 凄まじい音と共に白蟻達が消し飛び、更に周囲一体の天井と床、壁がことごとく吹き飛ぶ。

 10秒も経たないうちに、白煙が立ちこめるその場は、疾の立つ位置以外全て骨格だけとなった。

「うるさい。てめえで動かなかったくせに文句言うんじゃねえ」

 盛大に喚くセキにぴしゃりと言い放ち、疾はただの空間になった穴に飛び込んだ。最小限の身体強化と膝のバネだけで数階分の位置エネルギーを相殺する。

「かはっ、ごほっ……、だれ、だ——」

「一体なに、が——」

 もうもうと立ち上る白煙に咳き込む人影が、疾を認めて呆けたように硬直する。見慣れた反応は放置し、疾は傲然と腕を組んだ。

「おい、守護の任務を背負いながら易々と妖に囚われ、挙げ句に情報を漏らした雑魚足手纏いども」

 開口一番悪態をつけば、案の定2人揃ってぽかんとした表情になる。見た目はかなり痛々しいが、痛みを忘れたかのようなその反応は、まだ余裕があると判断する。異論は聞かない。

「この戦艦は近々墜落する。死にたくなきゃ後方のハッチ目指せ。ハッチ周辺から飛び降りれば、デカい虎が拾ってくれるかもしれねえぞ」

 途端ハクから盛大に苦情が入ったが黙殺する。元はといえばセキがごねたのが悪い。

「言っておくが、てめえらの脱出の確認なんかしねえ。機関部に着き次第破壊して墜落させるのは決定事項だ、くたばりたくなきゃとっとと移動しろ」

「……っ、待ってくれ、逃げたくとも足が……」

「折れてても砕けてても這って進め」

「無理だ、もう魔力が」

「這って進むのに魔力なんかいるか、体力と気力で何とかしろ。つうかお前ら、本気でこの地を守る気あるのか。弱音吐くばかりの役立たずが」

 ぐだぐだ言う彼らを切って捨て、改めて視界の邪魔となる白煙を魔力弾で吹き払う。そうして見れば、2人ともぐちゃぐちゃに血を流した足が枷に繋がれていた。

 ……なるほど、これは逃げられまい。最大の逃亡手段である魔力を搾り取るのは基本中の基本だ、特に魔力砲を撃つなら良い材料だし。

 かといって、疾がそれに意味も無く配慮してやる義理もない訳で。

「お前ら、霍見の術者だよな?」

「え? あ、ああ」

「じゃあ、霍見の対価は割り増しにしておく。街中の術者の足を引っ張った挙げ句に主家に負担をかけたと、肩身の狭い思いをしやがれ」

 2人が同時に顔を強張らせるより早く、魔力弾で枷を撃ち砕いた。ざっと全身を見て今直ぐ死ぬ怪我だけはないのを確認して——そもそも情報を取る捕虜なのだから予想通りだが——、疾はさっさと背を向けた。

「それじゃ、頑張って逃げろよ。いざとなったらどこかの穴から飛び降りてみろ、墜落を待つよりは生存率高いぜ」

 その勇気があればの話だが、無ければ死ぬ。判断を誤った自己責任だろう。少なくとも虎がその気になっている分、当初の焼死よりは生存率が高い。

 改めて身体強化を発動し、戦艦の骨格を蹴って駆け上がる。やがて魔力が収束を続ける部屋に続く廊下に降り立った疾は、乱暴に部屋の扉を蹴破った。

「さて、魔力砲は……お?」

 疾の焦点が部屋の中央に鎮座する砲台に結ばれると同時、砲台がキュイイイインという音を立てて動きを見せた。どうやら、ちょうど魔力充填が終わったらしい。

「ふーん……」

 目を眇めて砲台に刻まれた魔力回路を解析する。充填から発射まで自動化されたそれは、1度魔力が充填されると発射までそのエネルギーを放散させる方法が一切無いらしい。仮にここで無理矢理破壊すれば、エネルギーがこの部屋で暴発し大爆発を起こすだろう。

 最短時間で捕虜を解放する為、割と派手な魔術を扱った疾の残り魔力はもう少ない。この馬鹿げた量の魔力暴走を防ぐ障壁を創ったら、もはや脱出すら叶わなくなる。かといって勿論、まともに食らえば普通に死ねる。

「よし」

 頷いた疾は頭の後ろで腕を組み、傍観体勢に入った。どうせ地上は世界を跨ぐ機関最高峰の防御魔術が待ち構えている、大した被害もないだろう。魔力砲が発射されて魔力が空になってから、のんびり破壊すれば良い。

「ま、頑張れノワール」

 壁にもたれた姿勢で疾が呟くと同時、主砲が発射された。



***



「来ます!」

 鋭い声の報告に、『魔女』は頷いて声を出す。

「嘉上、霍見、吉祥寺、門崎。全ての術者は、防御術式を起動させなさい。各当主は——陣地の保護に努めるよう要請する」

「どこまで食い止められそうだ」

 術式を——彼らの居場所である結界で守られたその部屋に、更に防御術式を重ね掛けしながら、『吉祥寺』の当主が問いかける。『魔女』は薄く笑みを浮かべ、小首を傾げた。

「さあね。何があっても中央の山優先と、そう指示を出した以上——犠牲は覚悟の上だよ」

「……」

「勿論、出来る事はするけどね」

 言いながら、『魔女』は魔法陣を足元に展開した。立ち上る魔力を器用に操作して、街に構築されつつある防御術式を強化していく。

「今この地にある人命は——この街の要だ。一般の術者がいなければ、街の平和は保てない」

 謳うように言葉を紡げば紡ぐ程、『魔女』を取り巻く魔力の量が増えていく。『魔女』の意思を強める言霊は、術式の強度を跳ね上げる。

「だけど同時に——中央の守護が揺らげば、街は沈む。この街を私は愛しているよ……守り続けてきた、この街を。だから、沈ませはしない」

 言いきった言葉に、『魔女』は薄く笑む。頭上に収束しきった魔力砲の威力は、術者達の誰よりも正確に理解していた。

 それでも、言葉は言霊、術の要。何よりも強気に、『魔女』は言い切った。

「不破の護りを、この地に。——防御術式、起動」

 その瞬間、街を覆うようにドーム状の結界が出現する。


 ほぼ同時、戦艦から魔力砲が発射された。


 巨木ほどもある太さの白い光線が、街目掛けて射出される。目も眩むような閃光を放つそれが、術式と衝突する。

 鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、街が大きく揺れた。街のあちこちで、鍛えているはずの術者達が平衡を保ちきれずに転倒していく。

「——く」

 『魔女』が顔を歪めた。震える両手が、その衝突の凄まじさを如実に表している。

 激しい火花を飛ばしながら、それでも術式が魔力砲を食い止めたのは——ほんの、数秒だった。

 陶器が砕けるような甲高い音と共に、術式が破られた。続けて、蟻塚が来た時でさえ被害を防いでいた住居を守る魔術が、紙切れのように破かれる。

 誰もが絶望を、終わりを悟った。

 呆然と空を見上げた彼らに、閃光が届く、まさにその瞬間。


 轟! と。


 凄まじい魔力の奔流が、地面から吹き上がる。

 街全土を覆うように放出された魔力が、閃光と衝突する。閃光を喰らうように浸食する無色の魔力は、次の瞬間無数の魔法陣を描いて魔術を吐き出した。

 幾重にも射出されていく影のような弾丸が、閃光を貫くように削る。地面から吹き上がる魔力そのものと共に、閃光を喰らい尽くすような勢いで迎撃した。

 だが、削りきれない。

 魔法陣は光を薄れさせ、消滅した。半分以上削られた閃光が、それでも食い止めるように吹き上がる魔力を圧倒する。

 動けない術者達に降り注いだ閃光は、全ての光と音を席巻した。


 やがて、光と音が消える。


 そこには、数え切れない程の倒壊した建物を、無傷の・・・人々が信じられないという顔で眺めている光景が広がっていた。


「何、が……」

 呆然と呟く当主の声に、『魔女』はいち早く我に返った。

「……管理者、か。全く、腰が重いから忘れかけていたよ」

 泣きそうな顔で呟いて、『魔女』は全く被害のない・・・・・・・寺の窓から、空を見上げる。

 戦艦は変わらずに頭上に存在していた。が、新たに魔力が収束していく気配は無い。

 あれほどの威力の主砲が、たった1度しか撃てないという事は無いはずだ。という事は、沈黙には何らかの理由があると言う事。

「大きい口を叩く癖に、遅いんだよ」

 強がりを多分に含んだ憎まれ口を叩いて、『魔女』はいやと考え直した。あの性格の悪い男が、街の危機に急ぐという考えを持つはずが無かった。

 ……というかそもそも、戦艦を堕としに行ったのが羽黒と彼であるという仮定が正しいのならば、だ。それは人命救助や街の防衛という目的が建前で、本音は寧ろ「楽しいから」辺りではあるまいか。

「最悪の黒は人命を重んじる、って評判は聞いたことがあるけど……アレを抑えきれるかは……」

 正直、不安しかない。

「……うん」

「どうした」

 1つ頷いた『魔女』は、ようやく現実に立ち戻ったらしい当主を振り返った。

「幸い、あの黒炎で蟻はもういない。後は西山で決着が付いてくれれば、私達は後始末するだけだ。という訳で当主、その辺りの指揮は任せて良いかな? 私はやっておきたいことがあるんだ」

「何をする気だ」

 胡乱げに尋ねられ、『魔女』はシニカルな笑みを浮かべた。

「ちょっとばかり、保険を、ね」



*** 



「……っ」

 街の一角。

 ノワールは大きく肩を上下させて、呼吸を整えた。

 久々に5割近くの魔力を一挙に消費した負荷が全身にのしかかる。しばらく大規模な魔術を扱っていなかった——必要が無かった——のが災いした。

 額を押さえてゆっくりと息を吐き出す。軽い目眩が収まるのを待って、おもむろに周囲を見回した。

 軒並み倒壊した家屋。辛うじて半壊に止まっているものもあるが、どのみち修繕が必須である建物ばかりだ。

 だが、未だに戸惑いの声を上げている人々は、全くの無傷。

「……まあ、及第点か」

 そう呟いて、ノワールはまた息を吐きだした。

 地脈からの魔力供給が特に多い所を龍穴などと呼ぶが、今ノワールが立つ場所はそれと全く真逆、街に1つ2つは存在する『盲点』とでも言うべき地点。地脈からの魔力が殆ど無い負の地点を、ノワールは何とか探し出していた。

 負の地点は魔力が枯渇しているので、少量の魔力も効率的に吸い上げる。その特性を活かして、ノワールは自身の魔力を薄く浅く伸ばした。地脈に影響を与えないぎりぎりの範囲で、街一帯を自身の支配下に置いた上で、防御魔術を編み上げたのだ。

 魔術の構成は、3つ。

 1つ、伸ばした力場を足場にした、魔力の高出力放出。これにより、着弾の衝撃を和らげた。

 一応ノワールの魔力は闇属性……浸食の性質を持つ為、これだけでも閃光の威力を削れる。が、流石にノワールも魔力の力押しで魔王クラスの魔力砲全てを削るまでは人間やめてはいない。

 2つ、放出した魔力を魔法陣に置き換え起動させる、迎撃魔術。真っ向勝負で魔力砲を迎え撃った。

 ただし、これらの目的は本当の意味での迎撃、撃破ではなく、3つ目の魔術を成功させる為の緩衝魔術だ。

 ——3つ、座標状態固定。

 魔力を通して把握した全ての人間、建物などの座標を固定して、状態変化を食い止める。これによって、魔力砲によって受けるはずだった被害を無効化した。

 こちらの魔術強度を上回らない限り全ての攻撃を透過させる、絶対の防御陣。それを魔力と知識にものを言わせて、強引に作り上げたのだった。

 勿論、まともな準備もせず街中の全ての座標を固定するのはいくら何でも無茶が過ぎる為、ノワールは固定強度に優先順位を付けた。

 第1位に、中央の山と、四家の本部。

 第2位に、龍脈と、街中にいる人間、病院。

 第3位に、要所で祀られている祠。

 第4位に、建物など街の構成要素。

 これらのうち第1位と第2位にほとんどの魔力をつぎ込んだ為、建物は多くが倒壊する羽目になった訳だが。今回修繕は丸投げで良いらしいので捨てた。

 展開した魔力越しに状況を探索すれば、死者0かつ封印への影響一切なしという、注文された通りの結果が返って来た。

「しかし、迎撃魔術はあの程度か……まだまだだな」

 ノワールは呟いて、眉根を寄せる。

 相手は世界を幾つも滅ぼした魔王の最大火力、そう簡単に削れないのは分かっている。だが、半分程度しか削れなかったというのは今後の課題だ。

「魔力消費が過ぎると負担になるなら、魔力や魔術の効率化を図って威力を上げるか。せめて今の5割増し程度の火力は、常時展開出来るようにすべきだ」

 低い声で今後の計画を呟き、必要な研究に一瞬だけ思考を馳せる。大まかな道筋を脳内で整え、ノワールは意識を切り替えた。

 頭上を見上げる。次の魔力砲が充填される様子は未だ見られないから、おそらく疾か羽黒が破壊したのだろう。

 念の為にあの戦艦が堕ちるまで防御魔術は残しておく。この街の術者がもうまともに動けないだろう事は、ものの見事に破られた術式からも想像が付く。

「……それにしても」

 唸るように呟いて、ノワールは剣呑に目を眇めた。

「……やはり、逃げたか」

 魔力砲が発射される前、黒炎が白蟻の全てを燃やし尽くした直後。それまで魔力越しに感じていた、羽黒が連れてきたという吸血鬼の気配が、ノワールの支配領域から外れた。

 おそらく、黒炎の脅威に晒されて避難したのだろう。封印が成されているのならば、負傷していてもおかしくない。

「そのままくたばればいいものを」

 吐き捨てたノワールだが、そうではないのも分かっている。ほぼ無意識に追っていた感覚では、自分の意思で離脱しているようだった。

「ちっ……」

 本音を言えば、今直ぐ全てを放り出して追いかけ、弱っているうちに仕留めてしまいたい。だが、一応請け負ってしまったこの街の守護を一身に背負っている現在、管理者としての役割を考えても許されることではない。

 それでももし、その吸血鬼が雄体ならば構わず仕留めにかかっていた。が、幸か不幸か察知した気配は雌体。

 復讐の対象でないと明らかである以上、無闇な暴走は避けるべきだ。

「くそ……本当に、あいつ等と関わると碌な事がない」

 どうせこの後羽黒と疾について報告書……否、始末書を書かされることが決定しているノワールは、苦々しげに吐き捨て、魔術の維持に意識を逸らした。

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