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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
魔王編
46/169

黒き劫火と勇者の降臨【part夙】

 衝撃は次空艦〈グランドアント〉を大きく揺さぶった。

「侵入者を許したでありますれば? 艦の多重結界を破られたであるなれば、この世界の守護者クラスが動いたと考えるべきでありますれば」

 コックピットの指揮官席に立つ蟻天将ムラヴェイは配下に侵入者の映像を表示するように命令する。侵入者は男が二人に獣が一匹。艦内を我武者羅に破壊しながら徐々にこちらへと向かってきている。

「彼らの目的が主砲の阻止であるなれば。精鋭蟻を足止めに向かわせますれば」

 精鋭蟻は一般の白蟻兵とは比較にならない戦闘力を持っている。蟻天将の候補生とも言うべき彼らだが、〈グランドアント〉に侵入できるほどの相手だと時間稼ぎ程度しかできないだろう。

 主砲が撃てるまで持てば構わない。その後でムラヴェイが撃退すればなんの問題もない。

「ん? 地上の人間どもがなにか対抗しようとしておりますれば」

 主に四箇所で人間たちが今までとは違う動きを見せている。恐らく主砲に気づいて結界を強化しているのだろう。

 無駄なことを。白蟻兵とかろうじて戦える程度の人間がなにをしようが主砲を防ぐことはできない。ムラヴェイの主君――『白蟻の魔王』フォルミーカ・ブランが艦に貯蓄した魔力を収束させて放つ主砲は、街どころか小さな国なら一撃で滅ぼせるほどの威力がある。

 だが、このまま自由にさせておくほどムラヴェイは人間に対して油断していない。

「〈マザー〉を地上へ。人間どもの好きにさせないでありますれば」

 配下たちから動揺の声が上がる。当然だろう。〈マザー〉はフォルミーカ軍の核とも言うべきもの。それを今から主砲をぶち込む地に転送する判断は正気ではない。

 だが、〈マザー〉は独自の防護壁に守られている。主砲を受けても堪えられる設計だ。守護者クラスの侵入者がいる艦内に置くよりは安全だろう。

 寧ろ主砲を撃つ前に〈マザー〉が街の人間を滅ぼしてしまうかもしれない。

「言われた通りにするでありますれば。私の言葉は姫の言葉と思いますれば」

 フォルミーカのためにも必ず街を滅ぼす。

 どんな手を使ってでも。どんな邪魔が入ったとしても。


        * * *


 沼島清吉(ぬまじませいきち)は肩で息をしていた。

 この街を守護する四家――そのうちの門崎家に仕える一般術士である清吉は、お上からの緊急招集を受けて防御術式を編み込む作業に忙殺されていた。

 ――俺みたいな奴まで集めないとやばい状況なのか?

 清吉は弱い式神を使役できる程度の下っ端に過ぎない。街を襲っていた白蟻の化け物なんてとてもじゃないが相手できるはずもなく、住人の避難誘導を優先的に行っていた。

 実際に防御術式を編み込んでいるのはもっと高位の術士たちだ。清吉はせいぜいなけなしの魔力を術式に込めているだけ。はっきり言って内有魔力が雀の涙の清吉など必要ないと思う。

 それでも、一ミリグラムでも力を必要としている理由は上空に浮かぶ戦艦を見た瞬間に理解できた。

 戦艦の先端に突き出した主砲部分――そこに危うく失禁してしまいそうなほどの魔力が集まっていたのだ。もしアレをこの街に放たれたらと想像するだけで意識を手放したくなってくる。

 もう嫌だ帰りたい!

 何度そう思ったことか。

 特に向上心もない清吉は、下っ端のまま無難に生きて無難に死ぬだろうと人生を決めつけていた。それがまさかこんな大規模な戦いに身を投じる日が来るとは……知っていれば休暇を貰って海外にでも逃げていたに違いない。清吉一人いなくたってなにも影響はないはずだ。

 なのに、自分は一体なにをやっているのだろう?

 心の中の悪魔はさっさと逃げろと囁き続けている。だが、逃げたところでどうなると言うのか。この街が滅んだ後はどこに逃げたとしても危険は変わらない。この戦いは、世界が滅びるか否かの戦いだ。

「あと何分なんだろうな、この命」

 すっかり諦めてしまった清吉が遠い目で呟いた、その時だった。

「あ? なんだアレ?」

 遠くに今までなかったと思う建物の影がもこりと聳えていたのを見つけた。見つけてしまった。術式で強化された視力でなければただの影にしか見えなかっただろう。

 三十回建てのビルにも匹敵するほど巨大で、無骨で、不格好な建造物。人間が作ったものではない。自然物のようでいて何者かの意思を感じさせるそれには、無数の穴が開いているように見えた。

「あ、あり……蟻塚?」

 清吉はテレビや写真でしか見たことないが、オーストラリアとかにある巨大な蟻塚にそっくりだった。

 嫌な予感がする。冷や汗が止まらない。

 気づいたのは清吉だけではない。周囲の仲間たちが超巨大蟻塚を指さして喚き始めた。

「お、おい、見ろ」

 誰かが言った。

 超巨大蟻塚の穴という穴から、米粒のような楕円形の白い塊が出現した。ボロボロと蟻塚から零れていくそれらは、やがて勢いを増し――弾丸のように四方八方へと打ち出され始めたのだ。

 飛来する白い弾丸があちこちに着弾する。

 それは卵だった。

 卵は着弾と同時に割れ、中から槍を持った白蟻兵が殻を突き破って這い出てくる。

「う、うわぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 清吉は悲鳴を上げた。近くに着弾した卵からだけでも無数。正直数え切れない。最初の侵攻などほんの挨拶でもいうように、白が街全域を埋め尽くしていく。白蟻兵が雪崩となって清吉の仲間たちを食い破っていく。

 防御術式に集中していた四家は咄嗟に対応できない。いやこの数……街一つを一瞬で飽和させてしまう戦力を投下されて対応できるはずもない。

 力の強い術士などがいる場所からは抵抗の爆発が見られるが、生憎と清吉の近くにそんな実力者はいなかった。

 白蟻が怒涛の勢いで迫ってくる。

「た、助け……」

 清吉は成すすべなく白い津波に呑まれてしまう。体中が熱い。痛いというより熱い。白蟻たちが清吉の体を食い始めたのだ。

 清吉は痛みと恐怖に意識を失いかけた。

 失わなかったのは、目の前の白が、どういうわけか黒に塗り潰されたからだ。

「ふぁ……え……?」

 なにが起こったのかわからなかった。

 清吉を齧っていた白蟻たちが、黒い炎に蝕まれて悶絶し、やがて塵芥も残さず崩れて消えた。

「なにが……?」

 わからないまま、痛みも忘れ、清吉はその場で呆然とへたり込んだ。

 

        * * *


 その瞬間、街全域に黒き炎が湧出した。

 唐突に出現した黒炎は、爆風に乗って激流のごとく荒れ狂い、まるで意思を持っているかのように白蟻だけを次々と焼き尽くしていく。

 街の中央に出現した超巨大蟻塚――〈マザー〉にも黒炎は襲いかかった。白蟻の卵を放出し続ける〈マザー〉は強力な結界に守られていたが、その結界すら喰い破って侵犯し、足元から一気に炎上させた。

 ボロリ、ボロリと蟻塚が崩れていく。

 三十階建てのビルに比肩する超巨大蟻塚が焼失するまで、ほんの数秒だった。

 そして流れた黒炎が消えた時、街に白蟻の姿は一匹たりとも存在しなかった。


        * * *


 そんな街の様子を一望できる東側の丘の上。

 そこに二つの人影があった。

「これでいいの、レランジェ?」

 人影の片割れ――魔女のような黒衣を風にはためかせる金髪の少女が問いかける。

「はい、あとはこの街の人間たちで対処安定です」

 上空に浮かぶ戦艦と西の山を無感情な瞳で見詰め、メイド服の女性は恭しくそう答えた。

「ふわぁ……じゃあ帰るわよ」

「了解安定です」

 足元から吹き上がった黒炎に包まれ、二人の姿は丘の上から消失した。


        * * *


 上空――次空艦〈グランドアント〉。

 地上で起こった現象にムラヴェイは目を見開いていた。

「〈マザー〉が一撃……あれは、『黒き劫火』でありますれば」

 主砲の状況も侵入者のこともこの瞬間だけは頭からすっぽ抜けていた。それほどまでの驚愕。魔王連合に連なる者なら黒炎の意味を知らないはずがない。

「この世界は……本当に〝魔帝〟の縄張りでありますれば……!?」

 心配になったのは、今も地上に降りている姫のことだった。


        * * *


 異世界邸。

 街で起こった異常な気配を感知できないほど、姫こと『白蟻の魔王』フォルミーカ・ブランは鈍感ではない。

「『黒き劫火の魔王』……ふふふ、ようやく出てきたということですわね」

 だが、フォルミーカの目的とは全くの無関係な存在だ。向こうからフォルミーカ自身に接触して来ない限り、無理に相手をする必要もない。

 今のは恐らく威嚇だろう。

 これ以上の侵略を続ければ確実に叩き潰しに現れる。だからと言ってフォルミーカがこの世界の侵略を諦めるということはない。『魔女』を見つけて縊り殺した後は、予定通り〝魔帝〟だろうとなんだろうと蹴散らして世界を侵し尽すつもりだ。

「あなたの出番はあとですわ。首を洗って待っていらっしゃいな!」

 気配のした方角へと大声で宣言すると、フォルミーカは異世界邸での戦いに意識を戻すのだった。


         * * *


 そして、異世界邸の管理人――貴文と神久夜は。

「本当に……なにが起こってるんだよ今……」

 さっぱり状況がわからず、痛む胃を抑えながら、どうやら襲撃されているらしい異世界邸へと急ぐ。

 異世界邸を襲っている蟻天将は、先程のナラクよりも強いらしい。考えるだけで胃痛が激しくなる。

 異世界邸の住人は非戦闘員を含めてもどいつもこいつも一筋縄ではいかない連中だ。ちょっとくらいやばい連中が襲って来ても問題なく撃滅してしまうだろう。一緒に邸も撃滅しちゃって貴文の胃がマッハな点だけが困りものだ。

 しかし、今回は『ちょっとくらいやばい連中』の範疇を超えている。たかが幹部の一人に貴文が敗北しかけた事実が焦りに拍車をかけている。

 いっそ全部夢だったらどれほど救いか。

「俺が戻ってどうにかなるのか……?」

 神久夜との同化は既に解除されている。傷は回復したとはいえ、これ以上は流石に負荷がかかり過ぎるからだ。もう一度同化するにしても最低一日は休息が欲しい。

 つまり戦闘力は激減している。二人になったと考えれば数的には増えているが、〈天之羽衣〉等の能力は使えない。

「おいポンコツ、お主を倒した蟻天将は本当にあのナラクとかいうのより強いのじゃな?」

 神久夜が走りながら貴文の背負っているポンコツこと001に訊ねた。

「ああ。だが絶望的な実力差があるようには思えん」

「邸に近づくほどビンビン感じるこの圧倒的な気配は絶望的じゃと思うのじゃが?」

「それは……恐らく、別の奴だ」

「ふざけんなよ!? ナラクとかいうのより強い奴がいて、さらにそいつよりも遥かに強い奴までいんのかよ!?」

 どうしろと言うのだ。御先祖様を呼べば勝てるのだろうか? いや、この気配の主よりもさらに上がいないとも限らない。そうなったらもう世界の終わりだと思うべきだ。


「それが魔王の気配さ。心配しなくても、これ以上の化け物はいないよ」


 と、前方で唐突に風が巻き上がった。

「――ッ!?」

 急ブレーキで足を止める貴文たちの前に現れたのは、『活力の風』と書かれたエプロンを来た美青年だった。

「ちわーっす! 毎度お世話になっております、雑貨屋『活力の風』でぇーす!」

「誘薙さん!?」

 いきなり現れた顔見知りに目を白黒させる貴文。だがすぐに頭は冷静になり、彼がただ気まぐれでこの場に現れたのではないと悟る。

「魔王とはどういうことじゃ? 地下迷宮のことかの?」

 貴文が気になっていた単語を神久夜が問う。雑貨屋の美青年――法界院誘薙は爽やかな笑顔を浮かべながら、現在の街と異世界邸の状況を詳細に説明してくれた。

「なるほど、そんなことがのう……して、小悪魔ナース☆悠希ちゃんの写真はいくらじゃ?」

「いや待てハニー、そこは今どうでもいいだろ?」

「千円になります」

「売るな!?」

「買った!!」

「買うな!?」

 現在進行形で異世界邸が廃材と化してる状況でこれ。貴文の胃がキリキリと痛み始めるのは自然の摂理だった。

「とにかく、教えてくれてありがとう、誘薙さん。急がないとやばいことになりそうだ」

「待つんだ、貴文さん」

 再び足を動かそうとした貴文を誘薙は手を広げて制した。

「そのまま君が駆けつけたとして、状況は変わらないよ」

「じゃあどうするんだよ!?」

 焦りに叫ぶ貴文。こうしている間にも刻一刻と異世界邸が、住人たちが危険に陥っているのだ。止まっている暇などない。状況が変わるか変わらないか、そんなものは行ってみないとわからないだろう。

 とはいえ理性はそう言っているが、本能は誘薙が正しいと訴えかけている。

 どうすれば……?

「僕は妹と違って正確には世界の『守護者』ではないけれど、それと同等の権限を与えられていてね」

 誘薙は爽やかに笑ったまま、貴文に問いかけた。


「貴文さん、勇者になってみないかい?」


「……は?」

 意味は、よくわからなかった。

「まあ、嫌だと言ってもなってもらうけどねぇ」

 誘薙が爽やかな笑みから意地悪めいたそれに表情を変えた瞬間、貴文の足元から一陣の風が吹いた。

「これは……っ」

 力が湧き、体が軽くなり、まるで自分自身が風になったかのような爽快感に包まれる。この新しい力が流れ込んでくる感覚は、神久夜との同化に近いものがあった。

 恐怖が消える。

 焦りが落ち着く。

 力が漲る。

「た、貴文が、風を着ておるのじゃ……」

「悪いハニー、このポンコツを頼む」

 貴文は背負っていた001を神久夜に預けると――ふわり。風に乗って空中に浮かび上がった。〈天之羽衣〉なしに飛んでいる事実に驚きを禁じ得ない。

「ちょっと行ってくる」


 今なら、誰にも負ける気がしなかった。


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