狂える知人 【part夢】
地面が再び激しく震え、砕けた地層が空中に巻き上げられる。
「烈王尖刃!!」
空中に光の軌跡を走らせながら、貴文は大きく足を振り上げ、そのままナラクと名乗る蟻天将へとかかと落としに似た技を炸裂させる。白銀の光を纏った右足は防御の姿勢をとったナラクの両腕へと食い込みそのまま地面を砕いて、めり込ませる。
しかし……。
『うィ……?』
ナラクは虚ろな目をこちらにむけたまま、その口角を引き上げ、白い歯を見せた。
その瞬間……。
バキバキバキ――ッ。
「――っ!?」
貴文は驚愕する。
ナラクは両腕で防いでいた貴文の足を片腕だけで防ぎ、余った腕で足を掴み、そのまま捻じり砕いていたのだ。
脳に駆け抜ける激痛は意識が飛びそうになるもので、貴文は歯を食いしばりなんとか抑え込む。
そして、すぐにこのままでは相手の攻撃に転じられると判断するとすぐに回避へと行動を移す。
余った足で掴まれている部分を切り落としそのままナラクを蹴り込んでその衝撃で回避……。
切断した瞬間に喉元に胃酸がこみ上げてきたがそうしなければ死んでしまう。白目を向きそうになりながらも鋼鉄のナラクの腕に蹴り込むとそのまま体を反動で飛ばした。
これでなんとか距離を……しかし、右足を失った代償は大きく上手く体のバランスが取れない。
そのまま地面の上を引きずられるように吹き飛ぶと、大木の幹に激突し、そこで止まる。
視界に映る自分の右足の切断面からはだくだくと血が流れている……。
(……痛い……痛いのじゃァ……)
「……すまん神久夜……油断した」
感覚を共有している神久夜が悲痛の声をあげる中、貴文は苦々しい顔で視線をあげる。
土を蹴りながら子供のように嬉しそうに跳ねまわるナラク。
『やっタやッタ。きつねがチギレタ』
へらへらと笑いながら、ガチョッと言う変形音と共に再び装甲が展開され、銃口がせり出てくる。
やばいやばいやばいやばい……。
さっきは両足があったが、あれは避けられるのか!? 瞬身之功は精神状態を正常にしてから使わなければ体に対して加速の命令が送れない。あれは全身が正常な状態で使わないと真価を発揮できない技だ。それを使ってあの弾を回避したが……今度はそれが使えるかどうかわからない。ということは……。
脳裏にどす黒い死の掲示がなされた瞬間、全身の血の気が引く。
糞……ここでやられるのか!? いや、まだ攻撃を横に放てば……。
そう思い視線を横に向けるが……。
「――くそ……まじかよ……」
そこには、無数のぽちの群れが震えていた。あそこに向かって技を使えば、彼らを傷つけてしまう。ということは攻撃技の反動による回避は不可能か。
ならばもう……逃げる方向で考えない方が良さそうだな。このまま逃げていてもどうせやられる。なら攻撃を続けた方がまだ生き残る可能性がある。
……正直こんな奴がこの世界に来るとは全く予想していなかった。こんなに強い敵は何年振りだろうか……。今まで化け物みたいなやつらが異世界邸に来たがここまで敵意むき出しのやつはいつ振りだろうか。
(どうにせよ……やるしかないのう……貴文よ)
「分かってるよ……まだこののを置いて死ぬには早いよな?」
(そうじゃ……まだあの子には教えてないことが多すぎる。ここで死ねるかたわけが)
脳内で響く神久夜のそんな言葉に貴文は片足で立ち上がる。
視界に映るはこちらに銃口を向けるナラクの姿。貴文は強がるように口角をあげながら、
「さぁ……かかってこいよ虫けら」
……ナラクを……挑発した。
『……ヲ前……馬鹿ニしたな!!』
初めてその表情に怒りを滲ませるナラク。次の瞬間、むき出しになっていた銃口から無数の白蟻が発砲される。
「瞬身之功!!」
それと同時に貴文と神久夜は全身全霊の加速を行った。
全身に走る強い命令。体を一気に加速させるために血液の流れも加速し、傷口から血が噴き出す。激痛で失神しそうになるが、ここで意識を失うわけにはいかない。
左足で地面をけり込み大きく躍動するとそのまま、ナラクの背後へと飛んだ。
加速レベルは、最大。先ほどの高速移動よりも五倍の速度で移動すれば周囲の空気は一気に巻き込まれていく。
激しい風圧によって地面は削り取られ、木々はへし折られる。ナラクはその風圧に耐えていたが、別にこれで攻撃しようとは思っていない。
貴文は右手を掲げ、あるモノの出現を念じる。
いつも呼び出している竹串ではない。それよりももっと強大な敵を貫くための槍。右腕を包みこむように白銀の光が広がり、次の瞬間……。
ズズッ……。
それは……出現していた。
白と黒の鉄が絡み合うように螺旋を描き、二股の矛先を持つ槍。貴文の胸部から白銀の粒子が撒き散らされ、その槍に吸い込まれていく。
「……こいつがとっておきだ……喰らいやがれ!!」
貴文は片足で地面を大きく踏みしめると、その矛先をナラクの頭部へと突き立てた。
今度は防御することなく直撃。衝撃波がナラクの後方に突き抜け、後方の鬱蒼と茂っていた木々が大地ごと抉り取られる。
風圧と轟音が周囲を薙ぎ倒す中、
「……嘘だろ……」
(馬鹿な……ありえぬ!?)
貴文と神久夜は絶句していた。
二人の力を合わせて放った渾身の一撃。
もうこれ以上はない。しかし、その一撃はナラクの口元で止められていた。
歯で……歯を噛みしめることによって槍の先端は止められていたのだ。
貴文の冗談のような力の奔流をまとった槍をいとも簡単に。
ナラクはそのまま歯を大きく噛みしめ、矛先を粉砕すると、殴りつけるように右腕を振るう。その腕の装甲はバラバラと開いていき、無数の銃口がむき出しになっていく。
……やばい、終わった。
もうこの距離では回避も出来ない。確実に白蟻の銃弾は自分の体を引き裂くだろう。
もしそうなれば……。
「このの……すまん……」
目の前に巨大な死のビジョンが迫って来る。
もう避けようがない絶対的な死。
それに二人は覚悟し、目を閉じた……。
……。
【その程度で諦めるのかお前らは】
「――ッ!?」
次の瞬間、目の前に灼熱の炎が走る。
その炎に包まれたナラクは、
『あぁああああああああああアアアアアアああ!?』
炎を払うように地面に転がり落ち、そのまま転げ回っていた。
「……誰だ……」
貴文は突然の援護攻撃に目を白黒させながらも、その攻撃の元に目を向ける。
そこには……。
「……ポンコツ!?」
001……通称ポンコツアンドロイドの姿があった。
全身は何者かによって破壊されたのか、腕も足も千切れており、表皮は剥がされ機械の内部が見えてしまっている。
辛うじて残っている右腕から先ほどの炎の残りかすのような火が漏れ出る中、001はうすら笑いを浮かべ、
「情けない……管理人も姉さんも……この程度の敵にぼこぼこにやられるとは……」
そう皮肉を言うように告げる001であったが、全身からぱちぱちち火花がちっている。
「お前……その体は……」
「そこにいる蟻天将とは別のやつにやられた。多分そっちの方が強いぞ……そいつは今別の場所にいるだろうが……」
何だそのお前は自分よりも弱いやつと戦っていると言わんばかりの自慢は。もうお前も満身創痍じゃねぇか。
そう言いたい貴文であったが、助けてくれたことには変わりない。しかし……。
「もうそれ、お前戦闘続行できないよな……」
「あぁ……担いで逃げてくれ」
「……こいつ!?」
思いっきり戦力外だった。たった一発しか援護できない。残りはお前の手で……という非常に役に立たないポジションだった。
こいつ……結局ポンコツはポンコツなのか。所詮その域を出ないのか。
色々と言いたいことはあったが、このままでは状況は変わらない。
どうする……やはりここで自分たちは終わりなのか!?
そう汗をにじませる貴文に、
「……まぁ、そんなことを言いながらも……強力な助っ人は呼んでおいたけどな……」
「……助っ人?」
001がニヒルな笑みを浮かべてそう告げる中、彼の背後の闇に一人の人影が現れる。
それが前に歩み出て、月光に晒された途端……。
「お前は……」
(お主らは……!?)
二人は……息を飲んだ。
そこに立っていた二人の人物。
それは貴文に似た顔の一人の黒髪の青年と、神久夜の年齢を引き上げたような顔つきの狐耳や九本の尻尾を持った白髪の少女。
その二人はこちらに向けて笑いかけると。
【ここは私たちに任せておけ……お前はこいつで体を治して仲間たちの所にいってやりな】
そう……言い回復薬をこちらに放った。
***
貴文と神久夜は001を背負って異世界邸へと走っていた。
もう足の傷は件の人物がくれた回復薬によって完治している。医者いらずの圧倒的回復力をもたらす秘薬……それをこちらに渡してくれた人物。
「……何で……あの人達が……」
二人は走りながらも、あの二人について疑問を抱いていた。
彼らについてはよく知っている。いや、むしろ知っていなければおかしいという立ち位置の二人だ。しかし、彼らが決して良い人物でないことも自分たちは知っている。
何故なら彼らは……。
遠い昔……まだ貴文と神久夜が幼い頃に自分たちを捨てた人物……。
「何故今更になって帰って来た……何故、俺たちを守る……訳が分からんあの人は、昔も今も……」
貴文は苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべながらも視線を前に向ける。
「だが……今はあの人達よりも、この状況の打破が優先だ……」
あの二人のことよりも今は危機が迫っている異世界邸の方にも目を向けなければならない。
001の話によると今、蟻天将という名前の敵の狙いは異世界邸……。
「本当に……何が起こってるんだよ今……」
貴文は痛む胃を押さえながらも、自分の中で別の部分も痛んでいることに気が付いた頃には、異世界邸に続く山道の中腹へと飛び出していた。
***
『誰ダよ……お、オまえ……』
やっとのことで火が消え、立ち上がるナラクの目の前に二人の人物が現れる。
その人物は先ほど自分が相手をしていたきつねによく似ていた。あのきつねを二人に分けたような外見。ただ、どこか先ほどの奴とは雰囲気が違う。
その二人は何処か得たいのしれない不気味さを帯びていた。
ナラクはその人物に恐怖を覚えながらも問う。
『何デ邪魔スルンダよ。おまエ関係ないだロ!!』
「何で邪魔を? そんなもの簡単な理由だ」
黒髪の青年は不気味なほどに口角を吊り上げながらそのギザッ歯を見せ、
「戦争の香りがした。とても甘美な血の香り……あぁ、ゾクゾクしてくるよ。お前の存在も、今お前がこちらに向けて放っている敵意も!」
……何を言っている?
ナラクは理解出来なかった。
元々、頭は蟻天将の中でもよい方ではなかったが、おそらく他の連中でもこいつの言っていることは分からないと思う。
戦争? なんだそれは? 何故血の香りで喜ぶ? 殺すことは確かに楽しいが、血はあまりいい匂いではない。
それ以前に……何故、こいつは自分を恐れていない。今までどんな敵も自分の力を見せれば恐れおののいた。そうして泣き叫び、許しを乞いながら死んでいった。
普通はそうだ。普通の人間ならそうだ。
この青年の匂いは人間……人間で間違いない。それ以外の匂いはしてこない。
なら弱いはず。弱いから自分は恐れる必要はない。絶対に。そんなわけがない。
なのになぜ……。
この二人からそこの見えない何か恐ろしいものを前にしているような感覚がするのだろう。
「俺たちは血の色を見るのが好きだ。味わうのが好きだ。肉片が撒き散らされるのを見るのが好きだ、噛みしめるのも、砕け散る音も大好きだ。そして一番好きなのはそうやって惨めにずたずたに裂かれていく生き物の儚き様を嘲笑を浮かべて眺めるのが大好きだ!!」
高らかに笑い声をあげながらそんな言葉を叫ぶ黒髪の青年。
その瞳の奥からは底知れない悪意が……こちらを見透かすのではない。拒絶し、叩きのめし、完膚なきまでに破壊したいといわんばかりの悪意がにじみ出ている。
いや……違う……分かったぞ……。
頭の弱いナラクは理解した。
何故、自分はこの二人を恐れているのかということを……。
「さぁ、始めようぜ? 虫けら? お前たちは食べることが目的で動いてるんだろ? なら食ってみろよ? この人間様を?」
「何を言うておる。お主は妾のパートナー。その時点でもう既に人間ではなかろう?」
「お、そうだな。ならば、もっとこいつは楽しみなんじゃないのか? へへっ。面白くなってきたじゃねぇか……」
けらけらと笑う青年。その姿はまるで無邪気に遊ぶ子供のようで……純真に……しかし、その背後には残虐性を孕んだ笑みを向けてくる。
その笑みを見たナラクはこう思った。
この生き物は危険だ……ここは撤退した方が良いと……。
この二人の全身から放たれる底知れない悪意。その深淵には一体どんな思考があるのか……一体こいつらはどんな能力を持っているのかが分からない。
普通に攻めない方がいい。いや、それよりも……。
ナラクは気づいてしまっていたのだろう。
自分の足がすくんで……ろくに戦えそうにないということに。
ナラクは二人に背を向けると一目散に走り出す。
近くの空には仲間の匂いがする。向こうにいけば、とりあえずあの二人からは逃げられる。
この二人と戦わないで済む。こんな……こんな……。
次の瞬間……。目の前に二つの影が現れる。
音もなく現れたそれは嬉しそうに笑うと……こう呟いていた。
「「【月狐流最終奥義……悪夢の祭典・ナイトメアパレード!!】」」
その言葉が鼓膜を震わせた瞬間、ナラクの目の前は黒く塗りつぶされていった。
***
警報の音で目を覚ます。
ナラクは見知らぬ場所に立っていた。古い木造の建物が近くにある橋の上。その上で空にある奇妙なものを見つめていた。
空には……一つの紡錘状の物体があった。
黒い黒い……黒くて大きな何か。それは静かにこちらに向かって落ちてきている……。
自分の傍には自分など目を向けてもいない人々の群れ。しかし、空に一匹の大きな鳥のようなものが駆け抜けた瞬間、血相を変えて走り出す。
一体あれは何なのだろう……何故ここにいる人間共は何故自分を恐れずにあれを恐れているのだろうか。
ナラクには分からなかった。ただ分からなかった。
やがて、空から落ちてきたそれは大地へと降り立つ。
その瞬間……。
……光がはじけた。
「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
突然発生した光はナラクの体に感じたことのない熱を与えた。一瞬で表皮は蒸発し、核爆発による灼熱が骨まで灰……いや灰すら残さないほどに焼き尽くしていく。
ナラクの意識はその一瞬の所業を超スローの状態で感じていた。
生き物は皆死の直前、まるで超スローで周りを見ているかのように感覚が研ぎ澄まされる。彼はその感じ方を屈強な戦士ゆえに人一倍強く持っていた。
それはつまりどういうことか。
皮膚が消し飛び、肉が焼かれ、骨まで消えていく。その感覚を超スローでじわじわと体感していたのだ。
それはまさに絶望であった。彼が感じたことのない圧倒的痛み。涙も全て蒸発していく、激痛の悪夢。
そうして消えていくナラクを遥か上空で二人の男女が嬉しそうに眺めていた。
「この悲劇はいいねぇ……いつ見てもゾクゾクしてくる」
「人間が生み出した悪夢の兵器の一つの大きな実験。これで多くの人々は一瞬で死に絶え、周囲にばら撒かれた放射能は全ての生物を根絶やしにした」
「俺たちの能力はそんな悲劇の記録を敵に追体験させる。その光景を遠くで眺めるんだ……実に刺激的だろう」
青年は薄ら笑いを浮かべながら、背後に出現した映画のフィルムのような模様の中へと消えていく。
狐耳の少女も同じようにその空間の中へと姿を消し、その瞬間、きのこ雲が上空へと吹き上がった。
「さて……貴文。俺は俺のやることをしたぜ……お前はお前のやることをちゃんとしろよ」
「白蟻の魔王……どんな人なのじゃろうな……せいぜいよき戦争を見せてくれると嬉しいんじゃが……」
二人は笑いながらロールフィルムの渦舞く暗闇の中を歩いていく。
そしてやがて……フィルムが巻き取られる音と共にその姿は……暗闇の中へと消えていったのだった。




