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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
魔王編
44/175

混戦【part紫】

 血相を変えた家人の報告を受け、『魔女』は結界内に当主と家人を残し、1人廊下へと出た。頭上を仰ぎ、息を呑む。

「これは……拙いな」

 眉を顰めて、『魔女』は空に浮かぶ戦艦を仰ぎ見たまま携帯を弄った。

『何だ』

「梗の字、状況が悪化した。建物にかけてる保護結界、強度上げて」

『無理だ、魔力が保たない』

「部屋にある魔石はいくら使っても構わないから。梗の字に可能なだけ強度上げて」

 返事を待たず、『魔女』は電話を切った。続けて袂に手を入れ、紙を3枚取り出した。

「せめて白蟻くらいは任せきりにしたくなかったんだけど——『吉祥寺より3家当主へ。現在編んでいる術式を、急遽防御結界へと変更せよ。上空の主砲を防ぐ事を最優先事項とする』」

 紙に声を吹き込むように、言霊を込めた言葉を『魔女』が紡ぐ。最後に息を吹きかけると、紙は蝶の形をとってひらひらと空を舞っていった。

 更にもう1枚式を飛ばし、『魔女』は踵を返した。

「さて、後は——」

 躊躇いは一瞬。当主の待つ部屋に戻った『魔女』は、再び携帯を取りだしてある番号を選ぶ。1つ深呼吸してから、スピーカー状態にして通話ボタンを押した。

『……なんだ、ノロマ。今頃状況報告か?』

 開口一番うざったそうな口調だったが、『魔女』は努めて冷静に返す。

「状況が把握できているなら話は早いね。取り敢えずこちらの術式は防御に専念させてる。もし可能なら、そっちの守護獣にも話を通して——」

『阿呆か。契約も交わしていないあいつらがそういう「守護」をしないと、その薄っぺらい脳みそはいつになったら理解出来る。むしろ逆だ』

「……逆?」

『もしあの攻撃が防ぎきれずに中央の山に被害を出すようなら、その瞬間、この街はあいつ等の手で沈む』

 不穏な予言に、当主が大きく息を呑んだ。『魔女』ですら顔を強張らせる中、声の相手は平然と返す。

『土地神の封印が解けるくらいなら街1つ災害で沈む方がマシ。守護獣の判断ってのはそういうもんだ。結界が壊れた瞬間、この街はあらゆる自然災害に襲われ、全てを無に帰す。その覚悟で、せいぜい悪足掻きするんだな』

「……」

 言葉もない『吉祥寺』側に構わず、電話の主はふと思い付いたような口調で付け足した。

『ああ、今から少しばかり頭上が煩くなるが、その程度で集中を切って術式を瓦解させんなよ? んな無様な理由で街が沈ませた守護の家、なんて愉快な名を後世に残したくなければな』

 返事も待たず、電話は切れた。『魔女』は強く目を閉じて、ゆっくりと電話を操作する。

 電話の相手は、幸い直ぐに出てくれた。

『どうしやしたか『魔女』の姐さん!』

「住民の避難は完全に終わった?」

 開口一番に最懸念事項を尋ねた『魔女』に、電話相手——寺湖田組の松千代は無駄口を叩かず直ぐに答えてくれる。

『お陰さんで無事に終わりやしたぜ! 厄介なギテンショー? とやらも、そちらさんの術者さんが協力してくれやしたお陰で、敵の手薄な東の山沿いに逃げられやした! ははははは!』

「そう、それはよかった。なら貴方達も直ぐに避難して、この街は危ない」

『頭上のアレですか!』

「……そう、だね。とにかく、こちらがあれを防ぎきれる保証はない。だから早く逃げた方が良いよ」

 『魔女』がきっぱりと告げると、少し電話相手が沈黙した。

『……姐さんはどうするんですかい』

「私達はこの街の守護者。最期まで役目を全うする」

 断言した『魔女』に、松千代は——盛大に笑い出した。

『ははははは! 姐さん、ほんっとうに肝が据わっていやすね! いや女にしておくのが勿体ねえ!』

「それはどうも」

『ここまで見せつけられちゃあ、ウチも侠気を見せない訳にはいきやせんね! 最後までお手伝いしやすぜ! ははははは!』

 唐突な申し出に、『魔女』は軽く口元に笑みを滲ませる。

「私達を、余所者も守りきれない守護者にする気かな?」

『いやいや、とんでもありませんぜ! 術式の術具、配置をすこーしばかり手伝わせていただくだけです! 最後まで生き足掻くってーのがウチのモットーですので!』

 『魔女』が軽く目を見開き、次の瞬間笑い出した。

「あはは、本当に侠気に満ちてるなあ」

『最大の褒め言葉ですぜ! ははははは!』

 豪快に笑い、松千代は更に言う。

『それに、きっと大丈夫ですぜ! 今ウチの大将が「ちょっくら戦艦堕としてくる」とか言ってましたから、きっとあの物騒なのも何とかしてくれますや』

「は?」

 流石に予想だにしていなかった言葉に、『魔女』が呆気に取られて声を漏らしたその時——。




***




 『魔女』からの電話を切った疾は、ふと気付いて傍らの虎を見る。

「つうか、今更だけど2人乗り出来んの」

「マジで今更だな、おい」

 似合わなくも真っ当なツッコミを入れてきたのは、先程なんだか随分楽しそうに戦艦への突撃を提案してきた羽黒という術者だ。ぶっちゃけたった2人で戦艦を堕とそうとか頭おかしいだろうコイツ。嫌いじゃないが。

 件の虎はちらりと羽黒を見ると、ふいっと顔を背けて伏せた腕に埋めた。可不可というより、嫌がっているようだ。疾はすっかり乗り物扱いしているが、神獣としてはただの人如きを乗せたくない、と。

 あまりにも空気の読めていない駄虎の頭を、がしっと掴んで持ち上げる。

「出来るんだな? 出来るんだろ、出来ると言いやがれ」

「すげえ、虎を脅迫するか」

「そこの輪郭違い、うるせえ」

 茶化す羽黒は放っておいて、虎と目を合わせた。にっこりと笑ってやると、びくっと震える。失礼な虎だ。

「他人様の睡眠時間を削っておいて、てめえばかり楽してんじゃねえぞ?」

 何なら今直ぐ全部放り出して他の住人に右倣えで避難してやっても良いんだぞ、という副音声は無事伝わったらしい。いかにも渋々といった様子で、虎が頷く。

「よし行くぞ」

「おー。空飛ぶとか流石の俺も初めてだぜ」

 予想外の台詞を吐きつつ、羽黒が疾に続いて虎に跨がった。疾が虎の腹を踵で抉ると、虎はいきなり立ち上がる。

 ぶわりと、風が渦巻いた。

「うおっ、すげーすげー」

 楽しそうな声が後ろから聞こえてきたので、何となく振り返る。どうせ行き先は明確だ、放っておいても虎が勝手に飛んでいく。

「つうか、堕とすっつってもどーする気だ? アレの情報とか持ってねえぞ」

「あー、適当に動力源破壊すりゃいんじゃね?」

「お前馬鹿なのか?」

 つるっと悪態を吐いてしまったが、羽黒は動じる様子も無かった。術者には珍しい事に、割と心は広い模様。弄り甲斐のない。

「だったらここから魔力ぶっ放して堕とせよ。その無駄に多い魔力は木偶か?」

 羽黒が身に纏う魔力の量は決して少なくない。8割も使えば戦艦くらい堕とせるだろう。どこにあるか分からない動力源の操作なんて手間は必要ない。

 しかし、羽黒は疾の揶揄にあっさりと頷いた。

「あー、近い。この魔力を封じんのが俺の役目でね、せいぜい治癒にしか使えないわ」

「はーん、それで飛行も出来ねえのか」

 目を眇めて意識を集中すれば、確かに先程出会った白銀もみじとか言う吸血鬼が僅かに纏っていた魔力と波長がよく似ていた。

「吸血鬼の力を血を媒介に封印して使役? 物好きだな。ま、あの気味悪ぃほどの治癒力は便利かもしれんが」

「失敬な、アレは俺の女だぜ。あと、治癒といっても骨折直すのが関の山だ、吸血鬼みたいな欠損の回復は無理」

「物好き通り過ぎて酔狂か」

 呆れ気味に言いつつ、さっきから虎が地味に反応しまくってて煩いので、黙って飛べと頭を叩いておいた。

「つうか、ノワールに言うなよそれ。アレが発射される前に街が消し飛ぶぜ」

「あーそれな。一応警告したけど、そういや2人とも今街にいるんだった」

「阿呆か、馬鹿じゃねえのお前」

 警告ごときで止まるなら、半人半鬼とは呼ばない。暴走時は疾ですら命懸けだというのに、こいつ暢気すぎ。

「いやはや、もみじとあいつの殺し合いとか、ちょっと見てみてー気はすっけど。あいつここの管理者だろ? 流石にこの状況で喧嘩ふっかけるほど理性すっ飛んではなかったぜ」

「へえ?」

 思わず疾が笑むと、羽黒は飄々とした表情のまますっとぼけた。前言撤回、コイツなかなかの曲者である。

「……ま、いいや。それより」

 先程魔力を視たときに気付いたもう1つを確認すべく、疾は右手の銃を遠慮なく撃った。


 ガキィン!


 いやに硬質な音が響き、眉間に吸い込まれていった弾が弾かれる。

「何の躊躇いもなく急所攻撃しやがったなこのクソガキ」

「それも吸血鬼の恩恵? ちげえよな」

 悪態はさらっと無視して聞くと、羽黒は苦笑混じりに答える。何となく扱い方が分かってきた。

「龍鱗、で通じるか?」

「へー、龍殺しねえ」

「通じるのか、物知りなガキだな」

「吸血鬼の力封じた龍殺しって、ウケでも狙ってんのか?」

「いやはや、人生は小説より奇なりとはよく言ったもんでな」

 いろいろあったのさ、と、羽黒は嘯いた。

「はーん。で、他になんかオプションでもあんのか?」

「いやあ、流石に俺でもこれ以上お前さんに誇れるものはないかな」

「そーかそーか」


 良い事思い付いた。


 疾が向き直ると、全貌がギリギリ見て取れる距離にまで近付いた戦艦。目を凝らすと後ろ3分の1くらいの位置にハッチらしきものが見えた。魔力が着々と溜まっている主砲は、前3分の1くらいの位置にある。

「おー、流石の本拠地、大したもんじゃねえの」

「ま、デケエのは確かだな」

 楽しそうな羽黒に疾が相槌を打つと、いやいやと反論が返ってきた。

「それもだけど、このすげー複雑な防御装置も大したもんじゃね?」

「あ? あー……まあそうだな」

 羽黒の示した無数の魔術に、疾は生返事を返す。どーでも良すぎて見てなかった。

「何だ、微妙な反応だな」

「いや、ノワールの無駄に細かすぎる結界に比べれば普通じゃねえかと」

「あれはもはや趣味の域だろ、比べる相手が間違ってるわ。力押し上等な魔王がこれを作ったんだぞ?」

「だからノワールじゃねえか」

 堂々巡りのやり取りではぐらかしつつ、疾は距離や強度を測って虎に伝えていく。色好い返事が返ってきたので、早速実行に移る事にした。

「さて、どう突入する?」

「あー。あちらさんから招いてくれればいいんだが、そうじゃねーとなると、俺としては力尽くの正面突破が性に合うな」

 実に予想通りの返事が返ってきた所で、疾はさりげなく右手を後ろに回した。

「そーかそーか。んじゃ」


 身体強化魔術発動。

 関節技の要領で掴んだ手首を返して、羽黒のデッカい図体をひっくり返し、宙空へ放り出す。

「へ?」


「FIRE」


 合図に忠実に、虎が豪風を羽黒に叩き付けた。

 轟ッという音と共に、羽黒が消える。ついでに魔術は片端から壊しておく。

「うおぉおおおおっ!?」

 ドップラーな悲鳴から1秒とたたず。


 ——ずどおぉおおおおおおん!!!


 物凄い音を立てて、ハッチの辺りに煙が上がった。

「おーし、上手くいったな」

 ようやく楽しくなってきた。

 口端を吊り上げた疾は、虎に乗ったままハッチに近寄る。見れば内部はトラップが大量に仕掛けられているようだ。見張り番もいたらしく、羽黒は既に戦闘に入った模様。

「マジで頑丈だなアイツ、龍鱗ってそんなに便利だったのか」

 今度使うか、と呟くと、虎がぶるっと震えた。その背中を踏み抜くように疾は立ち上がる。

「さあて、と」

 両手に改めて銃を喚び出し、羽黒ごと撃ち抜く勢いで、連続で引き金を引いた。

 軽めの発砲音が響き渡り、ハッチに弾が吸い込まれていく。

「うぉい!?」

 悲鳴と同時に魔術トラップを破壊して、疾は虎の背を蹴った。

「ここで待機な。——退屈したぜ、ったく」

 

 


***




 無事に傷だらけの少女を背負って病院に辿り着いた白銀もみじは、嵐のような喧噪に目を丸くした。あちこちに指示が飛び交い、白衣を纏った医師や看護師が駆け回っている。まるで野戦病院だ。

 そのうちの1人がもみじに気付いて、足早に近付いてきた。

「新患さ……ストレッチャー早く! レッドカード!」

 もみじが何か言う暇も無く、振り返って怒鳴った医師の指示に一瞬喧噪がやや静まる。

 と、次の瞬間、物凄い勢いでこちらに3人がストレッチャーを運んできて、あれよという間に少女を運んでいった。

「あらまあ……」

 目を丸くして佇むもみじに、1人残った医師が声をかけてくる。

「すみませんが、彼女の怪我の状態をご存知なら教えていただけますか? 出来れば、どうやって怪我を負ったのかも」

「あ、私は途中からしか見ていないのですが——」

 もみじがざっくりと説明すると、頷いた医師が側にいた看護師に幾つかの指示を出した。看護師が指示を受けて去ると、医師はもみじに軽く頭を下げる。

「ありがとうございます。……順番が逆になってしまいましたが、貴方はお怪我はありませんか?」

「ああ、それは大丈夫です」

 にっこりと笑って返すもみじ。白蟻如きには飛び散る体液すら被っては恥ずかしい。

「それは、頼もしい。今こちらは随分と物騒なようですが、無傷とは」

 にこにこと笑って頷いた医師の胸元をもみじが何となく見ると、「院長 中西」と書かれていた。

「……院長まで働かれているのですね。こんな時間ですのに」

「そりゃあ、この事態で帰る訳にもいかないでしょう。下手に外に出るのも危険ですしね」

 そう言って、医師——中西翔は病院の外を眺めた。

「どうやら随分と厄介な攻撃を受けているようですね、病院の周囲をずっと多くの方々が守ってくれています。となれば、ここの長としては、避難誘導に従う事より、残って最後の瞬間まで術者の手当にかかるのが義務でしょう」

「素晴らしい心がけですが……、最後の瞬間とは穏やかではありませんね」

「今この時期に防ぎきる難しさは、何となく肌で感じていますので」

 静かに答えた翔は、視線をもみじに戻す。苦笑を滲ませて一礼した。

「失礼、今頑張っている貴方がたに言う事ではありませんね。それでは」

 爽やかに笑いかけ、翔は踵を返して歩き出す。それを見送り、もみじは病院を出た。

「さて、羽黒に指示を仰いで……あら」


 ——ずどおぉおおおおおおん!!!


 何となく仰いだ頭上から、壮大な爆発音が響き渡る。

「なんだかとっても楽しそうですね……仲間外れとは寂しいです」

 拗ねた表情で愚痴り、もみじはあてどもなく歩き出した。


*****




 ——ずどおぉおおおおおおん!!!


「……派手にも程がある」

 呻きを漏らし、ノワールは額を抑えた。

「だから会わせたくなかったんだ……どう報告しろと」

 それぞれ厄介な知人である、羽黒と疾。どう考えても相性が良すぎて絶対に会わせたくはなかったのだが、なんの因果かあの後遭遇してしまったらしい。

 主砲なんかよりも余程危機感を覚える組み合わせに全てを放り出して音源、つまり戦艦へ向かいたかったが、その間に主砲で街が吹き飛んでも困る。その後で有言実行とばかりに羽黒とそしておそらく疾までもが、こちらに押しかけて来るだろう。

「厄介事は報告書だけで十分だ」

 よって、溜息と共にそう吐き捨てたノワールには、このまま主砲への対抗策を準備するしかなかった。

 靴裏を通して、この地では地脈や龍脈と呼ばれている魔力線を探る。土地単位で魔術をかける際の基本である魔力線に干渉しようとして、ノワールは溜息を漏らした。

「……ぐちゃぐちゃだな」

 複数人が干渉しているせいで、魔力の波動はミキサーでかき混ぜたかの如くぐちゃ混ぜだった。これでは干渉した所で十全な結果はもたらさないどころか、先に干渉していた術者に影響を及ぼしかねない。

「街の術者共と、羽黒と……何だこれは、変な流れだな」

 それでも何とかならないかと順番に解析していたノワールは、うち1つに奇妙な流れを感じ取って眉を寄せた。何となく、流れの道筋を視線で追う。


 視線の先には、中央でやたらと存在感を誇る山があった。


「……そういえば、資料に書いてあったな。土地神を祀り上げるべく4家の当主が龍脈の力を集積させ、中央に不可侵の領域を作っている、だったか」

 独りごちて、ノワールは1つ溜息をつく。ある程度の被害は許容されるようだが、あれだけは——術式ごと——壊してはならない。土地神の祀りとは言い換えれば封印だ。封印が解ければ、おそらくこの街は沈む。

 つまりは、これ以上魔力線は本当に利用出来ないという訳で。

「……このデカい標的を守りつつ、人死にを出さず、出来るだけ土地被害を最小限に、か。……それを魔力線も利用せずに、短時間で準備しろだと?」

 無茶な注文にも限度がある、とげんなりと呟いて、ノワールは踵を返した。

「転移……だと見逃すか。仕方ない」

 魔力が全身に行き渡り、身体強化魔法として発現する。次の瞬間、ノワールの姿が文字通りぶれ、消えた。

 土地には幾つかポイントがある。それを時間内に探し出せれば、打つ手はある。それなりに急ぎながら、ノワールは面倒さに溜息を漏らした。

 



*****




 中西悠希は混乱していた。

 医務室で栞那に無理矢理ミニナース服を着せられた状態で患者が目を覚まし、ミス・フランチェスカとセシルを呼びに行ったところでぶっつりと記憶が途切れている。

 そしてふと我に返れば、医務室が盛大に破壊されているわ、母親に抱え込まれるようにして硬直した周囲には胡散臭い魔法陣が浮かんでいるわ、挙げ句になんだか更にナース服が派手派手しくなって尻尾と羽まで付いているわ。


 もう訳が分からない。


「ちょっと先生、状況を説明しやがれです!」

「患者の話聞いてたらいきなり何かやばそうなのに攻撃されてる。以上」

「ざっくりすぎです!」

「これ以上分かった所であたしらにする事あるかよ、普段迷惑かけてられてる連中の出番だ」

 そう言って栞那が指差した先、悠希はいつもは邸破壊ばかりで迷惑なトカゲや駄ルキリーや胡散臭い執事やチワワが物凄い奮闘ぶりを見せていた。

「兄弟の仇ぃ!!」

 トカゲが何やら喚きながら吐き出した物凄い量の炎を、どこからか現れた執事服の胡散臭いのがひょいっと避ける。そのまま昆虫の足のようになった腕がトカゲを切断せんと振るわれたが、直前で胡散臭いのの体ごと吹っ飛んだ。

「これは、随分な力の持ち主ですね」

「えへっ、えへへえ、貴方本当にやるじゃないですか! 血が滾りますね♪」

 恍惚の表情を浮かべた駄ルキリーが大鎌を軽々と振り翳し、胡散臭いのの腕を跳ね上げる。そのまま首を刎ねようとした攻撃は、胡散臭いののもう一方の腕が防いだ。甲高い音が響く。

「その攻撃は<学習>しました」

「えへへっ、そうこなくっちゃ!」

 更に嬉しそうに笑み崩れた駄ルキリーがとんっと地面を蹴る。高々と飛んだ足元から、光線が胡散臭いのに迫った。

「っ、これは」

 胡散臭いのが焦った顔で避ける。その後を追うように、チワワがその鋭い爪で空を切った。

「我が主君の住まいを荒らす不届きな魔王の手下など、我輩が滅ぼしてくれるのであーる!」

「僭越ながら、同じような格好とは不愉快なものですなあ」

 モノクルのコソ泥臭い執事が、咄嗟に仰け反っていた胡散臭いのの目を狙って火の玉を飛ばした。目を閉じた相手にチワワが再び爪を振るったが、まるで見えているかのように胡散臭いのが避ける。

「うわ、まともに戦っていやがるです……」

 普段はギャアギャアと騒ぎつつ住居破壊しかしていない連中が何だかんだと連携をとっている様に、悠希は開いた口が塞がらない。

「……拙いな」

 とその時、栞那が呟いた。

「へ? なにがですか先生?」

「あの過剰戦力が束になって、天秤がようやく少しこっちに傾いてる程度だぞ。それも段々と攻撃が通じなくなってきてやがる。管理人クラスの化け物だ」

「みたいだね〜。最初に放ってきたのもすっごい威力だったし〜。水素爆発でも勝てるかな〜?」

「セシルちゃんもびっくりだよ♪ あんなものすっごいのがドラゴン以外でこの世界にいるなんてね☆ セシルちゃんとしては是非とも研究してみたーいな♡」

「酔狂な」

「それ以前に無理って事に気付きやがれです……」

 力無くツッコミを入れた悠希だが、流石に状況は理解出来たのでちょっぴり不安が声に滲んでしまった。

「悠希、大丈夫?」

「え? このの?」

 こののがぴとっと悠希にひっつく。驚いて見下ろした悠希に、こののはにこっと笑った。

「大丈夫だよ、父さんと母さん、頭おかしいくらい強いから。何とかなるよ」

「……はい」

 年下に励まされ、何とも言えない表情で悠希が笑う。2人で手を握り合ったその時。

「……っ!? セシル!」

「とっくにやってるよん!」

 突然栞那が悠希をこののごと抱え込み、セシルが何やら超早口で謎言語を呟いた。なんか魔法陣っぽいのが更に浮かぶ。

 次の瞬間。

 先程より更に物凄い衝撃が頭上から降り注いだ。

「ぎゃああああ!? なんなんですか何が起こりやがったんですか!?」

「うるせえ耳元で叫ぶな! あとあたしが知るか!」

「……あははっ♪ みんな無事なよーでなにより☆」

 やや疲れたようなセシルの声が、今の攻撃のヤバさを如実に伝えているようで、悠希の顔から血の気が引いた。


「あらあら。随分と野蛮そうな方々ですのね」


 その時、可憐な声が響き渡る。誰もが視線をそこに向けた。

「っひ……!」

 患者——アルメルとカーラが2人揃って引き攣った悲鳴を上げる。見れば恐怖に引き攣った顔で、声の主である少女に視線を固定していた。

「……女の子?」

 悠希から見れば、場違いにも程がある純白フリフリドレスの少女が、胡散臭い執事服の隣に、いつの間にやら佇んでいた。

「ヴァイスが苦戦するだけはありますわね。私の魔力砲を防げた人間は久しぶりですわ」

「あは♪ そりゃーセシルちゃん嬉しいな☆」

「ですが違いますわ」

 ふいっと視線を外し、少女は目の前の戦闘要員をとっくりと眺める。ついと柳眉を潜めた。

「ヴァイス」

「は」

「ここに本当に魔女がいるんですの?」

「はい、姫様。明らかにその気配を探知しております」

「魔女……? セシルじゃないな」

「セシルちゃんは魔女じゃなくて魔術師なのだ♪」

 栞那達のやり取りの間、目を閉じていたヒメサマとやらは、やがてそのガーネット色の瞳に怒りの炎を浮かべて悠希達の方を見上げてきた。


「そうですわね……わたくしもその気配を確かに感じますわ。——出て来なさい『降誕の魔女』! 白蟻の魔王フォルミーカ・ブランは、貴女に復讐に参りましたのよ!!」


「人違いです」

 医務室組——フラン、セシル、栞那、このの、悠希の声が綺麗に揃った。4階からの声をしっかり聞きつけたらしい少女——フォルミーカがきっと睨み上げてくる。

「誤魔化す気ですの? この胸糞悪い気配、間違いなくあの魔女の気配ですわよ」

「いや、ウチ魔女っ子まではいねえですよ。ねえこのの」

「うん、いないねー。少なくとも父さんからはきいてない」

 頷き合った悠希とこののだったが、フォルミーカは実に都合の良い方向に解釈してくれた。

「……そう、そこの勇者の死に損ないから聞いたのですわね。良いですわ、かばい立てするのならば、貴方方ごと吹き飛ばすまでですもの」

「わあなんて魔王ちっく♪」

「魔王っつってたしなー」

「現実逃避してる場合ですか!? ええい管理人どこで何しやがっているんです!」

 やけくそ気味に悠希が喚いたその時、


 ——ずどおぉおおおおおおん!!!


 物凄い爆音が空から降ってきた。

「ふぎゃあ!?」

「うお!?」

「なんだなんだ!?」

「うわっびっくりしたー♪」

「なになに〜?」

「何事ですの?」

 流石に全員がその場の状況を忘れて空を仰ぐ。空に浮かんでいるバカでっかい戦艦のような影から、微妙に煙と閃光がでているように見えた。

「なんじゃありゃ」

「なんなんですかねえ……」

 母娘で唖然と呟いていると、フォルミーカが笑い声を上げた。

「あはははは! 面白い方がいらっしゃるのですわあ、主のいない家に無断で突撃しようなど! ですが、あの戦艦には数多くのトラップが招かれざるお客様を歓迎しますし、ムラヴェイを置いていますの。人間如きでは1分と生きてはいられませんわ」

 楽しげに高らかに宣い、ですが、とフォルミーカが続ける。

「本当に、この世界の人間は楽しませてくれますわ。魔女を殺した暁には、たっぷりと味わうことにいたしましょう——お前達」

 すっと優雅に持ち上げられるたおやかな手に答えるように、フォルミーカの周囲に影が生じる。

「ヒメサマ、お待たせ」

「いたしました」

「南北から逃げる輩は」

「おりませぬ」

「東は蟻天将トードが見張っておりました故」

「我等には把握しきれておりませぬ」

 交互に語る2人は、よく似た人型の黒い影。目深に被られたフードのせいで、その顔はよく見えなかった。

「あの声……まさか……?」

 アルメルが何やら呟いたが、フォルミーカの声がそれを掻き消した。


「構いませんわ。——始めますわよ、この魔女の隠れ家を、この欠片も残さず食い尽くしてくれますわ!!」


 配下を従え、白き魔王が宣言する。


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