新年疲れましてオメデトウございます 【part夢】
神久夜「さて、本来ならばここで本編が始まるところじゃが。この回だけは特別な形で新年のご挨拶をさせてもらうのじゃ!」
貴文「皆さま明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。異世界邸管理人の貴文と」
神久夜「その妻神久夜じゃ」
貴文「昨年からスタートしましたこのリレー小説。気が付けば今回で……30部目かな?」
神久夜「多分、そうじゃないのかのう?」
貴文「30か……もうそんなに来てしまったのか」」
神久夜「時がたつのはあっという間じゃのう」
貴文「そうだね。俺の感覚だと少し前まで、まだこののが生まれたばかりだと思っていたのに」
神久夜「親のあるあるじゃのう。まぁ、それはさておき、貴文よ」
貴文「なんだいハニー」
神久夜「今年の第一回はどうやら、わしらしか出ないらしいぞい?」
貴文「え……マジ?」
神久夜「うむ……しかも異世界邸でも今までにない大変な事態が起こるそうじゃ」
貴文「え……俺の胃がもつかな……」
神久夜「もしや……第二子が!?」
貴文「……それは少し今の生活とお金の方を考えないと」
神久夜「冗談じゃ。というか真顔で計算始めんでくれんかの。前向きなのは嬉しいが私ももう年じゃからの?」
貴文「無理なの?」
神久夜「……どうしてもっていうなら……こののと相談してからじゃの」
貴文「まぁ、そんな感じで今年も色々と起こりそうです」
神久夜「なお、どうせ異世界邸で今までにない大変な事態なんぞ毎日塗り替えられてるから問題ないぞい」
貴文「いや……そこぶっちゃけたらいけない気がするんだけど」
神久夜「まぁ、そんな感じで」
貴文&神久夜「異世界邸始まります!!」
***
異世界邸に新年がやってきました。
朝から早々激しい爆発音。破裂音。消滅音。
【サイクロンッ!】
【ジョーカーッ!】
【【マキシマムドライブッ!!】】
あと、どこかの二人で一人のヒーローの掛け声など。
やたら自己主張の激しい扇風機と、引くたびに間際らしい音声の流れるトランプ。
そして、何やらバイクを買ったのか上機嫌でエンジンを稼働させるトカゲとスクラップ。
そのバイクからあの超必殺技と思われる音声は流れていたようだ。
本当に朝から謎すぎる。カオス極まりない異世界邸の風景である。
そんな中でせかせかと動いていたのはこの館の管理人、伊藤貴文。
まるで馬車馬の如く残像が見えるくらいの速度で動きながら、必死に異常事態の対応に追われていた。
「このの。このお年玉は大切に使うんだよ」
「うん。分かった!!」
無垢な我が娘の笑顔を見ながら同時進行で、
「おいトカゲにスクラップ。そのバイクのゴムからあふれている緑色の液体は何だ」
「あ、これは……なんじゃこりゃぁあああ!?」
「こ、これは偽物に使われるスライム液!?」
「すぐに捨てて来い」
二人ごとバイクを担ぎ上げ、館の外へと放り投げる貴文。
もう人間の力を凌駕していると思われても仕方ないのだが、この管理人、一応人間である。
奥さんは人外。娘も人外。一応この人間ではあるのだが、貴文にも人外の血は流れている。
しかし……外見等は普通の青年と変わらないものであり、ある意味この館の中では一番人間っぽい人間なのかもしれない。
いや、まぁ他にも人間はいるのだが。
そんな感じでもこの新年になっても変わらない異世界邸は今日もいつものようにカオスな一日が過ぎ、カオスな事件が起こり、カオスの中、貴文の胃が粉砕されていく。
いつも通りの光景がまた繰り返されると思っていた。
そう貴文は思っていたのだが……。
「……あ、貴文よ」
「ん? 何だいハニー」
「その呼び方はこそばゆいからやめんか……まぁ貴文よ」
とことこと歩いてきたのは、貴文が溺愛してやまない妻の神久夜。正月だからであるか、着物を身にまとい、首にはモフモフしたマフラーのようなものを巻き付けている。
そしてその手には一枚の紙が。
「ええと……何それ?」
「例の修理業者のところからの請求書じゃな」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、貴文の顔が渋いものになる。
「……なんぼ?」
「零の数が何個か知りたいかの?」
「何個なの?」
「七つ」
「ちょっと胃薬飲んでくる」
もう既に貴文のライフはゼロだった。
それなのに、金額という強烈な攻撃が腹部にかまされ、胃にダイレクトアタックされる。
もうライフはゼロ。今はいうなればマイナス振り切ってるだろう。
貴文はよろよろと震えながら自室に向かい、扉を閉めた。
「こ、これだ……これだよ……」
虚ろな目で薬の棚を開き、手前にあった薬を手に取る。
ラベルは貼られていない。我が家は基本風邪をひいたり、体調を崩したりすることがない。
先祖の血の恩恵が、はたまたバカだからであるか。この家族、貴文、神久夜、こののの三人で、薬を必要とするのは、貴文。薬は胃薬しかないのである。
貴文はその薬を一つ手に取ると、口に放り込み、ぷるぷると震えながらも飲み込む。
薬が喉を通り、胃に到達したのを感じると、貴文はベッドに横になり、少しの間だけ休養をとるために目を閉じた。
視界が黒く染まると共に、意識がだんだん遠のいてくる。
そんな中、ふと、耳元に変な声が入ってきた。
『……あれ……うっかり忘れた薬がここに出てる? 薬棚にしまっちゃったはずなんだけどなぁ~フミフミ君が飲んじゃったかなぁ~』
……なんかすごく嫌な予感がした。
しかし、眠気が雪崩のように彼に襲いかかって来る。
やがて、貴文は眠りについてしまった。
***
「貴文? さっき例の黒ガチムキが来たからお金払っておいたぞいって……どこにおるんじゃ?」
神久夜は自室の扉を開けて、自らの夫を探すべく、視線を巡らせる。
先ほど、貴文がよろよろと自室に向かってから早一時間半。未だに出てこないのはおかしいと思いながらも、神久夜は貴文のベッドの方へと足を進める。
「ダーリンや? 愛するハニーを待たせるとはどういう……」
そう口にしながら、神久夜が貴文のベッドを覗き込むと……。
「……」
思わず、絶句してしまった。
そこにいたのは、
「た、貴文? ど、どうして子供になってしもうとるんじゃ!?」
……そこにいたのは、小さな男の子。
真っ白な髪にくりりとした目。しかし、その視線は貴文と同じ鋭さを持っており、強気な少年のイメージが伝わってくる。
思わず、見知らぬ子どもが入ってきたのかと思ったが、神久夜はわずかコンマ数秒でこの人物を貴文だと理解した。
何故なら……、
「この首の痣。手のほくろ。そして、この匂い……間違いないのぅ……」
神久夜もまた貴文を溺愛していたからであり、単純に体の隅々まで知っていたから……と変態な理由であったのだが、それに加えて昔見た貴文の子供のころの写真とそっくりな姿をしていたからというのもあるだろう。
「一体何があったんじゃ貴文よ!?」
神久夜は幼くなり、自分と変わらぬ背丈になった貴文に問う。
すると貴文は言った。
「……君……誰?」
「……た、貴文?」
神久夜は思わず、膝をつき、呆然としてしまう。
それもそうだろう。
愛する自分の夫が。ゲレンデもマグマと化すほど熱い愛を向けている自分の夫が。
子供の姿になって、しかも自分のことを完全に忘れてしまっていたのだから。
***
「た、貴文よ? 自分の名は分かるかの?」
「伊藤貴文。これくらいわかるよ」
「私のことは分かるかの?」
「誰? というか狐耳にしっぽってコスプレ?」
「こ、コスプレ……!?」
長い間異界のものと触れ合い、この自分の姿も見慣れているはずの貴文が完全にそういうもののことについての情報を忘却してしまっている。
神久夜はたらりと冷や汗を流しながらも、貴文に言う。
「私はの! お主と結婚して、妻になっておる神久夜じゃ」
「え? いやいや。俺まだ結婚できる年じゃないし、君もそうでしょ?」
「いやいや。これでも私は20歳はとっくに過ぎておるぞ」
「またまたぁー」
「本当じゃって!」
神久夜は必死に伝えようとするのだが、子供になってしまった貴文は全く信じていないようで、へらへらと笑っている。
「第一、俺はもっとボンキュッボンのナイスバディと結婚するっての」
「わ、私だって本気だせば、それくらいいけるわい!」
「へぇー。ま、嘘はいいからさ」
「嘘じゃないわい!!」
神久夜は口から火を吐かんばかりに激昂するが、貴文はそれをスル―し、周りを見渡す。
「お父さん……どこだろう」
「お父さん?」
貴文の口から出た言葉に思わずきょとんとする神久夜。
貴文の父。それは神久夜の会ったことのない人物。
というのも……神久夜と貴文が出会った時、彼の父親は他界していた。早死にというか、事故で無くなったそうなのだが……それから貴文は祖父に面倒を見てもらい、祖父からこの館を継いだのだと。
その早く無くなった父親のことが何故ここで出てくるのだろう。
「ねぇ、君、俺のお父さんしらない?」
「い、いや……どんな顔しとるかも私は知らんのじゃが」
「ええと……写真があったと思う」
そういうと貴文は自分のベッドのそばの写真を撮る。
そこには、
「あれ……何で君がお父さんの横に写ってるの?」
そこには……懐かしき貴文と自分のツーショットがあった。
異世界邸を背景に撮った写真。確か結婚したことを記念して撮ったものだったはずだが……その貴文を指さしてお父さんと言っている?
「の、のう? それはお主じゃが……」
「何言ってるの? これはどうみてもお父さんじゃないか」
「いや、でものぅ……お主、本当に私のこと覚えておらんのか?」
「何で君のことを覚えてないといけないんだよ」
「本当に……覚えてないのかの?」
神久夜は真剣な顔で貴文を見つめる。
さすがにそんなに見つめられるとは思っていなかったのか、貴文は一度たじろくが……。
「そ、そんなに言うなら証拠を見せてみろよ!」
ついに証拠を強請り始めた貴文。
その言葉を聞いて神久夜は一度激昂しそうになりながらも……。
「……そうじゃのう……」
神久夜は静かに懐に手を入れた。
そして、取り出したのは一枚の写真。
「これを見て……思い出さんか?」
神久夜が貴文に見せた写真。
それは、貴文と神久夜。そして、それに加えてこののが写っている写真であった。
それを見た途端。
「……この……の?」
貴文が初めて、自分たち家族に関わることを口にする。
「思い出したか。私とお主は結婚して、こののが生まれた。お主の父親はここにはおらん。もうとっくの昔に死んでおるんじゃ。そこにおるのは、父親に似た姿なのかもしれないが、お主そのものじゃ」
神久夜は言う。
「帰ってきてくれんか……貴文……」
その時、神久夜の頬に一筋の涙が落ちた。
それもそうだろう。
自分がもっとも大好きな人に自分のことを忘れられてしまっていたのだから。
それはどんなに痛い出来事よりも、痛く、辛く、心に刺さる。
忘れられるということは、自分と彼とが過ごしてきた今までを否定されるようで、神久夜にはとても我慢できるものではなかった。
小さな肩を抱きしめて、神久夜は必死に彼の名を呼ぶ。
「のぅ……貴文。本当に忘れてしまったのかえ……私との思い出も……こののとの思い出も……」
「……思い出……」
ポタポタと貴文の肩に涙が落ちる。
それは貴文の肩に染み入るように広がりながら、貴文の幼くなってしまった脳裏に様々な記憶を映し出す。
楽しかった思い出。悲しかった思い出。腹の立った思い出。心配した思い出。今まで出会ってきたものの記憶が引きずり出され、抜け殻となってしまっていた貴文の頭を埋め尽くすように広がっていく。
「そうだ……俺は……」
その時……。
【ビシッ……】
貴文の体の表面に亀裂が走る。
そこから眩い光が漏れ、それは次第に広がっていった。
「……神久夜……」
「……貴文?」
光の中、少年の姿だった貴文は最後に確かに神久夜の名を呼んだ。
光は部屋の中を覆いつくすように広がっていき……。
やがて、全てが真っ黒に染まった。
***
結局この後、元の姿に戻っていた貴文は泣きじゃくる神久夜をあやすのに大変だったという。
自分が子供になっていたころの記憶はすっぽりと抜けてしまっており、一体なぜああなってしまったのかも忘れてしまっていた。
あの事件は誰が犯人だったのか。
薬を間違えて飲んでしまった貴文が悪いのか。それとも、薬を人の家の棚に入れるアホが悪いのか。
ただはっきりすることは……。
「ちゃんとラベルを貼っておこう……」
薬の瓶には、しっかりラベルを貼らなければならない……ということだろうか。




