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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
外伝
30/169

クリスマス・イヴの災難【part夙】

「エマージェンシー! エマージェンシー! 日本領空に謎の飛行物体接近中!」


 とある年のクリスマス・イヴに、航空自衛隊の偵察機から緊急事態のコールが鳴り響いた。

「謎の飛行物体日本領空に侵入!? は、速い!? マッハ三十は越えてるぞ!?」

 レーダーに捉えていた飛行物体が偵察機のすぐ傍を駆け抜ける・・・・・。シャンシャンシャンシャン! という奇妙な駆動音が後から聞こえ、謎の飛行物体は文字通り一瞬にして索敵範囲外へと消えていった。


        ***


「ヘイ! 今年の『クリスマスだよ☆マジのサンタクロースがお届けするプレゼント大賞』にセレクトされたラッキーピュアガールはどこデース?」

 謎の飛行物体――七匹のトナカイに引かれてマッハ三十で夜空を駆けるソリに乗った老人がやたら活気のいい声で叫んだ。

 真っ赤なコートにもさっとした白い髭、老人とは思えない筋骨隆々とした腕が力強くトナカイの手綱を握っている。

 彼はサンタクロース。教会や町中でお菓子を配っているような偽物ではない。『本物』の、サンタクロースだ。

「この辺のタウンの……異世界邸? ストレインヂなネーミングのビルディングですな!」

 片手の手綱をもう片手に渡してから、一枚のA4用紙を取り出す。そこには『当選者』である黒髪の幼女の写真がプリントされていた。名前は伊藤このの。九歳。

「このプリティガールの欲しいプレゼンツは……ホワッツ? タイムマシン? なんてインポッシブル!? いくらミーでも超未来のアイテムは入手できま――あ、妥協案で『でっかいもふもふのぬいぐるみ』ってある。じゃあこれで」

 ソリの後ろに乗せてあった白い大きな袋を一つ担いでサンタクロースは立ち上がると、地上の遥か上空からなんの躊躇いもなく飛び降りた。

 サンタクロースとは、多くの国でクリスマス・イヴに良い子の下へプレゼントを持って訪れると伝えられている人物である。一般的には架空の存在だと認識されているが、サンタクロースはこの通り実在する。

 ただ、全世界の子供たちにプレゼントを配るわけではない。人口が増えまくった現代社会でそんなことを一夜で、しかも一人で行うなどめんど……過労で死ねる。

 なのでサンタクロースは良い子――サンタクロースを信じる純真無垢な子供のみを対象に抽選を行い、毎年百人にプレゼントをこっそり配って回っているのである。

 それが『クリスマスだよ☆マジのサンタクロースがお届けするプレゼント大賞』――我ながら完璧過ぎるネーミングセンスに鳥肌が立ちそうだ。


 ドゴォオオオオオオオンガシャガララララン!?


 地上のアパート――異世界邸の屋根を盛大に突き破って危うく木っ端微塵にしかけたけど気にしない。こっそり配る? キニシナイ。

「うわぁああああああああなんだ今の爆発は!?」

「オゥ! 起こしてしまいマーシタカ! 面倒なのでグッドナイッ!」

「ぐえっ」

 白髪の高校生くらいの少年に見つかりかけたがどうにかチョークスリーパーで黙らせた。どうやら彼はこんな夜中まで起きてなにかの作業をしていたようだ。自室というより執務室。机の上には桁のおかしい請求明細書が並んでいたが、サンタクロースには関係ない。

「またお前かトカゲ野郎!? 夜中になにに引火させやがった!?」

「今回は俺じゃねえよポンコツが!?」

「オゥ……」

 なんか他にも騒がしくなってきたので、とりあえずサンタクロースマジックで屋敷の人間全員を深い夢の世界へと招待しておく。ついでに屋敷も元通り。聖夜のサンタに不可能はない。

「「ZZZ……」」

 屋敷全体が寝静まったと判断し、サンタクロースはほっとムキムキな胸板を撫で下ろした。

「まったく、最近は煙突のないハウスが多すぎマース! 入るのも一苦労デース!」

 そういうことにした。

「えーと、ミス・こののは……あっちのルームですね」

 サンタクロースは侵入した執務室を出ると、目的のピュアガールがいる部屋へと向かう。なぜわかるのか? 説明しよう! 聖夜の不思議パワーが位置を教えてくれるのだ!


 ガシャン!!


「がしゃん?」

 変な音が聞こえた。かと思うと、右足から強烈な痛みが全身に迸った。

 巨大なトラバサミが丸太のようにゴツイ右足に深々と食い込んでいた。

「アウアウアウアッハホォオオオオーッ!?」

 思わず盛大に悲鳴を上げる。こんな程度で眠らせた住民は起きないが……痛い! とにかく痛い! 死ぬ!

「ふんぬ!」

 あまりにも痛いからトラバサミを両手で掴んで強引に外させた。足は痛むし血も流れているが歩けないほどではない。

 問題ない。さっさとプレゼントを置いて次の子供の下へ――


 ヒュッ!


 鼻先を一本の矢が掠った。

「ホワイ!?」

 瞬間、全身が痺れて立っていられなくなる。矢に麻痺毒が塗られていたようだ。痺れる! 超痺れる!

 堪らず膝をついたサンタクロースの頭上――天井がパカリと開き、今度は無数の矢が豪雨のごとく降り注ぐ。

「ぎゃああああああああああああああっ!?」

 矢が次々とサンタクロースを襲う。だがその鋼のような肉体には引っ掻き傷程度しか負わせられなかった。

 痺れは十秒ほどで消えた。たぶんアフリカゾウ程度だと三日は動けなくなっていただろう。

「な、なんなんデス? このアパート普通じゃアリマセーン!」

 これは早急に仕事を終えなければならない。

 そう思って歩き始めて三歩目。


 床が抜けた。


「オワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオ!?」

 軽く二百メートルは落ちた。穴の底には剣山が敷き詰められていたが、落ちながらワンパンで全部粉砕したため串刺しにはならなかった。

「ホント、なんなの? ジャパニーズニンジャハウス?」

 軽くジャンプして元の廊下に戻る。


 巨大な鉄球が転がってきていた。


「ミーがなにしたって言うんデスカァアアアアアアアアアアッ!?」

 がっし、と鉄球を受け止めて放り投げる。サンタクロースじゃなければペシャンコは免れなかっただろう。

 その後も三歩歩くたびにトラップが発動し、その度にサンタクロースは力技で強引に切り抜けた。

 そして、ようやく目的の部屋の前。

「やっと……リーチデース……ぜぇぜぇ……」

 流石のサンタクロースも全身ズタボロで息も切れ切れだった。

「もう……トラップは……あーりませんねー?」

 周囲を警戒しながらドアノブに手をやる。

 電流が奔った。

「アババババババババババッ!?」

 百万ボルトはあろう電流に全身を焼いたサンタクロース。赤いコートは焦げ茶色に染まり、自慢の髭も縮れ、ナイトキャップはどこかに吹っ飛んで髪がアフロになっていた。

「もうおうちかえる……」

 それでもサンタクロースにだって意地がある。泣き言を言いつつも電流の流れるドアノブを回して部屋に入った。

 伊藤こののは布団に包まってすやすやと寝息を立てていた。この部屋にまでトラップはないだろう。サンタクロースはそう信じたい。

 音を立てないようゆっくり近づく。

 ――大丈夫、なにも起こらない。

 枕元にそっとプレゼントを置く。

 ――大丈夫、なにも起こらない。

 そのまま静かに立ち去ろうとする。

 ――大丈夫、なにも起こらな……


 ガシッ!


「さんた、つかまえた」

「ひぃ!?」

 少女の小さな手がサンタクロースの焦げたコートを掴んでいた。

「まさか、起きたのデスカ!?」

 あり得ない。聖夜の不思議パワーで力を増しているサンタクロースマジックで眠らせているから朝までは絶対起きないはずだ。

 少女とは思えぬ尋常ならざる力。サンタクロースでも強引に振りほどくのは難しい。

「むにゃむにゃ、さんた、つかまえたからそだてる」

 どうやら夢の中にはいるようだ。

「いけ、さんた、かえんほうしゃ」

「うん、無理」

 聖夜のサンタクロースでも火は吐けない。

「えへへ♪」

 余程楽しい夢を見ているのだろう。少女は眠ったまま嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「まったく……」

 掴まれていたコートを千切る。

「そんなフェイスされたら、ミーも怒りなんて吹っ飛んでしまうデース」

 千切ったコートをしっかりと握り込む少女に微笑みかけ、サンタクロースは窓から飛び出した。

 そこに丁度トナカイとソリがやってくる。

「もしもユーがサンタクロースを信じ続けるなら、また会うデイも来るかもしれませんね」

 聞こえていないと知りつつ――

 サンタクロースは、それだけ言い残して夜空の彼方へと飛んで行った。


 できれば次は、トラップを仕掛けないで欲しいと切に願いながら……。


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