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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
外伝
29/175

いつかの異世界邸のクリスマス 【part紫】

*あてんしょん


・20ウン年前のクリスマスです、大体貴文も他キャラも中学生くらい。

・本編にはいないキャラだけど吾桜んちのキャラが我が物顔で出て来ます

・まだ貴文のとーさまが管理人で、貴文はお手伝いしてる模様です


こんなつもりでお楽しみくださいな。

 事前連絡もなくふらりと現れた中西翔の親友は、酷くご機嫌斜めだった。

「あんの馬鹿どもが、なーにを勘違いして賢しらに語るんだ。おまえらの言ってることなんざとうの昔に知ってるんだよ、それを踏まえた上で日頃の発言してるんだよ、その程度のレベルで思考停止してるやつが偉そうに人を見下してくんじゃねえよあああムカツク」

 端正な顔立ちながら美人ではなく男らしさを感じさせる美貌。道行く人誰もが振り返るその顔に物騒な色を浮かべ、低い声でぶつぶつとぼやく様は、端から見てると相当不気味だ。だがとうに慣れきっている翔は、台所で湯を沸かしつつ相槌を打った。

「ハイハイ仕方ない仕方ない。悠哉はとうに世の中の大人の5割以上より頭良いからな? で、そういう人は大体「年の功」が武器なんだから、悠哉みたいに優秀な年下に「説教」するのが大好きだぞ。年上が年下より上なのは当然、ってやつに何言っても無駄だからな」

「アホだろそいつら、それが事実なら世の中率いてるのは全部死に際の年寄りだ」

 すぱっと言い切った友人——香宮かみや悠哉ゆうやに、翔は苦笑を漏らす。彼の毒舌はざくざくと聞くものの心を抉る上に反発を呼ぶのだが、いかんせん正論でもある。事実でもある故に反論しづらい言葉の数々が、既に大人達に刃向かう術となっているのは翔も知る事実だ。

「で、それを誰に言ったんだよ」

「ばあさん」

 予想通りと言えば予想通りの返答に、翔は肩をすくめた。

「あーあ……キレただろ」

「それはもう盛大に。ばあさんが明治かってレベルで古臭いことほざきまくった挙げ句に、いつもの「子供はオトナの言う事を聞け」だクソ親父。2人揃ってさっさと耄碌してしまえ」

 秀麗な顔を歪めて吐き捨てる悠哉は、絶賛祖母、父に対する反抗期を盛大に拗らせている。

 といっても、別に悠哉が精神的に未熟なわけではない。あの碌でもない大人達に対して反発を覚えるのは、奇跡的に真っ当に育ち、かつ正義感の強い悠哉には当然だと翔は判断している。……というか翔とて、彼等には敵意と害意しか持っていない。流石に、害意に関しては自分の異常性が原因だと分かっている為、悠哉相手にもなるべく見せていないが。

「それで、言い合いが収拾付かず嫌気がさして飛び出てきたわけだ。ここはお前の避難場所じゃないんだぞ?」

 コーヒー豆をミルで挽いていた翔は、肩越しに悠哉に相槌を打つ。悠哉は椅子にふんぞり返ったまま堂々と答えた。

「勿論だ。中学生が違法にも怪我人の治療を行う本拠地だって事も、その理由がこの異世界邸の問題の多さにあるって事も当然知っている。中坊が治療に駆り出されるほど怪我ばかりとは、異世界からの客人達は全く野蛮だな」

「うん、まあ、それは否定しない。けどな、悠哉?」

 フィルターをセットして、ここ——異世界邸医務室の現在の主でもある翔は、一瞬だけ振り返った。

「ここはそんな野蛮な客人達が心穏やかに過ごせるよう、麓の人間が入ってこられない結界が張ってあるんだけどな。特に、悠哉みたいな旧い家の人間は絶対に入れないよう、厳重に幾重にも結界が編まれているはずなんだけど?」

 翔のやんわりとした指摘に、悠哉は事も無げに返す。

「そんなもの、俺が通れるよう書き換えたに決まってるだろう」

 至極当然のように言われて、湯気を噴き出すやかんを取り上げた翔は軽く溜息をついた。

「まーた貴文に怒られるぞ。結界の修復は手間らしいから」

「貴文も学ばないな。どうせまた書き換えられると分かってるんだから、そのままにしておけば良いだろうに」

 これっぽっちも悪びれない親友に、珈琲の蒸らしに入った翔は肩をすくめてみせる。

「そうしたくても、そうはいかないだろうな。旧い旧い誓約だし」

「くだらん」

「言い切るねえ」

「慣習とか誓約とかそういう言葉で思考を停止してる阿呆の意見に耳を傾ける暇は無い」

 ゆっくりと湯を注いでドリップしつつ、翔は迷いのない言葉に笑い声を漏らす。

「そういう事言ってると、来そうだよね」

「あー来るぞ。毎度結界の異常は分かりにくいよう工夫してるんだが、こればっかりは貴文も気付くの早いな」

 悠哉の言葉が終わるか終わらないかのうちに、怒声と階段を駆け上がる荒々しい足音が2人の耳に入る。

「ほらな」

「流石に勘が良いね」

 感嘆の言葉を翔が漏らしたのとほぼ同時、蹴破る勢いで医務室の扉が開いた。彼等と同年代の少年が目を血走らせて飛び込んでくると、ぐるりと部屋を見回す。

「よう、貴文。夏以来だな」

 患者用の椅子にふんぞり返るように座る悠哉が、そう言って軽く片手を上げた。ぐりん! と音がしそうな程の勢いでそちらを見ると、貴文はくわっと口を開く。

「ゆぅうううやあぁあ!! お、ま、え、は! いいっかげん、てめーがここに来ちゃいけねえっつう事実を弁えやがれぇえええ!!!」

 部屋中が震えるような怒声にも全く動じず、悠哉はふんと鼻で笑って腕を組んだ。

「何を言う、貴文。そんなもの、とうの昔から弁えている」

「ほぉお? 弁えてるなら、今どおして俺の目の前にいるんだろぉなあ?」

 額に青筋を何本も浮かべる貴文に、齢13にして周囲を見惚れさせる笑顔を習得する悠哉がにっこりと笑んだ。

「勿論、弁えた上で無視してるからだな。何で俺が、馬鹿馬鹿しい古い仕来りに従う義理がある」

「よし、表出ろ。その巫山戯た根性叩き直す」

「アホ、返り討ちだ」

 どこからともなく竹串を取り出した貴文に対して、悠哉は悠然とした態度を崩さない。だが好戦的な雰囲気を漂わせているから、割と一触即発の状況だ。

 どうやら貴文を鬱憤晴らしに使おうとしてるらしいと察した翔は、やれやれと肩をすくめて口を挟んだ。

「2人ともそこまでな。貴文、折角悠哉が誰にも見つからずに侵入してきたんだからばらしてどうする。悠哉、ここにはちょっと面倒なオッサンがいるから表に出るな。作家業がどうとかでネタにされるぞ」

「それは厄介だな、残念だ」

 悠哉があっさりと引く。対して、貴文は怒り醒めやらぬ形相だ。

「毎度毎度毎度毎度、結界を壊しやがって。侵入の事実がばれるよりここらで2度と入ってこられないようにするべきだと俺は思うんだがなあ、翔?」

「無理無理、今の貴文が悠哉に勝てはしないだろ。親父さんならともかく」

「というか人聞きが悪いな、俺はちゃんと結界は壊してないぞ。毎度鬱陶しくて丸ごと破りたいのを我慢して一部書き換えるだけにしておいてるだろうが」

 あっけらかんと評価を下した翔と、堂々と嘯く悠哉。2人揃ってふてぶてしい様子に、貴文の額の青筋が更に増えた。

「その、書きかえを、直すのは、俺、なんだがなあ?」

「だから、直さなくて良いだろ。俺だけ通れるようにしてあるんだから、そのままにしておけば良いじゃないか」

「悠哉が入ってくること前提にすんじゃねえぞコラ!」

 堪忍袋の緒が切れた貴文が怒鳴るのを、悠哉は煩わしそうにしっしと手を振ってかわす。

「迷惑はかけてないだろうが。親友の様子見がてら都合の良い雲隠れに使って何が悪い」

「お家事情に関わらない為にウチは結界張ってんだよ!」

「知らん」

「このっ……!」

「まあまあまあまあ」

 口論が再に熱を上げ始めたのを遮るように、翔はとりなした。

「貴文、ちょっとカルシウムか甘いもの不足してるだろ? 駄目だぞ、ここの管理業は身体が資本だ。コーヒー淹れてやったからこれ飲んで少し落ち着けよ、悠哉がケーキ買ってきたしいただこうな」

「あ? ケーキ?」

「伊藤家は暦すら忘れるほど多忙か、ご苦労なことだな」

 悠哉が鼻で笑うのに貴文が言い返すより先、翔が言葉を被せた。

「今日は12月25日、天下のクリスマスだ。宗教云々は置いておいて、日本人としてはイベント行事として楽しんで損はないだろ?」

 貴文が虚を突かれて目を見張る。その隙をついて、翔がコーヒーカップを盆に載せて運んできた。

「悠哉、そこ開けて……って仕事早いな」

「まーな」

 綺麗に寄せられたカルテに苦笑する翔に軽く笑い声を漏らし、悠哉は顎を持ち上げる。

「おら貴文、座れ」

「お、おう」

 咄嗟に腰を下ろした貴文は、悠哉が手を伸ばした白い箱にようやく気が付いた。

「手土産。お前プリンやたら好きだが、流石にケーキにしたぞ。選ぶの面倒だからただのブッシュドノエルだが」

「気障か」

「熱心に勧めてくるのを断るのが面倒だっただけだが?」

「自慢か!」

「貴文、悠哉にとって女子に騒がれるのは「鬱陶しい」と「便利」の2つしか意味を持たないからな」

「翔もだろ」

「まあね」

「こんの腹黒コンビが!」

 貴文が声を荒らげるのも構わず、さくさくと3等分したケーキを皿に載せ、翔が配った。

「さて、まあ挨拶は無難に「Happy Holiday」で行こうか」

「無難っつったら「Merry Christmas!」だろ?」

「貴文よ、別の宗教信仰者が「Merry Christmas」はないだろう」

 悠哉の返事に、貴文が肩をすくめた。

「変に律儀だな」

「まーどうでもいいがな、家出中だし」

「一応家出に分類されるのか……」

 どうでもいいやりとりのうちに挨拶が流れ、3人はフォークをケーキに突き刺した。

「家出にしては気合い入ってると思うぞ?」

 ケーキを口に運びながら——どうしてもその仕草が上品なのは否定出来ない——、悠哉が言い添える。貴文がしかつめらしく頷いた。

「そうだな、結界干渉の理由が家出と友人宅の訪問とは誰も思わねえよ」

「それもだが、わざわざトラップの温床と化した山を登る時点で既にな。翔、何で俺まで標的に入ってるんだ。外せよ」

 片目を眇めて文句を言う悠哉に、翔は苦笑して肩をすくめる。

「いやあ、この間ふと思い立って無差別のトラップ作ったら、他のと上手い具合に重なって外せなくなっちゃったんだよねえ。俺も標的だから頑張って避けてくれ、多分死なないよ」

「そうか」

「いや「そうか」じゃねえぞ。バ翔、何を他人様の山を軍事訓練施設並みの危険度にしてくれやがるんだ」

 胡乱げに睨まれ、翔はにこりと笑った。

「ん、趣味」

「趣味悪いにも程がある」

「じゃあ気分転換?」

「よそでやれ!」

「いやあ、これだけ致死級のトラップかけても無事でいてくれる住人ばっかりだなんて、本当に助かってるよ」

「さっき死なないっつったの綺麗に流しやがったな!?」

 幾ら声を荒らげようとにこやかな翔と咎める気配すらない悠哉に、貴文はがっくりと肩を落とした。

「……ホントお前ら、勘弁しろよな」

「ごめんごめん。管理人には感謝してるよ」

「反省する気皆無か……胃が痛い……」

 ぼやきながらも本気で追い出せないのは、貴文の事情を理解した上で変わらず接してくれる2人が、貴重な友人であるからだろう。

「俺なんでこんなのしか友人いないんだろ」

「運が悪いんだろ」

「本当にねえ」

「言い切るな馬鹿ども!」

 柳に風と押し流した2人は、珈琲をのんびりとすすった。またも溜息をついて、貴文はふと首を傾げた。

「てか、妹さんしばらく見てないな。さき、だったっけ? どうしてるんだ」

 悠哉のカップを持つ手が僅かに揺れる。少し間を置いて、溜息混じりに吐き捨てる。

「……母親が再婚したとかで、家出てった。関わらん方が気楽だろうとほとんど接触してないが、少しは生活マシになってるだろうよ」

「あー……おまえんとこのおばあさん、結構癖強ぇんだったか」

「はっきり言って良いぞ、前時代の遺物にして話にならない暴君だ」

「それは悠哉もだろ……」

「その言葉は宣戦布告と見なすぞ」

 低い声で吐き捨てた悠哉が、本気の眼差しで貴文を射貫いた。純粋な怒りの眼差しに、貴文が頬を引き攣らせる。

「わーった、撤回。悪かった」

「あのばあさんはただの老害だ、次同じに扱ったら容赦しない」

 既に声変わりも終わった悠哉の凄みは、相当怖い。半ば身を引きかけてる貴文を救うべく、翔が殊更のんびりと口を出した。

「まあ、これで悠哉も相対評価を気にして振る舞いを考えなくて済むしねえ。咲希も不当な評価無くなってのびのび出来てるんじゃないか?」

「仕来りもへったくれもないからな、経済的には問題無いようだし。正直変わってほしいくらいだ」

「あー、それで悠哉最近よく来るのか。本格的な「教育」への反乱中?」

「自我潰されない為の戦いと言え、あのバカ親父のようになるか否かの瀬戸際だ」

「……悪い、ホント俺が悪かった。話題がどんどん重くなるから、そのくらいにしてくれ」

 貴文が必死で謝ると、ようやく悠哉が物騒な気配を引っ込めた。八つ当たりのように残りのケーキを口に押し込む様子を横目に、貴文は肺が空になるまで息を吐きだした。

「…………はあ。まあ悠哉の事情も知ってるしな…………親父には黙っておくから、次からせめて事前に連絡寄越せ。人に見つかるのは困るんだよ」

「俺がそんなヘマをやらかすと?」

「協力するから連携取れって言ってんだよ。これでも友人やってんだから、少しは信じろ」

 悠哉が眉を上げた。しばしの間の後、ふっと穏やかに笑う。

「ま、気が向いたらな」

「是非ともその気になれよ」

「悠哉は気分屋だからなあ」

「翔は説得に回れよ!」

 賑やかで和やかな騒ぎは、日が暮れるまで続いたのだった。


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