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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
外伝
28/175

大人たちによるクリスマスの舞台裏【part山】

 ある年のクリスマス・イヴ。

「あら……? これは……」

 異世界邸の良心こと食事処「風鈴家」の女将・那亜は目の前の事態に、彼女にしては珍しく困り果てた表情を浮かべていた。

「ご馳走さまー……って、那亜さん?」

「どーしたんすか?」

 いつものように朝食を食べ損ねて中途半端な時間に食事をしに来ていた異世界邸の管理人・貴文と、異世界邸の地図作成の途中報告をしに来ていたホビットの元冒険家・リックは物珍しそうに困り顔の那亜に声をかけた。

「ああ……管理人さん、リックさん。ちょっと……いえ、結構困ったことがあって」

「何かあったんで?」

 貴文は那亜の縄張りである風鈴家のカウンターの内側の厨房に専用のスリッパに履き替えて入る。それに倣ってリックも足の裏のフサフサの毛により普段は絶対に履かないスリッパを履き、歩きにくそうに付いて行く。

「これなんですけど……」

 那亜は業務用の巨大な冷蔵庫の一つの前で立ち尽くしていた。その時点で貴文は何が起きたのか大方の予想がついてしまった。何せ、ここは異世界邸で、事案の元は冷蔵庫である。

「うわ……」

 貴文が冷蔵庫を恐る恐る開けると、そこから冷蔵庫の出力とはとても思えないブリザードが噴き出してきた。吹雪に耐えながら目を凝らすと、冷蔵庫のはるか向こう側に雪山のような黒い影が見えた。

 この屋敷では冷蔵庫をゲートとして異世界と繋がってしまう現象が割と頻繁に発生する。それにより向こうの世界から来たはた迷惑な連中が勝手にこの屋敷に住み着くようになり、今の異世界邸という形に落ち着いているのだが、

「こりゃ、よりにもよって風鈴家の冷蔵庫が繋がっちまうとは」

 一度ゲートとして異世界と繋がってしまった冷蔵庫は、その中身は綺麗さっぱり消え去ってしまうという地味に嫌な弊害が発生する。これが普段冷蔵庫などほとんど使用しないリックや不良女医・マッドサイエンティスト・守銭奴魔術師の白衣トリオならばともかく、異世界邸の住人の大部分の胃袋を担っている風鈴家の冷蔵庫と異世界が繋がってしまうという事は、結構な一大事だ。

「セシルさんに座標固定の魔法をかけてもらっていたんですけど、もう随分と前ですし、効果が切れていたんですかね?」

「あのセシルがそんなミスするかね?」

「何事も例外ってものがあっからなあ……」

 何か嫌なことでも思い出したのか、リックは苦虫を噛み潰したような顔をして頭を掻いた。

「これから昼の営業も残ってるでしょうに、大丈夫ですか?」

「ああ、いえ。昼の分は大丈夫なんです。お昼の分の材料と仕込みはこちらの冷蔵庫に入ってますので」

 そう言って那亜は隣の冷蔵庫を開けた。そこには大量のピーマンと牛肉、タケノコなどがちゃんと入っていた。今日のランチは青椒肉絲のようである。

 じゃ、なくって。

「こちらの冷蔵庫には……その、今夜のクリスマスパーティーの分が入ってまして……」

「「え゛」」

 それを聞いた貴文とリックの顔が青ざめる。

 この前ようやく十歳になったばかりの貴文の愛娘が「サンタさんサンタサンタさんさーん!! 今年こそサンタさん捕まえるー!!」と、来たるクリスマスにテンションが上がって異世界邸の廊下という廊下にトラップの数々を仕掛けたのが三日前。トラップの数とレベルは、その道のプロであるリックでさえ全て解除するのに丸二日かかったのだ。

 ともかく。

 そのレベルでクリスマスを楽しみにしている愛すべきじゃじゃ馬娘に「今年はクリスマスパーティーなしよ?」などと言った日には――

「屋敷全壊の危機!」

「かさむ修理費」

「管理人さんの胃薬、残りストック大丈夫ですか?」

 想像しただけで血の混じった咳をする貴文に、那亜が一杯の水を差し出す。それでポケットから取り出した残り少なくなってきた胃薬を飲み込み、ふうと何とか人心地つかせる。

「……とりあえず、落ち着きましょう。足りないものは何ですか?」

「パーティーメニューのうち、スープは既に完成していますし、お野菜のストックはあるのでサラダとパスタ料理も問題ないです。問題はメインの魚料理とお肉料理です」

「魚と肉か……魚はともかく、肉って七面鳥だろ? 管理人、今から手配して間に合うのか?」

「ちょっと待ってろ、今『活力の風』に連絡を……」

 ケータイを取り出し、異世界邸御用達の雑貨屋「活力の風」の店主・法界院誘薙を呼び出す。するとワンコールと置かずに

『いつもお世話に待ってまーす、「活力の風」でーす!』

「ああ、誘薙さ――」

『申し訳ありませんがクリスマスは愛しのマイシスターと過ごすことにしたので完全休業でーす!! 何か用事がある人は明日聞くのでピー音の後に――』

「ふざけんなあの風精霊(シルフィード)!?」

 留守電に繋がったため、ケータイを握りつぶしてしまった。

「くそ、こうなったら仕方がない! ちょっと俺は町に降りる! 流石に今からターキーは無理でも、チキンの売れ残りがないか探してくる!」

「はい、分かりました! 管理人さん、よろしくお願いします! あ、できたらサーモンもお願いしますね!」

 厨房から飛び出し、自室へと防寒着を取りに走った貴文の背中を見送り、リックも那亜に向き直る。

「一応オイラも何かないか探してくるよ」

「はい、よろしくお願いします。私もできる範囲の下ごしらえはしておきますね」

 貴文に続いてリックも厨房を後にする。

 さて、何か探してくるとは言っても、何があるだろうか。自分はホビットだし、貴文のように町に降りることはできない。いっそ異世界に買い出しに行くという手もあるが、リックは貴文の右腕である怪執事ウィリアムのように自在に冷蔵庫を扱えるわけでもないため、下手なことをしたら戻ってこれなくなる可能性もある。というかウィリアムどこ行った、ここ数日見てないけど。

 とりあえず、異世界邸の地図作成のために持ち歩いていた荷物諸々を置いてこようと自室に戻った。

「あ」

 そして、どうして今の今まで忘れていたのだろうと、壁に掛けられていたソレを見て思い出した。



       *  *  *



「へっへっへ、まだ腕は衰えちゃいないぜ」

 肩に丸々と太った二羽のヤマドリを釣り下げ、リックは意気揚々と雪の降り積もった山道を下る。手にはホビットの身長に合わせて作られた短弓が握られている。

「いやー、灯台下暗し。オイラ冒険者だったわ」

 最近はトラップの解除と地図作成ばかりしていたから忘れていたが、昔は冒険者でパーティーを組んで自分も戦っていたのだった。

「とりあえず、二羽も獲れば見栄えはするだろ。管理人がチキンの調達にしくっても、あのお嬢ちゃんも癇癪は起こさない……と、信じたいな」

 もう終わらないトラップ解除を延々と繰り返すのはご免だ。

 一応魚料理用の材料でも捕まえておこうか。

 そう思い立ち、確か近くに川魚がとれる渓流があった場所へと記憶を頼りに歩みを進める。

「お、あったあっ……た?」

 藪を抜け、渓流に出たリック。

 するとそこには既に先客がいた。

「あれは……ノッカー?」

 ホビットよりも背が低く、筋肉質なずんぐりむっくりなフォルム。それを加齢によりさらに小柄にしたドワーフの老婆・ノッカーが、渓流に腰まで浸かって自身の体躯よりも大きな金槌を構えている。

「何してんだ、あんなところで」

 挨拶ぐらいしておこうと近寄りながら様子を見ていると、ノッカーは金槌を大きく振り上げ――目の前の大岩に思いっきり打ち付けた。


 コーン


「は?」

 金槌の勢いのわりには何だか気の抜けた甲高い音が辺りに響いた。それに老婆とは言えドワーフの腕力で叩き付けられた岩も、砕けるどころかヒビすら入っていない。

 しかし、その程度は些細なことであった。

 打ち付けられた大岩は激しく水面を波立たせ、波紋を一面に広げていく。

 そしてプカップカッと、周囲の岩の下から大量の魚が腹を上にして浮かび上がってきた。

「はあ!?」

 一体どうなっているのかと駆け寄って確かめようとしたが、ノッカーはリックを一瞥しただけで視線を水面に戻し、浮かび上がってきた魚たちを腰に掛けていた網で掬い上げ、一匹一匹大きいものだけを選別しながら魚籠へと移していった。

「え、ええっ!? ノッカー! それどうやったんだよ!」

「…………」

 尋ねるも、ノッカーは煩わしそうにリックを一睨みすると、魚籠をリックの方へと投げてよこした。

「あ、おっと」

 それを何とかキャッチする。

 中を見ると、気を失っているのかピクピクと尾鰭を痙攣させている魚がぎっしりと詰まっていた。……中には、明らかに地球産ではなさそうな魚も混じっていたが、見ないことにした。

「え、これ、もらっていいのか?」

「…………」

 声をかけるも、ノッカーは既にリックがいるところとは逆の岸に上がり、こちらに背を向け手際よく焚き火を起こして暖を取り始めていた。

「えーと……ノッカー?」

「…………」

「あんた、さっきの風鈴家でのオイラたちの会話、聞いてたろ」

「…………」

 ノッカーのその無言は肯定の表れであった。

「ありがとよ、ノッカー! アンタも今夜はちゃんとパーティー参加しろよー」

「…………」

 二羽のヤマドリと大量の魚が入った魚籠を抱え、リックは異世界邸へと駆け足で戻っていった。


 その後、クリスマスムードの街を一人寂しく駆けずり回った挙句、結局半身のサーモンと業務用の冷凍チキンレッグ一袋しか手に入らなかった貴文が、リックの戦利品に泣いて喜んだのは言うまでもない。


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