クリスマスは唐突に 【part夢】
その日は……何故かこの季節に雪が降っていた。
目を覚ますと同時に感じるのは違和感。
異様に寒い。というか凍えそうなほどに寒い。
視線を上げて温度計を見てみるとなんともまぁ、気温が二度になってしまっているではないか。
貴文は息が白くなっているのを見て、このままではまずいと部屋の押し入れからまだ早い気はするがストーブを取り出す。
そして、そのスイッチを入れたとき……。
「「メリークリスマス!!」」
……何故か、背後で聞き覚えのある声がした。
振り向いてみるとそこには……。
「……お祖父様、お祖母様……何故ここに?」
「え? クリスマスだから曾孫の顔が見たくて」
「ついつい来ちゃったのだー!」
にんまりと笑う二人。
そこにいたのは高校生くらいの年齢と思える外見の黒髪の青年。いやに若者らしいラフな服を着ており、パーカーで頭を覆っている。
その隣には、神久夜よりも小さい年齢。幼稚園児くらいだろうか。そのくらいの金髪の狐耳の少女が立っていた。お尻のほうから九本の尾が出ているのは神久夜の家系であることを示している。
この二人は、自分の祖父と祖母にあたる人物。といっても正しくは、神久夜側の祖父と祖母だが。
彼女の一族はどうやら外見的には年を取らないようで、自分と変わらぬ姿の祖父、そして神久夜以上に若い姿の祖母に初めて会った時には本当に驚いたものだ。
まぁ、神久夜の父親と母親も同じくらい若かったからもうそういう一族なのだと思うことにしたのだが。
彼ら、名を祖父のほうが「拓也」。祖母のほうは「ニューウィル」。愛称は「ニュー」とのことで、自分にもそう呼べと言われているが、正直、義理の祖父と祖母をそんな感じに呼ぶわけにもいかず、普通に名前ではなく「お祖父様、お祖母様」と呼んでいる。
本当……この外見だとこの呼び方も違和感しかないのだが。
貴文は顔をしかめながらも周りを見渡す。
向かいの部屋ではまだ神久夜とこののは寝ているようで、ほっと胸をなでおろすと、彼らに問う。
「この雪……もしかしてお祖父様達の仕業ですか?」
「んん……あぁこいつはちょっとヴァネッサに天候をいじくってもらってな?」
「かき氷が作り放題なのだ」
「いや、こんな寒さの中でかき氷食う気はないですよ。というか、クリスマスって何事ですか」
貴文がそう問うと、拓也はにっと笑う。
「お前知らないのか。画面の向こうはクリスマスなんだぜ?」
「ええと……画面って何です?」
そう聞くとすかさずニューが答える。
「……聞かないほうがお前のためなのだ」
「じゃあ、なんで言ったんです!?」
「ノリなのだ」
「ノリだな」
「くそうくそう……この二人苦手……」
「そう言ってもらえるということは俺たちも老いてないな」
「そうなのだ。会いたくないほどウザいのが基本的なあたしたちのスタンスなのだ」
そんな感じで喜ぶ二人。
こっちはもうすでに髪が抜け始めているほどストレスがマッハなのにも関わらずなんともまぁ。
というか、クリスマスか……。正直季節外れだとは思うのだが、そういえば去年はドタバタしていてあまり祝うことができなかったな。
こののや神久夜と一緒にクリスマスを祝いたかったんだが……。
「そんな君のために俺たちがやってきたのさ!」
「地面に頭を擦り付けて感謝するがいいのだ!」
「出来たら帰って頂けないでしょうか?」
「「断る!!」」
ですよねー。
貴文は嘆息しながらも、服を着替え、館内にストーブを配置するために扉を開ける。
季節外れの極寒。季節外れのクリスマス。
そして、出来たら帰って頂きたい、自分の義理の祖父と祖母。
なんともまぁ、本日もストレスで胃がブレイクされるのは時間の問題だと思える一日の始まりであった。
***
「これが……ひいじいちゃんとひいばあちゃん……」
「会いたかったぞ曾孫よ」
「会いたかったのだぁ!」
ぎゅーと二人に抱きしめられるこのの。
その顔は「こいつらうぜぇ……」を醸し出しており、ひたすらに悠希に助けを求めるが、悠希は知らないふりをしてそそくさと出ていこうとしていた。
そんな姿を眺めながら貴文は季節外れのクリスマスツリーをホールに設置し、トカゲとスクラップを駆使して、館内の飾りつけに勤しんでいた。
いきなりこんな飾りつけをする羽目になるとは思っていなかったが、ジークルーネ等は「手伝ったら俺の祖父に勝負を挑んでもいい……俺より強いぞ?」というと全力で駆け回って、今は窓に雪だるまのステッカーを張っている。
那亜さんにはクリスマスの料理を注文しておき、ジョンは突然の冬の襲来に身を震わせていた。
……というかだね。
「ちょっと外行ってみたら、雪降ってるのここだけだったな」
「そうじゃのう……なんともまぁ、季節感をブレイクしていることこの上ないが……」
神久夜はミニスカサンタコスを纏った状態で鼻に飾りをつけていた。
「……それトナカイ用だぞ?」
「……そうなのかのぅ?」
「そうなんだよ悔しいことに」
「じゃあ、これは……」
神久夜はそっと自分の鼻から赤い球体のような飾りを外すと。
「お主がつけておくとよい。貴文」
「何で俺が?」
「私はサンタじゃろう? なら、貴文はその相棒の……」
「ジャックフロスト?」
「おかしいじゃろ」
「はいはい、トナカイですね……」
出来たら揃ってサンタコスを着たかったのだが、貴文は渋々赤鼻を付けて、トナカイを模した服に身を包む。
「うむ、似合っておるぞマイダーリン」
「それは悲しいけど、似合ってるよマイハニー」
「むふふ……外国っぽく言ってもいいものじゃのう」
「そうだね……ま、ひとまず全部飾りつけを終わらせますか」
貴文はにっこりと笑うと再びツリーのほうへと戻る。
煌びやかに彩られる館内には季節外れではあるが、皆の高揚する気分が伝わってくるように晴れやかなものだった。
***
飾りつけは終わり、クリスマスの準備が完了したのは昼過ぎのことだった。
皆、精一杯の飾り付けで盛り上がり、珍しく部屋から大先生こと在麻が出てくるほど。
出てきた傍から拓也とニューのところに行くなり、
「何々、新キャラ!? ええとどこの誰!?」
「うちの義理の祖父と祖母ですよ大先生」
「え? お婆ちゃんは別にいるんじゃ」
「あれはご先祖様です。かなり昔の時空から来た人ですよ」
「じゃあ、この人達は?」
「神久夜の祖父と祖母です」
「管理人の嫁さんの? おおおお! 初めまして在麻といいます!」
「……」
「……ええと、なぜ目を背けるんです?」
「この男、生理的に受け付けないのだ」
「あぁ……こいつはなんか嫌いな奴には心を閉ざすんだ」
拓也はあきれ顔で言いながらも、「ま、話くらい聞いてやれよ」というとこののの方へ走っていき、再びハグをしていた。
こののの悲鳴が聞こえる中、在麻はひたすらアタックしていく。
「ええ、少し取材をさせて頂いても」
「嫌なのだ」
「えぇ……なんで?」
「お前からは存在を否定したいスメルがするのだ」
「……っ!?」
在麻は慌てて周りを見渡し、誰かが聞いていないか確認するが、
「あと、なんか童貞臭いのだ」
「それ普通に悪口じゃない? おいちゃん悲しいなぁ」
「さりげなく近づかないで欲しいのだ」
在麻が近づこうとすると、見えない壁に阻まれる。
「な、なにこれ……」
「心の壁なのだ」
「えぇ……」
「というか、本当に存在を否定したいスメルがするのだ。近づくな、なのだ」
「ええと、それはおいちゃん言わないでほしいんだけどなぁー」
「じゃあ、近づくな、なのだ」
べしっと見えない壁が広がり、在麻は弾き飛ばされる。
しばらく、ぺしぺしと見えない壁を叩いていたが……。
「おいちゃん……なんかちょっと傷ついたよ……」
「だ、大先生……ご愁傷さまです……」
精神的なダメージを負った在麻はそのまま部屋の隅っこでもそもそと昼食を食べ始めた。
貴文はそれを気の毒そうに眺めながらも、はっとさっきから触られていたこののの方に目を向ける。
そこには……。
「ひいじいちゃん……離せよ……このやろう……」
「やめてあげてください! なんかもう深淵の闇が見え始めてます!!」
こののの髪や尻尾が黒く染まりはじめ、何やら封印された力が目覚めそうだったので慌てて止めに入る。
そんな感じでなんともまぁ、奇天烈極まりないクリスマス。その後も、拓也とニューによるドタバタは繰り広げられた。
***
食事後。ホールにて。ジークルーネとの遭遇。
「こ、これは凄まじい〈英雄の魂〉の気配!」
「ん? その気配はヴァルキリーか」
「むぅ……我々のことを知っているということはここの知り合いですかね」
「うん、神久夜の祖父だけど」
「貴方が……! よし、約束です! 私と勝負してください!」
「勝負? あぁ、いいよ。よし、ニュー」
「あいさ、なのだ」
「ひとまず、建物に影響無いようにバリア張って」
「了解なのだー。あ、ジュース」
「ほい。オレンジジュース」
「サンクスなのだー! じゃあ、楽しんでなのだ」
「バリア……なるほど、ここなら本気でやっても」
【次の瞬間、全てがブラックアウトした】
「……馬鹿な……」
「俺のブラスターってバリア張らないと空間にヒビ入るんだよねぇ」
「一撃で……私が……!?」
「いや、死んでない分すごい強いと思うよ。ヴァルキリーにしては」
「なん……だと!?」
「大体、今ので即死するから」
「な……(ガクっ……)」
「ちょ、お祖父様!? 医療班! 医療班を呼んでくれぇええええええええ!?」
廊下にて。トカゲとスクラップとの遭遇。
「ムッ! これは姉さんの気配!」
「いや、違うぞ。姉さんに似ているがこれは……!」
「ん? 奈月なのだ?」
「いや、竜人ってところじゃ共通してるけどこいつは男だぜ?」
「むぅ……ほとんど同じに見えたのだ」
「いや、違うだろ。頭とかトカゲだし」
「トカゲも人も大して変わらないのだ」
「いや……骨格から違うだろ普通に……」
「貴殿は一体……」
「神久夜の祖母なのだ」
「「おぉおおおおおお!!」」
「なんか土下座し始めたけど大丈夫かこいつら」
貴文宅。拓也が外で戦闘好きのやつらを相手にしている際にニューとこののの触れ合い。
「ええと……なんかお母さんより小さいですね……」
「大きくもなれるのだ」
「え? どんな感じに?」
「ほら(ぼふん)」
「な……! ボンキュッボンのナイスバディですと!?」
「こののにもあたしの遺伝子が入っているのだ。安心するのだ」
「そうか……私もあんな風に……」
「一定時期に成長が止まるのだ」
「あぁあああああああああああああ!!」
「ちょっとお祖母様!? こののに精神的ダメージを与えないでください!!」
***
そんな感じで時間はあっという間に過ぎていく。
在麻はあれからホールの真ん中に椅子を置いて沈んでいるし、なんともまぁ、今日はいつも以上につかれる一日だった。
拓也とニューは夜八時がやってくると、満足した顔で冷蔵庫から帰って行ったが……その途端館内の寒さが一気に消え、ストーブを慌てて片づけないと暑苦しくなるほどだった。
なんとかストーブを片づけ、ひと段落つくと、貴文は一人布団に潜り、目を閉じる。
まだ早いが今日は疲れすぎた……もうこんな季節外れのクリスマスはやめてほしいと思いながら。
ゆっくりと目を閉じたのだった。
――――。
――――――。
目が覚める。
時計を見てみると時刻は午前六時。
外は暖かい日差しが差し込んでいる。
貴文はゆっくりと体を起こすと周りを見渡す。
祖父も祖母の姿もない。
まるで昨日のことは夢だったようだ。
「……そうだよな。この季節にクリスマスなんか……」
きっと夢だったのだろう。
貴文は大きく伸びをすると、扉を開けた。
ホールの景色が目に飛び込んできて……。
「…………え?」
ホールの真ん中で在麻が一人、椅子に座り込んで沈んでいた。