安定の不安定【Part緋】
異世界邸の買い出しは異世界にて行われる。
日々の生活で必要な備品の大概は『活力の風』で揃えることができるが、それ以外で住人たちが必要とする物品はそれが存在する各世界で行わなければならない。
住人たちが指定した世界へ渡る冷蔵庫の使用と、住人たちの極めてプライベートな生活必需品を揃えるのは、管理人から全権を任されている執事長ウィリアムの仕事だった。
「レランジェ様、本日は宜しくお願いいたしますぞ」
「了解安定です」
先だって貴文からいつにも増してやたら分厚い紙の束を託されたウィリアムは、今回から補佐につけたレランジェを引き連れて冷蔵庫の門をくぐり、異世界邸のある地球とは別の世界の露店街を歩いていた。
外行き用のストールを首に掛け、白に落ち着いた髪にハットを被っていた。手伝いを頼まれたレランジェは必要ないと断ったのにも関わらず、秋なのだからと茶色い外套を無理矢理着せられ、メイド服の裾が時折のぞくとおびただしいコレジャナイ感を醸し出すメイドっぽい孫っぽいナニカと化していた。
しかもそういうものなんだろうとレランジェさんは別に何も感じてない風で澄まし顔である。
メイドや執事がいてもなんら不思議ではない異世界だったとしても、どことなく違和感丸出しの二人なのであった。
「まずノッカー様のご要望の品、”純度80%以上のミスリル原石1キログラム”ですが、これは私の個人的な持ち物に在庫がございますので割愛いたしますぞ」
「了解安定です。ちなみにどのような経緯でウィリアム様はそのような貴重な物を個人所有安定ですか?」
「そうですなあ、年の功ですかな」
「理解不安定了解安定です」
胡散臭さ満面の笑みでうそぶいているが、ミスリルは銀のような美しさだが、黒ずみ曇ることがなく、鋼よりも強いが銅のように延ばすことのできる金属の理想形とも言える伝説の代物。歳をとれば入手できるようなブツではない。
どうせなにかしらの手段で取得したのだろうが、もちろん正規ルートである筈がなく、またノッカーもそれを百も承知でふっかけているのだろうから質が悪いことこの上ない。
結論考えるだけ無駄なので、無駄に物持ちの良さそうな老害だということだけメモリの隅に記録し、レランジェは話を区切った。
「他には何が安定ですか」
「そうですなあ。先日ジョン様より希望された”特選ミノタウルスの最高級フィレジャーキー”ですが、これは貴文様よりメモそのものが消却却下されましたので割愛するとしまして」
「安定です」
「ヒドイデアルブフッ!?」
丁度その頃、庭先に鎖でつながれていたジョンが奇妙なくしゃみを一発かまして一瞬だけ目に元の生気が戻ったようにも見えたが、その後スーッと瞳は光を失い、忠犬ポーズでまた石のように固まるのであった。
尚、鼻は垂らしたままである。惨い。
「続きまして龍神様よりどんな口臭でも瞬く間に消え去る殺戮滅菌ポーション”クチクサクナーイ”ですが」
「その要望が不安定安定ですが」
「”クチクサクナーイ”は極めて強力な可燃性の液体ですので、プロでも判別の難しい偽物薬の”アマリクサクナーイ”をいつものように購入するよう指示されております。尚、いずれも口の臭いは消せますが使用者本人が臭ければ何の意味も持ちませんので”アマリクサクナーイ”の方を既に買いだめしてあります。そして可燃性ではない”アマリクサクナーイ”でも爆発致しますので何ら問題はありません」
「了解です。理解をキャンセルしました」
ペラペラとリストをめくっていくウィリアムの手際の良い様子を眺めつつ、レランジェは無駄な項目としてそのメモリを躊躇無くぶっ飛ばした。
「次は、アンドロイド様の物ですな」
「了解です。ちなみにあのお二方のお名前はなんと仰るのですか」
「次は、アンドロイド様の物ですな」
「……了解安定です」
こともなげにさらりと真っ当な質問を蹴り飛ばしたウィリアムに倣い、レランジェもその二人に対しての正しい扱いをインプットするのであった。
「電磁金鉱山から採れる活動資源の”エレミライト”を40グラム。これは雷属性のエネルギーを高濃度に蓄える事ができる鉱石で、しかもエネルギーの再貯蓄が可能というすばらしく希少な鉱石です」
「希少。チッ、それならば異世界安定です」
学習した内容は即座に活かす。高性能とはまさにこの事ですね。
「つまりエネループでいいワケですな」
「安定です」
学習要領は変わらない。歴史とはこうして紡がれていくのかもしれませんね。
「さて、次です。フランチェスカ様の最近の実験の結果、できあがった新薬の投与実験を行いたいので試験の立候補者をご要望ですな。性別と身体能力と三半規管と視覚情報の前後左右が全て逆転するパーティーグッズとのこと。ほほう」
「もはや買い出し不安定ですね」
「そうですな、ですが、これはまああれですな」
「”アマリクチクサクナーイ”とエネループに混入安定です」
「素晴らしいですぞ。その調子です」
受け継がれる匠の技。
なんということでしょう。
匠はとんでもないものを与えてしまいました。
余計な知識です。
「さて、次が最後ですな」
「買い出し不安定ですね」
一応は高性能メイドロボット。一時的にとはいえマスターである貴文の命令に背く行動は快いものではないらしい様子だった。一応。
「ああ、その事なら問題ありませんぞ」
ピッと最後のリストの一枚をちぎり取り、残りの他のリストとペンを宙へ投げる。独りでにペンが素早く動き、みるみる他のリストにチェックを入れていった。
勿論全て「購入済」チェック。流石デキる執事は何もかもが違う。
「残りは掃除用具と割れた食器、『風鈴家』様から冬用の鍋敷き等日用雑貨のみでして、こちらにはいい出店が揃っているのです。良ければ次回の買い出しのために、ご案内致しましょう」
「理解安定です。それでしたらお願いいたします」
すっとウィリアムが差し出した腕を取り、その後レランジェは雑踏に紛れ込みながら買い出しと適度な値切り交渉のレクチャーを修了するのであった。
用意しておいた偽物薬と電磁金代用品を笑顔で荷物の中へ滑り込ませるのもぬかりない悪徳執事の仕事ぶりを一日間近で見ながら、まだまだ自分の知らない使用人業界の後ろ暗さを垣間見てしまったのであった。
「さて、これで買い出しは終わりですな。いやはや、今日は助かりました。有り難うございます」
「いえ。仕事安定です」
「そうですが、私としましてもあなたのように仕事に誠実な方と共に働けるのはとても嬉しい。どうぞ今後とも」
「ええ。今後とも」
二人は一端言葉を区切り、頭を下げ合った。
使用人同士信頼を置き合える事を嬉しく思った……のかも知れないが、単に同じにおいを感じ取ったから感の否めない、非常に嬉しそうな晴れやかな笑顔に溢れた二人だった。
「宜しくお願いします」
「ご指導安定です」
それは非常にドス黒い、暗雲立ちこめる雲行きの如く輝く悪魔にも似た満面の笑顔だったという。
なんということでしょう。
匠はとんでもないことをしでかしたのです。
同士の錬成です。
そしてメモが一筆添えられた荷物がミス・フランチェスカの部屋へ転送される頃、『風鈴家』にはきちんとウィリアムから手渡しで荷物が配送されるのであった。
「買い出しは実に愉快安定です」
「いやはや楽しいお買い物でございました」
「フフ」
「はっはっはっは!」
「ただいまー……あれ? ねえねえ悠希、めずらしいコンビがなんかそこの廊下でニヤニヤしてるよ!」
「はあ!? おおっといっけね自分ノート教室に忘れちまいやがりましたようっかりさんチャハ!! 学校まで待避、もとい取りに帰りますよこのの!?」
「え、なにどうしたの悠希? 帰るお家はここだよ?」
「自分にとっての安息はここにゃねーんですよ!!」
「でも悠希、今日はおやつがある日……」
「命あってのおやつですよ!!」
「悠希どうしたの? 何言ってるの? 大丈夫?」
「理不尽!!」
こめかみに青筋を浮かべた悠希が小脇にこののを担いでマウンテンバイクで転がるように急斜面を滑走し門を越えた直後、なにやら紫とピンクの入り交じった奇妙な爆発が異世界邸の一角を吹き飛ばしたのは言うまでもなかった。
「え、なにこれ何があったの詳しく! ひゃっはあ!」
「喜ぶな人でなしいぃぃ!!?」
「マジで!? ヤバげ? ひゃっはあ!」
「駄目だこいつ!!」
「悠希どうしたの? 怒ってる? えと、ごめんね?」
ぎゅっ!
飛ぶように駆け下りる坂道の途中で大興奮しているエセフィクション作家に出くわしたりなんか純粋無垢な管理人の娘が可愛かったりして、派遣医師の娘は今日も生きるのに必死なのであった。
「ええい嫌だけど中西病院に救急連絡! 嫌だけど! 忘れてましたよ今日が買い出しの日だって!」
中学生ともなればテスト期間は忙しいものなのに、救急車を「前もって」要請しておくのも今や彼女の仕事と化している。
それもその筈、周りからは常識人扱いされているがあの執事だって十分他の世界では害悪でしかないのだ。
TRRRRRR……ピッ。
「やあ悠希。珍しいね、悠希から電話なんて。もしかして寂」
「アホ言ってねーで先生送りやがれ急患ですよごるあ!!」
異世界邸は今日もとっても平和である。
「アンタも嘘書いてんじゃねーですよそこのエセ作家!?」
「悠希やっぱり怒ってる……ごめんね、ごめんね?」
ぎゅっ!!
異世界邸は今日もとっても平和である。
「蹴っ!」
あべしっ。