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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
異世界邸へ、ようこそ
25/175

異世界邸の大先生【part夙】

 今回のあらすじ。

 初秋の訪れを感じさせる涼しい朝。目覚めた管理人はいつものようにくだらない喧嘩で暴れる住民二人を制裁した。壊れた邸はこれもいつものように専属大工が法外な金額をぼったくって直してくれたが、その直後にまた別の住民が爆発・毒ガステロを引き起こした。医者親子の力を借りてなんとかそれも解決したと思えば、今度は管理人の奥さんから菜園で人が倒れていると救急要請。恐らくアパートの新たな住民になるだろう少女を医務室に運び、管理人は仕事から戻ってきた執事の報告を聞く。そして倒れていた少女の身元が判明した後、管理人はようやく朝食を取ることができた。

 落ち着けた時間は束の間だった。倒れていた少女が無類の戦闘好きで、管理人の強さに惚れ込んで勝負を挑んできたのだ。

 管理人は『逃げる』コマンドを選択。

 しかし逃げられない。

 仕方なく少女の相手をすることになった時、宅配業者の人が代引き料金の請求をしてきたため有耶無耶に流れた。その後は妻が趣味でやっている家庭菜園の収穫を手伝い、邸の見取り図を作成していた住民から地下に謎の迷宮が発見されたと報告を受ける。引き続きその住民に調査を依頼し、管理人は使用人のアルバイト面接へと出かけた。

 面接から帰ると邸が半壊していた。いつもの連中が馬鹿をしたのだろうとブチギレする管理人だったが、今回ばかりは違っていた。

 管理人の娘と友人が遊び全部で地下迷宮に潜り、魔物を引っ張り出して来たためだった。

 その魔物とは、マンモスのように巨大なチワワだった。

 住民たちで暴れるチワワを抑え込もうとするも、チワワはビームを撃ったり火を吐いたりと確かに魔物らしい性能で反撃してくる。

 どうやって収拾つけるかわからなくなった時、食堂の女将さんが大量の料理をチワワの前に差し出した。お腹が空いていただけのチワワはそれで大人しくなり、今日も混沌とした異世界邸の一日は過ぎていくのだった……。


        ***


「カオスですね」

 麓の街にある出版社の個別ブースで、原稿のあらすじ部分を読み終えた女性編集者が感想を一言で纏めてくれた。

「相変わらず意味不明でぶっ飛んでてあらすじだけでも嫌って言うほどわかるカオスさですが……そのカオスがまさにグッジョブ! 流石です先生、一度どんな頭の構造をされているのか解剖して見てみたいくらいです!」

「いやいや、このくらいぶっ壊れた作品なんてごまんとあるでしょう?」

「またまたご謙遜なさらないでください! ぶっ壊れて混沌としていながらもなぜかリアリティを感じる、先生の異世界邸シリーズはいつもそうじゃないですか? 普通、ここまでめちゃくちゃなこと書こうとしたら物語なんて成立しませんよ! ちゃんと〆切も守ってくれますし! ちゃんと〆切も守ってくれますし!」

「うん、まあ、〆切大事だよね」

 興奮したように頬を上気させて原稿を抱き締める女性編集者を、誉め殺された『先生』は照れたような困ったような顔をして顎をさすった。

 だらしなく生やした無精髭にやる気のなさそうな垂れ目。服装こそ温泉宿にあるような青い男性用浴衣だが、パッと見はどこにでもいるような痩せ型の中年男性。

 しかしてその実態は、シリーズ発行部数千三百万の超人気ライトノベル『異世界邸の日常』を手掛ける作家大先生――呉井在麻くれいあるまである。

「先生、もう次のお話の構想はあるんですか?」

「え? ああ、うん、まあ一応?」

「どうなるんですか!? 個人的には地下にできたダンジョンが気になります!? ……じゃなかった。たまにはお話作りの打ち合わせとかもしましょうよ。私、これでも担当編集なんですよ?」

「いやぁ、そればっかりはちょっとなぁ」

 この編集者も一ファンとして真っ先に原稿が読めることを大変楽しみにしている様子だ。実は本当に存在するアパートの日常風景を脚色はしつつもほぼノンフィクションでお送りしている、なんて言えない。

 このご時世、ケモ耳娘やら竜神やらアンドロイドやら戦乙女やらマンモスチワワやら男装女子中学生やらなんてフィクション以外の何物でもない。本当にいるんだ! などと妄言を吐こうものならインターネットを通じて即座に世界中の笑われ者である。ネット社会怖い。

 とにかく次巻の構想なんて皆無である。帰って住民たちから今日の話を聞いてまとめてストーリーにする、執筆前の事前準備は主にその取材だけだ。

 ここでテキトーな予想を立てて次の展開を話し合っても、あのアパートの連中は斜め上を行くどころか空間とか次元とかすっ飛ばして行方不明になりかねん。

「仕方ありませんね。上からも先生の言うことに従うよう言われていますし……。ええっと、原稿は改めてじっくり読ませていただきます。それと、イラストの水矢先生にはいつも通り先生からご連絡なさいますか?」

「そうだね。同じアパートに住んでるからオレの方で直接話をつけた方が早いし」

「わかりました。う~ん、本音を言うと水矢先生にも直にお会いしたいのですが……」

 やめてもらいたい。あの元気溌剌過ぎる猫娘を野に解き放ったら出版社ビルがアートになってしまう。

「そ、それじゃあ原稿も渡したし、オレみたいなおっさんは退散するとすっかねぇ」

「あ、ちょっと待ってください! 来週の打ち合わせですが、先生のお宅にお邪魔してもよろしいですか? ついでに水矢先生も呼んで!」

「ダメ! 絶対!」

「ええっ!? そんなぁ……」

 まるで恋人にフラれたようにがっかりして机に突っ伏す女性編集者に苦笑しつつ、在麻は出版社を後にした。


        ***


 時刻は夕食時。近くの喫茶店で軽食を取ってから在麻は暗くなる前に山を登った。

 自転車が通れるほどには整備された山道をえんやこらと歩いていると、ある一点で全身をスキャンされるような違和感を覚える。それは一瞬のことで普通は気づかないか気のせいで済む感覚だが、在麻は初めて山を登った時からはっきりと感じていた。

 結界。

 異世界邸の関係者以外を弾いて寄せつけないための結界が常時張り巡らされている。範囲は異世界邸を中心に置いた半径二キロメートルの球形。地脈をエネルギー源としているため、破壊されない限り半永久的に持続する強力な結界だ。

「やっぱ慣れないなぁ。一瞬だからいいけど、感覚が鋭敏過ぎるのも考え物か」

 在麻は苦笑する。気持ち悪いから一度は破壊してしまおうと考えなかったこともないが、虚弱で貧弱なおっさんではなにもできないと気づいて諦めた。それにこの結界は必要な物だし。

「ああ、大先生。お帰りなさい」

 異世界邸の正門をくぐると、前庭に出ていた管理人の伊藤貴文が少し疲れた笑顔で迎えてくれた。見れば、また邸の一部分が愉快な感じに崩れている。それを「がははは!」と豪快に笑う黒光り筋肉達磨が修理しているところだった。

「ただーいまー。なになに今度はどったの? また例のお馬鹿コンビ? それともフランちゃんがケミストリーしちゃった? まさかの新キャラ? 新キャラ希望!」

「帰ってくるなりメモ帳開かないでくださいよ!? いつもの馬鹿野郎どもです」

「なんだつまらん」

「面白くてたまるか!?」

 という遣り取りすらしっかりメモしておく在麻だった。

「てか、畔井の旦那に頼まんでも今朝来たあのほら……えーと、名前聞いてねえや。オレ会ってないし。まあ、アレだ。管理人のばっちゃに電話すれば一発じゃねえの? タダで」

「それが……あんな大口叩いといて実は家具とか小物とかそういうのしか直せないらしいんですよ。逆にその辺は怖いくらい完璧なんですけどね」

「器用貧乏ってやつかい? いいキャラしてるねぇ。今度紹介してよ」

「やめた方がいいですよ? 器用貧乏なんてもんじゃない。アレを登場させようものならいくら大先生でもストーリーにできませんて。チートもいいところだから今まで積み重ねてきたもの全部壊れちゃいますよ?」

「ああ、そういう『いるにはいるけどあまり活躍させちゃダメ系』なキャラね……」

 在麻が異世界邸の日常風景を小説にして売り出していることは大体の住民が知っている。知らず気づかず買って読んでくれている馬鹿……もといファンもいたりするが、とりあえず了承はされているのだ。

 ――まあ、されてなくても書くけどね。

 ちなみに巷のとある中学校では「この男装女子中学生って悠希に似てない?」「そそそそんなことねーですよ!?」という遣り取りがあったのだが、それは既に過去の話。

「さてさてそんじゃ、さっそく他の住民に突撃取材と行くかね♪」


        ***


 情報提供者① 食事処『風鈴家』の女将・Nさん。

「今日も取材ですか? 在麻先生はいつも熱心ですね」

「いえいえ、好きでやってる仕事なんで」

「変わったことと言えば今朝に管理人さんのお婆様が――」

「あ、その話は聞きました」

「そうですか? ではジョンちゃんをお風呂に入れた時のお話しでも」

「詳しく」

「在麻先生って甘いものお好きでしたよね? 先ほど『活力の風』の誘薙さんが持ってきてくれた材料でケーキを焼いてみたんです」

「超詳しく!」


 情報提供者② 配達に来ていた雑貨屋『活力の風』の店主・Iさん。

「おやおや、大先生。取材かい?」

「外の人の視点ってのも大事だからね」

「とはいえ僕はさっき来たばっかりだからねぇ。あ、これ、頼まれていた万年筆」

「おお、ありがとう! 愛用してるのがそろそろ限界っぽくてさー」

「今日の話じゃないけど、管理人がメイドを雇った時の話でもしようか? 面白そうだから面接会場を覗き見てたんだ」

「是非!」


 情報提供者③ 医務室の代理人に選ばれた『男装女子中学生』・Yさん。

「怪我人病人以外が来やがるんじゃねーですよ! こっちは忙しいんですよ!」

「まあまあ、そう言わずに。おいちゃんに学校の話を聞かせてよ」

「それ言ったら書かれるじゃねえですか!? この前危うくバレそうになったんですが!?」

「学校行くときくらい女の子の格好すれば? 男みたいな格好ばかりしているとおいちゃんみたいになるよ?」

「どういうこと!? 余計なお世話です!? ――ってこの遣り取りメモんじゃねーですよ!?」


 情報提供者④ 異世界邸の中庭を守護せし『鮮血の番狼(笑)』こと・Jさん。

「ジョンちゃんなんか毛並みがふわふわしてるね。お風呂入ったからかな?」

「はい、わかりました」

「お風呂入った時どういう気分だった? ていうかそのあと調教されたって聞いたんだけど?」

「はい、わかりました」

「大丈夫? 目が虚ろだけど?」

「はい、わかりました」

「お手」

「わん!」

「重症だ……」


        ***


 その後も何人かに話を聞いてから部屋に戻ると、見知った少女がベッドにうつ伏せで倒れていた。

「にゃー、絞られたぁ……」

 イラスト担当の蘭水矢先生である。

「こらこら、ここはミヤの部屋じゃないぞ? 寝るなら自分の部屋に行きなさい」

「だって今はセンセーの部屋の方が安全なんだもん」

 この様子を見て在麻はピンときた。なにかネタになりそうなことがあったんじゃねセンサーがビンビン反応している。

「ま、丁度いいや。次巻のイラストの打ち合わせも兼ねて、今日の出来事を話してもらおうか」

「にゃー、思い出したくないー」

「那亜さんからケーキ貰ってるんだが」

「聞いてよセンセー! あの若作り魔術師ってば酷いんだよ!」

 画材探しで邸を探索していたら管理人に見つかって、そこまではよかったがそのすぐ後に魔術師・セシルが出現。ミヤの能力を知っている彼女は自分の研究だかなんだかのために扱き使うため追い回された。

 要約するとこんな感じだった。

 セシルの自室兼研究室は異世界邸の最奥にあり、普段は滅多に出会わない。時々フランチェスカや栞那とお茶会なんかしていたが、彼女が頻繁に外へ出るようになったのは例のダンジョンが出現してからだ。

 そんなエンカウント率が高くなっている状態で画材探索なんてすると見つかってしまうのが自然の摂理である。

「ふむふむ、なかなか面白かったぞ。よーし閃いてきた! 今のうちにプロットに下すとすっか!」

「センセー! ケーキもう一個食べていい?」

「いいよいいよ、その代わりちゃんとイラスト頑張るように」

「あいさー!」

「これ原稿な。イラストの枚数はいつも通りカラー四枚の挿絵十枚。表紙は新キャラのルーネちゃんで行こう」

「ヴァルキリーは見た目映えるもんねー」

「でも、そろそろなにかでっかい刺激が欲しいところだよね」

 

 非日常が日常の異世界邸においてなお、非日常と言える大きななにか。

 ノンフィクションを脚色している作品故に、シリーズがマンネリ化する前に手を打たねばならない。

 そう心の隅で考えながら、今日も呉井在麻大先生の執筆活動が始まる。


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