神久夜の芋掘り体験教室【part緋】
秋晴れとはいいものである。
晴れ渡る空の青さは夏よりもいくぶんか高く遠のき、それを横切る羊の雲の大群が小さく群れて非常に快い。吹き抜ける風までもが、秋めいてくるようだ。
風に舞うアキアカネの羽に反射する日差しが薄い虹を帯びて、赤くなりだした紅葉の葉の先端をくすぐる。
気がつかない内に、季節とは変わりゆくものなのかもしれない。
「とまあそんな訳で、今日は芋掘りなのじゃ!」
「「何がどういう訳なんだよ!?」」
例によって貴文に引きずってこられたアンドロイドと竜神は安定の理不尽さにお決まりの意義を唱える。が、満面の笑顔の神久夜を見るに、避けられない宿命であることを推して悟る。
ちなみに管理人はその笑顔の後ろで竹槍「バンブニル」を構えている。笑顔で。
((怖えよ……何だよこの笑顔の二人羽織……脅迫的過ぎるよ意味分かんねえよ……))
何も知らずに連れてこられた採用されたばかりの新人バイトの円美智子、通称みっちゃんは何を言っているのかすら恐らく半分以上理解できていないに違いない。
一応前もって貴文に教えられていた通り、神久夜が嬉しそうに喋るごとに、なんとなくにこにこと笑ってみているのだった。
((怖ええよ……その新人研修もなんなんだよ……狂気的だよ意味分かんねえよ……))
けどまあ苦しげだがはにかんだように笑うみっちゃんはそこそこに可愛かったからまあよしとするか。
「まあまあ、細かいことはいいのじゃ。折角昨日届いたいい芋の種じゃったからの、こういうのは人数が多い方が楽しいじゃろ!」
人数分の軍手と芋籠を用意しながら、楽しくてたまらなそうにツタを切る大きめのハサミを手渡す神久夜は、どこまでも邪気のない笑顔で頬をゆるめていた。
というか昨日の今日で収穫とか成育過程が見えなさすぎるのだが、まあそれは今更なのでもはや黙っておく二人である。
「う、うん。まあいいか」
「おう。姐さんが楽しそうだしな」
「おう! ありがとうなのじゃっ!」
軍手やハサミなどの装備をそそくさと着けさせつつ、和気藹々と手押し車を押してバカと無知の三人を畑へ誘い込むその神久夜の見事な手際を、またしても貴文は数歩程離れて惚れ惚れと見ていた。
ぶっちゃけ、またワケの分からん物創っちまったんだろうなーと、事情は薄々冷静に察しながら。
「さあ着いたぞ! まずはここ、ジャイモ畑じゃ!」
ばっ、と可愛らしく神久夜が両手を広げて見せたのは、例によって原生林の中を進んでいった中に何やら開墾したらしい農地が広がっていた謎スペースであった。
ツル性植物が一面に生い茂り、所々で株別れしているところから、あらかじめ芋が掘りやすいようにツルをほどいておいたらしい苦労の跡が伺える。
ニコニコと自慢げな神久夜を横目に、なんとなくいたたまれない気持ちになるアンドロイドと竜神コンビだった。
(おい……、これ親切な農家のおっちゃんが小学生の芋掘り体験会のためにやっておいてくれるやつだろ……?)
(なんか、スゲー気ぃ使ってもらった跡があるんですけど……)
まぶしいほどの笑顔を後目に、いよいよ参加しない訳にもいかなくなってきた感に苛まれる馬鹿二人組であったが、なんだか楽しそうな様子を見ていると折角だから楽しもうという気になってこないでもない。
日々楽しそうにせっせと畑仕事に精を出す神久夜の気持ちも、何となく分かりそうな気がするというものだ。
土と緑のにおいと、大地の恵み。あと可愛い女子二人。ここ重要。管理人はさっさと帰れ。ついでにあわよくばダンプにはねられて死ねば尚良し!
「それでの、ジャイモはの、アンチャンイモの妹なのじゃ。ジャイアントなイモだからジャイアンイモではなくての、妹がジャイモだからジャイアンイモなのじゃ。正式な名称は、アンチャンイモと言うのが正しいらしいぞ!」
「……うん?」
ゴメン姐さん今何て?
途中アホなこと考えて神久夜の説明を聞き流してたのもあるが、言ってる意味がまるでさっぱり分からなかった。
「引っこ抜くとの、養分が途絶えて断末魔を上げるのが特徴的じゃな」
言いながら神久夜が手近にあった芋のツルを試しに一本引っ張って根本から引き抜くと、ズルリとやたら大きな類人猿に近い形状ノナンカナマモノガ出テキタ。
〈カアアアアアアアチャアアアアアアアン!!〉
「うわああああああああああああああああっ!?」
気持ち悪かった。
「そしてこっちがジャイモじゃな」
「えっ心の準備は」
ズルン!
〈オニイイイイイイチャアアアアアアアアアッッ!!〉
「うわああああああああああああああああっ!?」
超気持ち悪かった。
「ちなみにジャイモは芽が出るとマスカルポーネ・業魔と化して情緒不安定になる漫画を葉っぱに浮き上がらせるらしいの」
別に知りたくなかった生態もこれまた実に気持ち悪かった。
「うん、これ今度こそ芋じゃなくね?」
からの沸き上がる当然の疑問。
「さあ、この世界の物じゃないから私もなんとも言えないのじゃが、分類としては芋らしいのじゃ?」
「んなこと言ったらオカマは男にも女にもオカマにも分類できんだろーが!! ツル植物系の根っこを芋で括んな!?」
「おいどうした!? お前も落ち着け!? 人類をオカマで括るな!?」
「すり下ろした汁を蒸留するといい酒になるらしいのじゃ」
「「これを!?」」
しかし疑問は晴れなかった。
〈ソリャナイヨカアアチャアアアアアアアン!!〉
「うわああああああああああああああっ!?」
実に大変超絶気持ち悪かった。
「わあ~! 私、お芋堀りはじめてなんですう~」
職場でお芋堀りという未知との遭遇に、ワクワクしながら喜び勇んで袖まくりをするみっちゃんにも動揺を二人が隠せなかったのも無理はなかった。
「落ち着けみっちゃん、ちゃんと話聞いてたか!? 俺様聞いてたけど何にも理解できてないぞ!?」
「管理人もやめたげろよ! 無垢な一般人にナニ酷な作業させようとしてんだてめえ!?」
「え……二人とも、楽しくない……のかの?」
神久夜の笑顔に、不安そうな影が浮かんだ。
「さあてッやりましょうかねッ芋堀りッ!」
「今夜はッ芋フルコースッ楽しみッ!」
「お、おう! そうじゃの!」
……かに見えたが、別にそんなこと無かった。
一瞬涙ぐみそうになった神久夜の背後でバンブニルの矛先がキラリとこちらを向いた瞬間コロっと手のひらを返したからそんな危険な事にはならなかった。
((怖ええよ……なんだよこれ楽しくねえよ全然楽しくねえよ……ヤダこの芋のツルなんか知らんがスゲーグニグニするよ……!?))
嬉々としてみっちゃんと神久夜があらかたの面積を掘り終えるまで、馬鹿コンビにとっての精神的苦痛は終わることなく続いた。
「さあて、めぼしいジャイモも堀り尽くしたことじゃし、次は殺魔イモじゃ!」
「わあ、イヤな予感しかしねえぜ!!」
早くもげんなりとした様子の体力自慢二人を連れて、次に神久夜がやってきたのは、なんかもう茨の園だった。
ドス黒い茨のツタがシュルシュルと蠢きながら、通ろうとする一行の行く手を巧みに避けて道をつくっていく。
ちなみに後ろの茨は通り過ぎると瞬時に余分な空間は許すまじとでも言うように道を塞ぐ。退路なんてものははじめから用意されてないらしい。
「この殺魔イモは別名”悪魔な罠”とも呼ばれていての。茨の硬度は金剛石に比類しその棘には鯨を2秒で昇天させる猛毒があり、絡まると10トントラックをへし折る威力で締め上げてくるというなんともファンシーなお芋なのじゃ!」
「待ってなにそのどっかで聞き覚えありそーでなかったイモとファンシー要素迷子の魔改造ツタ植物!?」
「この半径1キロの中のどこかに根である母体がおっての、そいつがもう殺人的な甘さで人気の乙女スイーツに必須な材料らしいのじゃ!」
「嘘だよ!? 絶ッッ対騙されてるよ!? なんだよそれもう地下に埋まってない時点で確実に根菜じゃねーし!?」
「ただし母体を見つけてしまったら気をつけるのじゃ。よくは知らんが、そういえばあの『活力の風』の誘薙どのが、『見つけたら戦いを免れないけど、戦えば確実に死ぬからね』と注意を促してたのじゃ」
「待て!? なんでこの茨のテリトリーに侵入ってからそれ思い出しちゃったの姐さん!?」
「うっかりさんじゃな☆」
「口調は確信犯だけどな!?」
「ほれほれ、そのツルは音にも反応するのじゃ。急がんとこの場で死ぬぞ?」
ヒュルンと嫌な音がしたことに気がついて横っ飛びに避けてみれば、たった今まで首があったちょうどその場所を鋭すぎる茨が風を切り裂いて通過するところだった。
「危ねえええええっ!?」
「ほれそんな大声を出すと」
ヒュン! ヒュヒュン!
「うわあああああ!?」
「避けても避けても追尾してきやがる!?」
「知りませんでした……お芋堀りって……ハードなんですね!」
「違うよみっちゃん!?」
「帰ったらググって即刻認識を改めなさい!?」
「ほれほれ~母体を見つけられなかった方には罰ゲームでさっきの採れたてジャイモを刺身で喰わせるからの!」
「やっぱりその物体Xは罰ゲームなんじゃねーか!?」
「味は保証するぞ。病気つきじゃ!」
「怖っ!?」
「病みつきじゃなくて!? 病気なんだ!?」
「なんでも一番身近で嫌いな存在を、逆に性的に好きになる効果があるらしい」
「「は!?」」
「安心せい、健康に害はないらしいのじゃ」
「「できるワケあるかあああああああっ!?」」
土煙と罵声をとどろかせながら、掠ることもできない猛毒の茨を普段は全く活かされない渾身のフィジカルで避けながら、二人は我先にと全力で茨の闇の中へ疾走していった。
時折炎のブレスと破壊光線で互いを滅茶苦茶に妨害しながら、見る見るうちにその背中は茨にかき消されていく。
笑顔で手を振っていた神久夜と貴文は二人とは対照的に静かだった為、襲われる気配が全力皆無である。
一方慣れていないみっちゃんは呆然と二人の背中を見送っていたが、ポンと不意に肩を叩かれて振り返ると、なにやらものすごく満足げなイイ表情を浮かべた管理人がにこやかに言った。
「んじゃ、甘くておいしい殺魔イモ探索隊も送り出したことだし帰るか」
「えっ!?」
「ああ大丈夫だよ、あいつら慣れてっから。こういうの」
「い、いいんですか?」
「へーきへーき」
「そうじゃの。それにさっきのイモの病気も普通に嘘じゃから、かえって煮っ転がしてご飯にするのじゃ」
「あ、そうだったんですか」
「こんな見た目で案外ホクホクでとろける食感でな、沢山あってもすぐにのうなってしまうのじゃ。みっちゃんは料理できるのかの?」
「はい、それならお料理は任せてください!」
「おお、それはありがたいのじゃ。ではさっそく帰って早めのご飯にするのじゃー」
「だな!」
「がんばっちゃいますー!」
はるか茨の向こうの方で時折爆音と閃光が走る中、三人は来たときと同じように、手押し車に籠と芋を積んで、のほほんとゆるやかな斜面を下った。
裏口に着いた時には、風鈴家の換気扇からいい匂いがふんわりと漂っており、頬をゆるめた神久夜が台所に籠一杯の芋を運び込むのを、小腹が鳴きはじめた貴文とみっちゃんもすすんで手伝うのだった。
ほどなくして嗅いでいるだけでほっぺたが落ちそうな香りがすぐに調理場いっぱいに広がり、丁度その頃地下探索をしていたリックも、なんとはなしに足を休めておむすびの包みを開いたりしていた。
昼前の異世界邸に注ぐ日差しが南の天頂にかかり、洗濯物は程良く乾き始める。中庭でジョンの鎖を外してやっているというのに慌てまくり、動かれすぎてちっとも外せないレランジェが苛立ち紛れにジョンの喉笛に鋭い蹴りをぶち込んだのも丁度同じ頃であった。
暖かい日差しの中、昼時はゆっくりと過ぎる。
原生林の奥地の茨の闇の奥で、迷子になってるお馬鹿二人の立てる爆音とすすり泣きも、たぶんまだまだやまない。




