はたらくメイドさん!【part夙】
このアルバイト募集のポスターが張り出されたのは今から一週間ほど前だった。
こんないかにもブラックなポスターに引っかかる人間がいるのかと思いきや、意外にも面接を受けた人数は多かった。
勤務場所の立地が悪いことを除けば、時給で一万五千円も貰えて住み込みもできるのだ。高過ぎる時給は逆に怪しいが、それでも一人暮らしの女性を中心に募集が殺到するのは自然の摂理であった。ちなみに「腕っ節には自信あるわぁ」と言って応募してきた中学生までいたが、そこは流石に電話の時点でお断りされたとか。それと後に「時給一万じゃねーじゃないですか騙しやがりましたね管理人!?」とブチ切れる中学生もいたりするが、それはまた別の話。
面接官は管理人を名乗る高校生くらいの少年と、小学生かよくて中学生くらいに見える少女だった。その点については誰もが驚いたようだが、怪しい実験などではなさそうだという安心感も生まれていたようだ。
だが実際は、普通の人にとっては怪しい実験の方が何百倍もマシだったかもしれない……。
***
異世界邸に雇われたメイドたちは、個人の専属となった者を除けば早速面接を受けた翌日からシフトを組んで出勤している。
初日は仕事を覚えてもらうために全員が出勤し、現在はそれぞれの持ち場で忙しなく働いていることだろう。
「各階廊下のモップがけ、窓拭き、古い電球の交換……オールクリア安定です」
雇われたメイドたちの一人――ゴスロリのメイド服を纏った女性は、玄関前から塵一つなく輝く廊下を見て機械的な無表情でタスクの完了を告げた。
その時――ちゅどおおおおおん!
玄関の向こう、前庭の方から凄まじい爆発音が響いた。
窓から様子を見ると、なんか空飛ぶ白銀アーマーの大鎌少女を二人の少女――いや女性と言うべきか――が、魔術だか科学兵器だかを駆使して追い立てていた。
魔女のローブのようなフード付き改造白衣の少女? 女性? が魔法陣からマシンガンのごとく魔術の弾丸をばら撒く。もう一人のネグリジェ姿の少女? 女性? が巨大な水鉄砲のような物体を肩に担いで怪しげな液体の砲弾を発射する。
それを大鎌少女は飛燕のように飛び回りながらかわし、「えへ、えへへ♪ 意外とお強いじゃないですかえへへ♪」と興奮し切った笑みを浮かべていた。
なんか軽く小規模な戦争状態だったが……こちらに被害がなければ関係ないので女性は一瞬で興味を失った。
と――
「うお眩しっ!? なんだこれめちゃくちゃ綺麗になってる!? 床とか鏡みたいだ!?」
玄関から入ってきた管理人の伊藤貴文があまりのピッカピカ具合に驚嘆の声を上げた。
「貴文様、あちらは止めなくてもよろしいので?」
あちらとはもちろん玄関先でドンパチやっている女性三人のことである。
「ん? ああ、アレ止めるの無理。建物壊さないように外でやってくれてるし」
「そうですか。では貴文様、次の命令安定です」
「あ、ああ、そうだな。でもこんなに早く終わるとは思ってなかったからなぁ……」
困ったように腕を組んで考える貴文。その間に外から聞こえる戦いの音は遠ざかっていった。
「誘薙さんの妹さんからの紹介だから期待はしてたけど、まさかこんなに優秀だったとは……本職のメイドさんってこんな凄いのか。これでもうちょっと愛想があれば完璧なのに」
「なにか?」
「いやなんでも。えーと、レランジェさんだっけ? 料理とかってできる?」
「可能安定です」
「得意料理は?」
「シアン化オムライス、河豚肝と火焔茸のテトロドトキシン炒め、ピトフーイの水銀煮込み、二クロム酸アイスクリーム」
「料理はやめよう。毒物しか聞こえなかった」
「冗談安定です」
「だよね!」
「毒料理はゴミ虫様にしか出しませんので、安心安定です」
「食ってる人いるの!? あとなにその呼び方!?」
青い顔をする貴文にメイド――レランジェは無表情のまま小首を傾げた。残念ながらせっかく作った毒料理は一度も食べてもらったことがない。ゴミ虫様の毒検知能力はもはや異能のレベル。
「ゴミ虫様はゴミ虫様安定ですが? 強いて別の表現が安定でしたら、レランジェが住んでいる家の主安定です」
「強いて言わないといけないのかよ。てか本来仕えているご主人様をゴミ虫様って呼んでいいのか……?」
「いえ、レランジェのマスターはマスターだけです。ゴミ虫様がマスターになるなど不安定です。反吐が出ます」
「ゴミ虫様何者!?」
この時ばかりはレランジェは微妙に不満そうな顔をするのだった。
「ま、まあ、いいや。普通の料理ができるなら、那亜さんの手伝いを――」
ちゅどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
「いい加減にしろトカゲ野郎!? 貴様は毎日一回爆発しないと死ぬ病気にでもかかっているのか!?」
「うるせえスクラップ野郎!? 今度こそは消臭に成功すると思ったんだ!?」
「なんで口臭消すのに室内用のスプレーを使う!? ガムでも噛め!?」
「あんな人間の口に合わせた噛み難いもんやってられるか!?」
「獣は不便だな!?」
「ああん? てめえこの竜神様に向かって獣言いやがったな!? ぶっ殺す!?」
「やってみるがいい!?」
ピカピカだったら廊下は、一瞬にして炎と煙に包まれ崩壊した。
「あの馬鹿野郎ども……さっきも朝食はパンだのライスだので喧嘩してたから医務室送りにしてやったのにもう忘れてんのかコラァアアアアアアアアアアッ!?」
貴文は竹串を取り出すと、建物をめっためたにぶっ壊しながらバトルを繰り広げる竜神とアンドロイドに向かって叫んだ。
だが、叫んだくらいで止まるような連中ではない。貴文の怒号など風に流して竜神は炎を吐き、アンドロイドはレーザーを射出する。
「どうやらもう一度串刺しになりたいらしいな! やったな! 串刺し間隔最短記録更新だチクショー!」
そう言って飛び出そうとした貴文を、レランジェは手で制した。
「レランジェさん?」
「ここはレランジェにお任せ安定です」
掃除をした途端に元よりも汚してくれた住人にはオシオキが必要である。たとえ管理人が止めようとレランジェ自らの手で制裁することは決定していた。
ガコン! と。
レランジェの右手から機械的な作動音が鳴った。
腕の上下左右が開いて変形し、筒状の物騒な物体が伸びてくる。
バチリと電気が弾ける音と共に、四方に開いた部分に走った青白いプラズマが砲身に収斂する。
そして――
超絶的な電撃波が極太の光線となって空中で戦う竜神とアンドロイドを呑み込んだ。
「「んぎゃああああああああああああっ!?」」
大絶叫の後、プスプスと煙を上げる黒い物体が二つほど地面に落ちていった。
魔導電磁放射砲。
レランジェの右手に元々搭載していたものを、とある研究施設でさらに魔改造された兵器である。
「……そういえば、レランジェさんもあのポンコツと同じ機械人間だったな」
「訂正安定です。レランジェは魔工機械人形であり、そこでショートしているゴミクズ様と同じではありません。あちらは人間をベースに改造されているようですので、一から魔工機械として作成されたレランジェとは根本的な部分が異なります」
「お、おう……ぶっちゃけどうでもいいけど、君の方がAIっぽいのはわかる」
とりあえず納得した風に頷く貴文だったが、そこでなにかに気づいたように周囲を見回し……深い深い溜息を吐いた。
「レランジェさん」
「はい?」
「確かに馬鹿どもの駆逐は管理人業務の一つみたいなものだし、それができる人材は大歓迎だったんだけど」
「はい」
「さっきのビーム? の衝撃で邸がさらに破壊された件について、なにか言うことは?」
レランジェも周囲を見回す。確かに竜神とアンドロイドの喧嘩の影響で壊れた部分が、さっきよりも大幅に広がっている。ピッカピカだった廊下は見る影もない。レランジェがトドメを刺した感じだ。
つまり、貴文が求めている言葉とは――
「貴文様、次の命令安定です」
「違う!? 一言謝るかなんかしてほしかったんだよ!?」
「当機にそのような機能は搭載しておりません」
「なんか急にAIがグレートダウンしてる!? 一人称『当機』じゃなかったよね!?」
「……チッ」
「露骨な舌打ちが聞こえた!? うっ、胃が……」
貴文が腹の辺りを手で押さえると、もう片方の手でポケットから小瓶を取り出した。レランジェも見覚えのある胃薬だ。レランジェがマスターと共に住んでいる家の主人――ゴミ虫様も毎日のように飲んでいるからわかる。
「と、とりあえず、あそこの馬鹿野郎どもを四階の医務室に運んでおいてくれ。あと邸は修理するから、中庭の掃除を頼む」
「了解安定です」
腹を押さえたままフラつく足取りで貴文は管理人室の方へと歩いて行った。レランジェはそれを見送ると、命令された通り二つの消し炭を引きずって四階に移動する。階段で頭とかゴンゴン打っていたようだが気にしない。
四階の突きあたりにある部屋のドアをノックする。返事はなかったが、鍵は開いていたので勝手に入る。
部屋の中には誰もいなかった。部屋の主は休暇らしいのでいないのは当然だが、それでも医務室が空になると困るので代理人を立てているはずだ。
その代理人は現在進行形で駄ルキリーを追い回していたりするが、困ったものだと首を傾げるレランジェはアレがそうだったとは知らない。
ふと、テーブルの上に書類の束を見つける。異世界邸の住人のカルテと、素人でもできる治療の簡易処置のメモ書きだ。
そのメモ書きの一文。
◆管理人にぶっ飛ばされたトカゲとポンコツの処理◆
1.とりあえず包帯をテキトーに巻く。
2.一階奥のトイレにぶち込む。なるべく汚いところがよい。
3.あとは放っておけば勝手に治る。
「理解安定です」
メモ書き通りにレランジェは竜神とアンドロイドを手当てし、再び引きずって一階のトイレにぶち込むのだった。
***
竹箒と草刈り鎌とゴミ袋を持って中庭に移動する。
どうやら昨夜に巨大な犬小屋を建設していたらしく、未だに余った資材や道具やゴミがそこいらに転がっていた。まずはこれを片づけるところから始めなくてはならない。
面倒だとは思わない。それがレランジェの仕事なのだ。
レランジェが作業を開始しようとした時、件の犬小屋からのっそりと巨大な生物が這い出てきた。
「ふむ、なにやら近しい魔力が匂ったと思えば……メイドよ、貴様も吾輩の同族であるな?」
愛くるしい円らな瞳がレランジェを捉える。立てた耳がピクピクと動き、短めの尻尾がゆっくりと左右に揺れている。
「……」
レランジェも無言無表情で見詰め返す。貴文の娘が飼っているらしいチワワだ。サイズがちょっとした宇宙怪獣レベルだが、そんなことはレランジェにとってどうでもいい。
チワワから感じる魔力は、レランジェのよく知る魔力に非常に似ている。
似ているが、違う。
「吾輩はノルデンショルド地下大迷宮第一階層支配者――〈鮮血の番狼〉。彼の『迷宮の魔王』を主に持つ偉大なる魔族である。貴様はどこの魔王の眷属であるか?」
「レランジェは魔族ではありません。マスターの魔力で動く魔工機械人形安定です」
「そのような些細なことなど関係はないのである。吾輩はどこの魔王の眷属であるか聞いているのである!」
唾を飛ばして牙を剥くチワワに、レランジェは表情一つ変えず淡々と告げる。
「レランジェはこの異世界邸で『あるばいと』を行っているただのメイド安定です」
確かにレランジェのマスターは魔王だが、ただの魔王ではない。おいそれとその名を他の魔族に教えるわけにはいかないのだ。
「……ふん、秘匿するか」
チワワは剥いた牙を引っ込めて、レランジェを見詰めたままなにやら熟考する。そして数秒後、はふ、と小さく息を吐いた。
「まあよい。帰って貴様の主に伝えておくのである」
「こちらも、一つ伝えなければならないことがあります」
チワワはレランジェを見下すように――
レランジェは無表情のままチワワを見上げ――
「この世界を征服るのは我が主君である! 衝突を避けたくば大人しく引き下がるがよい!」
「マスターは侵略を望んでおりません。もしあなた方がこの世界を壊すのであれば、マスターに焼き尽くされる覚悟で臨むべきだと、レランジェは助言安定です」
お互い言うべきことを順に言い放った。
「……」
「……」
睨み合うメイドとチワワ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ! と地響きが聞こえそうなオーラが場を支配する。
傍から見たらとんでもなく滑稽だが、その場にいると凄まじい緊張感に圧迫される。心臓の弱い人間なら余裕で倒れているだろう。
無言の睨み合いは続く。
一分、二分、三分。
実時間なのか体感なのか、メイドとチワワの周囲だけ時間の流れが緩やかになる。
その静寂を打ち破ったのは、次の一言だった。
「ジョンちゃん朝ご飯できましたよー」
瞬間、チワワの表情が一変した。
「わんわん! 今行くのである我が聖母! ハッハッハッぐえっ! くっそ鎖と首輪が邪魔である!? くぅーんくぅーん! そうだおいメイド! 吾輩を我が聖母の下まで連れていくのであーる!」
ぶわっと口から溢れた涎。首輪に繋がった鎖をガシャガシャと鳴らし、後ろ足だけで立って前足を宙空で手招きするように振り回す巨大チワワがそこにいた。
「……了解安定です」
住民のお世話をするのが、異世界邸に雇われたメイドの務め。
それはたとえペットだろうと例外ではないのだ。




