プロローグ 【part 夢】
人の世には奇妙なものが沢山ある。
それは太古の時代から、様々な怪綺談が人々の間に語られ、異形の化け物。人が突如として消える。見たこともない場所が広がっている。様々な不思議な現象が世界には広がっている。
それはきっとこの世界でまだ人類が知り尽くすことができないものであり、いわば謎。
人類にはまだ到底理解すらできないものなのかもしれない。
そんな不思議と謎が蔓延る世界。
その中でも在り来りな話を始めよう。
それは、とある洋館のような外見のアパートの話。
山奥にひっそりとあるそのアパートは、どうやら異世界に繋がっているらしいと……。
***
チュンチュンという鳥の鳴き声で伊藤貴文は目を覚ました。
ぐぐっと背を伸ばし、こっている肩を鳴らしながら、ベッドから降りる。
見慣れた室内。古い建物のせいで床が軋んで音を立てるが、最近はもう気にならなくなっていた。
「……あぁ……神久夜。起きてる?」
貴文は半分睡魔でふらつきながらも、自分の正面。向かいのベッドで寝ている少女に声をかけた。
ベッドから除く、綺麗な黒髪。耳からピョコんと出ている狐耳。そして、布団の合間から揺れている黒い尻尾。
恐らく、揺れているということは起きているだろうが……、
「そろそろ住人たち起こしにいく時間だから起きてくれよ……」
貴文はため息をつきながら、布団を剥がして、その少女を抱き上げた。
「……むにゃむにゃ……」
「まだ、寝てましたか……」
鼻提灯を膨らませながら、寝息を立てる神久夜にため息をつきつつも、その幸せな光景に思わず笑みをこぼす。
こんな幸せな一日の始まり。きっと自分はもうこれだけで満たされているのだろうと……。
そう思いながらも起こさないのはダメだ。
「ほらほら、俺の嫁さんならもう少し朝に強くなってくれよ」
「……むにゃ……まだ眠いのじゃ……」
目をこすりながら返事をする神久夜。しかし、貴文はそれをスルーして、洗面台の椅子に座らせ、顔を洗わせる。
渋々、歯磨きを始めた神久夜を一瞥し、ドアを開いて外にでると……、
【ちゅどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!】
「ぶふううううううううううううううううっ!?」
思わず血反吐がでそうなほど吹いてしまった。
朝の幸せな風景が見事に粉砕される爆発音。
それは自分の視界の上。この館の二階の一室から響いてきたものであり……、
「ぎゃああああああ!! またトカゲ野郎が爆発しやがったぞ!?」
「だ、誰がトカゲだコラ!? ちょっと消臭できるスプレーかけてただけだろうが!!」
「そこで炎のくしゃみするから燃えるんだよ!? ちょっとは気をつけて使えよこの火だるまトカゲが!!」
「何おう!? てめぇ、この竜神である俺様に喧嘩を売るたあいい度胸だな! 表へ出やがれぇええええ!!」
視界の真上で起こる爆裂とレーザー光線。もはや一種の世紀末ファイトがすぐ上で行われており、幸せな風景は一変。バトロワと化し、灼熱の熱気で目がちりちりする。
いやぁ……普通の幸せな風景どこいったんでしょうね?
思わず、誰かにそう尋ねたくなってしまったが、どうしようもない。すぐにその考えを頭から消去する。
この館はそういう館なのだ。
現代社会。普通に人々が生活する現代日本でいるはずのない、頭から角を生やして、背中に燃える翼を持った竜神とか、機械装甲でがっちがちの戦闘用アンドロイドとか。
普通はこの世界に存在しないモノたちが異世界から移住してくる館。それがこの館。
祖父の代にとある古い冷蔵庫が様々な異世界に繋がるゲートになってしまったことから始まってしまった悲しき家業。
いや、悲しくはないか。面白いといえば面白い。
だが、そんないろんな異世界からひとがくれば、無論このように争いが絶えない喧しいものになるのは目に見えている。
それをおさめないといけないのが、この俺――現在のこの館の管理人であり、普通の人間をやめてしまった人物。
そう、この俺が、
「てめぇら調子に乗ってるとまた竹串で全身串刺しにするぞコラァアアアアア!!」
「「――っ!?」」
鋭く一喝し、上で暴れていた二人はびくっと身を震わせて、一度活動を停止させる。
しかし、
「「黙れっ!!」」
管理人への言葉がこれである。
異世界の奴らは基本的に常識がないため、このように再び戦闘が続行される。
明らかに人間なら即死の技が火花を散らしながら空中を交錯し、それの被害にあった館が、焼き切れたり、吹き飛んだりと……。
……おいこらてめぇら。
「何また館壊してんだコラァアアアアアアアア!!」
貴文は地面を蹴り、空中を切りながら彼らのもとへと飛ぶ。
飛んでいる最中に両手に握られしは先の尖った竹串二本。その長さと太さはもはや、串というべきなのか。槍と形容するべき大きさのものが握られ、二人の間に入った瞬間に、
「ふんっ!!」
「「ごばぶっ!?」」
両者の腹にくい込むようにつきだした。
突然の強襲に対応できなかった二人はもろに攻撃をくらってしまい、意識を闇へと葬られる。
何故、竹串なのかという質問はNG。何故、竹串で気絶させられるのかについてもNG。
ともかく、自分はこうして、暴走した住人を黙らせる。もとい、気絶させたりするのが役目なのである。
貴文は意識を失った二人を治療室に放り込むと、床に座り込み、嘆息した。
非常に疲れる。ものすごく疲れる。
普通の人間ならまず味わうことのない緊張感が味わえる職業。それがこの館――異世界邸の管理である。
***
この世界には奇妙なものが溢れている。
その中の一つが、この異世界の住人が住んでいる洋館。『異世界邸』。
現在、住居者数は把握できておらず。彼らについての情報は全て管理人である伊藤貴文が握っている。
もし、異世界の住人について知りたい。出会いたいと思うならば、その館に向かってみるといいだろう。
現在、そのあまりの仕事の量に悲鳴をあげた管理人がバイトを募集しており、きっとバイトとして勤めればその情報を知ることができるはずだ。
しかし、命の保証についてはないため……生存にかけての運が極めて高い人にだけおすすめする。