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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
異世界邸へ、ようこそ
18/169

魔術師セシルの報告【part山】

「ふはー、帰還したよーん♪」

「地味に疲れた……」

「…………」

 つい昨日再び破壊され、日付が変わる頃には修復が完了した異世界邸の正面ホールから伸びる階段。そこで新たに発見された正体不明の地下迷宮に続く隠し通路から三人の人影が出てきた。

 一人はフードを取り付けた改造白衣を魔女のローブのように纏った小柄な少女。歳は十代半ばにも二十代後半にも見える不思議な容姿をしているが、顔の左半分以外――右目の眼球に至るまで、全身くまなく彫り込まれている魔方陣の入れ墨がより一層異様な雰囲気を醸し出している。

 もう一人は入れ墨白衣の少女よりもさらに小柄な青年。フサフサの毛が生えた素足に自身の体躯と同等以上の巨大なリュックを背負ったホビット――異世界邸の地図作成の任を負っているリックは、深い溜息を吐いてその場に座り込んだ。

 そしてもう一人。

「…………」

 小柄な二人と比べるとかなり長身な女性は、入れ墨白衣の少女に付き従うようにじっと無言でその背後に待機している。艶のある黒髪に褐色の肌というエキゾチックな空気を纏っているが――何故か、全身フリルたっぷりのミニスカゴスロリメイド服を着ているため、妙にアンバランスになっている。

「お疲れさん。早かったな」

「やあ管理人君♪ お出迎えご苦労様だよん☆」

「それで、下はどうなってた、セシル」

 入れ墨白衣の少女――セシルは、ニコニコと笑いながら貴文に応える。

「もー、せっかちだなあ管理人君は♪ まあでも、ここを維持管理している身としては早く現状を把握したいという気持ちも分かるよん☆ それじゃあ簡単に報告だけさせてもらうね♡」

「…………」

 相変わらずウザったい喋り方だ、と貴文は内心げんなりした。

「まず第一に、地下に出現したダンジョン――ノルデンショルド地下大迷宮はお察しの通り、あの冷蔵庫と同じ原理で異世界から飛ばされてきたようだよん♪」

「マジかよ……今までヒトやモノが飛ばされてくることはあったけど、空間丸ごと転移してくるなんて前代未聞だぞ……」

 セシルの簡易報告に、貴文の胃がキリキリと痛み始める。

 嫌な予感はしてたんだ、嫌な予感は。

「まあ過去に前例がないだけで、いつ起きてもおかしくはない状態だったしね♪ 今はダンジョンが転移してきちゃってもうないけど、異世界邸の地下には巨大な鍾乳洞があったらしいのよん☆」

「ああ、それは知ってるけど」

「じゃあ鍾乳洞内の気温はどれくらいだと思う?」

「え?」

「季節と地域によって異なるけど、大体十五度から一度前後だね♪ そして冷蔵庫の設定温度は何度くらいかな☆」

「大体十度以下だな。……おい、まさか」

「ピンポン☆ピンポン! 大正解だよん♪ 異世界邸は自分の地下の鍾乳洞を『巨大な冷蔵庫』と認識して、ノルデンショルド地下大迷宮を吸い寄せたのだー♡」


「ふ ざ け ん な ! ?」


 今日一番の絶叫と共に、貴文は盛大に右足を床に叩き付けるように地団太を踏んだ。

「……諦めなよ管理人。来ちゃったもんは仕方ない。ダンジョンだって、遠出したくなる時だってあるさ」

「リック! お前は俺と同じ苦労人気質だと思っていたのに! 諦めんの早いぞ、もっと一緒に苦労を分かち合おう!」

「嫌だよ管理人レベルの苦労なんて、一割引き受けただけでも心労で倒れそうだ。オイラはこれで繊細だから早々に達観して諦めることにしたよ」

「この裏切り者!」

「んじゃ、オイラは『風鈴家』にいって昼飯食ってくるよ。朝から何も食ってなくて腹減ってるんだ。報告書と第一階層の地図はあとで提出するからヨロシクー」

「あ、おい!」

「ああ、そうだ。オイラからも簡易報告。第一階層に限って言えば、防衛の全てをあの魔物が請け負っていたらしくて、罠の類は一切なかったよ。第二階層への移動の仕方は……あー、そっちはセシルの分野だから、そっちで詳しく聞いといて」

「おいぃ!?」

 トットットッと軽やかな足取りで無情にも「風鈴家」へと向かうリック。その後ろ姿に給料少し減らしたろかと内心毒を吐くも、そうしたところでダンジョンが元の世界に帰ってくれるはずもない。

「管理人君、管理人君♪ 黄昏てるトコ申し訳ないけど、セシルちゃんからの報告はもう少しあるんだよ☆」

「……これ以上胃が痛くなる報告なら聞きたくない……」

「ダイジョブ☆ダイジョブ! あと報告しなきゃいけないのはさっきリッ君が言いかけた第二階層への移動の仕方だけだから♪」

「……もういっそダンジョンへの入り口自体を封印しようとか考えてたんだが……一応聞こうか」

「入り口封印したってコノちゃんがぶち壊すに決まってんじゃん♪ あーきらーめな☆」

「ぐぅ……」

「そんで第二階層への移動の仕方なんだけど、あのでっかいチワワが出てきたらしい広間の奥に転移用の魔方陣があったよ♪ もう完全に死んでて使い物にならなかったけど☆」

「あ、そうなのか? 床に物理的に穴をあけて移動する方法は?」

「んー、できなくもないけど、転移用の魔方陣が設置されてるってことは、すぐ下が第二階層になってるとは限らないのよねん♪ どことも知れない空間に放り出される可能性もあるから、やめといた方がいいと思うよん☆」

「なるほど。じゃああのダンジョンは現状、実質第一階層だけってことになるのか。少しは気が楽になるな」

「アハハ♪ そうだね☆ でもさっきちょちょいと魔方陣修復してきたからいつでも第二階層行けるよん♡」

「…………」

 沈黙。

「……セシル」

「ほい?」

「今、なんて?」

「さっきちょちょいと魔方陣修復してきたからいつでも第二階層行けるよん♡」


「ふ ざ け ん な ! ?」


 怒号と共に貴文の手元にどこからともなく巨大な竹串が出現する。それで芸人のハリセンよろしく幅の広い方でセシルの頭を叩こうとした瞬間――


 ぎしっ


「うっ!?」

「…………」

「ありゃ♪ ミミちゃんミミちゃん、セシルちゃんは大丈夫だよん☆」

 先程まで気配を殺していたかのように存在感のなかったミニスカメイド服姿の長身の女性がセシルの前に立ち、振るわれた竹串を片手で受け止めた。

 それどころか、ギシリと軋んで折れ曲がりそうになっている。

「うんうん♪ やっぱりミミちゃんは相変わらず優秀だなあ☆ わざわざ『連盟』から助手として呼び寄せた甲斐があったよん♡

「…………」

「おかげでダンジョンの調査もサクサク進んだし♪ まあ手違いでメイドとして雇われて来たのは予想外だったけどね☆」

「…………」

 貴文の竹串をへし折らんばかりの剛力で押さえながら、ミニスカメイド服の長身の女性――ミミはペコリとセシルに頭を下げた。

「それにしても改めてみるとスゴイ格好だよね♪ すっごいフリルたっぷりだしすっごいミニだし☆ 何? 管理人君の趣味?」

「阿呆。神久夜の趣味だ」

「だよね♪ 知ってたぜ☆ いい趣味してるね奥さん♡」

「…………」

「あ、ミミちゃんミミちゃん♪ もう離していいよん☆ 管理人君も本気でセシルちゃんを打ち据えようとしたわけじゃないからさ♡」

「…………」

 竹串から手を放し、スッと無駄のない動作でセシルの背後に控える。すると再び気配が薄くなり、そこに見えているのにどこにもいないかのような錯覚に陥る。

「……おしいな」

 本気ではなかったとは言え、さっき貴文の竹串を片手で受け止め、さらにへし折れる手前までもっていった手腕と言い、この身のこなしと言い、貴文が求める異世界邸の理想の使用人なのに……。

「くそ、そんなに優秀なのにセシル専属として取られるとは……」

「アハハ♪ セシルちゃんのお仕事もそろそろ一人だと限界だったからね☆ 手違いでメイドとして雇われてるとは言ってもミミちゃんこっちが先約だったんだから諦めてね♡」

「ぬう……」

「それに他にも何人か雇ったんでしょ? だったらいいじゃん♪」

「あんまり良くねえよ。他の連中も優秀そうだけど、一癖も二癖もありそうなんだよなあ……なあ、交換しね?」

「ダメ♪」

「だぁよなぁ……」

 本日何度目か、もはや数えるのも諦めた深い溜息を吐く。

 本当に……実に惜しい。

 関羽を諦めた曹操の気持ちはこんな感じだったのだろうか、と貴文は割かしどうでもいいことを考える。

「それじゃあ、まあ、もうダンジョンについては後々考えることにするとして、一応詳しい報告書は上げといてくれ」

「えーヤダー♪」

「仕事しろ、家賃上げるぞ」

「アハハ♪ それだけは勘弁してお願いだから……『連盟』を抜けるときに持ち出した資金も魔導書の研究で底を尽きかけてるんだから……」

「だったら片手間でもいいからこの屋敷のために働けよ」

「うー……分かったよぉ……」

 金の話になった途端、一転してテンション下がりやがった。もう最初からこうしておけば会話の主導権を握れたのかもしれない。

「そんじゃ報告書と、ダンジョンの今後の調査の方もよろしく頼むわ」

「はいはい分かりましたよーっと……セシルちゃんも、こんな研究のし甲斐のある屋敷を追い出されたくないからねー♪」

 言いながら、セシルは魔方陣の入れ墨が入った右側の頬を歪ませて笑い、その場を去る。

 その後ろを、足音もなく付き従う影のように、メイド服姿のミミが後を追った。


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