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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
三つの脅威・2
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空の魔石と紅晴の神【part 紫】

 時刻をほぼ同じくして。

「ふーん。あの呪術師プレデター・テロリスト、やられちゃったんだ」

 世界を隔てた先、魔法士協会本部の最奥で戦況を把握していた魔法士協会総帥は、興味深そうに呟いた。

「あの呪いと街の相性、めちゃくちゃ良いのになあ……って、あーあー馬鹿じゃないの。物理攻撃ボコスカ喰らってんじゃん。そりゃあ負けるよ」

 呪術師にとっての最大の敵は物理攻撃だ、というのはあまり表にされていない事実だ。そして呪いは、それをよく知る魔術師、魔法士相手にこそより通用する。呪いについてあまり詳しくない一般人に物理攻撃を重ねられ、角なしの鬼に膂力で潰されたというのは、当然と言えば当然の成り行きである。

 その程度のことも理解していない呪術師が、魔法士幹部になれるはずがない。本人も性格上、備えは十全にしていたはずだ。にも関わらず、相性の悪い相手に自ら接触してしまっているのは──。

「利用しようとした力に逆に飲まれた、か。全く、人様の力くらい、魔法士なら上手に使い切らなきゃ」

 ふふふと笑う総帥の顔には、部下をやられたという怒りや焦燥はない。無邪気な子供のように笑いながら、誰もいない部屋で楽しげに独り言を紡いでいく。

 同時に、不自然なほど清浄な魔力が部屋に広がった。

「とはいってもなあ。通達を出しちゃったのに、報復がうまく行かずにろくな被害も出せませんでしたー、なんていうのもちょっとなあ。ノワールのバカは吸血鬼に釣られたくせに、さっさと引っ込んじゃうし。通達は送ってるのに知らん顔だもん。それならこっちで遊ばせてもらうしかないよね?」


 ──一言紡ぐごとに、膨大な数の魔法陣が部屋中に構築されていく。


「うーん、どうしよっかな。なんか思ったより外部勢力が首突っ込んでるみたいだし、あいつらに漁夫の利を与えるのも癪なんだよねえ。そのくせこっちが首突っ込んだら侵略だーとかうるさいし。竜は竜でつまんない解決したみたいだし、神様(ガラクタ)は侵攻理由なくなってぶっ壊れてる……うーん、つまんないなあ。魔石は属人化したみたいだから、持ち主を攫って実験するくらいかなあ──ああ、そっか」


 何かを思いついた総帥が、パチンと手を叩く。途端、魔法陣はパタパタとトランプの裏表のように回転し、動き、組み合わさって立体となっていく。


「ガラクタの暴走に見せかけちゃえばいいんだ」

 立体魔法陣となったそれは、さらに複雑な回転を始め、魔力を走らせ始める。ひとりでに駆動していくそれを満足げに眺めて、総帥は無邪気に笑った。

「で、魔石の持ち主から守りを引き剥がしちゃえ。あの邸をぶっ壊すのがベストだけど、あの戦力だと中途半端に防がれちゃう。──それにさあ。やっぱこういう時はまず、身内だよね」


 無邪気なまでの残酷さで、その指先を、病院へと向けた。



***



 それは、本当に唐突だった。

 なんの前触れもなく、魔力の気配もなく、唐突に。

 巨大な腕に掴まれて冷蔵庫へと飲み込まれていくばかりだった機械仕掛けの神(デウス=エクスマキナ)と浮遊要塞の破片が、一つ二つと、群れから逸れるように空を舞い。


 ──急速に、魔力が収束した。


「え?」

 その声を上げたのは誰だったのか、あるいは全員か。

 貴文の変化に気を取られていた異世界邸の住民が、魔法士が排除され呪いの除染指示を出していた四家が、撤収のタイミングを図っていた「外部」の各々が、視線を空に向けて。

 ──「炉」に降り注いだ攻撃と同じ、否、それ以上のエネルギーがチャージされた「大砲」と化した破片に、血相を変えた。

「なん──」


 だが、皮肉にも。

 あるいは、下手人の狙い通り。

 誰もが阻止しようと動くよりも先に。


 

 ──紅晴に残る一般人と生存者。そして、異世界邸の非戦闘員がいる、病院へと、〈天の火(ヴィマーナ)〉が、光の速度を超えて降り注いだ。



 病院を守る結界が激しく火花を散らし、悲鳴のような甲高い音を上げた。



***



「──え……?」

 悠希は最初、自分の見ているものが理解できなかった。

 異世界邸の結界を打ち抜き、邸を吹き飛ばし、炉を損壊ギリギリにまで追い込んだあの攻撃が、神様がいなくなった今、何故。

「どういうことなのだ管理人!?」

「俺に聞くな。少なくとも俺のせいじゃない」

 グリメルが慌てて問い詰めるも、妙に緩慢な動作で貴文が首を横に振る。

「神の最後の暴走でしたら、こちらに砲撃が来るはずですよ。神敵を滅ぼすことをプログラミングされたあの神様なら尚更です」

「そうそう〜それが神だから〜……てゆーかあれ、魔術じゃな〜い〜?」

 二人の横に降り立ったジークルーネとカベルネが、神の使いと堕天使としての見解を口にする。それを聞いたグリメルが顔色を変えた。

「それはおかしいのだ! 神の部品を、人間の魔術が捻じ曲げているとでも言いたいのか!? そんなこと──」


「できるできないで言えば、理論上は可能なんだよなあ」


 常の口調を投げ捨てたセシルが、上半身だけを起こし、口元を歪めて吐き捨てる。

「神そのものならともかく、部品だからな。セシルちゃんでも時間を貰えばある程度は操作可能さ。人間は道具を使うことに特化した生き物だ……そして、そういうクソみてえな魔術を使う集団を、むかーし聞いたぜ」

「……言ってたね。この街にもたまに、ちょっかいを出してるらしいって。……栞那ちゃんが」

 フランも間延びした口調を投げ捨て、笑みすら消して降り注ぎ続ける光の柱を睨みつけた。それを聞きつけた貴文が、振り返る。

「ああ。つまり、アレは」


「──また、お前らか」


 その声は、悠希の傍から。

 見上げると、表情の一切が抜け落ちた翔が、ふらりと一歩、二歩、よろめくように歩み出る。

「お、とう、さ」


「また、お前らが、奪う気か」


 知っている声が、知らない声音で、激情をむき出しにして、吐き捨てる。


「魔法士協会……!」



***



「おいおいおいおい、そりゃあないでしょーよ……!」

 秋幡辰久は険しい顔で上空から病院を見下ろす。

 神の裁きのような光線が降り注ぐ中、それを防ぐ結界は確かに病院を守っている。敷地全てを守っていた結界を建物に絞ることで強度を上げているようだが、いつまで保つかは辰久にも分からない。光線が止まる気配はいまだに無い。

「ああもう、こんなことなら修吾くん連れてくるべきだったんだぁよ……」

「お困りですねえ」

 ヒュウっと風の音をさせて現れた誘波は、しかしいつもの笑みを引っ込めて困り顔だ。

「おっ、いいところに大精霊さん。あれ、民を助けるって名目でなんとかなんない?」

「残念ですがぁ。あれには私たち世界精霊は手出しできないんですぅ。呑まれて利用されてしまうのがオチですねぇ」

「……まじか。そりゃあとんでもないな」

 頬に冷たいものが流れるのを感じながら、辰久は光線を睨みつける。

「おっさんの大魔術で散らすかと思ってたけど、それも飲まれるかもってことだぁよね?」

「そうですぅ」

「……本当に、だからおっさん、あの連中のこと好かんのだぁよ」



***



「あの連中マジで何考えてやがんだ」

「一般人だらけの病院を攻撃するだなんて、あんまりですわ!」

 瀧宮白羽が血相を変えて身を乗り出す。瀧宮羽黒がその首根っこを押さえつけていなければ今すぐにでも飛び出してしまいかねない勢いだった。

「姫様は……!」

「山でございますから、巻き込まれはしませんが……」

「……邸の非戦闘民がいるんだったな」

 刹那の思考を挟み、羽黒はもみじを振り返る。

「もみじ」

「すぐに向かいます」

 言葉と同時に窓から飛び出て行ったが、もみじの表情は晴れない。当然だ、すでに結界は限界が見えてきている。対して羽黒たちは街の外、単純に距離がある。

「あの馬鹿弟子をもうちょい引き留めて置けば……いや、どのみちか」

 吸血鬼であるもみじがいる以上、このタイミングまで留め置くのは非現実的だった。そもそもあの攻撃が魔法師協会のものであれば、ノワールが動ける状況は超えている。

「……さてさて。もみじが辿り着くまで持たせろよ」

 そうは口にしつつも、羽黒の思考は既にこの後の報復行動の算段を組み立て始めていた。



***



「……っ、栞那さん……!」

 余波だけで吹き飛ばされそうな衝撃の中、自分たちを守る結界を貼るだけで精一杯の中、魔女は振り絞るような声で叫んだ。



***



「……!!」

『主……!』

 胸元を掴みながら砲撃を睨みつける主に、青龍は慌てて手を伸ばす。

「……、──機械仕掛けの神(デウス=エクスマキナ)神力(エネルギー)を元に、魔術を上乗せして指向性を持たせ、神の力を削る術式を付与、系統としては「神を喰らう」神話生物の象徴と概念、悪魔の概念──、ぐっ」

『主、それ以上は負荷が……!』

 前のめりに倒れかける主を支える青龍に、朱雀と玄武の声がかかる。

『……青龍、主を連れて逃げることも想定して。全部は守りきれない……!』

『同意。我らでは力不足』


「うるせえ、てめえらは結界に集中してろ……! 座して死ぬ趣味はねえよ……!」



***



「っ……!」

 翔の言葉に息を呑んだのは、貴文と神久夜。何かを知っているかのように、二人は顔を見合わせ、眼下の街を見下ろした。

「結界の状況は」

「今は拮抗しておるようじゃ。じゃが──」

「……相性が悪いようであるな」

 ラピがコツンとステッキを地面に打ち付ける。が、いつもよりその音は弱々しい。

「神の残滓だけであれば、この街の守護神が編み上げた結界で辛うじて防げたであろうが……人間が編み込んだ魔術が、結界を無効化させようとしておる」

 グリメルが砲撃を睨みつけるようにして、ラピに問う。

「ラピ、こちらからどうにかできないか?」

我が主君(マイロード)の命令とあらば……と言いたいところではありますが、すでに力が拮抗している今、手出しは非常に難しいかと。結界を砲撃が覆ってしまって、強化しようにもどうなっているのかが分からぬのです。それこそ、結界の中から強化するか、あの砲撃の真下に出て砲撃そのものを打ち消すしか」

「……神の攻撃に要らんバフとデバフ効果を加えた砲撃を、真っ向から潰せというのか」

 それを聞いたグリメルが、大きく顔を歪める。セシルが泣きそうな顔で、無理やり頬を持ち上げた。

「そういやちょっと前、街は、どっかの魔王砲撃を防いでたね?」

「……あれは十二分に準備をされた防御魔術でしたの。それでもありえない力の持ち主でしたが、今から、身を挺したとしても……それに、その前に、結界が、もう」

 フォルミーカの声が、震える。

 

 分からない。

 大人たちの言っていることが、何一つわからない。


「っ……!」

「翔くん、ダメよ!」

「邪魔だどけ!」

 崖のように切り立った先へと走り出そうとした翔を、那亜が引き止める。それを乱暴に振り払う翔を、駆け寄った貴文が羽交締めにした。

「冷静になれ。今からここ飛び降りてもお前が死ぬだけだ」

「うるさい、離せ、邪魔するなぁ!!」

 父親の叫び声がどこか遠くに聞こえる。


 ピシリ、と。何かがひび割れる音が、聞こえた気がした。

 攻撃を防いでいる結界が、壊れようとしている。

 そして、攻撃が降り注ぐ、その先には。


「お、かあ、さん……?」


 呆然と呟いた悠希の手を、フランとセシルが痛いほどの力で掴む。


「っ、こんな、のうティアマト! なんとかならぬのか!? 妾たちのママ友もおるんじゃ!!」

「……普通の攻撃なら妾の子達でもどうにかなるのだわ。でも神の結界を破る攻撃は……妾、でも、死ぬのだわ」


 死ぬ。

 幼い自分にお菓子をくれたスタッフたちが、怪我をして運び込まれた街の人たちが、自分を守りながら避難してくれた異世界邸の住人たちが。

 悠希の、母親が。


「栞那ぁ!!」

 翔の悲鳴に、貴文が歯を食いしばる。


「い、や」

 声が、震える。

 目を逸らせない悠希を、フランがそっと目元を掌で覆おうとして、固まる。

「……悠希、ちゃん?」

 母親譲りの切れ長の瞳が、朝焼け空の──魔石と同じ色に染まっていた。


「いや」

 それは、何の力も持たない一般人の言葉。

「やだ」

 それは、「空の魔石」所有者の想い。

「お願い」

 それは、一人の少女の、ただただ純粋な、願い。



「おかあさんを、たすけて」



 空の魔石が、「願い」を叶えるべく、光を放った。



***



 純粋な願いは、石の力を介して、届くべき場所へと向かう。

 願いの──人の祈りの先は神にある。そしてこの街の少女の祈りは、この街の土地神へと届くのが理だ。

 石に増幅された祈りは封印を貫き、眠っていた神を揺り起こした。

(……)

 長い眠りから揺り起こされた「それ」は、寝ぼけ眼をぼんやりと開く。

 守るべき子から、助けを求められた。その願いだけで、「それ」は紅晴の街を襲う砲撃を認識した。


 さて、どうするべきか。


 ほとんど微睡の中に揺蕩う意識のまま、時の流れが異なる「場」で、「それ」はゆっくりと考える。

 

 砲撃を阻む結界は、どうやら眷属のものらしい。つまり自分が守護するべき子らということ。

 結界は、少しずつ削られている。強化をしてもまた削られてしまう。

 ならば、砲撃の方をなんとかする必要がある。


 ぼんやりしたまま、「それ」はふむ、と考える。


 本来なら、自分が砲撃を対処することは容易い。

 だが今の──()()()()()状態では、扱える力には限度がある。

 何せ、人の子の祈りが作った、細いほそい封印の抜け道を通さなければならない。大した力は振るえない。


 ならば、「あちら側」に存在するものを使えばいい。


 観測する「目」──結界の内側に在る。

 演算する「頭」──演算装置、その部品が空に散らばっている。

 実行する「力」──祈りを届けたものが、支払える。


 これなら、大丈夫。

 人の子の祈りに、答えてあげられる。


 「土地神」は、満足げに頷いた。



***



 結界のヒビが広がり、まさに砕け散る、その時。


 砲撃が、「消えた」。

 

 真っ向からぶつかり打ち消すのではない。

 横合いから無理やり逸らすのでもない。

 

 まるで、最初から存在しなかったかのように。

 余波も、余韻も残さず、攻撃は「消失」した。



***



「……これは……驚きましたねぇ」

「驚いたなんてもんじゃあないよ」

 世界精霊が、大魔術師が、呆然と声を漏らす。



***



「もみじが間に合いましたの?」

「……いや、違う。クソガキでもねえな。あれは……」

 瀧宮当主が強張った顔のまま街を見下ろす傍ら、その実兄は薄ら寒い笑みを浮かべていた。



***



「……な、ぜ」

 魔女が、掠れた声で呟く。

「封印は、解けてないのに」



***



「……!!」 

『主!!』

 目を押さえて頽れる主を支えながらも、青龍は空を仰ぐ。

『……祈りが、届いた』



***



 ほぼ同時期。

 誰もがその「奇跡」に目を奪われる中、空に未だ残っていた「破片」は全て、塵となって消えた。


「消えた……?」

 冷蔵庫から伸びる機械の腕を操りそれらを集めていた貴文がそれに気づき、翔を羽交い締めにしていた腕の力が抜ける。

「おい」

 緩んだ腕からすり抜けた翔が、ふらふらと崖際に近づく。膝をついて、病院を覗き込んだ。

 病院周辺は無惨な程に破壊されていたが、予備電源含め、施設や設備は損害がないようだ。煌々とあかりがついたそこには、人々がいる気配が見てとれた。

「……生きている、のか」

 気の抜けた声で呟いた時、背後からの声が耳に届く。

「悠希ちゃん〜?」

「んー? 何事かな♪」

 弾かれたように振り返ると、ぐったりした悠希をフランが支えていた。即座に駆け寄った翔は首に触れ、口元に手をやると、大きく息を吐き出した。

「……眠ってるだけだね。疲れたかな」

「どっちかっつーと、慣れない体内魔力消費で処理落ちしたっぽい♪ 全体魔力量からしたら微々たるもんだし命に関わるとかはないよん☆ 悠希ちゃんには初体験だもんね♡」

「……ああ。そういう、ことか」

 セシルの言葉に、翔は泣きそうな顔で悠希の頬に触れる。



空の魔石(悠希)が、願いを叶えた(助けてくれた)んだな」



 その時翔の目には、眠っていた悠希が、幼い頃のあどけない寝顔と重なって見えた。


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