最下層の戦い【Part夙】
ノルデンショルド地下大迷宮――最下層『魔王城』。
「邸の塩と外の竜を片付けろボケドラゴーーーーーーーーーーンっ!!」
貴文のフロア全域に響けとばかりに叫んだ大声を受け、塩で物理的に固く閉ざされていた巨門が鈍く引きずる音を立てて開いていく。
その様子に、貴文とコナタは顔を見合わせた。
反応がなければ門をぶち破って強行突破するつもりだったから拍子抜けだ。卵を守るためにトチ狂っていたティアマトだが、どうやら少しは冷静さを――
「ギャオオオオオオオオオン!!」
「グルォオオオオオオオオン!!」
「オギャアアアアアアアアン!!」
取り戻したわけではなかった。開いた扉の向こうに古竜ほどではないが、亜竜とは比べ物にならない真竜の軍団が殺気を放っていたからだ。
「こいつら、さっきまで一切の気配がなかったぞ」
「回答。たった今、新たに生み出された群体と推測」
「まさか無限湧きすんのか? めんど! 全ての竜の母は伊達じゃないな」
ティアマトの心の声はまだ聞こえない。
だが、言ってることはだいたいわかる。
「来れるもんなら来てみろってことか。コナタは隠れてろ」
「了解」
元々薄かったコナタの体が完全に見えなくなる。それを確認した貴文は、両手の竹串を強く握り締めて地面を蹴った。
神速で門をくぐり抜け、真竜たちが反応するよりも先に数匹単位で串刺しにする。絶命した真竜たちは塩と化して崩れた。これは亜竜や古竜と同じだ。
いかに真竜と言えど、その巨体は屋内での戦いに向かない。機動力を制限された状態では爪や尾や牙などでの単純な攻撃が主になる。ダンジョンギミックと変わらない。
だが、当たれば痛いで済まないことも間違いない。貴文は竹串で上手く爪撃をパリィし、ぶん回される尻尾を飛んでかわし、食らいつこうとする大口を蹴り飛ばす。
チカッとオレンジ色の輝きが視界の端で煌めいた。
「ここでブレスを吐く気か!?」
奥にいた複数体の真竜の口から灼熱の火炎が一斉に放射された。前方で戦っている味方ごと貴文を焼き消すつもりだ。
容赦も躊躇もない。
当然だ。こいつらはティアマトの〝塩〟から生まれた量産種。替えなどいくらでもいる歩兵にすぎない。
城の広大な廊下を埋め尽くして迫る火炎流。貴文は組み合っていた竜の爪を弾き、その顔面を竹串でぶん殴って吹っ飛び転ばした。
炎を防ぐ壁として使えればよし。たとえすぐに焼き塩に変えられたとしても、数瞬の時間を稼げれば充分。
「消し飛べぇえええええッ!!」
勇者と魔王、両方の混成魔力を竹串に込めて投擲した。ぎゅん! と真っ直ぐ飛んでいく竹串は竜のブレスなど触れる傍から掻き消し、真竜の群れを一撃の下に全滅させる。
塩の道ができた。
貴文はそのど真ん中を堂々と歩いて奥へと進む。階段を登り下り、塩で塞がれた壁を壊し、襲ってくる竜を片っ端から撃滅していく。
やがて、最奥の扉の前まで辿り着いた。
「オラここに引き籠もってんだろポンコツ駄竜!!」
容赦なく蹴り破った。相手に逃げたり覚悟を決めたりする猶予など与えない。
巨大な竜でも余裕で入る大広間。壁も床も天井も柱も塩で覆われた白銀の空間で、ティアマトは……奥の玉座に竜の卵を抱き締めて座っていた。
本来は魔王が座するそこにいた〝原初の母〟は、少女の見た目だというのにとてつもない威圧感を放っている。
「……貴文か。まったく性懲りもないのだわ。よっぽど我が子を奪いたいようなのだわ」
――ぴぎゃあああああああっ!? ついにここまで来ちゃったのだわ!? 妾の〝塩〟から生まれた子らもなんか一瞬で消されちゃったし、新しく生み出しても秒殺されてもう化物指数が限界突破なのだわぁああああああっ!?
ようやく騒がしい心の声も聞こえた。相変わらず外面と内面の差が激しすぎることに安心しつつ、貴文は一歩踏み出した。
その一歩で床を蹴って瞬時にティアマトとの距離を詰め、情けも容赦もなく竹串を突きつける。ティアマトは流石の反射神経で首を傾げるだけでかわし、竜化させた左腕で爪撃を繰り出してきた。
ティアマトの爪を竹串で受け、貴文は自分から後ろへ大きく跳ぶ。
「いきなりご挨拶なのだわ。人間とはもう少し言葉を交わす生き物だと思っていたのだわ」
――こわいこわいこわいこわいこわい!? なんなのだわいきなりすぎるのだわもうちょっとで頭に竹が貫通していたのだわぁああああああッ!?
貴文は超高速で動いてティアマトの視界から姿を消し、今度は真横の死角から竹串を突く。ティアマトはそれにも即座に反応し、竜化した腕の鱗で弾いた。
「まだうちのルールに馴染めてないようだな、ティアマト。問題児には問答無用で肉体言語なんだよ! 話し合いはそれからだ!」
「……フン、野蛮なのだわ」
――蛮族!? 蛮族なのだわ!? このご時世に体罰なんて時代遅れなのだわ!?
「え? 言葉が通じない蛮族はお前ら問題児の方だろ? 俺がお前らに合わせてんだよ」
「この妾が蛮族? 言うのだわ、人間」
――えええええええっ!? 妾ちゃんとお話しできるのだわ!? あ、いや、話も聞かず邪魔者を排除しようとしたのは妾だけど……あれ? 妾が悪い? そ、そんなことはないのだわ!? 油断させて卵を奪う気なのだわ!? これは正当防衛なのだわ!?
竹串と竜爪がガキンガキンと剣戟音を連続させる。内心は慌てふためいて全然余裕なんてなさそうなのに、玉座に座ったまま、さらに卵を守りながら貴文の攻撃を全て捌いて反撃までしてくるティアマトは冗談抜きで強い。
ティアマトが息を大きく吸い込む。
――〝塩の炎〟で牽制するのだわ!
口からレーザービームのごとく吐き出された白い炎を貴文はタイミングを合わせて横へ飛んでかわす。炎は大広間の柱を焼いて一瞬にして灰……ではなく塩に変えて崩壊させた。
「フン、流石は妾の契約者なのだわ」
――避けたのだわ!? あの距離で!? うっそん!? 妾のブレス見せたことあったっけ!?
内心の冷や汗が止まらないティアマト。貴文が契約のリンクを通じて心の声を聞けていることにはまだ気づいてないらしい。
逆にティアマトに貴文の心の声が聞こえていたら厄介だが、そういうことはなさそうだ。コナタの話では魔王の権能らしいが、単純にティアマトの心の声がでかすぎることが原因な気もしてきた。
貴文は両手の竹串を投擲する。右は勇者。左は魔王。今回は混ぜずに二種類の魔力でそれぞれ攻撃する。
ティアマトは右の竹串を弾いて、左は避けた。
どうやら、魔王の魔力の方が都合は悪いらしい。
「ちょっと本気出すぞ! しっかり卵守れよ!」
貴文は左手を天井へと掲げる。すると、空中に無数の竹串が出現。魔王の魔力を纏わせたそれらが、くるくるっと回転して照準をティアマトへと合わせた。
「そんなこともできたのだわ」
「以前、管理人代理をしてもらったことがある魔王の見様見真似だけどな」
退院してから引き継ぎするまでの短い期間だったが、竹串を召喚して戦う貴文にとって彼の戦闘スタイルは見習う点が多かった。
無数の竹串が雨あられと降り注ぐ。
「そんなに悪い魔力を溢れさせて、我が子に影響が出たらどうするのだわ!」
ザッパーン、と。
ティアマトの足下から塩水が噴き上がった。それは部屋の幅を満たすほどの大津波となって竹串の雨を飲み込み、さらに貴文へと迫りくる。
触れれば魔王の魔力は浄化される。
それは今の貴文の力が半減することと同義だ。
――お願いなのだわ!? この波で城の外まで押し流されてくれなのだわ!?
「流されるわけにはいかねえな!」
貴文は竹串を幾重にも編み込むように召喚して強靭な壁を作る。貴文の魔王の力はグリメルに由来するため、空間や建造物の創造は得意。バフがかかっていると言ってもいい。
津波を受けて大きく撓った竹壁は、魔力こそ浄化されてしまったが、破られることはなくそっくりそのまま跳ね返す。
「一筋縄ではいかないのだわ」
――ぴぇえええええええっ!? ちょっとした都市なら壊滅させるくらいの威力はあったのにどうなってるのだわ!? どうなってるのだわぁあッ!?
津波はティアマト自身を呑み込む前に蒸発。大量の〝塩〟と化して床を粉まみれにした。
間髪入れず貴文が疾駆する。
――だったら、〝塩の槍〟なのだわ!
床一面に広がった〝塩〟が隆起し、鋭利な刃物と化して貴文を襲う。だが、来るとわかっている攻撃にあたるほど貴文は間抜けではない。さくっとかわしてティアマトに切迫する。
「なんで妾の攻撃が見切られるのだわ!? そこまでして卵が欲しいのだわ!?」
いよいよ外面の余裕もなくなってきたようだ。
「何度も言ってるはずだろ! 俺の目的はお前だ、ティアマト! 俺たちが心配して様子を見てたのに、勝手に勘違いして暴走したお前を止めたいんだよ!」
ドスドスドスドス! 竹串がティアマトを拘束するように体の輪郭に沿って玉座に刺さる。
「ぴっ!?」
「あと、邸への被害を請求させてもらうからな! 生まれてくる子供に借金背負わせたくなければ言うことを聞け!」
「借金なのだわ!?」
――あわわわわわ我が子が路頭に迷うのだわ!? ダメダメな母でごめんなさいなのだわ!? 邪竜になるのも嫌だけど、それはもっと悲惨な気がするのだわ!?
涙目でガクブルと震え始めたティアマト。彼女の戦意が急速に干上がっていく。ずるずると玉座から滑り落ち、彼女はぺたんと地面にへたり込んだ。
おや? と貴文は思っていた以上の反応に口の端を吊り上げた。
「卵が孵るまでここに引き籠りたいのなら構わない。だが、〝塩〟を広げるのはやめろ。邸に被害が出る。そうなると借金だぞ借金!」
「ぴえっ!?」
どうも『借金』という言葉は効果抜群のようで、言う度にティアマトの肩がビクンと跳ねる。
「さ、最初はそのつもりだったのだわ。でも、魔王の力を吸い過ぎたせいで妾の力が暴走してしまっているのだわ」
「だったら一回外に出ろ。グリメルが管理者権限でなんとかする。あと、ちょっと働いてもらいたいこともあってな」
「働く……働けば借金はチャラなのだわ?」
「働きによる」
ぎゅっとティアマトは拳を握る。心の声もずっと「働く働く働く働く……」と繰り返している。なんだかニートを説得しているような気分になってきた貴文だった。
やがて、ティアマトは決意を込めた目で貴文を見上げた。
「わかったのだわ! 我が子のために、母は働くのだわ!」




