思わぬ援軍【Part夙】
《一時、離脱……!》
「あ、こら!?」
激しい砲撃戦の最中、世界のどこかから溢れ出た悍ましい気配に気を取られた機械仕掛けの神とグリメルだったが、先に体勢を立て直すべく動いたのは機械仕掛けの神の方が早かった。
グリメルの隙を突いて転送機構を発動させ、機械仕掛けの神は一瞬で空中要塞〈太陽の翼〉亜型へと退いた。
そしてその最上部。
《クソ、魔王が……!! ……否。冷却。冷却。冷却》
側壁に腕部を叩きつける直前、何とか思考回路のクールダウンに成功。そしてそのまま一旦指揮権を熾天使級戦術機巧神兵に譲渡し、バグらされた存在概念の修復にあたっていた。
《……リカバリー率57%》
甘く見ていたわけではない。そもそも機械に『油断』という概念はない。状況に合わせて脅威度を上げていくだけだ。
情報の神の世界録にアクセスすれば、彼の魔王は一度滅びたと記録されている。魔王が復活することなどよくある話。そこには疑問も驚愕もない。
ただ、今の状態ですら機械仕掛けの神を損傷させられる脅威。もし彼の魔王が全盛期と同じ力を取り戻した場合は脅威度を更に跳ね上げる必要が生じてくるだろう。
《……リカバリー率60%。各機体の記録の同期を開始します》
目の前に複数のモニターが出現する。
《麓の街への粛清。達成率67%。残存兵力――0。壊滅を確認。不可解。主天使級の戦闘記録を参照します》
街の粛清を任せていた指揮官のクラウドデータベースへとアクセスする。記録によると、どうも機械仕掛けの神の演算を遥かに超えた事態が展開されていたようだ。
《守護者と魔術師の参戦。限定的に『呪怨の魔王』の顕現。幾度の熾天使級派遣の要望あり。我々だけでなく、竜軍の壊滅及び呪いの浄化率99%。計算外》
守護者の介入や魔術師の援軍は想定していた。だが、『呪怨』の出現とはどういうことか。いくら分析してもエラーに終わる。
ただ、計算違いはそこだけではない。守護者や魔術師、街の防衛術士の実力が世界標準を大幅に上回っていた。これでは主天使以下が壊滅してしまうのも当然だ。
周辺地域の粛清は優先度を下げるべきと判断する。
まずは全戦力を持って『炉』の破壊、及び邪魔者の排除を行うべきだ。
《残敵確認。『迷宮の魔王』含む妨害者6名。飛竜種218。古龍6柱。始祖竜ティアマトの姿は確認できず。魔法士を名乗る呪いの根源が1名。その配下が2名。非戦闘員と推測される生体反応もあり。無視を推奨》
どういうわけか万を越えようとしていた飛竜の数が激減し、新たな発生も停止していた。もはや脅威度は無視可能な段階まで低下している。機械神軍の天使でも対応可能なレベルだ。問題は『炉』の破壊を妨害する者たちと、残る古龍、そして動きが読めない呪いの魔法士だ。
《未知の脅威の探知開始。…………。…………。探知不可能。不可解》
そして先程突如発生した謎の気配について周囲数百キロ単位で探知するも、何度試行しても結果はエラーとなった。戦闘が行われていた麓から遠く離れた地点で異様な密度と量の魔力反応が1個体、さらに魔王の眷属と思しき反応が2個体分検出されたが、今なお機械仕掛けの神の回路を蝕むような不快感の発生源ではない。
こちらも気にはなるが存在概念の修復が完全でない現状では、今すぐ対処できるものではない。思考のリソースを切り替え、現況把握に割く。
《我々の残存戦力。熾天使級1機。智天使級2機。座天使級2機。主天使級5機。力天使級13機。能天使級12機。権天使級250機。大天使級330機。天使級1976機。1975機。1970機……秒単位で減少中》
雑魚は次々と落とされているが、同じ速度で残り僅かな竜軍も減少している。全体的に見た趨勢は機械神軍にある。
《加えて〈ガラクタの巨人〉が1体》
あの巨人は強制指令で現地調達した機械人形が融合したものだ。単純な戦闘力で言えば主天使級だが、ガラクタの寄せ集めだけに多少破損したところで止まりはしない。悪くない拾いものだった。
ただ――
《声明から30システム時間が経過。想定粛清率を大幅に下回っています》
抵抗が激しいのも事実だった。
《リカバリー率65%。当機は稼働不可。打開策を検討。〈太陽の翼〉の主砲――〈天の火〉の使用を許可します》
機械仕掛けの神が管理者権限で承認し、指令を出す。
瞬間、機械仕掛けの要塞のあちこちで歯車が回った。ガコガコと組み変わっていく要塞から、水平方向に広く複雑に機械の枝葉が伸びていく。
やがて要塞自体が空を覆う魔法陣と化した。
《燼滅規模――標準世界単位で半径2000kmに設定。必要チャージ時間を計算。5.5システム時間。実行しますか? YES》
要塞から伸びた機械の魔法陣が妖しく明滅を始めた。
ビー! ビー! ビー!
その時、機械仕掛けの神の演算中枢に警戒音が響き渡った。
《観測外の勢力の接近を確認。脅威レベル不明》
ここにきて、さらなる想定外が発生した。
***
「なんかやばそうですわよ!?」
要塞から広がった機械の魔法陣を見上げ、フォルミーカは冷や汗を掻いていた。恐らくあの要塞の主砲だろう。フォルミーカがかつて乗っていた次空艦よりも圧倒的な火力があると思われる。
「アレが神々の金属でなかったら食いつくして差し上げますのに!」
襲い来る機械天使や飛竜を捌きながらフォルミーカは悪態をつく。鉄筋コンクリートだろうが世界樹だろうが関係なく美味しくいただける白蟻の魔王と言えど、神の祝福を授かった金属は流石に相手が悪かった。雑兵の機械天使を何百体か食潰したが、既に胸焼け気味だ。
周囲の戦況を見回せば、邸を破壊しようと暴れている有翼の雄牛竜をカベルネとジークルーネが阻止しており、機械仕掛けの神が一時離脱したことで手が空いたグリメルとその眷属たちは『炉』を守る位置で機械天使の猛攻を凌いでいた。
機械神軍の主力はグリメルに向いている。今、異世界邸組の中で最も自由が利くのはフォルミーカだけだ。
「……乗り込みますの? アレに?」
不可能だ。いや乗り込むことはできるだろうが、そうすると単騎で機械仕掛けの神と戦うことになる。流石に無茶無謀だろう。
見た感じ、あの魔法陣はそれなりのチャージ時間が必要だ。それなら先にグリメルに加勢して、司令官っぽい機械天使や残りの古龍を屠ってから全員で乗り込んだ方が勝率は高い。
いや――
「わたくしが相手にすべきは、あちらですわね」
フォルミーカが見上げたのは、無数の機械人形が寄せ集まってできた不格好な巨兵だった。
一見脆そうに見えるが、その膂力は腕の一振りで飛竜数体を薙ぎ飛ばし、不格好故に体のどこから発射されるかわからないレーザー光線が周囲一帯を焦土に変えている。たったいま獅子竜が腕を喰い千切るも、まるで強力な磁石に吸い寄せられるようにして再生してしまう。
「あの人形は異世界邸に保管されていたものたちですわ。核となっているのは……あのポンコツさんですわね」
つい数刻前まで仲良くダンジョン攻略していた彼を討つ。いつもの喧嘩とはわけが違う。そんな酷なことが他の住人にできるだろうか。少なくとも今のグリメルには無理だろう。
「手を汚すのは、生まれ変わってもいない魔王であるわたくしが適任ですわ!」
巨兵が獅子竜と取っ組み合いをしている隙にフォルミーカは疾駆し、一気に距離を詰める。手に持った傘をくるりと一回転させ――
「喰い破れ――〈喰魔の白帝剣〉」
真っ白な西洋剣へと変化させた。〝消滅〟の力が付与された魔王武具ならば、何度破壊されても合体してしまう巨兵の再生能力を封じることが可能だ。
剣尖を突き出し、消滅の波動を前方へと放つ。
巨兵が気づいた。取っ組み合っていた獅子竜をぶん投げて盾にする。強靭な体毛に覆われていた獅子竜だったが、纏っていた魔力ごと喰われて背中に風穴を穿たれる。絶命し、残った肉体がさらさらと塩化して流れていく。
「次は防げませんわよ!」
剣を刺突に構え、もう一発放とうとするフォルミーカに巨兵は全身からレーザー光線を照射した。ホーミングしてフォルミーカを狙うそれらに舌打ちし、剣を引き、手を翳し、白い魔力砲を放って一掃する。
「こんな目眩ましでわたくしが――ッ!?」
言いかけて、フォルミーカは瞠目した。
目の前にいたはずの巨兵が影も形もなくなっていたからだ。
魔力砲があたって消し飛んだ? 否、当たるような角度ではなかった。仮にあたったとしても全身が綺麗に消滅することはないはずだ。
「――ッ」
ハッとして周囲を見回す。無数の人影が宙を舞っていた。
機械天使ではない。巨兵から分離したアンドロイドたちだ。それがフォルミーカの背後で合体しており、既にその鉄拳を振り上げていた。
「くっ」
咄嗟に身構えるフォルミーカ。
その時――
「待たせたのじゃ!」
幼さの残る少女の声が響いた途端、巨兵の隙間という隙間から植物の蔓が生え伸びてあっという間に拘束してしまった。
いや、拘束なんて生温い。蔓は巨兵の全身を覆い尽くして植物アートの像みたいにしてしまったのだ。
「ひっ、こ、これはまさか……」
覚えがある。やられた覚えがある。アレはそう、管理人の奥さんが管理している家庭菜園でいちご狩りを手伝わされた時――
「イチゴーレム軍団、発進なのじゃ!」
人型をした巨大イチゴが邸の裏手からぞろぞろのっしのっしと沸いて出てきた。その内の一体に乗った神久夜が前方を指差して「ゴーゴーなのじゃ!」とか言っている。
「ひゃあああああああああああやっぱりあの時のイチゴですわぁああああああああああああああああああああッ!?」
たった一体で魔王や堕天使を蔓の彫像に変えてしまう恐ろしいバケモノ。それが十……いや二十……いや三十……ぱっと見で数え切れないくらい次々と現れる。神久夜の命令にちゃんと従ってはいるようで、天に向かって種マシンガンをダダダダダダダダ! 機械天使や古龍を次々と蔓像に変えて撃ち落としていく。
「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ……ふきゅう」
普通ならエサ認定できるはずの植物だが、フォルミーカにとってはトラウマ以外の何物でもない。一体だけでもクソキメェそれが数十体もいるという地獄絵図に、泡を吹いて気絶することを自制できなかったフォルミーカだった。