ティアマトの神竜たち【part夙】
ノルデンショルド地下大迷宮の最下層最奥に聳える城。
「状況を整理する必要があるのだわ」
卵を大事に大事に抱えたティアマトは、外の様子をイマイチ掴み切れなくなりそう独りごちた。
「ムシュフシュとギルタブリルは指示通りタカフミの足止めをしているとして……」
あの二体を仕向けなければ足止めもできない管理人はやはり異常である。ティアマトはとんでもない人間(?)と契約してしまったのかもしれない。
とはいえ、その契約の縁も今では細く脆い糸。いつ切れてしまうかわからない。が、たとえそうなっても問題はない。この魔力濃度の濃い地下迷宮にいればティアマトが消滅してしまうことはないだろう。
「問題は地上なのだわ」
ウシュムガルを殺した犯人は判明している。
「機械仕掛けの神……」
竜であり神であるティアマトは当然ながらその存在を知っている。あらゆる竜と神の〝母〟であるティアマトだが、神を我が子だとは思っていない。奴らはティアマトにとって裏切者。憎むべき相手だ。
機械仕掛けの神個神に恨みがあるわけではないが、我が子を脅かす存在であることには違いない。ならば敵。敵は駆逐する。
「地上の様子は『視』た方が早いのだわ」
ティアマトはスッと瞼を閉じ、母子の縁を通して神竜の一体と視界を共有する。
【Vision】ムシュマッヘ
七岐の大蛇は現在、異世界邸の住人たちと交戦しているようだった。
『白蟻の魔王』フォルミーカ・ブラン、『呑欲の堕天使』カベルネ・ソーヴィニョン、『戦乙女』ジークルーネ。異世界邸最大戦力として数えられる三人でようやく神竜一匹と互角のようだ。
七つの頭から吐き出される毒のブレスを彼女たちはちょこまかとかわしている。
「そこ! そこ! そこなのだわ! ムキ―ッ! 全然あたんないのだわ!」
視界を共有しているだけでティアマトがムシュマッヘを操っているわけではないのだが、あまりにも外しすぎてストレスが溜まりそうだ。
外す度に周囲の山々が毒に侵されている。しかし、ティアマトは気にしない。〝塩化〟が広がればそれもやがて浄化されるだろう。
「他の子はなにをしているのだわ?」
【Vision】ラフム
三対六つの巻き毛をした毛深い蛇は、機械人形を蹴散らしながら山を滑り降りていた。近くには魚の竜人であるクルールもいる。このニ柱はどうやら街へと向かっているらしい。
理由は明白だ。
新たなる脅威の排除。街の術者はどうでもいいが、魔術師よりも強力な力を持つ何者かが近づいてきている。
しかも、恐ろしいほど強力な呪いを発動し徐々に広めているのだ。たとえティアマトたちが目的ではなかったとしても、この呪いは我が子に悪影響を与えかねない。生まれる子を呪竜になどさせるものか。
「流石は我が子たちなのだわ。そのまま街へ乗り込んで脅威を叩き潰すのだわ」
呪いの主だけではない。街には機械人形も飛んで行っているようだ。それらも結局は敵なのだから、一体と残らず殲滅しなければならない。
【Vision】ウガルルム
獅子の姿をした竜は、嵐を纏う鷲竜であるウム・ダブルチュと有翼の雄牛竜であるクサリク、有角の毒蛇竜であるバシュムと共に機械神軍の本体と争っていた。
地上ではグリメルたちが邸を守りながら竜や機械人形と戦っている三つ巴状態だ。
「優先すべきは機械仕掛けの神なのだわ。でも邸の連中も放置できないのだわ。ウガルルムとウム・ダブルチュとバシュムは機械仕掛けの神を、クサリクは邸を襲うのだわ」
ティアマトが命じると、ウガルルムは争っていた主天使クラスの機械人形を噛み砕き、一足飛びに上空に浮かぶ機械城へと向かった。
当然、邪魔が入る。無数の機械人形が群がり、一斉に光線を放ってきた。
暴風がそれらの光線を相殺する。毒液の射出が機械人形たちを次々と溶解させていく。ウム・ダブルチュやバシュム、それから亜竜たちの援護だ。
機械仕掛けの神は浮遊要塞の手前に浮かんでいる。その周囲には熾天使や智天使クラスの機械人形を従えているが……
「……なにをしているのだわ?」
なんか、猿っぽいなにかと戦っている。
兵器を撃つわけでもなく、剛腕化した機械の腕での肉弾戦。珍しいというからしくないというか、あの猿の能力でそうせざるを得なくなっているのだろうか?
「都合がいいのだわ」
今が機械仕掛けの神を討ち取るチャンスだ。正直、熾天使や智天使クラスとの混戦になれば神竜三柱と亜竜たちだけでは心許なかったのだ。
「あれ?」
そういえば、一柱足りない気がする。
「ウリディンムはどこにいるのだわ?」
【Vision】ウリディンム
最後に獰猛な犬面の竜の視界を共有する。地面が近い。周囲には木々が生え伸びている。どうやら、ウリディンムはラフムたちとは別口で山を下っている様子だ。
犬の鼻を地面すれすれに近づけてクンクンしながら、なにかを追っている。
「あー、邸の住人が足りないと思ったら逃げていたのだわ。なるほど、確かにお前の鼻なら追えるのだわ」
戦場から逃げ出すような弱い者たちを追う必要があるのかという疑念はあるが、一度敵と看做した以上は徹底的に潰す必要がある。でなければ、神話の時代のようにティアマトは敗北するだろう。
「慢心はもうしないのだわ。妾の心が弱くなったのは、こういう時に二度と負けないためなのだわ」
と、耳をピクッとさせたウリディンムが急になにかを察して走り始めた。崖を飛び越え、不自然に整地された場所に着地する。
ブロロロロロロロロォォォ!
車のエンジン音だ。
視線を上げると、遠くに大きなワゴンが一台。恐らくアレに住人たちの乗っている。脱出用の車があるとは、用意のいいことだ。
「追うのだわ、ウリディンム!」
指示を出すと、犬面の竜は四足で駆けてから翼を広げて飛翔した。




