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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
外伝6
153/175

異世界邸新年番外編! 格付けチェック!!【part 山】

「……はっ!?」

 その日、悠希は目を覚ますと同時にいつものアラーム(ちゅどん)に備えて枕元のガスマスクに手を伸ばし、布団を頭から被って耐ショック姿勢を取った。ガスマスクを装着し、いつ正体不明の毒ガスが充満し爆風が部屋を吹っ飛ばしても対応できるよう心の準備をして待つ。

「……ん?」

 しかし待てど暮らせど爆発は起きない。

 珍しいこともあるものだと一瞬安心しかけたが、いやいやと首を横に振る。

 こういう日は大抵別の厄介事が舞い込んでくるものだ。具体的には魔法少女関係の強制イベントに巻き込まれる。今日こそは赤毛の子猫が文字通りの猫なで声ですり寄ってきてもスルーしようと心に決め、恐る恐る布団から顔を出す。


「お、起きたな」


 全身黒ずくめに顔に十字傷の入ったヤクザ面の中年男が見下ろしていた。

「……!?!?!」

 流石にこの流れは予想できていなかった。ついに管理人は借りちゃいけないところからお金を借りてしまったのか、その前に一言相談してほしかったと脳内に愚痴の嵐が通過している間に、ヤクザ面は苦笑しながら悠希を眺める。

「ふーん、お前さんがあいつの、ねえ……」

「はい?」

「なんでもねえよ。目が覚めたんなら席についてくれ。まだ起きてねえ馬鹿をどうにかしねえといけねえんだ」

 ヤクザ面が指差す方を見ると、なにやら豪奢な椅子が複数二段のひな壇に配置されていた。すでにほとんどの椅子は埋まっているが、ほぼ全員が悠希の知らない顔ぶれだった。

 当然ながら、ここは自分の部屋ではない。

「いやここどこですか!? 自分は昨夜は普通に異世界邸の自室で寝ていたはずです!? いつの間にこんなところに拉致されてきた……このヤクザ面、まさかあなたが犯人!? だとしたら本当に管理人はどこに金を借りやがったんですか!?」

「別に俺金貸しじゃねえし、拉致もしてねえ。ま、〝夢〟の続きだと思ってくれ」

「誰が信じろっつーんですか!?」

「信じてもらわねーと、一生この〝夢〟から出られねーぞ? 俺もお前も」

「はい!?」

「悠希、悠希」

 と、ひな壇から悠希を呼ぶ声がかかる。

 振り返ると、数少ない知っている顔――異世界邸管理人の貴文が胃の辺りを押さえながら手招きしていた。

「管理人!?」

「そのヤクザの言ってることは本当だ。とりあえずこっちに来てくれ」

「ヤクザじゃねえわ。ま、説明頼むぜ」

 そう言うとヤクザ面は悠希からいったん離れ――別の場所にこんもりと盛り上がっている布団の山に近付き思いっきり蹴り上げた。

「おら、とっとと起きろボケ」

「ぶげら!?」

 その光景に「やっぱりヤクザじゃないですか……」と呟きながら立ち上がる。

 すると寝る前はパジャマだったはずなのに、いつの間にかいつもの学ランを身に纏っていた。当然ながら着替えた記憶はない。

「一体何なんですか……?」

「あいつも言ったろ、これは〝夢〟だ」

 貴文の隣の空いていた椅子に腰かけると、胃痛に表情を歪めながら貴文が説明する。

「原因は分からん。ただ俺も悠希もあいつも、他の連中も巻き込まれただけってのは本当らしい。この正体不明の夢空間で()()()()を達成しないと、俺たちはずっと夢から覚めずに拘束されることになる」

「あ、ある工程って……?」

 冷や汗を浮かべながら悠希はぐるりと自分がいる空間を見渡す。

 ひな壇に置かれた椅子の他に、それぞれ何やら縦長の立て札が置かれている。自分の座っている位置からは何が書かれているか見えないが、椅子が二脚ひとまとまりに置かれているのを見るにチーム分けだろうか。

「……いったいどこの馬鹿だ、こんなものに巻き込んだのは」

「楽しみだねー!」

 ひな壇上段、向かって右端、悠希たちとは反対側の椅子に腰かけているのは仏頂面の黒髪の青年と、燃えるような赤髪の幼い少女。二人とも悠希には見覚えがない。

「ていうか兄貴、なんか老けてない? 顔の傷もなんか増えてるし」

「……集められた時間軸が違うのかな? そんなことって可能なの……?」

 一段下がって下段右端。こちらは片方は見覚えがあった。亜麻色の髪の毛を短く刈り込んだ高校生くらいの少女。異世界邸にしょっちゅう遊びに来る瀧宮白羽の姉の梓だ。その隣は彼女の友人だろうか、悠希には見覚えがない。分厚いレンズの眼鏡をかけた灰色の瞳の少女が何やら考え込んでいた。

「〝夢〟……つまりアイツが絡んでるのはまず間違いないだろうが、一体何の目的でこんな手の込んだ真似を……? いや、そもそも意味なんてないのか?」

「ねえレージ! なんだか良い匂いしてくる!!」

 上段戻って悠希たちの隣。なんだか貴文と同じく胃の辺りを押さえている男子高校生と、小柄で勝気な表情の金髪の少女。こちらは二人とも知り合いだ。一時異世界邸管理人の代行を務めた白峰零児と、彼についてよく遊びに来ていたリーゼロッテだ。

「…………」

 そして悠希たちから見て左下の椅子。長身に全体的に色素が薄い印象の青年が腕組みをして不機嫌そうな腰かけている。隣の席は空席、ということはさっきから布団に包まったままヤクザ面に空中コンボをキメられ続けている少年の相方なのだろう。……なんだか、後ろ姿しか見えていないのに不思議な高揚感を抱くのは何故だろうか。

「この並びとこの椅子……つまりアレですね! この超一流ドラゴンたるウロボロスさんがズビズバシャーン! と全問制してみせますよ!」

「お前はいつでも能天気で羨ましいな……」

 そして最後に悠希の右下の椅子に腰かける二人。正面から顔を見たわけではないが、恐らくどちらも知らない。若干すでに諦めているような表情を浮かべた高校生くらいの少年に、ウェーブがかった眩しい金髪の美少女がウザ絡みしていた。

「……一流?」

 と、知らない方の金髪少女の言葉が耳に引っかかる。改めて目の前に置かれた立て札をひっくり返すと、「一流住人」とわけの分からない単語が金ぴかに装飾されて書かれていた。そしてなんだか悠希もこの光景……というかセットに見覚えがあるような気がしてきた。

「え、あることって、まさか?」

「まあ、そのまさかなんだろうな……」

 はあ、と貴文が深い溜息をつく。

 そしてそれと同時に――ズガシャーーーン! とついに布団を引っぺがされた少年が椅子にサッカーボールよろしくシュートされた。

「よーし、全員揃ったなー」

「帰りたい!?」

「帰るためにやるんだ。さっさと席につけ」

 パンパンと手のひらを払いながらヤクザ面が少し離れた場所に置かれた教壇のような背の高い小さな卓に着く。そこにはもう一人、やはり悠希は会ったことがない黒髪青目に黒いセーラー服の少女が苦笑しながら待っていた。

「それじゃあタイトルコールお願いするです、パパ」

「あいよ」

『『『パパ!?』』』

 梓と彼女の隣の少女を始めとした何人かが目を剥いて声を上げるが、ヤクザ面はスルーして「ん、ん」と喉の調子を確かめると――大気が震えるような声を張り上げた。


「異世界邸外伝! 術者&魔王格付けチェックーーーーーー!!」


 パァン! と煌びやかな紙吹雪と共に何やら聞いたことがあるようなないようなSEとBGMが空間を駆け抜けた。

 ひらひらと落ちてくる金色の紙吹雪を払いながら、ひとまず、悠希は大きく息を吸い込む。

 そして。

「自分術者でも魔王でもねえんですが!? 一般人ですけど!? ただの住人ですけど!? てか一流住人って何!?」

「はっはっは、あの邸でけろっと無傷で健やかに育ってる奴が一般人なわけないだろ」

「失礼な!?」

「「いや、まあ、うん……」」

 何やら貴文や零児も微妙な表情を浮かべる。なんと失礼な。

「それじゃあ紫、説明よろしく」

「はいです!」

 と、元気な返事をしながら黒セーラーの少女が手元の台本を読み上げる。

「司会進行を務めさせていただく瀧宮羽黒と白銀紫です。今日はよろしくお願いしますです! 頑張ってこの〝夢〟から覚めましょうねー!」

「頑張って夢から覚めるとかいう意味不明ワード……」

 思わず悠希は呟くも、少女――紫は特に拾わずに進行を続ける。


「今日お集まりいただいた六組の一流術者&魔王の皆さんには二者択一問題5問に挑戦していただくです! 一流の皆様であればすぐに分かる簡単な問題ばかりですが、万一不正解になりますと『一流』から『普通』『二流』『三流』『そっくりさん』と陥落し、不正解が続くと『存在する価値無し』として最終的には夢空間から消えてしまうです!」


 案の定な企画説明に悠希は頭痛がしてくる。こんなわけの分からない空間に放り込まれたと思ったら、なんでそんなお盆と正月の特番みたいなことをさせられるのか。

 と、一番最後に起きて椅子に蹴り込まれた少年が不服そうに呟く。

「別に俺は一流じゃなくても……」

「この夢空間から消えるってことは、現実世界でも消えるかもしれないってことですので真摯に企画に取り組んでいただきたいです!」

「急にホラーやめて!?」

 その言葉に一部やる気がなさそうだった他のメンバーも背筋が伸びた。不正解のペナルティが元ネタよりも重すぎる。

「それでは各チームの紹介に移るです。まずはチーム『ノワフウ』、スブラン・ノワール様とダンスーズ・フージュ様!」

「なんだかよく分からないけどがんばります!」

「…………」

「ノワール、挨拶くらいはしようぜ?」

 ヤクザ面――羽黒がニヤニヤしながら、なんだか屈辱的な人形が先端に取り付けられた指棒片手に歩み寄ると、黒髪の青年が大変不服そうに溜息混じりに口を開く。

「……はあ。とっととこの茶番を終わらせる」

「それはお前らの協力次第だな」

 ぽんぽんと指棒を片手に弄びながら羽黒は笑う。こいつも巻き込まれた側のはずなのに、しれっと進行側に収まることで一番美味しいところを掻っ攫ったようにしか見えない。

「えー、次はチーム『月波学園』から瀧宮梓様と朝倉真奈様!」

「どーもー」

「が、頑張ります……!」

「うわあ、お二人とも本当に女子高生時代だ! すっごい新鮮!」

 と、紫がなにやらはしゃぎ出す。なにやら軽くタイムパラドックスな気がするのだが、本当にこの空間は大丈夫なのかと悠希は不安になってきた。

「続いて注目のこの二人! チーム『魔帝』、白峰零児様とリーゼロッテ・ヴァレファール様です!」

「あなた見る目があるわね! わたしこそが〝魔帝〟で最強よ!」

「あ、なんだか久々に聞いた気がする……久々? この俺はどの時点での俺なんだ?」

「哲学みてえだな。お前さんは17歳当時、異世界邸管理人の代行を務めた後くらいのお前さんだ」

「そ、そうなのか……?」

 浮かない表情をしつつも羽黒の言葉にとりあえず引き下がる零児。なんだかこれ以上は突いたら危険な気がした。

「続きましてチーム『鬼狩り』! えーと……あ、パパ、一応名前言わない方が良いですかね?」

「別にいいだろ。どうせここは〝夢〟なんだし、解放されたら全部忘れる」

「おい」

「チーム『鬼狩り』から、疾様と伊巻瑠依様です!」

「……ぶっ殺す」

「帰りたい!?」

「つーか、なんでコレとチームなんだ。せめて竜胆と組ませろ」

「こっちにも色々都合があんだよ」

「ちっ」

「いったい!? いちいち蹴るのやめてもらえませんか!?」

 疾と言うらしい青年が騒がしい少年――瑠依の脛を蹴る。普段の悠希ならば「なんか乱暴だなあ」とちょっと引くところだが、なんだか妙に見慣れた安心感がある。会ったこともないはずなのに。

「そしてチーム『秋幡家』から、秋幡紘也様とウロボロス様!」

「聞きましたか紘也くん!? 『秋幡家』ですってよ!? ついにあたしたちの仲が公認に(ざくっ)目っがぁぁぁぁぁあああああ!?」

「なあ、瀧宮羽黒。俺たちはその、異世界邸? とは関りがないはずだがなんでここにいるんだ? ここの連中もほとんど知らん奴らだし」

 信じられないことに金髪美少女――ウロボロスの両眼を抉るようにその指で突き刺したにも関わらず、少年――紘也は全くの無感情で羽黒に問いを投げかける。羽黒も羽黒で目を押さえて床を転げまわるウロボロスをガン無視して肩を竦めながら答える。

「お前さんの親父が間接的に関わってるからだろ。まあそれでも部外者の域は出ないが」

「……またか。解放されたらとりあえず殴るか」

「覚えてたらいいな」

「そうだった……」

 深い溜息をつく紘也。そして信じられない再生力で眼球のダメージから復活を果たしたウロボロスがぼやきながら椅子に戻る。

「いたた……痛い? 夢の中なのに痛いってなんなんですかね? なんか固有結界も張れないですし」

「痛覚程度で目が覚めるならこんな茶番に付き合ってねえだろアホボロス」

「その辺の力押しはノワールがもうとっくに試しただろうがクソ蛇」

「クソ龍殺しと口だけ腹黒野郎は目が覚める前に一回シバきます♡」

 何やら因縁があるのか挑発し合う三人に苦笑しながら、紫が最後のチームに視線を移す。

「そして最後はチーム『異世界邸』、管理人の伊藤貴文様と中西悠希様です!」

「ど、ども……」

「やっぱり自分たちだけ場違い感が半端ないんですが……」

「俺たちでも分かる問題だと良いんだが……せめて悠希だけでも元の世界に戻さねえと」

「い、いえ! 帰るのは管理人も一緒です! こののや神久夜さんが待ってるんですから!」

「……はは。ありがとな」

 ぐっと拳を握り締め、悠希は心意気を新たにする。そうだ、確かにこんなわけが分からない現象に巻き込まれたのは甚だ不服だが、自分たちは帰らなければならない。一流にこだわりはないし、二択問題が全5問なら全く分からなくても全部間違えない限り消えることはないはずだ。



        ―― 第 1 問 ――



「そんじゃあ早速いってみようか」

「はい! 第1問のテーマは『美食』です! 黄泉戸喫なんて言葉もありますが、一流の皆様であれば普段から食べるものにも気を遣っているかと思うです。そこで皆様には5万円のコース料理と、それと同じメニューを定食屋さんに再現してもらった一皿500円以下のワンコイングルメを食べ比べてもらうです。挑戦してもらうのは皆様で決めてもらって結構ですよー」


 ――チーム「ノワフウ」

「美味しいものが食べられるってこと!? 私行ってくるね!」

「……術者と何の関係があるんだ」


 ――チーム「月波学園」

「本当、定番だけどいきなり術者とか関係ないの来たわね」

「……わたし、ちょっと自身ないなあ。特にこれと言って高級なものは食べたことないし……」

「んじゃ、あたし行ってみるわ」


 ――チーム「魔帝」

「さっきからしてた匂いはこれだったのね! レージ、行っていい?」

「どーぞどーぞ。それにしても美食かあ。……ポンコツメイドの毒物レシピなら食う前に分かるんだけどなあ」


 ――チーム「鬼狩り」

「瑠依、行け」

「え、いいの?」

「全問俺が出ても恐らくこの夢からは解放されねえ。今後異能術式に絡めた出題があると想定すれば、お前に解けるかもしれねえのはこの程度のしょーもない問題くらいだ」

「流れるようにけなされてる!?」


 ――チーム「秋幡家」

「ふっふっふ、幻獣界の彦○呂と言われたこの美食屋ウロボロスさんにお任せあれ!! 見事紘也くんを一流のままクリアさせてみせますよ!」

「○摩呂って幻獣界にも名を馳せてんの?」


 ――チーム「異世界邸」

「美食かあ……悠希、行ってみるか?」

「ええ!? 自分で良いんですか!?」

「いや、ほら。俺って胃がアレだから高級な料理食べるとびっくりしちゃいそうで」

「ああー……分かりました。自分が行きます」


「挑戦者が決まりましたら別室に移動をお願いするですよー」

「まあまあなんかごちゃごちゃ言ってっけど、5万と500円のメシを食べ比べてどっちが高いか当てるだかだからな。そりゃお前らみたいな一流なら簡単だろって話だな。さ、見ていこう」


 一人目の挑戦者――ダンスーズ・フージュ


「えっと、これをつければいいの? わたし目隠ししても何となくわかるよ?(少女漫画風アイマスク装着)」


「そういうルールだからつけてくれ」

「わ、フージュさん可愛いです! えーと、フージュさんに食べてもらうのは前菜です。今回はカプレーゼを用意してもらったです。まずはAの方の料理をどうぞ!」


「カプレーゼ、ってトマトにチーズとなんか緑のがかかってるやつだっけ? いただきまーす」


「ん? あれ、Aの皿持ってきたチャイナドレスの女の子、ウェルシュじゃねえ?」

「ホントだ……」

「なんであいつスタッフやってんだ……」


「んー、えっと、トマトがほんのり甘酸っぱくて、でもチーズが良い感じの塩味で良い感じ! 緑のも爽やかー!」


「良い感じって二回言ったな」

「食レポなんて普通に生活してたらしねえからな」

「その緑のはバジルだ、チビ。まあノワールと行動してて食う機会はないだろうが」

「一応テーブルマナーを叩き込んだ時に一通り食わせたはずなんだが……」

「続いてBのお皿をどうぞ!」


「はーい、いただきまーす!」


「ンぶぅっ!?」

「……紘也さん、Bのお皿持ってきたの、香雅里さんじゃ……?」

「げっほ、げっほ……何やってんだアイツ!?」

「け、結構際どいチャイナドレスだな!?」

「あーあー、年頃の娘が可哀そうに……顔真っ赤じゃん。おじさんにはちょっと眩しいなあ」


「んー、ん~……!? え、こっちもすっごい美味しい! え、これ本当に値段違うの!?」


「お、さっそく企画のドツボに嵌ったな」

「視覚を塞がれると結構分からないですよね」


「えー……強いて言うなら、Aのトマトが酸味が強くて、チーズの味が濃かった気がする……でも、それでバランスはとれてた気がするし……一まとまりだったのはBなんだけど……んー……Aで! Aでいきます!」


「お、まずはフージュはAを選んだようだな」

「フージュさん、Aのお部屋で待機をお願いするです」


 二人目の挑戦者――瀧宮梓


「さて、次は梓おb……梓さんです!」


「おい今おばさんって言わなかった!?」


「言ってないです」

「部屋跨いで怒鳴り散らしてくんな愚妹」

「梓さんに挑戦してもらうのはスープ料理になるです。今回ご用意したのはアサリたっぷりのクラムチャウダーです。熱いしこぼすと危ないので、紙コップに一口分入ったスープを色が分からないようサングラスをして飲んでもらうです」


「はいはい、了解(サングラス装着)」


『『『似合うなあ……』』』

「まずはAのお料理をどうぞ!」


「んー。……あれ、ウェルシュちゃん。おっひさー」

「……ウェルシュはウェルシュじゃないです。Aのウェイトレスです」


「あー、そっかサングラスだと運んできたやつ分かるのか」

「……あれ、それってつまり……」


「いただきまーす。……おお、アサリの香りが芳醇。それでいてミルクも濃厚で野菜のうまみもたっぷり。美味しいわね」


「続いてBのお料理をお願いするです」


「……………………」

「……………………」

「……………………」

「…………かがりん、えっろ」

「うるさい!? とっとと飲みなさい!?」


「まあそうなるよな」

「香雅里さんダッシュで行っちゃった……あと三人いるんだけど大丈夫かな」


「んー、おー、おー? え、マジ? どっちもめっちゃ美味いんだけど」


「梓、お前もか」


「えー、えー……? これマジで分かんないかも。ねえ、これBをもう一回味見ってできる? ウェイトレスも同じ人で」

「そんなルールないわよ!? 馬鹿じゃないの!?」


「ただのセクハラでしたね」

「罵倒のためにわざわざ一回戻ってくるの律儀だな」


「まあそうね、ぶっちゃけどっちも美味しくて決めがたかったんだけど……Bの方がアサリの風味が強かった気がするわ。Bで」


「お、さっそく割れた」

「梓さん、Bのお部屋へどうぞー」


 ――Aの部屋

「あれ、そっちに行っちゃったの!?」


 ――Bの部屋

「うわ、割れた。まあ難しかった気がするし、外れててもこれは分かんないわ」


 三人目の挑戦者――リーゼロッテ・ヴァレファール


「これを目に当てて食べればいいのね?(13な殺し屋のアイマスク装着)」


「いやアイマスクの癖強いな!?」

「アンバランス!」

「リーゼさんには魚料理の問題を出させてもらうです。今回用意したのはサワラのソテーになります。Aからどうぞ!」


「むう。お肉の方が良かったけど……でも〝魔帝〟で最強なわたしは好き嫌いせずいただくわ!」


「リーゼ、立派になって……!」

「なんでこいつは涙ぐんでるんだ」

「苦労してきたんだろ」

「わかる。こののも魚は骨があるからって小さい頃は食べなかったんだよな」


「ふむふむ。なるほど……お代わりを頂戴!」


「そういう企画じゃねえから」

「続いてBのお皿です」

「これ大丈夫か? Bをお代わりだと勘違いしないか?」

「リーゼお嬢様ー!? 今から食べるやつとさっき食べたやつは違うからなー!? どっちが高いか当てるんだからなー!?」


「ふむふむ、なるほど。どっちも美味しいわ!」


「全員言うなソレ」

「もうお終いだチクショー!!」


「でもより美味しかったのはBよ! 後から食べた方がレージのご飯みたいな感じがしたわ」


「お?」

「え、それって逆にどうなんだ!? 俺って自炊はするけど家庭料理の域は出ないぞ!?」

「さてこの判断がどう出るか……リーゼさん、Bのお部屋へどうぞです!」


 ――Aの部屋

「わわわ!? え、私一人!?」


 ――Bの部屋

「わたしが来たわ!」

「人が増えたのは嬉しいけど、なんか嫌な予感が……」


 四人目の挑戦者――伊巻瑠依


「四品目はソルベ……シャーベットですね。コース料理では口直しに出てくるです」


「口直しも何も今日初めての食事だけど!? えっと、これをつけるんだよな(上を向いたあほ面アイマスク装着)」


「ん? マスクつけたか?」

「印象変わらねえな、あの馬鹿」

「フレーバーはオレンジにしてもらいました。それではAからどうぞ!」


「いただきまーす。……つめたっ」


『『『…………』』』


「えっと、次お願いします」


「え、それだけ?」

「温度の感想しか言ってねえぞ」

「おい瀧宮羽黒。椅子と立て札替えとけ」

「諦めるのはえーな」


「いただきまーす。……つめたっ」


「さっきと同じじゃねーか」

「再放送」

「こいつだけマジで何も伝わらねえ……」


「うーん、高い方は……Bで!」


「お?」

「……あ」


 ――Bの部屋

「うわ、これやったわ」

「シャーベットわたしも食べたい!」


「なんかBの方が粒感? があって美味しかった気がする!」


「それって手作りのムラじゃないのか?」

「どっちだ……本当に果肉の粒が残ってたのか、氷のムラなのかどっちだ……!?」

「あいつマジで信用ねえな」

「瑠依さんBのお部屋へ移動を願いしますでーす」


 ――Aの部屋

「一人……これどうしよう、ノワに怒られる……」


 ――Bの部屋

「…………」

「よく来たわね! ここが正解の部屋よ!」

「ねえもう一人はこの世の終わりみたいな顔してるんだけど!?」


 五人目の挑戦者――ウロボロス


「五品目になります。ウロボロスさんにはメインディッシュ、肉料理を食べ比べてもらうです。今回はサーロインステーキです。ちなみに正解の方のお肉はA5ランク、不正解はスーパーの100g300円のお肉になってるです」

「おお、これは普通に羨ましいな」

「食ったことないけど、A5ランクとスーパーの肉ならすぐ分かるだろ」

「……いやあ、食うのはあのウロだからなあ……ミノタウロスの肉とか食わせようとしてくる奴だし……」


「ふっふっふ、この問題は勝確ってやつですよ!(目が3になってるアイマスク装着)」


「潰れとるやんけ」

「ついに遠隔目潰し(サミング)に目覚めてしまったか」

「ウロさん、まずはAのお皿です!」


「…………」

「ん? この気配、腐れ火竜じゃな――」

「えい(ぐさっ)」

「あがああああああああああああ!?」


「躊躇なく口腔内にフォーク突き刺した!?」

「まああの程度の傷はすぐ再生するだろ。そのままBの皿も食わせてやってくれ」

「あんたチームメイトに厳しくないか!?」

「あの程度で大人しくなるなら世話ないからな」


「あがががが(すぽん!)……あの腐れ火竜、後で絶対タコ殴りにしてやります……!」

「…………」

「およ? この気配、Bの皿はかがりんですか? ってことはあのせくしぃなチャイナドレスを真面目なかがりんが着用して今目の前に!?」

「ふんっ!(ぐさっ)」

「二連撃!?」

「よく味わって食べなさい」


「こっちも躊躇ねえな」

「元ネタだったら放送できないですね……」

「ウロボロスさん、回答をお願いしますです!」

「あれで味分かるのか?」


「(すぽん!)分かるわけねーでしょ!? 血の味しかしませんよ!?」


「だろうな」


「もうこうなったら当てずっぽうですよ! Aで!」


 ――Aの部屋

「人が増えた! 人間じゃないけど!」


 ――Bの部屋

「まるでヒントにならないわね」

「ねえ、あのお肉ってまだ残ってないかしら? ちょっと食べてくるわ!」

「ちょっと勝手に出るの良くないと思います!?」


 六人目の挑戦者――中西悠希


「最後のお皿になるです。悠希さんにはデザートの食べ比べに挑戦してもらうです。今回のメニューはプリンですよー」


「これをかけて待ってればいいんですね? ……目隠しで口に食べ物突っ込まれるって、普通に怖いんですが(恐ろしい子!?なアイマスク装着)」


「まあ口にフォーク突き刺される可能性もあるしな」

「あれはあまりにも特殊事例だろ」

「まずはAのプリンからいきますよー!」


「はい、いただきます。……ふわぁ、ぷるんと濃厚で、溶けるような舌触りですね!」


「美味しそうに食べるなあ」

「食べさせ甲斐があるな」

「さっきとの絵面の差がすごいですね……」

「続いてBです!」


「はーい。……ん? あれ? これ……?」


「お、何かに気付いたか?」

「悠希さん、どうしたですか?」


「すみません、これ値段が高い方を選べばいいんですよね? 好みがどうとかじゃなくって」


「そうですよー」

「おお、これは気付いたな」

「え?」


「だとしたら、答えはAです。間違いないです」


 ――Aの部屋

「お、綺麗に分かれましたね」

「これで3対3だね!」


 ――Bの部屋

「ただいま! すっごく美味しかった!」

「おかえりー。よかった、結果発表に間に合ったみたいね」

「本当に食べて来たんだ……」


 第1問――結果発表


「それでは結果発表ー!!」

「これからパパが入るお部屋が高級コース料理のお部屋です! さあどちらが正解だったのでしょうか!?」

「行くぜ! 心の準備は良いな!?」


 ――Aの部屋

「お願い!」

「ふふん、こっちが正解で間違いないですよ!」

「はい、合ってるはずです……!」


 ――Bの部屋

「頼む! 嫌な予感は最後まで拭えなかったけど!」

「こっちが正解よ!」

「なんか胃がキリキリしてきた……」


「正解は――!」


『『『…………』』』


「A! こっちの部屋だ!!」


 ――Aの部屋

「や、やったー!?!?!」

「っしゃおらー!!」

「ふう……良かったです」


 ――Bの部屋

「ええ!?」

「うわ、やっぱな」

「やばい、疾にボコられる……」


「ほう?」

「あらら……梓ちゃんドンマイ!」

「リーゼ大丈夫だ! まだ巻き返せるぞ!」

「……ちっ」

「うちは運が良かったな、マジで」

「悠希は何に気付いたんだ?」


          * * *


「はい正解者のお通りだ! 拍手で迎えろ!」

 がちゃんと大きな扉が開き、そこから羽黒と紫に連れられてAを選んだ正解者、フージュとウロボロス、悠希が出てきた。茶番とは言え、正解というのは普通に気分がいいらしく、表情は晴れやかだ。

「しかし、おんやあ? なんか人数少なくねえ?」

「はい、不正解だった皆さんはこちらになります」

 スッ――と小さな音を立て、大きな扉の一部が犬猫用の通用口のような出入口が開く。

 そしてその中から何とも言えない表情の梓、不満げなリーゼロッテーーそして通過と同時に華麗なスライディング土下座をかまして疾の足元にすり寄る瑠依が登場した。

「すんませんでした!?」

「…………」

「次の問題では正解しますから!?」

「次の問題があるの思っているのか? 夢の中だろうが相変わらずめでたい頭してんな?」

「ひぃ!?」

 震えあがる瑠依。既に疾は最初の豪奢な椅子ではなく安っぽいオフィスチェアに腰かけ、長い足を組んですさまじい威圧感を放っていた。

「まあまあ、まだまだ問題はあるんだから一問くらいは大目に見てやれ」

「ちっ」

「それより中西の嬢ちゃん、さっきの問題何かに気付いたな?」

 と、羽黒が悠希に話を振る。

 正解したことにより据え置きだった豪奢な椅子に腰かけながら悠希は「はい」と頷く。

「さっきの問題の不正解のBのプリン、自分食べたことあります。……というか、たぶんしょっちゅう食べてますね」

「は?」

 悠希の言葉が呑み込めずに数人が首を傾げる中、にやにやと笑っていた羽黒が大きく手を挙げる。

「それではBの料理を作ってくれた『定食屋』を紹介しよう! こちらへ来てくれ!」

「はーい」

 がちゃん、と正解者が通ってきた大きな扉が開かれる。

 そして演出のスモークとライトに炊かれながら出てきたのは――割烹着を身に着けた少女。高校生くらいの年頃に見えるが、溢れ出る母性は到底隠し切れない。


「つーわけで、Bの料理は『風鈴家』の那亜さんに作ってもらった!」


「「分かるかあ!?」」


 那亜の料理の腕前を知っている不正解チームの梓と零児が喉を嗄らさんばかりの大声でがなる。そのまま周囲が「誰?」と首を捻る中、悠希と貴文はほっと一息ついた。

「なるほど、那亜さんのプリンだからすぐわかったと」

「はい。那亜さんのプリン、固めでしっかりした舌触りですからすぐ分かりました」



一  流 : 黒赤(→)  秋幡(→)  異邸(→)

普  通 : 月波(↓)  魔帝(↓)  鬼狩(↓)

二  流 :

三  流 :

そっくり :

価値無し :



        ―― 第 2 問 ――



「さあ一問目を終えて既に一流が半分に減ったわけだが」

「まださっきの引っ掛け問題を許したわけじゃねえからなクソ兄貴!?」

「那亜さんの料理と高級料理比べて当てられるわけねえだろ!?」

 豪華な椅子をオフィスチェアに替えられ、ぎゃんぎゃんと子犬のように鳴き叫ぶ梓と零児を鬱陶しそうに手で払いのけながら羽黒は溜息をつく。

「うるせえなあ普通術者に普通魔帝が」

「普通魔帝ってなに!?」

「悔しかったらこれ以上ランク落とさないよう気張れよ。次の問題行くぞ」

「はいです。第2問のテーマは『ヴァイオリン』です!」

「また術者云々関係ないのきたな!?」

 紫の発表したテーマに回答者たちが口々に文句を溢す。しかし羽黒は軽薄に笑いながら「最後まで聞け」と彼らの言葉を遮る。

「これから皆さんには二つのヴァイオリンで奏でる『旋律式』を聞き比べてもらうです」

「旋律式?」

「旋律式とは、楽譜に魔術式を組み込み、それを楽器で演奏することで発動させる術式のことです。今回は同じ楽譜、同じ術式、同じ魔力量、同じ演奏者で発動する防御魔術のうち、どちらの強度が高いかを当ててもらうです」

「なあ、質問があるんだが」

 と、貴文が手を挙げる。

「俺たち、そういう魔術関係の知識ってからっきしだから基本的なこと確認させてもらうんだけど。その、楽譜と術式と魔力量が同じで、演奏する人も同じなら、同じ魔術になるんじゃないのか?」

「いや、それは少し違う」

 答えたのはノワールだった。

「たとえその条件で旋律式を発動したとして、全く同じ強度の魔術にはならない。何故なら魔導具――今回の場合はヴァイオリンが異なるからだ」

「つまり使用する魔導具の練度……簡単に言ゃ、より旧く手入れが行き届いた楽器の方が効率の良い術を発動できるってことだ。まあ発動条件が面倒な上に魔術効率も悪ぃから芸術的価値以外は皆無なカビ臭ぇ手法だ。今時扱える奴なんてほとんどいねえよ」

 そしてノワールの説明を疾が引き継ぐ。貴文や悠希の他にも「へー」感心するように頷いている者が見られるため、よっぽどマイナーな手法なのだろう。

「まあ今回は後ろ向いたうえで魔術探知を遮断する特殊な魔導具を装着してもらうので、頼りになるのは聴覚だけになるです」

 が、その後の紫の一言にまたも不満が爆発する。

「じゃあ旋律式発動させる意味は!?」

「それって普通にヴァイオリンの聞き比べなのでは!?」

「回答が出そろった後、各部屋に冷風魔術をぶち込みます。不正解の防御魔術は防ぎきれずに部屋全体が軽く氷漬けになるので頑張って当ててくださいね!」

「おい!?」

「それでは今回の挑戦者を発表するです」

 挑戦者たちのツッコミが聞こえていないかのようなスルースキルを発動する紫。血縁関係は不明だが、あの羽黒を父親と呼ぶだけのことはある。

「第一問の挑戦者以外の方に第二問に挑んでいただくです。というわけでノワール様、真奈さん、零児さん、疾さん、紘也様、貴文様! 別室へお願いします!」

「うわ、早くも呼び方に差が」

「言っとくがクソガキ、異能で遮断打ち消すのはなしだからなー? やったら一発で存在する価値無しに落とすぞ。……安心しろ、耳のそれはちゃんといい感じに機能してくれる。なんせ〝夢〟だからな」

「……クソが」

 ガヤガヤと文句と愚痴を垂れ流しながら別紙へと移動する挑戦者たち。通路に沿ってしばし歩くと、AとBの札が立てられた部屋に壁に向かって六つの椅子が並べられていた。どうやら今回は全員で挑戦する形式らしい。

「ん? 椅子の上にブレスレットが」

「これが魔力探知を阻害する魔導具か」

「……ノワールさんや紘也さんの魔力相手でも探知を封じるって、どういう構造なんだろう……?」

「どうせ〝夢〟特有のご都合主義な魔導具だ。考えるだけ無駄だ」

 ため息混じりにノワールがブレスレットを拾い上げ、さっさと自分の手首に巻き付ける。するといつも無意識に展開していた魔術探知能力が急にオフになった。本当に効果が現れている。

「……うん?」

 魔術探知がオフになった瞬間、引き換えに鋭敏化された五感が部屋の隅で揺れたカーテンを捉えた。何やら気になってじっと見ていると――カーテンの陰から清楚な雰囲気のドレスを身に纏った銀髪翠色の瞳の少女がヴァイオリンを片手にひょこっと顔を覗かせ、こちらに手を振ってきた。

「…………」

「どうした?」

「……なんでもない」

 一瞬硬直したノワールを不審そうに紘也が覗き込むが、すぐに何事もなかったかのように椅子に腰かける。いくら〝夢〟とは言え、何でもアリが過ぎるだろう、という言葉は胸の内に留めた。


「それではまずはAのヴァイオリンの演奏からです」


 全員が魔導具を装着して椅子に腰かけたのを確認すると別室から紫のアナウンスが聞こえてきて、それと同時に六人の背後を誰かが通る。そしてAと書かれた札の前で立ち止まる気配がすると――部屋全体を優しい旋律が満ちる。


 それは山裾へと吹き抜ける温かな春風のようで、木々の間に映る木漏れ日によって抱きしめられるかのような癒しの力を感じた。


「……おお」

「綺麗……」


 誰ともなくそう呟く。

 可能ならばこの旋律に身をゆだね、ゆっくりと瞼を閉じてしばしの眠りにつきたい。

 そんな欲求が僅かに心に芽吹いたところで、演奏は終わった。


「続いてBの演奏です」


 しばし間を置き、ヴァイオリンを持ち替えた奏者が今度はBの札の前で立ち止まる。

 そして再び演奏が部屋を満たした。


「お?」

「こっちは……?」


          * * *


「さて、待機組のお前らにも一応聞いておくか」

 別室にてモニター越しにヴァイオリンの音色を聞いていた面々に羽黒が尋ねる。

「まずAがより強固な防御術を発動できたと思う奴、挙手。……お? 瑠依以外五人か」

「あれ!?」

 唯一手を挙げなかった瑠依が慌てて周囲を見渡す。すると自分と同じく勘頼りだと勝手に思っていた全員が全員、まっすぐに手を挙げていた。

「まあ何人かに聞いていくか。まず中西の嬢ちゃん」

「え、あ、はい! まず画面越しでも分かる音の深さ? っていうのがすごいなーって思いました。音の伸びも滑らかで、いつまでも聞いていたい感じがしました」

「お、結構芸術肌なんだな。そんじゃあフージュは?」

「たぶんBのヴァイオリンは練習用なんじゃないかな? とりあえず指の動作を覚えるために余韻をあえて残さないよう作ってあるんだと思う。Aはミアの演奏と相まってすっごい強い防御結界を発動できたと思うよ!」

「次、梓」

「ヴァイオリンに関しての感想は二人が言った通りよ。あとつまらない話を言って悪いけど、こっちの面々は別に魔術探知オフになってないから、見るからにAよね」

「…………」

 うんうんと頷くウロボロスやリーゼロッテとは対照的に、だらだらと汗を垂らしながら膝の上に置いた拳をじっと見つめる瑠依。自室の勉強椅子よりもずっと高価なはずのオフィスチェアが座り心地が悪くなっていく気がした。

「ちなみに瑠依クンはどうしてBだと思ったんだ?」

「全くの勘です深掘りしないで帰りたい!?」


          * * *


「答えが決まった方から一人ずつ部屋への移動をお願いするです」


 紫のアナウンスが流れ、演奏を聞き終わった挑戦者たちはお互いに顔を見合わせながら一人ずつ席を立つ。他の回答者から見えないよう通路を通りながら、羽黒たちのいる部屋に映し出すモニターに向かって自分の回答を宣言した。


 ――スブラン・ノワールの回答

「Aだ」


 ――朝倉真奈の回答

「……Aだと思います」


 ――白峰零児の回答

「Aかな?」


 ――秋幡紘也の回答

「たぶんA」


 ――伊藤貴文の回答

「自信ないけど、Aの方が好きだった」


「なんかAの部屋、そういう乙女ゲーのパッケージに見えてきたわね」

「もうそうとしか見えない……」


 口々にAと回答してから部屋に入る。どんどんとAの人数が増えていくに対して「やっぱそうだよな?」「よかった、これはAだな」等と安堵の声を漏らした。


「…………。……B」


 そして最後の一人――唯一、苦虫を噛み潰したような顔でBを宣言した疾を除いて。


「何?」

「……え?」

「B?」

「うん?」

「えぇ!?」


 既にAの部屋に移り待機していた挑戦者たちの空気が凍り付く。

 ノワールと共に旋律式とやらについて解説していた疾が、ノワールとは違う回答を口にしたことにお互い顔を見わせた。もしや自分たちが気付けなかった違いがあったのだろうかと先ほどの演奏を思い返すも、やはり答えはAのように感じる。

 これはどういうことだ? と首を傾げた。


 第2問――結果発表


「結果発表ー!!」

 羽黒が何やら小柄な人物を連れ、二つの部屋を見下ろすように空中に出現した。

「これからお前らのいる部屋に向かって冷風魔術をぶち込む! 正解の部屋の防御魔術であれば見事防ぎきれるが、不正解の部屋は耐えられずに部屋全体が軽く凍り付く! なーに、死ぬような威力じゃない。冷凍庫に突き落とされる程度だから心配すんな!」

「こちらはいつでも発動用意できてるよん♪」

 そう言って羽黒の隣に立つ小柄な女――顔の左半分以外を魔方陣の全身刺青で覆ったセシル・ラピッドが準備完了を宣言する。

 それをAの部屋のモニターから見た貴文が思わず声を上げる。

「嘘だ絶対そんな生易しい威力じゃねえだろ!?」

「安心したまえ管理人♪ セシルちゃんは生まれてこの方、魔術の分野で失敗したことはないんだゾ☆」

「嘘つけこのヤロウ!?」

「ただ上手くいかない方法を見つけることが得意なだけなんだ♪」

「発明王かてめーは!!」

「ごちゃごちゃうるせーなあ。そんじゃセシル女史、ドカンと一発よろしく」

「よろしく了解♪」

「耐ショック姿勢!!」

 貴文が思わず叫ぶ。それに思わずAにいた面々(ノワールを除く)が思わず頭部を守り腹を隠すよう膝を抱える。魔術馬鹿(ノワール)だけはどんな魔術が降ってくるのか楽しみといった風に天井を見上げていた。


「3! 2! 1! ドカンだぜ♪」


 ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!


 セシルが放った魔術と部屋に施された防御魔術がぶつかり合い、爆音を発しながら軋む。

 そのまま台風のような風音が部屋の外を包み込むこと、約3秒。


 パリン!


 隣の部屋の方から薄いガラスが割れるような音がした。


「お見事! 正解はAだ!」


『『『…………』』』


 Aの部屋の面々が恐る恐る、Bの部屋を確認できるモニターに目をやる。


「…………」


 唯一Bを選択した疾は優雅に椅子に腰かけながら足を組み、部屋を駆け抜けた冷風魔術に不動の姿勢で耐えきっていた。……髪は見るも無残に爆発していたが。



一  流 : 黒赤(→)  秋幡(→)  異邸(→)

普  通 : 月波(→)  魔帝(→)

二  流 : 鬼狩(↓)

三  流 :

そっくり :

価値無し :





        ―― 第 3 問 ――



「……どっちも同じに聞こえた」

「そういや疾、音楽は選択で取ってなかったなー」

「へー、意外な弱点だね?」

「うるせえぞチビガキ。……クソ、これが〝夢〟じゃなかったらお前らの記憶吹き飛ばしてるところだぞ」

 唯一パイプイスに座らされることとなった疾がイライラと膝を揺らしながら悪態を吐く。

 羽黒も珍しいものを見るような視線を送りつつ、進行を続けた。

「そんじゃあ第三問!」

「続いてのテーマは『彫刻』になるです」

 紫の出した発表にもはやツッコミを入れる者はいない。早くこの茶番を終わらせたいという心は皆一つだった。

「皆さんにはこれから二つの彫刻を見てもらうです。一つは筋肉評論家崎原常葉さん監修の元、白羽おば様――瀧宮白羽さんが巨石から斬り出した石像になるです」

「何やってんのアイツ!?」

「白羽ちゃんも何やってんだか……」


「そしてもう一つは――ある人物を石化の呪いで石に変えた、生きた石像になるです」


「倫理観とかないのかあんたら!?」

「普段はしっかりその辺ライン引いてるですけど、まあ〝夢〟なのでいっかなあって」

「ふわふわさせるな倫理観のライン!!」

「皆さんにはその『生きた石像』を当ててもらうです」

「さあルールを理解してもらったところで挑戦者を発表するぞ」

「今回はこちらから選ばせてもらったです。ノワール様、梓さん、零児さん、紘也様、瑠依くん、悠希様! 別室へ移動をお願いするですー」

「くん!?」

「あんたらだけ二流だからなあ……」

 不平不満を口にしながらガヤガヤと先ほども通った通路を進み、別室へ移る。

 そこには先ほどと同じくAとBの立て札が掲げられており、その後ろには予告通り石像が聳えていた。


 それは上半身が裸の大男の石像だった。

 さらけ出した肉体は引き締まりつつも適度に隆起した、戦うために鍛えられた芸術品。片方は苦悶、片方は憤怒の咆哮をあげているように見える表情の違いはあれど、どちらも拳を構えた肉体美は寸分違わない。

 さらに髪の毛の細部まで整えられており、狼の鬣のように逆立ったその様は今すぐにでも動き出しそうだった。


「竜胆おおおおおおおおおおおおお!?!?!?」


 ……伊巻竜胆の石像が二体、置かれていた。


「うわあ……」

「いないと思ったら何してくれてんの!?」

「ご安心ください。終わったらちゃんと解除するです」

「当たり前だ!?」

「……妙だな。石化と石像ならば一目見ただけで呪詛の有無で区別できると思ったんだが」

「冷静に鑑定始めないで!?」

「石像の方にも石化の呪いをフェイクでかけてるです。その辺を含めて見比べていただきたいです」

「用意周到だな!?」

「それでは改めて、チェック開始です! あ、お手は触れないようお願いするです。うっかり触ると石化しちゃうですよー」

「何それ怖い!?」


          * * *


 数分ほど六人で石像の観察を行った後、一人ずつ回答を宣言し別室へと移動を開始した。


 一人目の回答者――中西悠希

「えっと、Bだと思います」

「理由を聞かせてもらいたいです」

「えっと、自分が注目したのは手首の筋です。拳を握ると手首の筋が浮き上がりますけど、Aの方はちょっとわざとらしいというか、誇張したような浮き方になってた気がします」


「おお! 流石は医者先生の娘!」

「へえ、あの子医者の娘なんですね?」

「ああ、毎日邸の怪我人の治療してくれてるから人体は見慣れてるんだな」

「……あの子、中学生ですよね?」

「なんで既にそんな修羅場くぐってんですか」


 ――Bの部屋

「……当然ながら誰もいない。まあ、まあ。最初の一人ですからね」


 二人目の回答者――伊巻瑠依

「わ、分かんねえ……」

「お前竜胆の相方だろ。一目で見抜けよ」

「相方だろうが他人の裸なんて観察しないだろ気持ち悪い!?」

「それで、答えはどっちですか?」

「ぬぬぬ……B……いや、Aで! Aで行く!」


「あれ、答え割れちゃった」

「……これどっちでしょう? さすがにパートナーを見破れないってことはないと思いたいですけど」

「…………」

「ウロボロスさんは画面越しでもばっちり分かってますけど、まあ言いませんよ。流石に空気読みます」


 ――Aの部屋

「あれぇ!?」


 ――Bの部屋

「あれぇ!?」


 三人目の回答者――秋幡紘也

「A、かな」

「ほう、根拠はあるか?」

「いや、もうほとんど勘だよ。石像になってる奴も知らないし。ただAの方が逞しい肉付きだった気がするから選んだだけだ」


「えぇ!? 紘也くんそっち行くんですか!?」

「おいクソ蛇、そのリアクション答え言ってるようなもんだぞ」


 ――Aの部屋

「……うーわ、やっちまった」

「俺の顔見ただけで萎えるのやめてくれません!?」


 ――Bの部屋

「大丈夫……たぶん、大丈夫……」


 四人目の回答者――白峰零児

「……わっかんねえ。分かんねえけど、あれ石化かけたのはグロルだろ」

「お、正解です! 今回は『呪怨』ことグロル・ハーメルン氏に協力いただいてるです」

「だとしたら、B……なんじゃねえかなあ。Aは苦しんでて、Bは怒ってるみたいな表情してたんだ。多分、怒ってる顔のままポージングしてくれって頼んで、その瞬間石化させたんだ。あいつが苦痛を感じさせながら石化させるなんてもたもたするわけねえ。……いや分かんねえ! それが深読みしすぎかもしれねえし……いや、初志貫徹。Bでいく」


「すごい! 術者までピンポイントで当てた!」

「……リーゼさん、有名な方なんですか?」

「なんか変な笑い方する魔王よ!」

「何で仮にも魔帝がアレをその程度の認識なんだ」


 ――Bの部屋

「お、悠希もこっちか」

「代行! なんだか安心しました」


 ――Aの部屋

「あー、終わった。終わったわこれ」

「諦めるのが早い!?」


 五人目の回答者――瀧宮梓

「Bね」

「お、即答じゃん。理由は?」

「石像が履いてたズボンよ。あたしだけ下からちょこっと覗いたんだけど、Aの裾は石を切り出したままみたいな断面になってたんだけど、Bは中までしっかり彫り込まれてたわ。さすがに白羽ちゃんもそこまで器用な真似は出来ないだろうから、Bで間違いない」


「梓ちゃんよく見てるなあ……」

「おお、これは流石の観察眼ですね」


 ――Bの部屋

「お、代行さんと悠希ちゃん。んで、あのおバカさんはあっちと。これは勝ったわね」

「おっす。着眼点流石だなあ」

「ズボンは自分も盲点でした!」


 ――Aの部屋

「あー、くそ! ズボン! それはちゃんと見てたら俺も分かったはずだなあ!?」

「ていうか皆俺の回答で確信するのやめよう!? ゲームとして成立しなくなるよ!?」

「次からアンタだけ別の特別部屋用意してもらうか?」

「逆GA○KT!?」


 六人目の挑戦者――スブラン・ノワール

「Bだ」

「選んだ理由をお聞かせください」

「呪詛の浸透率だ。Aは無機物を石化させたため芯まで呪詛が浸蝕していたが、Bには生体由来の抵抗の痕跡があった。……早く解除してやれ。このまま放置すると本当に石像になるぞ」


 ――Aの部屋

「…………」

「…………」


 ――Bの部屋

「……白峰零児と瀧宮梓、中西悠希か」

「どもっす。ていうかあんたら揃うと流石に魔力圧すごいわね。壁1枚挟んだ隣には紘也さんもいるし。悠希ちゃん平気?」

「え? はい、平気ですけど」

「悠希はあの異世界邸でけろっとしてるからなあ」

「ほう。大した珠だな」

「普通泡吹いて倒れるわよね」

「え、そんなにヤバい状況なんですか!?」


 第3問――結果発表


「結果発表ー!!」

 AとB、それに待機しているメンバーのいる部屋のモニターに、石像の前に立つ羽黒と紫が映し出される。そしてもう一人、ボブカットにシニカルな笑みを浮かべた美女が隣に立っていた。

「どうも、皆さんこんにちは。『知識屋』の魔女だ」


「魔女……魔女魔女マじョマジョGRYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――!!」


「何事ですか!?」

「貴文さんが急に暴れ出したよ!?」

「ちっ、迂闊に出てくるな魔女め! 全員で取り押さえろ!」

「了解しました……!」

「アハハ! 燃やしちゃっていいのね!?」

「許す!」


「お? なんか待機部屋がやかましいな」

「ふむ、妙だね。様子を見に行った方が良いのかな?」

「紫、詳しくは知らないですけど二人のせいな気がするです……」


「とっとと正解発表して帰れ!」


「だ、そうだ。さくっと発表しちまおう」

「魔女さんには石化の呪いを解除してもらうです。動き出した方が正解ということですね」

「それでは早速取り掛かろうか」

 微笑むと、魔女はホルスターから手帳サイズの魔術書を取り出し、ページをめくった。するとそこから魔力の込められた大量の文字が浮かび上がり、二体の石像へと纏わりついた。

「おや? 思ったよりも頑強な呪いだ。流石は『呪い』の概念――」


「御託はいいからさっさとやれ!!」


「……はいはい。それじゃあ行くよ」

 魔女が宙を舞う文字をページをめくるように指で操る。

 すると文字は石像へと染み入り――Bの石像だけが、パリンと表面がひび割れた。

「うっ……こ、ここは……?」

「竜胆おじ――じゃない、竜胆さん、竜胆さん! これ、これ読んでくださいです!」

「え、なに? えー、正解はBでした! ……いやなんだこれ!? 俺はデッサンのモデルをやれって言われたはずなんだが!?」

「つーわけで、Aを選んだ二組はランクがさらに下がるぞ! あと二問あるが頑張って消えないように耐えてくれよ?」

「なあ本当に何なんだこれ!?」


 ――Aの部屋

「…………」

「……あの、無言でずっと睨んでくるのやめてもらっていいですか……!? 疾に罵倒されるのと同じくらいきっついんですが!?」

「……ちっ」

「帰りたい!?」


 ――Bの部屋

「いえーい!」

「いえーい!」

「ほっ、良かった……」

「……あっちの部屋、通夜みたいな空気になってるぞ」



一  流 : 黒赤(→)  異邸(→)

普  通 : 月波(→)  魔帝(→)  秋幡(↓)

二  流 :

三  流 : 鬼狩(↓)

そっくり :

価値無し :



        ―― 第 4 問 ――



「問題も半分終わったわけだが、結構成績としては良いんじゃないか?」

「はい。一流が二組、普通が三組残ってるです」

「まあその中で頭一つ飛び抜けて、三流が一組いたようだが?」

「「…………」」

 ガタガタと揺れる箱馬に座る疾と瑠依に対し、羽黒がニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべながら近付く。

 疾は箱馬に腰かけながらも変わらず長い足を組んだまま優雅な姿勢を保っている。これはこれで謎に絵になるが、その隣で冷や汗を浮かべながら絶対に疾と目を合わせないよう俯いている瑠依もまた、不思議なしっくり感があった。

「ていうか瑠依クンや。さっきのはサービス問題だったはずなんだがなあ?」

「え?」

「竜胆との契約リンク辿れば一発で答え分かっただろ」

「……はっ!?」

 今になって言われて思い出したというように目を見開く瑠依。それに対し我慢の限界が達したらしい疾が額に青筋を立てて瑠依の座る箱馬を蹴り飛ばした。

「帰りたい!?」

「さーてそれじゃあ次の問題行くかあ」

 いつもの悲鳴が聞こえたところで紫が「はい」と頷く。

「続いての問題は『舞踏』になるです。踊りとは古来から神事や士気高揚に用いられてきた歴史があるですが、皆さんならばより完成度の高い舞踏を見極めることができるはずです」

「それっぽいこと言ってるけど、つまりダンスを見比べればいいわけね?」

「そうです! 今回見比べていただくのは、世界的に有名な某アイドルグループのダンスと、今日初めて三時間ほど練習しただけのド素人のダンスになるです」

「流石にそれは分かるだろ!?」

 思わずツッコミを入れる零児だったが、それに対して羽黒は鼻で笑った。

「それが分からん三流が混じってるから出題してんだろうが」

「…………」

 屈辱的な人形が取り付けられた指棒で、蹴られたまま床に転がっている瑠依の頭をぺちぺちと叩く。あまりにも屈辱的だが、瑠依は何も言い返すことができない。何か言おうものなら十倍の棘になって疾から返ってくる。

「今回も第三問に挑戦しなかった方々に参加してもらうです。一流からはフージュ様と貴文様! 普通からは真奈さん、リーゼロッテさん、ウロボロスさんー。えー、そして三流からは、疾」

「…………」

『『『…………』』』

「別室へどうぞー」

 一瞬空気が凍り付いたが紫は気にすることなくニコニコと挑戦者たちを別室へと案内した。


          * * *


 別室に移されると、すでにAとBに色分けされたステージ上に六人の少女がお揃いの煌びやかなワンピース姿で立ち並び待機していた。衣装だけでなく皆一様に顔をお面で隠しているため表情は分からないが、ほぼ全員が十代中頃か少し下くらいの年恰好だった。……一人だけ、やけに小さく年齢一桁くらいにしか見えないが。

「あたし、もう答え分かった気がします」

「……わたしもです」

 頭痛を抑えるように額に手を当てるウロボロスと、苦笑する真奈。それでも一応ルールに則って見るだけ見てやろうと用意されていた椅子に腰かけた。

 そして全員が着席すると――パッ、と照明が落ちる。そして間もなく流れ始めたアップテンポな音楽と共にステージ上に二組のダンサーへとスポットライトが当たった。


「ふぇえええええええええ!? 光で目がぁあああああああああ!?」


 ……Bのダンサーの一人が目を両手で押さえて床をゴロゴロと転がった。お面してるのに。


『『『…………』』』


 そして第一問で見かけたチャイナドレスを着た赤髪ツインテールの少女がステージの裾から駆け寄ると、床を転げまわりながら〝大泣き〟しているダンサーを小脇に抱えて回収していった。


『『『…………』』』


 挑戦者一同微妙な顔でステージを眺める。

 しかし曲は止まることなく流れ続け、何事もなかったかのようにAのダンサーはキレッキレかつ愛らしい振り付けのダンスを踊り始めた。


《う。う……このすかーと? とやら。とにかく動きにくいぞ。……うわ!?》


 ……そしてBの一番小柄なダンサーが慣れない洋服に悪戦苦闘して何もないところで蹴躓き、ステージをゴロゴロと転がっていった。


『『『…………』』』


 もう一人のチャイナドレスの少女(こちらは下にジャージを履いていた)がステージの裾から現れ、小柄なダンサーの首根っこを無造作に掴んで担ぎ上げて回収していった。


『『『…………』』』


 挑戦者一同何とも言えない顔でステージを眺める。

 しかし曲は止まることなく流れ続け、何事もなかったかのようにAのダンサーはステージ下の観客に向けてファンサービスの投げキッスを振りまいた。


「にゃあ。なんか飽きたにゃあ……」


 ……そして比較的踊れていたBの最後の猫耳ダンサーが急にステージ上で丸くなり、くうくうと寝息を立て始めた。


「ちょ、ちょっとキャシー!? ここで寝ないで!?」


 ステージの裾からもう一人の少女(こちらも何故かチャイナドレス)が小走りで駆け寄り、既に寝相を崩してワンピースなのに大の字で寝始めた少女をズルズルと引きずって回収していった。


『『『…………』』』


 挑戦者一同「何を見せられているんだ」という顔でステージを眺める。

 しかし結局曲は最後まで止まることなく流れ続け、何事もなかったかのようにAのダンサーは曲のフィニッシュと共に一糸乱れぬ決めポーズで締め、それと同時にステージに幕が下りた。

「えー……」

 と、進行役の紫までもが目元をひくひくと痙攣させながら言葉に詰まる。


「え、英国発の異色の幻獣アイドルグループ『ファンタズマゴリア』の特別ステージでした! それでは皆さん、Aの部屋へどうぞ!!」


「せめて二択問題の形式は見失うな!?」

 貴文のツッコミが虚しく響き渡った。



一  流 : 黒赤(→)  異邸(→)

普  通 : 月波(→)  魔帝(→)  秋幡(→)

二  流 :

三  流 : 鬼狩(→)

そっくり :

価値無し :



        ―― 第 5 問 ――



「一体アレは何だったんだ……」

「い、一応『ファンタズマゴリア』プロデューサーT氏が結成を考案した姉妹ユニットの『ふぁんたまるのみ』だそうです」

「とんでもないパチモン臭!」

「似てるの字面だけで発音すると全然違うじゃん。解散よ解散」

「……すまん、うちの親父が二匹目のどじょうを狙ったらしい……」

「お義父様の失態が世に露呈する前に阻止できたと考えましょう、紘也くん……」

 チーム「秋幡家」の二人が居心地の悪そうにじっと床を見つめていた。

「さて早いもので次が最後の問題だ!」

「皆さん、気を取り直してまいりましょう!」

 と、羽黒と紫が声を張る。ようやく訪れた「最後の問題」という単語に全員が心持ち姿勢をぴんと正した。

 あと少しでようやくこのワケ分からん〝夢〟から解放されるのだ。

「最後は特別問題です。これまでは二択問題でしたが、三択になります! さらに皆さん全員に挑戦してもらうです」

「まあつまりアレだな。一つは正解、一つは不正解、そして三つめが『絶対アカン』だ」

「そして『絶対アカン』を選んでしまったチームは2ランクダウンになるので気を付けるです」

 二人からの言葉にさらにピリッと空気が張り詰める。特に次の問題で「絶対アカン」を選んでしまうと存在を消されてしまう疾と瑠依は気が抜けない。出題内容が芸術系であったならば大変厳しい戦いになる。


「最後の問題のテーマは――『ワイン』です」


「……ちょっと待った!?」

 真っ先に声を上げたのは悠希だった。

「全員参加の問題でワイン!? 自分未成年ですけど!?」

「つーか、ここにいる人たちのほとんどが未成年だろ!?」

「どうやって当てろってんだ!?」

「まさか香りだけって言わないでしょうね!?」

 紘也、零児、梓と次々に突っ込む。

 育った国の違いから普通にワインを嗜んでいる疾や未成年飲酒などどこ吹く風なノワール、そもそも人間じゃないウロボロスはけろっとした顔で「ワインか……」と呟いている一方、見た目が若いだけでしっかりおっさんである貴文は出題内容に苦言を呈した。

「おい、いくら〝夢〟だからって酒を飲ますのは反対だぞ」

「心配すんな。ちゃんと考えてる」

 軽薄な笑みを浮かべながら羽黒はパチンと指を弾いた。

 その瞬間――ボフン、とひな壇が怪しげなピンク色の煙で包まれた。

「げっほげっほげっほ!?」

「おい瀧宮羽黒!? なんだこの煙!?」

「なんかめっちゃむせやがるんですけど!?」

「けむいよー!」

「フランドール製薬試作の年齢詐称薬+〝夢〟のご都合主義的改変だ。今回は大体20年ぐらい歳取らせる設定にしてある」

「火の元注意!?」

「リーゼ、絶対引火させるなよ!?」

 爆発魔(フランチェスカ)を知る異世界邸管理人と代行が声を張り上げて周囲に注意を促す。

 そして全員が全員動くに動けずじっとすること数秒。煙が晴れると、その場にいた()()()()の姿が変化していた。


 ――チーム「ノワフウ」

「ノワ、当たり前みたいに変化ないね……」

「ある程度は想定内だ。……フウは多少背が伸びたようだな」

「わ、本当だ! ノワの顔がちょっと近くなった!」


 ――チーム「月波学園」

「梓ちゃん、格好良い……! 髪また伸ばしたんだね」

「そう? 真奈ちゃんは髪切ったんだ。…………」

「ん? ……なぁに?」

「いや、それより真奈ちゃん、20年後とは思えないくらい変わらないんだけど」

「え……!?」


 ――チーム「魔帝」

「お、おお? 視線が高くなったか!? よっしゃ、俺まだ身長伸びるんだな!」

「レージ、わたしは!?」

「リーゼは……おお、だいぶ大人っぽくなったな? なんというか、レディって感じだ」

「…………」

「……リーゼ?」

「…………」

「ちょ、リーゼ!? なんで急にツンと澄まして無言でそっぽ向いてんの!? 俺なにかしたか!?」


 ――チーム「鬼狩り」

「…………」

「なんだ人の顔じろじろ見て、気色悪ぃ」

「いやあ……疾ってちゃんと老けるんだなあって。老けるっていうより、ナイスガイって感じだけど」

「そういうお前はびっくりするくらいアホ面のままだぞ。大したもんだな、俺を驚かせるとは。ああ、もちろん褒めてない」

「口の悪さも変わらず!?」


 ――チーム「秋幡家」

「ウロは変化なし。まあ当然か」

「……ひ、紘也くん、その姿……」

「うん? そういや俺は特に視線の高さもそのままか……なんだ、身長止まっちまうのか、少し残念だな」

「し、身長というか、成長というか……ま、まさかあの時の血が……!?」

「あ?」


 ――チーム「異世界邸」

「か、管理人!? なに号泣してやがるんですか!?」

「だ、だっで……! あんなぢいさがっだ悠希がごんなりっばになっで……!!」

「指で隙間作りながら咽び泣くのやめやがれです!? 産まれた直後だってもっと大きいはずですけど!? ていうか分かってましたけど管理人、全然変わりやがらないですね……」

「おぉいおいおいおい……!?」


「こうやって見ると変化しねえ奴ら多くて笑っちまうな」

「紫としてはこっちの姿の方が見慣れてるですけどね」

「さて、思うところは色々あるだろうが、ルールを説明するぞ!」

 ぱんと羽黒がかしわ手を打つと視線が集まる。それを確認すると紫は手元の台本を読み上げ始めた。

「皆さんにはこれから三種類のワインを飲んでもらうです。ワインの選定は異世界邸在住の『呑欲の堕天使』ことカベルネ・ソーヴィニヨンさんにお願いしたです」

「カベルネにワインの良し悪しなんてわかるんですかね……?」

 悠希に一抹の不安が過る。安かろうが高かろうがワインであれば常にかっ食らっている駄天使の姿が脳裏に浮かぶ。高いワインであればより喜ぶ傾向があるような気はするが、ソムリエのような繊細な舌がるとは到底思えない。

「まず正解のワインは――某世界で『はみはみ草』と呼ばれる魔法薬草の群生地に守られた半野生のブドウを原料とした赤ワイン、『ガッカスのひと雫』の35年物です」

「……酒神(バッカス)じゃなくてガッカスなんだ」

「ピンと来ねえな。果たしてそれは高いのか安いのか……」

「日本円に換算すると、一本500万円ほどになるです」

「「「たっかぁ!?」」」

 一瞬首を捻りかけた零児と紘也、あとついでに目元に涙の痕が残ったままの貴文が声を上げて手のひらを反した。想像以上の価格に感情の起伏が追い付かない。

「そしてもう一本、不正解のワインですが、こちらは日本のコンビニでも買える一本5000円のワインになるです」

「500万って聞いた後だと安く感じるけど、5000円かあ……」

「お酒って高いんだね……」

 梓と真奈が苦笑しながら頷く。当然ピンキリだろうが、それでも現役JKの金銭感覚からすれば5000円の飲み物というのはなかなか想像しにくい。今は見た目は三十路半ばだが。

「そして三本目、絶対アカンのワインは――なんとびっくりノンアルコールワインになるです!」

「高い赤ワイン当てろって問題なのに実質ぶどうジュース選ぶような馬鹿舌は容赦なく2ランクダウンだ! さあルールを理解したら部屋に移動しろお前ら。さっさと出題にとりかかれ!」


          * * *


 一組目の挑戦者――チーム「ノワフウ」


「黒いワイングラスとサングラス?」

「色が分からないようにだろうな(サングラス装着)」

「なるほどー!(サングラス装着)」


「ノワールは似合うなあ」

「フージュさんはサングラスでも可愛らしいですね! さてまずはAのワインからどうぞ!」


「……ほう?」

「んー???」


「ノワールは分かってそうに頷いているが?」

「フージュさんは顔を顰めたですね」

「単純に口に合わないんだろうな。続いてBのワイン!」


「ふむ……」

「……???」


「ああ、これはフージュ分かってねえな」

「次はCのワインをどうぞ!」


「……なるほど」

「……体が熱くなってきた」


「酔っ払ってんじゃねえか。ジュースじゃねえんだからぐびぐび飲むな」

「ノワールさんはこれ完全に分かってるですね」

「それでは一番高いワインだと思う札を上げてくれ! どうぞ!」


「…………(C)」

「え、えぇっ!?(B)」


「見事に割れたな」

「さあどっちに合わせるんでしょうか」


「……フージュ、お前……(B)」

「ちょっとノワ!? なんで変えるの!?」

「…………」

「無言で席を立たないで!? え!? ホントにBに行っちゃうの!?」


「お? ノワールが変えた?」

「フージュさんの勘は鋭いですからね、それを信用したってことですかね!?」

「いや、そんな深い理由はないと思うぞ」


 二組目の挑戦者――チーム「月波学園」


「サングラスをしたらまずはAのワインからどうぞ!」


「おー、ウェルシュちゃん、さっきぶりー」

「……ウェルシュはウェルシュじゃないです。Aのウエイトレスです」

「め、眼鏡を外すと何も見えない……」


「続いてBのワインです!」


「…………」

「…………」

「…………」

「………………はあ」

「溜息!?」

「かがりんさあ、なんで下ジャージのままなの?」

「うるさい!? さっさと飲みなさい!!」

「……見えないけど、チャイナドレスにジャージは逆に恥ずかしくないかな」


「最後はCのワインです!」


「お、君は初めましてだね」

「あ、はい! お兄がお世話になってます!」

「さっきの問題でちらっと見かけたけど……もしかして、紘也さんの妹さん?」

「そうなりますね! それで……どっちがお兄のカノジョさん?」

「「え?」」


「どっちも違ぇな」

「ぶるっ……何か寒気が……!? この気配、楽屋裏から……!?」

「さっさと回答して部屋移れー」


「せーので行く?」

「うん……せーの」

「C!」

「C……!」


「お」

「揃ったですね!」


「これは簡単だったね」

「うん……! この精神状態でワインを飲むの初めてだけど、Aは間違いなく違ったね」

「あたしも。BとCの二択で、味わい深いって感じたのはCかなって」


 ――Bの部屋

「ほらあ! ほらあ! やっぱりCだったって! なんで変えちゃったの!?」

「お前は一回くらいこういう目をみた方がいい」


 三組目の挑戦者――チーム「秋幡家」


「まずはAのワインをどうぞです!」


「……マスター、こちらウェルシュのおススメです」

「てことはこれがノンアルだな」

「確定ですね。腐れ火竜が美味しいワインなんて分かるわけないです」


「飲む前から判定すんな」

「ウェイトレスさん喋っちゃだめですよ!? 次、Bをお願いするです!」


「……っ、……っ!」

「ん? 葛木、なんでそんな歩き方ぎこちないんだ?」

「そ、それは、さっき夕亜にジャージを剥ぎ取られた時に一緒に下ま――ちがう! なんでもない!?」

「は!?」

「ホワッツ!? つまりかがりん、今下何もは――」

「くたばれええええええええええ!!」

「目がああああああああああああ!?」


「何してんだあいつら」

「続いてCをお願いするでーす」


「やっほー、お兄。チャイナドレス似合う?」

「あーニアウニアウ」

「めっちゃ棒読み!? ……ところで、ウロちゃんのワインどうすればいい? 目に刀刺さってるけど……」

「漏斗で喉に直接流し込んでやれ」

「はーい」

「がぼぼぼぼぼぼぼ!?」


「やりたい放題だな」

「それでは回答をお願いするです」


「はあ、はあ……! 不死身でも溺死は普通に苦しいんですよ!? それはそれとして答えはBです!」

「はあ!? Cだろ!?」

「いえいえ何言ってるんですか紘也くん!? Cは一番ないです!? あたしはCを溺れるほど飲みましたけど絶対違います! 信じてください紘也くん!」

「お前……違ったら目潰しじゃ済まねえからな?」

「今回ばかりはドーンとノアの箱舟に乗ったつもりで任せてください!」

「世界滅ぶじゃねえか」


 ――Bの部屋

「確かに酒については年齢的なこともあり指導はしてこなかった。しかしこの肉体の年頃となれば仕事で酒の場に足を運ぶこともある。そこで安酒を褒めちぎったり高い酒を貶したりすれば相手の信用を損ない、懐に入り込むチャンスを一つ潰すことになる。常に良い物を口にしろとは言わん。だが良い物の判別は出来るようになれと――」

「うぅ……」


 ――Cの部屋

「なんであっちの部屋、説教されてんの?」

「さあ……」


 四組目の挑戦者――チーム「魔帝」


「早速Aのワインをどうぞ!」


「お、おう」

「…………」

「ん? あれ、これって……」

「レージ! これ、すっごく美味しい! ……あっ(つーん)」

「リーゼ!? なんでまたそっぽ向くんだ!? いいよ!? 美味しかったら美味しいって言い合おう!?」


「次、B飲めー?」


「あ、はい」

「…………」

「んー……あ、これは……ってことはやっぱさっきのAは……」

「……レージ、これ、美味しくない……」

「だろうなあ」


「リーゼロッテ嬢、だんだん化けの皮が剥がれてきたな」

「何を無理してるですかね? 続いてCをどうぞー」


「……うえー……」

「あー、はいはい。そういうことか」


「もう完全に顔しかめちゃってるですね」

「魔帝殿は酒あんまり飲まんはずだから、これ相方の反応で決める気だな」


「せーの、C!」

「Aよ。……えぇ!? なんで!?」

「お、やっと素に戻ったな」

「うぐっ……だって、子供みたいにはしゃぐのはレディっぽくないかなって」

「リーゼはリーゼなんだから、変に気を張らない方が良いと思うけどな」

「……むう。そ、それよりなんでAじゃないの!?」

「Aは単純に美味かっただろ? なら、Aがノンアルだ」


「やっぱそういう考えか。んで、一番渋い顔してたCが高いワインだと」

「まあ確かに高いお酒って渋いイメージあるですね。えー、それではお二人とも、Cの部屋へ移ってください!」


 ――Bの部屋

「はっはっは! 魔帝だかなんだか知りませんが、Cを選ぶなんてお茶がへそから湧きますよ!」

「何もかも違うな」

「あわわわ……」

「…………」


 ――Cの部屋

「ウロちゃんどういう体構造してんのよ」

「ウロボロスから湧き出るお茶……エリクサー?」


 五組目の挑戦者――チーム「鬼狩り」


「それではAのワインをどうぞ!」


「ふんふん、結構良い臭いだな」

「せめて香りと言え」


「続いてBですよー」


「ほう、悪くないな」

「……ぐぇ、喉がひりひりする」


「最後はCのワイン、どうぞー」


「しっぶ!?」

「…………」


「疾はこれ完全に分かってるな」

「二問目で苦手分野当たっちゃったのと、瑠依さんがポカし続けてるせいで三流になってるですけど、あの方は基本ハイスペックですからね」

「さあ正解を発表してくれ!」


「A!」

「Cだ」

「えぇ!? 何故にC!?」

「おい瀧宮羽黒。この馬鹿だけ消しとけ」

「どういうこと!? まだ結果分かんないだろ!?」


「それじゃあ移動してくれー」


 ――Aの部屋

「いったぁ!? ちょ、なんで俺だけAに蹴り込んだの疾さん!?」


 ――Bの部屋

「はん! 口だけ男は舌も飾りですね! 良く回るようですが味蕾は死んでやんのプププー!」

「……お前、言えば言うほどだぞ」

「ねえノワ、今からでも疾がいる部屋に……」

「行かん。ルールは守れ」

「疾二手に分かれたけど!?」


 ――Cの部屋

「チーム内で分かれるってアリかよ!?」

「本当はあり得ないけど、相方がアレじゃあねえ……」

「あ、このお菓子美味しい!」

「リーゼさん、わたしの分もどうぞ……?」


 六組目の挑戦者――チーム「異世界邸」


「最後のチームになるです! さっそくAからどうぞ!」


「いただきます」

「いただきまーす。……お、すっきりしてる」

「スッキリしてるっていうか、これって……」


「次はBです!」


「いただきます。……んー、渋みは調度良い感じがしますが?」

「正直、良し悪しは分かんねえなあ……」


「最後、Cをお願いするです!」


「いただきます。あっ」

「これは……どうなんだ? 好みかどうかで言えば……」


「さて、最後のチームはどんな回答を出すのか!」

「札を上げてください! どうぞ!」


「……B?」

「Cです」


「お、割れた」

「最後ですし、ちょっと詳しく聞いてみましょうか。貴文さん、Bを選んだ理由はありますか?」


「いやあ、正直自身ない。Bの方が飲みやすくて好みだったなあってだけで。悠希は?」

「自分はCの香りが、何と言えばいいんですかね? 奥行きがあるって感じたんですよね。もちろんBもスッキリしてて美味しかったですけど、高い方は多分Cなのかなって」

「……よし、Cにしよう!」

「えぇ!? いいんですか!?」

「ああ。今日は悠希は全問正解してるだろ? だったら悠希の答えを信じるよ」

「い、今までのは偶然ですよ!? もし外したら……」

「もし外しても一流から2ランク下がるだけだ。消えるわけじゃない。悠希がこれまで正解してくれたおかげでな!」

「……それは、まあ……」

「自分の舌を信じろ、悠希! それにお前は那亜さんの料理を食べて育ったんだ、だからその歳になっても細かい味が分かるんだ」

「……、はい! 自分の舌を育ててくれた那亜さんを信じます! Cで!」


 ――Aの部屋

「ちょ!? なんか良い話っぽいこと言ってるけど出られないんですけど!? 鍵があるわけでもないのに開かない!? 俺もCに行かせて!?」


 ――Bの部屋

「あ、あれ……?」

「さて、指を研いでおくか」

「指を研ぐ!?」

「…………」


 ――Cの部屋

「おー、悠希ちゃんもC選んだか」

「これは、とりあえず一安心かな……」

「……はんっ」

「那亜さんの料理を出されちゃあ道理も引っ込むよな」

「ナアって、一問目の料理を作った人だっけ? また食べたいわ!」


 第5問――結果発表


「結果発表ー!!」

 羽黒の張り上げた声が通路に響き渡る。

 目に前に聳えるのはABCと書かれた三色の扉。その奥の部屋にて今回の挑戦者たちが手を合わせて祈っていた(1名を除く)。

「まずは不正解、1ランクダウンのお部屋から発表するですよ!」


 ――Bの部屋

「お願いです! こっちが正解であれ!」

「お願いします!」

「…………」

「…………」


 ――Cの部屋

「大丈夫だとは思うけど」

「さすがにちょっと緊張するな」

「ふふん、大丈夫よ! レージは間違いないわ!」

「……あの、疾さん、いいんですか? 向かいの部屋……」

「全く問題ないな」

「いいのか……」

「なんかホラー映画で閉じ込められた犠牲者みたいになってやがるんですが……」


 ――Aの部屋

「お願い出して!?」


「それじゃあ発表行くぞ! 不正解、1ランクダウンは――」


『『『…………』』』


「B! こっちの部屋だ馬鹿ども!!」


 ――Bの部屋

「やだああああああ!?」

「帰れ帰れクソ龍殺し!!」

「…………」

「さて」

「ひっ!? ――ぴぎゃあああああ視神経がぐちゅぐちゅしゅるううううう!?!?」


 ――Cの部屋

「うわあ……」

「ひろやん相変わらず容赦ないわね」

「そこから即座に回復するあの子も大概だな……」

「すごい! あれなら燃やし放題ね!」

「クク、ノワールの鬱憤晴らしにも使えそうだな」

「スペックだけならうちの問題児(バカ)共と同等だな」

「やめやがれです。そういうこと言うと来ちゃいますよ」


 ――Aの部屋

「帰りたい!?」


「お前らまんまと引っかかったな。いや、ノワールと秋幡の小僧は回答変えたか」

「たまにはフウに任せるのも訓練になる」

「うぅー……いじわるー……」

「このアホがどうしてもって言うから仕方なくな」

「その結果がこれか。大丈夫かこれ、お茶の間に写せるか?」

「目がPUIPUIする……」

「そもそもお茶の間に流れてないから大丈夫だ」

「おっとそうだった。まあ言うてお前らはワンランクダウンだからな――見ろ、あの部屋のどっちかは2ランクダウンだぞ」


 ――Cの部屋

「いやあ、怖いわねえ」

「……ドキドキするね」

「どうしよう、俺たちが外れだったら三流魔帝になっちまうぞ」

「そうなってもわたしはレージと一緒にいてあげるわ!」

「消えたら、その時はその時だな」

「悠希のおかげでここまでこれたんだ」

「はい、外しても悔いはないです!」


 ――Aの部屋

「気を遣われてる帰りたい!?」


「それじゃあ引き続き結果発表だ!」

「はい、次は正解の部屋にパパが移動するです! 心して待つです!」


 ――Aの部屋

「はっ、こういう時って一回フェイントで不正解の部屋を開けてから正解の部屋に行くはず! その隙に部屋を抜け出して――」


「おめでとう! Cが正解だ!!」


『『『いえーい!!』』』


「なんでフェイントなしで正解の部屋へ!!??」



一  流 : 異邸(→)

普  通 : 黒赤(↓)  月波(→)  魔帝(→)

二  流 : 秋幡(↓)

三  流 : 疾(→)

そっくり :

価値無し : 瑠依(↓↓)



          * * *



「さあ改めて全5問を終えた結果を見ていこうか!」

「はい! 一流がお一組、普通が三組、二流が一組、三流が一人となりました!」


「まずは見事一流をキープしたチーム『異世界邸』! 特に中西嬢は挑戦した3問だけでなく、待機中の第2問でも正解してる。これは正真正銘の一流だろう」

「あ、はい! ありがとうございました! でもどっちかって言うと運も良かったんだと思います」

「いやいや、最後の問題なんかは悠希が当ててくれなきゃ落としてたからな」

「そういう意味では、ちゃんと美味しいご飯を食べさせてくれてる那亜さんに本当に感謝です」

「はっはー、あの伏魔殿に住んでてむしろ良かったって感じか?」

「いえ……それはどうなんでしょう……」


「続いて惜しくも一問不正解、普通術者となったチーム『ノワフウ』」

「うー……悔しい……!」

「まあここはノワールの教育的采配で一問あえて落としたようなもんだったからな、実質一流だろ」

「それでも不正解は不正解だ。フウにはいい経験になったろう」

「手厳しいこって」

「ちゃ、ちゃんとお酒が飲める歳になったら勉強します……」


「そしてもう一組、普通術者のチーム『月波学園』! 落とした問題は1問目の料理だけか」

「あの引っ掛け問題に関してはあたしまだ許してねえからな!?」

「他の連中が当ててるから何言っても言い訳にしかならんぞ?」

「くっ……」

「で、でも3問目は梓ちゃんのおかげでクリアできたわけですし……」

「ああ、そういやそうか。アレに関してはほんとよく見てたな」

「へへっ。まあね!」


「んで普通がもう一組、チーム『魔帝』の二人だ! こっちも落としたのは1問目の料理だけか」

「でも美味しかったのは後から食べた方よ!」

「まあ那亜さんの料理だしなあ、あれは仕方ないかなって」

「そういやリーゼロッテ嬢は肉料理をつまみ食いしに行ったけど、そっちでもBが美味かったか?」

「味は全くの互角だったわ。でも柔らかさと脂の甘みはAのお皿が上だった気がする」

「そこは流石に素材の差が出るか」

「てことは、肉料理を引き当ててたら正解してたかもしれないのか。惜しかったなあ」


「続いて二流術者一組! チーム『秋幡家』、感想があれば言ってくれ」

「正直、もう少し落とすかと思っていた」

「紘也くんどういう意味ですか!?」

「正解できた1問目はまぐれだし、2問目のヴァイオリンは正直怪しかった。3問目は文句のつけようがない俺の失態だったし、5問目はウロに完全に足引っ張っられたしな」

「その節は大変申し訳ありませんでした!!」

「あと4問目に関しては俺も本当に申し訳なかったと思っている」


「そしてどうやら三流術者が一人混じっていたらしいな?」

「はっ。一流だろうが三流だろうがこうして座って終われたことに価値がある。泥水啜ろうが血反吐を吐こうが生き残ったもん勝ちだろう」

「ガタガタする木馬に座りながら格好付けても様になってんのムカつくなあ。……なあ、ところで疾」

「あ?」

「俺の記憶が正しけりゃ、お前最初は二人一組のチームじゃなかったか?」

「瀧宮羽黒、耄碌したか? もう一人のチームメイトなんて俺は知らねえな」


「ちょっと待ってこれどういうことなんで俺だけ消されてんの!? つかこういうのって舞台裏から声だけ当てる感じじゃないの!? なんか体だけ消えて意識だけある状態なの超怖いんですけど!?」


「何か聞こえたな」

「幻聴だろう」

「そんなわけあるか!?」

「うるせえ幻聴だなあ」

「痛い!? なんで体はないのに痛みは感じるの!?」


「……どういう状態なんだ、あれ」

「本当に見えないし魔力も感じないのに声だけは聞こえるねー」

「めっちゃ隠密性高い幽霊?」

「それか声以外の存在次元が違うとか……?」

「こんな罰ゲームに謎の高等技術使ってんじゃねえよ……」

「ねえアレって私の炎で燃やしたら燃えるのかな?」

「存在感ないのにやかましいって、なんか孝一を思い出すな」

「流石にアレと一緒にされるのは可哀想じゃないですかね?」

「ふう、ともかくこれで目が覚めるわけだな」

「ですね。長いようで短い〝夢〟でしたね」


「さあ、というわけで全ての〝工程〟が完了したです!」

「皆さんお待ちかねの目覚めの時間だ!」

「進行してる側は結構楽しかったですけど、これって次回あるんですかね?」

「どうだろうな、評判良かったら考えてもいいが――」

『『『お断りだ』』』

「――だ、そうだ。やるとしてもメンバー入れ替えか、こいつらには裏方で協力してもらうかだな」

「それはそれで楽しそうですね!」

「さて、名残惜しくもないがお別れの時間だ」

「それでは皆さん――〝おはよう、今日も良い一日を〟!」















          * * *



「はっ!?」

 その日、悠希は目を覚ますと同時にいつものアラーム(ちゅどん)備えて枕元のガスマスクに手を伸ばし、布団を頭から被って耐ショック姿勢を取った。ガスマスクを装着し、いつ正体不明の毒ガスが充満し爆風が部屋を吹っ飛ばしても対応できるよう心の準備をして待つ。

「……ん?」

 しかし待てど暮らせど爆発は起きない。

 珍しいこともあるものだと一瞬安心しかけたが、いやいやと首を横に振る。

 こういう日は大抵別の厄介事が舞い込んでくるものだ。具体的には魔法少女関係の強制イベントに巻き込まれる。今日こそは赤毛の子猫が文字通りの猫なで声ですり寄ってきてもスルーしようと心に決め、恐る恐る布団から顔を出す。

「珍しいこともあるもんですね」

 しかし爆破も起きなければ迷惑な子猫も出てこない。今日は本当に何も起きない平和な朝のようだ。


「とりあえず――朝ごはん、食べに行きましょう」


 悠希は学ランに着替え、1階の食堂――風鈴家へと向かった。



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