集結する部外者【Part夙】
同時刻――紅晴市の南側郊外にある丘の上。そこにローブを纏った怪しい集団が屯していた。
「ありゃりゃ、こりゃおっさんが予想してたよりずいぶん悪い状況になってそうね」
その中の一人、集団を率いている世界魔術師連盟の大魔術師――秋幡辰久は、上空を飛んでいる竜と機械人形を見上げてわしゃわしゃと頭を掻いた。
と、辰久に向かってフードを被った金髪の女魔術師が駆け寄ってくる。
「主任、報告します。ドラゴンと機械人形だけではありません。街では魔法士と思われる集団も暴れているようです。既に街の術士とも衝突しています」
偵察を行ってきた女魔術師は青い顔をしていた。それほどまでに街の惨状は酷いということだ。
「一般人は?」
「一般市民の避難だけは迅速に行われたようですが、機械神軍と竜群の影響もあり街はほぼ半壊しています」
「そこに魔法士まで追い打ちと来たわけね。まったく、『空の魔石』を狙う連中は潰しておくと言いながら結局自分が侵略側になってんじゃん。まあ、それっぽいことも言ってたけど、これだから魔法士協会はおっさん嫌いなんだよね」
ティアマトだけでも辰久の組織で制圧するのは難しい存在だ。竜群を出したということは神話級の古竜が最低でも十一体はいる。そこまでは想定して連盟に加入している他の組織からも戦力を借りて来たわけだが、機械神軍と魔法士軍まで同時に相手するとなると流石に厳しすぎる。
「街の術士の援護に向かわれますか?」
「いや、おっさんたちの目標はあくまでティアマトの無力化だぁよ。とはいえ、簡単には例の邸に近づけそうにないのも事実。障害の排除は当然として、味方となる者は危なそうなら助ければいい」
辰久はそう言ってあちこちから黒煙噴き上がる街を見据える。
「これほどの事態だぁよ。不可侵だのなんだの面倒臭いこと言ってたら世界が滅ぶ。おっさんたちはおっさんたちのやりたいようにやるだけだ。……あちらさんも、そうするつもりみたいだからね」
視線を僅かに横へずらし、辰久はニマリと笑みを浮かべた。
***
紅晴市の東側。不自然に車の一台も通らない片側二車線道路に、数台の大型バスが着陸した。
空を飛んできたバスから自由で奇抜な格好をした者たちがぞろぞろと降りてくる。すると、道路のど真ん中に旋毛風が発生。その中からド派手な十二単を纏った緑髪の少女が姿を現した。
まるで天女が地上に舞い降りたかのような美しい少女に――
「待っていましたよマイシスター!」
雑貨屋のエプロンを着た長身の男がどこからともなく出現して飛びついた。が、すぐに吹き荒れた強風が壁となって男を弾き飛ばす。
「愚兄の出迎えなんて頼んでいませんけどねぇ」
「つれないねぇ。僕たちは兄妹じゃないですかぁ」
「同じ時期に同じ微精霊の集合体から誕生しただけの他人ですぅ。近づかないでくれませんかぁ?」
「それを人間の尺度では『兄妹』と呼ぶのですよぅ」
「反吐が出ますぅ♪」
雑貨屋の男――法界院誘薙は、妹である法界院誘波に虫けらを見るような目をされようが抱きつこうとする行為をやめない。遂には凄まじい下降気流を叩き込まれてアスファルトに首から下を埋められてしまった。
「まあ、せっかくいるのですから役に立ってもらいましょう。街の状況は?」
「芳しくないですねぇ。それぞれの軍勢が時間差でやってきてくれたらいかようにも対処は可能だったでしょうが、まさか同時とは」
一つの軍勢だけで今までの魔王軍や百鬼夜行に匹敵、もしくは凌駕している。疲弊した街だけでそれらに対処することは不可能に近い。
あの街の特異な性質上、今まではある程度の被害は寧ろ出すべきだった。だが、今回は大きく状況が変わっている。開幕から既に街は半壊し、『ある程度』どころの話ではなくなってしまっているのだ。
「『炉』については? 機械神軍が暴れているということは、まだ破壊にまで至れていないのでしょう?」
「異世界邸の抵抗が思いの外激しいみたいですねぇ。余程、『炉』を破壊されては困るのでしょう。僕にとってもお得意様だから気持ちはわかりますけどねぇ」
誘薙が聞いた話によれば、『炉』の制作者であるフランチェスカは異世界に帰ってしまったらしい。だが、『炉』が稼働したままということは『戻るつもりがある』ことを意味している。故に彼女と親しいセシルを中心に全力で抵抗している真っ最中だ。
「我々の目的も『炉』の破壊ですがぁ、邸と敵対する気も機械神と同盟を結ぶ気もありません」
「それがいいですねぇ。たぶん、あの機械神は『炉』の破壊を完了したらこの世界そのものを粛清するでしょう」
「であればぁ、我々がやることは『炉』の防衛ですねぇ」
「おや? マイシスター、破壊は諦めるのですかぁ?」
「いいえ、『炉』がある限り新しい機械神が何度も襲ってくることになりますぅ。ですのでぇ、邸の方を説得し、適切なタイミングで破壊する必要がありますぅ」
話し合いは大事。お互い〝人〟であるなら猶更だ。今すぐにでもフランチェスカが帰ってきてくれれば話は早いのだが、そんな都合のいいことは起こらないだろう。
「異界監査局の方針は理解しましたぁ。それで、竜と魔法士への対処はどうするつもりですかぁ?」
「それらは我々の仕事ではありません。ですがぁ、邪魔をしてきたなら仕方ありませんねぇ。うふふ」
妖しく笑う妹に、誘薙は寒気を感じて背筋をピンと伸ばすのだった。
***
次空の狭間から紅晴市を観測している者がいた。
シルクハットのピエロが気持ち悪い笑顔を浮かべている旗を立てた戦艦――その一室でワイングラスを片手に豪奢な椅子に腰かけている道化風の男だ。
『呪怨の魔王』グロル・ハーメルン。
「ヒャホホ、なにやら面白い呪いの気配を感じるな」
街の様子を投影した立体映像を映画観賞でもするように眺めていた彼は、グラスの中のワインを揺らして愉快そうに嗤った。
「見ているだけのつもりだったが、少々興味が湧いた。あの呪いの主と紅茶でも飲みながらお喋りに興じたい気分だ」
魔王軍としては中立。どちらに手を貸すこともない。白蟻姫に助力したとしても嫌な顔しかされないだろう。それはそれで面白そうだが。
「だが……ヒャホホ! あの世界は我が〝魔帝〟の故郷! あの街は我が〝魔帝〟にとっても縁ある場所! 貸しを作っておくのも悪い話ではない!」
椅子から立ち上がり、ワイングラスをシルクハットの中に仕舞うと、グロルは指を鳴らしてその場から消え去った。
***
どこかの山奥。
険しい獣道を苦もなく歩いていたその男は、ふと立ち止まって空を見上げた。
「どうかしたの、無角様?」
後ろからついてきていた中学生くらいの少女が小首を傾げる。男は立ち止まって空を見上げたまま、どこか真剣な表情になって口を開いた。
「――那亜の、危機だ」