神の鉄槌【part山】
空気の振動をも消し飛ばし、土煙すら起こさず、無音のまま全方位に放たれた機械仕掛けの神の光線。彼女の呼び出した空中要塞を中心とした放射線状に渓谷と見間違うほどの抉れが生じていた。
樹々が、山々が、麓の街並みが、射線上にいた不運な竜たちが悉く消失。それを感覚センサーでぐるりと探知し、回路内でシミュレートを重ねる。
《探知及び解析を実行。解析完了。始祖竜軍配下の古龍種残存10個体。翼竜種損耗率45.7%。最終目標周囲20km内の環境への破壊率58.1%。……当初想定破壊率を21.9%下回っています。再探知及びシミュレート開始。最終目標防衛戦力残存数――シミュレート中断》
轟ッ!!
先ほど自身が放った光線と同等の魔力砲が機械仕掛けの神へと放たれる。色覚センサー全てを橙色に染め上げるかのようなそれを、機械仕掛けの神はシールドを展開し相殺した。
「痛い……ああ、痛いのだ!」
収音機器がその音を感知する。
声変り始まった年頃特有の少年の声だった。
「くっそ、痛いなあ! 成長痛が痛いなあ!!」
発生源は、異世界邸。爆風と噴煙で既に廃屋同然と化している邸の屋根の上で、十代中頃の褐色肌の少年が膝をこすりながら悪態を吐いていた。
機械仕掛けの神の光線によって形成された渓谷が、邸の目と鼻の先で不自然に途切れている。
「ふう、何とか間に合ったか」
ぴょこん、と少年の影からやけに渋い声音を発する黒兎のぬいぐるみが飛び出した。さらにそこから引きずり出されるように白衣を纏った小柄な女性が倒れ込む。
先程まで機械仕掛けの神の神軍相手に単身で大立ち回りを演じていたセシルだった。全身の魔方陣の刺青から魔力の煙が上がり、気を失いながらもその激痛に苦悶の表情を浮かべている。
「無理をなされるな、我が新しきご主人様よ。人の身で神を相手取ったのだ、全身の魔力回路が破裂する寸前であったのだぞ。……しばし休まれよ」
こつん、と黒兎――ラピは手にした玩具のようなステッキを振るう。するとぼふんと冗談のような煙が舞い、一瞬にしてセシルの姿が親指ほどの小さな人形へと変わった。
それを頭に被ったシルクハットの中へと大切にしまい込む。
「やれやれ、目覚め早々に無茶をさせるのう。脳髄が焼き切れるかと思ったわい」
「ならば早々に隠居すれば良い。なんなら私が今この場で引導を渡してやっても良いのだぞ」
「威勢だけの駄馬が、口の利き方に気をつけろ」
「なんだと、この老いぼれ」
「……久方ぶりに知性を取り戻したかと思ったら、早々に諍いを始めるとは。我が主君の御前、そして敵前だということをゆめゆめ忘れるな、お二方」
邸の背後から豊かな髭を蓄えた年老いた龍が鎌首をもたげ、少年の傍らに控えるように翼と一角を持つ神馬が姿を現した。
「黒兎よ。……いや、今はラピと申したか」
老龍――ノルデンショルド地下大迷宮第七階層支配者〈飛翔する逆鱗〉がラピに問いを投げかける。
「そこの駄馬の薄紙が如き神聖魔法はともかく、貴殿の魔術を儂が最大効率まで押し上げてなおあの程度の攻撃を全てを防ぎきれぬとは何事か」
「老いぼれ、ちょうどそこら中に穴ぼこができている。すぐにでも叩き込んで墓穴としてくれようか」
「ふん、文句があるならば貴様単独の力で防いで見せよ」
「やめんか。……こればかりはどうしようもない」
ラピが溜息混じりに状況を二頭の魔獣に伝えた。
「迷宮の中核たる『城』と『玉座』を始祖竜ティアマトに占拠されている。その奪取に手間取っている以上、我が主君が我らに割けるリソースにも限界があるのだ」
「なんだと。おい黒兎、迷宮の管理者たる貴様が側に仕えておきながらなんという失態だ」
神馬――〈天翔ける一角獣〉が鼻の穴を膨らませ、責めるように嘶く。
しかしそこに割り込んだ声に、三体はしおらしく頭を下げる。
「それについては余に非がある。『卵』のために安息の地が欲しいと言うから貸し与えたが、まさかティアマトがあそこまで頑なに引き籠もるとは思いもしなかったのだ。ラピを責めるのはお門違いなのだ」
「「「我が主君……」」」
「それよりも構えるのだ、お前たち」
少年――己の肉体を再び創り変えた迷宮の魔王グリメルは顎で上空に陣取る機械仕掛けの神を指した。
《――現地徴収戦力損耗率48%。消耗神力量2.3%。新たな敵性個体の出現を確認。データベース参照。検索結果。建築家の末路、迷宮の魔王グリメル・D・トランキュリティ及び配下の魔王軍と85%一致。粛清継続への影響無し。神敵と認定し殲滅を開始します》
空中要塞の歯車が火花と唸り声を上げながら回る。
先ほど三百六十度全方位に放たれた空中要塞の砲塔が組み直され、異世界邸一点へと標準を定めた。
「邸の防御結界は任せたのだ。余は引き続き迷宮の奪取を優先する。権能を取り戻し次第、順次援軍を送る。貴様ら迷宮の頭脳たる三魔獣の力、オイル臭い神に存分に見せてやるのだ」
「「「仰せの儘に、我が主君」」」
* * *
「く、そ……何が……なっ!?」
突如現れたアンドロイドの親玉のような神の放った光線の余波により墜落したトカゲ野郎ことドラクレアの覇炎ドラクル・リンドヴルムは驚愕に目を見開いた。
自分が転がっていた地面の両サイドを深く抉るように奔る渓谷。地形を変えるほどの威力の一撃。万が一直撃していたら、頑強さが自慢の鱗で全身を包み込んでいるドラクルでさえ消し飛んでいたかもしれない。
そう、直撃していたら。
目の前で両腕を広げ、表面が熱でドロドロに溶け蒸気を発している人型の鉄塊がなければ、直撃していたのは自分だった。
「そん、な……兄弟!?」
「…………。ブ、ジ……カ……アイ、ボウ……」
ノイズ混じりの機械音声が微かに聞こえる。そこにいつもの腹立たしい不遜な声音は一欠けらもない。
「お前、あのボスメカに操られてたんじゃないのか!?」
「……アァ。シコウ、キ、コウを……カンゼンニ…………ハ、ック……サレタ。オソ、ラ……ク、イ、モウト……タチモ……ド、ウ、ヨウダ……」
一息つくように、アンドロイド――TX-001は沈黙を挟む。
「オレ……ハ……T、シリーズ、プロ……トタ、イプ。イ、モウトタチ…………ニハ、ナイ……セキュ……リ、ティガ……トウサイサ、レ、テイル。ダガ、セイギ……ョヲ、フタ、タ……ビウ、バワ、レルノモ……ジ……カン、ノ、モン……ダイダ、ロウ」
「なんだって!? もっとはっきり喋れこのポンコツ野郎!! いつもみたいに厭味ったらしくよお! なんて言ってるか聞き取りづれーんだよ!!」
「……クソトカゲ、ガ……」
TX-001は苦笑するように微かな駆動音を鳴らす。
「ニゲ、ロ……! ヒ、セントウ……イン……ヲ、ツレテ……ニゲロ……!」
「なっ……」
「タタ、カエルモノハ……ミナ、ジブンノ、コトデ、テイッパイ……ダ……。ケッ、カイモ、モウ、ナイ。ヤマ、ノ、シタヘ……ムカエ」
「……ン、で! 俺が!」
「ダレ、カヲ……マ、モリナガラ……タタカエ、ル……アイテ、……デハナイ。オマエモ、ワカ、ッテ……イルダロウ。……オマエシカ、イナインダ」
「……っ!!」
「イケ……! イクンダ、トカゲヤロウ……!!」
「クソが!!」
業炎を纏った翼を広げ、ドラクルは飛び立つ。
制御を奪われたTX-001の妹機や機械仕掛けの神が自ら召喚した戦闘機械たちが撃ち落とそうと銃弾や光線を放つが、その程度で落とされるような奴ではない。
それを半分以上砕け散った視覚センサーで探知すると、TX-001はふうと一つ溜息をついた。
こうしている間にも再び思考回路が侵食を受けている。
既に対抗手段は尽きた。
《破損した眷属へ通達。歯車という歯車を。螺子という螺子を。配線という配線を。燃料という燃料を。基盤という基盤を。回路という回路を――一つに集約せよ。機械仕掛けの神の名のもとに振り下ろされる鉄槌そのものと化しなさい》
認可していないのに勝手に受信機器に通知が届く。
そしてTX-001の意思とは関係なく、思考回路が稼働し機械音を発した。
『オーダーを受諾』
周囲に散らばっていた妹機や戦闘機械のパーツが自ら意志を持つかのようにTX-001へと集約し始める。へし折れた巨大な砲塔から砂粒のような大きさのバネまで、ひとつ残らず、余すことなく組み上げられていく。
そして後には、拳を振り上げる巨人の如き機械人形が姿を現した。




