機械仕掛けの神【part山】
ちゅどおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!
異世界邸管理人室にぎゅうぎゅうに押し込まれた栞那を始めとした非戦闘員たちは、突如として吹き飛んだ前庭にぎょっと目を剥いた。
異世界邸が吹き飛ぶ――それ自体はもう別にどうでもいい。問題は、それが地下から外へ向かって弾け飛んだことの方が問題だった。
「……地下で何が起きているんだ」
「せ、先生流石にあぶねえですので奥に下がりやがれです!?」
豪胆にも窓から外の様子を窺っていた栞那が思わず呟く。前庭を吹き飛ばし、爆発を伴って穿たれた大穴から、ばさりと巨大な影が飛び出た。
「な、ななななな!?」
同じくサッシにしがみつきながら窓の外を覗いていたリックが慄き手を放し、ころころと床を転がり腰を抜かす。大穴から姿を現したのは猛々しい翼を羽ばたかせ、大きな爪と牙を生やした翼竜だった。
それも、一頭二頭ではない。次々と大穴から飛び出してきた翼竜はその数を瞬く間に増やし、三桁に届こうとしていた。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
そして大穴から翼竜の群れを追いかけるように、二つの熱線が飛び出る。
赤い体に炎の翼を羽ばたかせた竜神と、背中のジェットパックをフルスロットルにしたアンドロイドだった。
「勝手に外出てんじゃねーぞトカゲモドキが!!」
「殲滅する! 落ちろ蚊蜻蛉!」
普段は馬鹿みたいにいがみ合って邸を吹き飛ばす二人が先陣切って溢れ出る翼竜の群れを叩き落していく。
そこへさらに、白と黒の羽根が舞った。
「えへへ、人としての意思もない最下級ドラゴンは正直戦ってもつまらないですが、これだけ数がいると狩り甲斐がありますね!」
「今夜のおつまみはワイバーンの炙りヒレ~、さいこ~」
ジークルーネが縦横無尽に宙を飛ぶたびに景気よく翼竜の首が飛ぶ。さらにその討ち漏らしをカベルネの蛇腹剣が絡め取り、ずたずたに細切れにしていった。
とどめとばかりに、白とオレンジ色の魔力砲が上空に向かって一撫でするように放たれた。
「追いつきましたわ! また外に溢れ出ないよう穴を塞ぎなさいな!」
「め、迷宮の主導権奪取に修復に敵の殲滅……さ、流石に目が回るのだ……!」
大穴から躍り出たフォルミーカの小脇に抱えられながらグリメルがぎゅっと手のひらを閉じる。するとぼこぼこと大穴の縁がうねり出し、口を閉じるように窄んでいく。そしてあと数メートルという大きさまで小さくなった瞬間――ちゅどおおおおおん! と再度内側から炸裂した。
「きゃっ」
「今度は何なのだ!!」
土砂混じりの爆風を諸に喰らった魔王二人が顔をしかめる。
各々魔力を全方位に放ち土埃を晴らすと、目の前に先ほどまでの翼竜などスズメほどにしか見えなくなるほど巨大なドラゴンが鎌首をもたげていた。
「さっきの十一頭のうちの一体なのだ!」
「管理人が押し負けたんですの!?」
いや、流石の管理人も古龍クラスが十一体も相手では流石に分が悪かったということだろう。全てをその場で足止めすることは叶わず、一体抜け出してしまったようだ。
『ドゥルルルルルルル……』
喉の奥から重機のような唸り声を轟かせるドラゴン。異世界邸の外観と同等ほどもある巨体をぐっと引き絞るように縮ませ魔力を全身に纏い直す。そして天空を覆い尽くすような大きな翼を広げると、助走もなしに、飛んだ。
「わぶっ!?」
「無茶苦茶ですわ!?」
魔王二人だけでなく上空で翼竜を狩っていた四人も風圧でどこかへと飛ばされて行く。風は異世界邸の窓ガラスを一枚残らず破壊し、壁を軋ませ周囲の木々を薙ぎ倒す。
そしてドラゴンは上空を一度くるりと旋回し――一筋の光が頭部を貫き、瞬く間に墜落した。
「は……?」
「なん――!?」
体勢を立て直し戻ってきた竜神とアンドロイドは冗談のように頭から落ちていくドラゴンをただ見つめる。ドラゴンの鼻先が地に触れるとそこから白く変色し始め、瓦解し、塩となって消えた。
「だ~れ~?」
「……ッ! この、気配は……!?」
カベルネとジークルーネが各々得物を構え、上空をきっと睨みつける。
大穴から溢れ出た魔力が生み出した暗雲渦巻く空に、一筋の光が零れる。
その中に一つ、人影が浮かび上がった。
「あれは……?」
管理人室でお腹を守るように背を丸めていた栞那が顔を上げる。
罅割れた窓ガラスの向こう側、光を背にゆっくりと降りてくるそれは、鎧のようなドレスを身に纏った女性のように見えた。
その時、ジリリリ! と管理人室の固定電話――今時骨董品な黒いダイヤル式――がけたたましく鳴り響いた。
「……もしもし」
『ああ、よかった! 栞那さん繋がった!』
ざりざりとした砂嵐混じりの音声に一瞬顔をしかめるも、その焦燥満ち満ちた声音には聞き覚えがある。
「眞琴か? 悪いが今立て込んでて――」
『知ってる! それよりも今すぐ下山するんだ! 住人も連れてこれるだけ連れて! 翔さんもそっちに向かってる!』
「何?」
『今そこに攻め入ってるのは ―― ― ――…―…… !!』
「おい、眞琴? 眞琴!?」
ぷつん、と電話が異常なノイズと共に切れる。
一体何事かと栞那を覗き込んでいた悠希と窓の外を交互に見やり、そして上空の光景に息を呑む。
「あ、あれって……ポンコツの妹じゃないか?」
リックがごくりと息を呑む。
上空――鎧のドレスを纏った女性の背後に、いつの間にか全身を機械化させたような少女たちが隊列を組むように浮かんでいた。その先頭には、自室で彼女たちを守っていたはずのTX-002本人もいる。
「お、おい!? どうしたんだ兄弟!?」
竜神の声が響く。
はっとして見上げると、TX-002の横に、正気を失ったような瞳のアンドロイドが一様に隊列を組み、浮かんでいた。
《――声明を開始します》
声が降る。
清流のように澄み、起伏の汚濁のない、不気味の谷の底の底を覗き込んだような、不快な機械音声。
大した声量でもないはずなのに脳髄を直接シェイクするかのような吐き気のする声に、その場の全員が思わず顔をしかめた。
《当機は機械仕掛けの神。これより、理に反した『炉』及び周辺環境に対する粛清を開始します。歯車と機械油で稼働する眷属は当機に従属し、速やかに殲滅を開始しなさい》
『『『オーダーを受諾』』』
「なっ――!?」
竜神が目を剥いた瞬間、アンドロイドたちが一斉に胸部のエネルギー砲を解放。一拍のラグも挟まず火力充填され、異世界邸三階の一室へと向けて放たれた。
パリン!
それ一発で世界を焦土と化すほどの一撃。その101本が束となり放たれたが、しかし、それをたった一枚の小さな魔方陣が受け止め、弾いた。
《…………。質問を開始。何者ですか》
鎧のドレスの女――機械仕掛けの神は瞳にあたるパーツを細め、じっとエネルギー砲を受け止めた魔方陣を観察する。
そして魔方陣から暴風が吹き荒れ、周囲に残っていたエネルギーの残滓を吹き飛ばす。
「……くくく……なんかオイルくっせえと思ったら、木偶人形の下っ端カミサマじゃん♪」
暴風の奥から、白衣をはためかせた小柄な女が現れる。
右目を含む、顔の左半分以外を魔方陣の刺青で埋め尽くした魔術師――セシル・ラピッド。
彼女は異世界邸三階の一室を守るように屋根の縁に立っていた。
「この『炉』の破壊? アッハハ――ぶち壊すぞスクラップが。『炉』に指一本でも触れてみろ。その大仰な機械の羽根毟り取って屑鉄にして海底に沈めてやんよ」
再びアンドロイドたちのエネルギー砲の充填が開始する。
そしてそれよりも早く、セシルの魔方陣が展開され異世界邸全体を覆う。
パリン!
一切の衝撃を生むこともなく打ち消されるエネルギー砲。それをセシルは顔半分の魔方陣を歪め――笑った。
それと同時に数十、数百もの魔方陣が周囲に浮かび上がる。
「同じ手が通用すると思うな、錆臭いクソ神が♪」
《……脅威レベルの修正。レベル2対応を開始します。殲滅開始》
機械仕掛けの神は腕パーツをすっと持ち上げる。そこから発せられた不可視の障壁がセシルの放った数百の魔術を打ち消す。
「それで終わりだと思うなよ♪」
セシルの周囲に先ほどを上回る魔方陣が浮かび上がる。
それを指先一つ、瞬き一つ、呼吸一つで繰りながら、セシルはどろりとした笑みを浮かべた。