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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
三つの脅威
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虫寄せの火 【part 紫】

 フランス、某大聖堂。

 国教のシンボルとも言える石造の建物の中で、項垂れるように床に座り込む男がいた。

「ああ……嫌だなあ、怖いなあ……」

 弱々しい震え声が天井の高い建物の中で反響する。

「嫌だなあ……怖いなあ……魔法士協会は怖い……総帥様は恐ろしい……幹部もこわい怖い怖い……嫌だなあ……」

 魘されるような怯え声が言葉を紡ぐたび、建物の中が薄暗くなっていく。

「嫌なのに総帥様は僕を辞めさせてくれない……なんでかなあ……でも陽の光を浴びないで過ごしていい……でも怖いよう……逃げたいよう……」

 声の主は床に這いつくばるような姿勢のまま、組み合わせた手をグネグネとうねらせながらひたすらに「恐怖」を口にする。

「この世界も怖いよう……標準世界なのに、魔王の襲撃でも滅びない……なんでだよう怖いよう……」

 そして、「恐怖」を口にするたびに、椅子が、祭壇が、石造の建物が、濁った紫色に侵食されていく。

「この世界が怖いよう……この世界の管理人怖いよう……スブラン・ノワール……ひいっ!」

 不意に引き攣ったような悲鳴が建物の中に反響し、浸透する。

「怖い怖い怖い……あの男が怖い……! 闇属性なんて恐ろしい、人を狂わせるなんて、呪うなんて……ああ怖い……」

「── さま」

 と、震え声がぴたりと止まる。

 声の主に話しかけたのは、敬虔な面差しのまだあどけなさが残る少女だ。両眼を薄く瞑目し、血管が透けるほど白い肌が夜闇に浮かび上がる。

 少女が声の主に深く一礼した。黒いシスター服のフードから、白い髪がこぼれ落ちる。

「メリー、ただいま戻りました」

 透き通るようなソプラノの声が響いた。

「いつの間に僕の背後に……怖いよう……それで、本当にあったのかな……」

「はい。噂の「空の魔石」は、確かに一般人が手に入れたようです」

「ひひひい!」

 悲鳴のような笑い声が上がった。

「怖い怖いよう……「空の魔石」……100年単位でも現れない持ち主がもたらす奇跡の無属性魔石……怖いなあ……あの魔石だけで世界を手に入れられるという伝説すらある……そうだろうサリー!」

「その通りです、我が君」

 落ち着いたアルトの声が答える。大聖堂の石像の一つだったはずの天使像が、動き出した。

「最後に「空の魔石」の出現報告は200年前ですが、その魔石の持ち主は奴隷の身分ながら、最終的には世界の救世主として崇められたという伝説が残っております」

 石像が喋るうちにみるみる姿形を変えていく。褐色の肌と同色の髪の中、赤い瞳が鈍く輝いた。白い少女とお揃いのシスター服を身にまとい、口の端から八重歯がチラリと覗き、笑みに禍々しさを添えていた。

「恐ろしい魔石……世界のパワーバランスをひっくり返す魔石……怖い怖い……けど、それがあれば……」

 ゆらりと、声の主が体を起こした。

 骸骨のように痩せ細った体を黒の修道服に包み、あちらこちらに銀の装飾を身に付けている。不健康な青白い肌には黒々としたタトゥーが細かく刻まれ、枷のように全身を装飾していた。

 こけた頬に狂気の笑みを浮かべて、男は恍惚と呟いた。

「あのお方のように、僕も、恐ろしいあの協会を敵に回せるかも知れない……ああ、こんなことを考えてしまう僕が、怖い怖いなあ……!」

 大聖堂の床に、濁り切った紫色の魔法陣が浮かぶ。建物内の全ての石像が紫に染まり、動き、男の周りに集結した。

 「行こうか……ああ嫌だなあ、怖いなあ……」

 震え声を残して、その場にいた3人はかき消える。

 後に残された大聖堂は、瞬く間に靄に覆われた。


 ──その日、観光地としても有名なその大聖堂は、原因不明の出火によって全焼した。



***



「さーて、と」

 部下からの報告を受けた魔法士協会総帥は、子供らしい丸い頬を愉しそうに歪ませた。

「空の魔石そのものも珍しいけどさあ、魔石なんて便利な釣り餌があったら、いくらでもお馬鹿さんが釣れるんだよねえ……内部の虫も掃除できて便利便利」

 歌うように言葉を紡ぎながら、総帥はちょいと指を突き出した。幼い子供の無邪気な手遊びのような簡易動作に似つかわしくない緻密な魔法陣が瞬く間に編み上げられる。

「んー、対象は標準世界ガイアに駐在中の全魔法士でいいよね……『通達。君達の滞在座標で重要拠点──魔法士幹部の拠点が破壊された。拠点にいた幹部は無事。魔術形跡は消されているけど、まあ犯人は最近暴れてるクソガキでしょ。流石に今回の拠点破壊は放置出来ないっなーてことで、住処を潰された君にに、報復を許可する。協力したい奴は好きに暴れちゃっていいよ』」

 楽しげに弾んだ声が、傲慢なまでの無邪気さで命じる。

「『なおガイアはうちの管理だけど、クソガキが最近活動拠点にしてる紅晴市は管理人の干渉を拒んでる。だから保護対象外ってことで遠慮はいらない。ただ、今あの街にはちょっと珍しい魔石の持ち主がいるから、ついでに魔石とその持ち主は確保しておいてね』──こんなもんか」

 魔法陣を消した総帥は、子供の顔に似つかわしくない笑みを浮かべて。

「よその連中は「炉」と「卵」に主戦力を偏らせてたけど、あの「魔石」、いろんなお馬鹿さんをまとめてポイするにはいい撒き餌なんだよねぇ。勿論「魔石」はうちがもらうけど、「魔石」に釣られて僕に逆らうバカと最近調子に乗ってるクソガキ、あとついでにあの鬱陶しい街をまとめて消しちゃえたら大ラッキー。「炉」と「卵」の問題も丸ごと解決して、めでたしめでたし大円団ってね」

 心底楽しそうに、そう呟いた。


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