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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
三つの脅威
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『魔女』の厄日【part紫】

 人には、そんなわけがないと分かっていても神様の嫌がらせを疑ってしまう日というのは必ずある。


***


 紅晴市北部に位置する、吉祥寺家。

 そこでは今、吉祥寺本家および分家の術者総出の会議が行われていた。

「もう一度申し上げる」

 老年に差し掛かる男性が厳しい表情のまま、自身の話を聞く面々を順繰りに睨み据える。

「昨今の外部からの襲撃と、それに便乗する外部勢力の拡大は目に余る。ましてや、先日の百鬼夜行では結界が緩み神隠しが起こりかける始末。このままでは中央の封印は遠からず危うくなってしまう」

 そこで一度言葉を区切り、その老人は背筋を伸ばして続けた。

「我ら吉祥寺の役目は古来より儀式により結界内の神を宥めること。故に、吉祥寺に受け継がれる儀式のうち最も古く、また神隠しの防止に効果がある『異界奉納』を行うべきであると進言する」

「しばし」

 そこで手を挙げたのは、老人より一回りほど若い壮年男性だ。

「仰る儀式は現代において、神道仏閣、あるいは魔術においても忌避されるものだ。効果の有無も過去の書物から明確なものは見つからず、場合によっては悪きものを引き寄せる一因になるとも言われている」

「愚言を申すな」

 老人がピシャリと壮年の異論を切り捨てる。

「過去100年でも類を見ぬ災厄に見舞われ続けている今、忌避などという曖昧なものを恐れるとは愚かしい」

「それをいうなら、現状結界には全くの支障が見られないにも関わらず、「危うい」などという不確かな危機感だけで儀式を行おうとすることのほうが愚かでは?」

「なんだと……?」

 老人と壮年男性が睨み合う。それぞれの陣営が睨み合い、空気がさらに張り詰めた。

「お待ちを」

 と、そこでまた別の男性が手を挙げた。立ち上がった男性はさらに若く、三十代も半ばほど。

「とにかく落ち着きましょう。結界は現在安定している以上、喫緊の危険はありません。ですが百鬼夜行で結界が一時的にでも緩み、神隠しが起きかけたのも事実。であれば、結界に何か起きた際に行う儀式の選定と、神隠しがもし万が一起こってしまった場合の対策を、いい機会と捉えじっくり考えるべきではありませんか?」

 丁寧な言葉で紡がれた提案に、老人の方が先に口火を切った。

「拙速は遅行に勝る。じっくり考えるなどと呑気なことを言うておる間に結界が崩壊すれば、この街は沈むのだぞ。ましてや今は守護獣の皆様を外部の人間が好き勝手に従えている有様、奴の気分一つで街を沈められる危険性もあるだろうが」

「それはこちらも同意見だ。だからこそ、儀式は各方面に受け入れられやすいものを選ぶべきだとは思うが」

 壮年男性も続くと、若い術者は少し顔を顰めた。

「……我々は前回も今回も、かの契約者には協力してもらっています。敵とみなして無闇に敵意を向ける方が致命的では?」

「ふざけるな! 危うく巨大戦艦で街を押し潰しかけ、我らの結界が綻ぶ原因を作ったあれのどこが協力だ!?」

 老人が激昂に、そうだそうだと声が続いた。若者が口を引き結ぶと、壮年男性が代わりに口を開く。

「まったく同意見だ。奴の口のデカさとは裏腹に、起こした結果は碌なものではない。四神を従えてなおあの体たらくでは、今後守護者としての活躍は期待すべきではなかろうな」

 同意の声が次々と続く中、若者が小さく息を吐き出した。

「……ほどほどに。我々にも意見はありましょうが、彼はもともと守護獣の皆様が選んだ契約者です。目に余る批判は、ひいては守護獣様への批判と捉えられかねません」

 その言葉に場が少し冷めるも、反感の色は薄れない。老人男性は、顔を顰めて言った。

「なんにせよ、結界を守るのは我らが吉祥寺の責務だ。そして未曾有の災害に襲われ結界が危うい今、『異界奉納』を行うべきである」

「否、それは時期尚早と先ほども──」

 何度目かもわからぬ論点の堂々巡りがまた始点へと戻ろうとした、その時。

「──もう結構」

 ぱんっと軽い柏手が響く。決して大きな音ではないのに、場は一斉に静まり返った。

「随分と長い間、同じ話を繰り返しているけれど。言いたいことは全てで揃ったと判断させてもらってもいいかな」

 確認の体を取りながらも否とは言わせぬ圧に、大の男どもが押し黙った。それを笑みを浮かべて見下ろす女性──吉祥寺家次期当主、眞琴はさらに続ける。

「確かに現在紅晴の街は、魔王の襲撃とその余波である百鬼夜行という災害に直面した。それでも君たちの奮戦もあり、街の被害は限りなく最小限と言っていい状態だ。これは君たち自身の功績でもある、誇ってほしい」

 丁寧にかけられた言葉に、場にいたものたちが各々顔を見合わせる。そして一斉に頭を下げた。軽く手を上げて応じてから、眞琴は続けた。

「人的被害は中西病院さんのご協力のもと、半数以上が現場復帰できるまでに回復している。残りの人達もリハビリは必要だけど、百鬼夜行で全面衝突したのだから時間がかかる怪我人が出るのはおかしくはない。物的被害はすでに元通りだ」

 改めて被害状況を共有させ、「現状は悪くない」と認識させてから、眞琴は本題に入る。

「そして、結界についてだけど、つい先ほど四家当主による合意が出た」

 衣擦れの音すら聞こえぬ空間に、眞琴の声が通り抜けた。


「結界は魔王襲撃の前から変わらぬ状態。やや不安定ではあるが、四家による維持には支障がなく、吉祥寺による新たな儀式は不要。繰り返すが、これは四家当主全員の合意だ」


「馬鹿な……!」

 老人が押し殺した声をあげたが、眞琴は応じずに続ける。

「不安定さについては、ここ数年を考えれば無理からざること。けれど少しずつ立て直しも進んでおり、結界も遅れて安定を取り戻すことが期待出来る。だから、これは吉祥寺当主および次期当主からの命令だ。──結界に対して一切の儀式は、現時点では行わない。いいね」

 否とは言わせぬ迫力を持って放たれた言葉に、術者全員が無意識に首を垂れる。綺麗に揃った恭順の姿を前に、眞琴は少し語調を緩めた。

「……とはいえ、神隠しへの対応や、結界を守るために行うべき儀式の選定は改めて考えていくべき議題でもある。これは分家も含め各記録を浚った上で、現代情勢に合う効果的な案があればぜひ提出してほしい。もちろん我々本家も議論を重ねていくつもりだよ。ただし、あくまで今後のもしもへの準備だというのは忘れないように」

「はっ」

 声が揃う。にこりと笑い、眞琴はもう一度柏手をうった。

「それでは、本日はここまで。解散」

 一斉に立ち上がり、順に退室していく彼らの喧騒に紛れるように、眞琴は踵を返して自身も退室する。


「お疲れ様でした」

「ありがとう」

 家人のねぎらいに応じてから、眞琴は一度奥に引っ込んだ。身にまとう和装を普段の洋装に着替え、戻ってすぐに家人が差し出すコップの水と錠剤に手を伸ばす。

「……次期殿。差し出がましくはありますが、あまりお薬に頼られるのも」

「分かってるし、過剰服用はしていないよ……でもちょっと、偏頭痛がひどくて飲まずにはやっていられないというか……」

 軽く苦笑いで心配する家人にそう答えつつ、眞琴は錠剤を口に含んでコップの水を煽る。一つ息をつくと、家人に顔を向けて笑顔で言った。

「それじゃあ、私は少しここを離れるよ。その間の動きには気をつけておいて」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」

 丁寧な見送りに手を挙げて返し、眞琴は自分で車のハンドルを握って移動した。本来は運転手を置くべきなのだろうが、外では吉祥寺の次期当主という肩書はほぼ伏せている以上、その手のものは全て却下している眞琴である。

 しばらく運転した行き先は、中西病院の裏手。そこで待っていた女性を車に乗せて、眞琴は笑顔を向けた。

「受診お疲れ様、栞那さん」

「ああ」

 随分腹部の膨らみが目立ってきた姉貴分を後部座席に乗せて、栞那の実家へ向けて緩やかに発進する。

「問題はなかった?」

「ないといえばない、あると言えば大アリだ」

「えっ?」

 不穏な言葉に少し動揺した眞琴に、栞那は苦笑した。

「胎児の発達は正常だからそんな顔をするな。……あの邸のせいでまあまあ厄介なことにはなっているが」

「……聞きたくないけど聞かないと後悔しそうだなあ」

 微妙な顔になった眞琴に苦笑を深め、栞那は異世界邸の異変による時空の歪みによる影響について詳しく説明した。

「……聞かないわけにはいかなかったけど、聞きたくなかったなあ」

「ちゃんと前見て運転してくれ」

 遠い目で黄昏る妹分に一応警告して、栞那は肩をすくめた。

「幸い、気づいた後からは時間はずれていないようだぞ。双子だからと準備はしていたが、早めに入院のつもりでいた方が良さそうだ」

「それでこのまま実家に寄るんだね。確かに周りが気づいていない以上は周知は必須だ」

 納得して頷いた眞琴に、栞那はもう一つと付け加える。

「問題はまだある。これはあたしらで何とかするつもりではあるが、きっかけがきっかけだから眞琴は把握していた方がいい」

「え?」

 続いて栞那が話して聞かせた「空の魔石」の話に、眞琴はさらに目を遠くした。

「……情報提供、感謝するよ……うん、こちらの案件だもんね……どうしようもないのに問い合わせが殺到しそうなやつだね……」

「おい眞琴、運転変われ」

 妊婦に本気で運転の心配をされる程のハンドル捌きの危うさを引き起こした原因──無属性魔石とそれを抽出した謎の少女の件は何とか飲み込んで、眞琴はため息をついた。

「……うん、分かった。聞けて良かったのは本当だよ。……娘さんは大丈夫なの?」

「当たり前だろ。弟妹合わせて、どうにかするのがあたしの仕事だ」

「あはっ、やっぱり栞那さんはかっこいい」

 軽やかに笑い声を漏らして、眞琴は首を傾げた。

「それで、まだあるの?」

「お、よく分かったな」

「いや、今のはないって返ってくる前提だったんだけど……あるの? まださらに??」

「竜の卵と科学的な異世界渡航手段と、どっちからがいい?」

「本当にそっちは何が起きているの!?」


***



 栞那の口から溢れ出る怒涛の情報をなんとかかんとか消化した後、車のハンドルを切って、本来あるべき場所へ戻る。

「あ、おかえりなさーい。特に何もなかったですよ」

「ただいま。それは何よりだね。留守番お疲れ様、涼平」

 店番をしていた店員に笑いかけ、『魔女』として店頭に立つやいなや、今や骨董品としての価値を見出されつつある黒電話が鳴った。

「はい、こちら『知識屋』です」

『よう、元気にしてるかい「魔女」さんよ』

「ああ、貴方か。まあ何とか落ち着いてきたところだよ」

 ここ数ヶ月でやけに耳に馴染んでしまった声の持ち主──瀧宮羽黒にそう返す。実際にはとんでもない火種だらけだが、対策がまだ整っていない現状で伝えるつもりはない。虚勢に近いそれは疑われることなく、いやむしろ、何か別の要素で羽黒の声が低くなった。

『そりゃ何よりだ。……あー、何よりなんだがな』

「……何かあったのかな?」


 人には、そんなわけがないと分かっていても神様の嫌がらせを疑ってしまう日というのは必ずある。


『あー、うん、まあ。一応今回あんたらは何も悪くないし関係ないはずなんだけどなあ……』


 厄日と呼ばれるそれが、どうやら魔女にとっては今日らしい。


「……聞こうか」

 色々と腹を括って尋ねた魔女に、羽黒が珍しいほど気遣い一色に染めた声で話して聞かせたのは── 先刻開かれたという、とある招待制のチャットルームでの出来事だった。


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