神久夜の家庭菜園~いちご狩りはいのち狩りなのだわ~【part夙】
十一月の冷えた空気に燦々と照りつける陽光が心地良い午後。
普段なら預かっている卵と一緒に庭先で日光浴に興じているところ、全ての神と竜の母である妾は――
「それじゃあ、張り切って収穫するのじゃ!」
家庭菜園を手伝わされていたのだわ。
「三人とも快く手伝ってくれて感謝するのじゃ!」
目の前で嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねている狐少女は――カグヤ・イトウ。幼女みたいな見た目でも管理人の奥さんで、一応、妾のママ友ってことになるのだわ。ツナギの作業着に麦わら帽子で気合い充分。でも肩にかけるようにして持った鍬が大きすぎて危なっかしく見えるのだわ。
「僕がお届けした異世界の種がどのように育ったのか、実に興味深いねぇ」
「これもメイドの仕事安定です。モード・野菜収穫機に移行します」
卵を抱いた妾の隣には、ニコニコした淡い緑髪の長身の男と、ゴシックロリータのメイド服を着た無表情の女が並んでいるのだわ。
「フッ、収穫なぞ妾にとっては造作もないことなのだわ」
「おお、それは頼もしいのじゃ!」
いや、いやいやいや!? なんで!? なんで妾がこんなこと手伝わないといけないのだわ!? 妾は卵の世話をするために異世界邸に呼ばれたんじゃなかったのだわ!?
妾は気持ちよく日向ぼっこしたかっただけなのに、どうしてこんなことに……
***
それは今朝のことだったのだわ。
「卵の経過はどんな感じだ?」
「順調に育っているのだわ」
場所は異世界邸の管理人室。三日前に住人となった妾は、管理人であり契約者でもあるタカフミ・イトウに、預かっている卵の様子を毎朝報告しているのだわ。
神魔妖人――様々な魔力が混在するこの邸で卵を放置していたら、きっと混沌とした竜が生まれてしまうのだわ。それを防ぐために妾は肌身離さず卵を抱え、他者の魔力から守っているのだわ。
「ならいい。これからも頼むぞ。それで、邸の生活にはもう慣れたか?」
「妾を誰だと思っているのだわ? 全ての神と竜の母――ティアマトなのだわ。この程度の環境、慣れるまでもないのだわ」
慣れるか馬鹿野郎! なのだわ! 毎日毎日ちゅどんちゅどん! 一日中飽きもせず悲鳴と怒号と破壊音が轟くこの邸で、妾がどうやって過ごしていると思っているのだわ? 布団に潜って耳を塞ぐ生活をしているのだわ!
それでも安心できないのだわ。定期的に襲撃してくる戦乙女や、壁を喰い破ってくる白い魔王、いつの間にか妾のベッドで酔い潰れていた堕天使、突然現れた冷蔵庫に吸い込まれそうになったり、ミサイルや炎が妾の部屋を破壊したことだって一度や二度じゃないのだわ。たった三日で!
「……」
「タカフミ、なぜ目を逸らしているのだわ?」
「いや、なんかすまん」
なんだかんだで、そういう危険な目に遭いかけても彼が守ってくれるのだわ。だから感謝はしているのに、どうして謝るのだわ?
「もっと静かな部屋が用意できればそっちに移動してもらうから、もう少し辛抱してくれ」
「辛抱? まるで妾が苦行に堪えているような言い回しで気に入らないのだわ」
え? 静かな場所を用意してくれるのだわ? わーい! やったー! 妾がんばるのだわ!
いいことを聞いた妾は気持ちルンルンしながら管理人室を退出。それからふと窓の外を見ると、邸の正面の庭がポカポカした日差しで照らされていたのだわ。
「うむ、こんな日は日光浴に限るのだわ。我が子にもお日様の光を浴びせた方がいいのだわ」
玄関先で腰を下ろし、卵を優しく撫でながら日差しを浴びる妾。今はちゅどんちゅどんしてないから、とても穏やかな時間だわ。
あ、気持ちよくてウトウトしてき――
「ちわーっす! 毎度お世話になっております、雑貨屋『活力の風』でぇーす! 商品のお届けに参りましたぁーっ!」
目の前に竜巻が落ちてきたのだわ。
「妾の安らぎを邪魔するとは、何者なのだわ? 名乗るのだわ!」
あわわわわわ、ままままだ妾の知らぬやべー奴がいるのだわ!? きっとあの竜巻で妾を巻き上げてズタズタに引き裂くつもりなのだわ!? ぴえっ。
我が子だけは守らねば……妾は風から庇うようにぎゅっと卵を抱き締めるのだわ。
「おやおや、また新しい顔が増えているようですねぇ。僕は法界院誘薙と申しますぅ。麓の街でしがない雑貨屋を営んでいる者です。どうぞ、お見知りおきを」
風を散らせて現れたのは、淡い緑髪に青い瞳をした長身の青年だったのだわ。見るからにこの国の人間じゃない――どころか、この魔力は人間ですらないのだわ。
「……まさか、風の精霊?」
「おっと、わかっちゃいますかぁ?」
ニコニコと屈託のない笑みを浮かべる青年を、妾は目を細めて警戒するのだわ。
「貴様には契約のリンクを感じないのだわ。マナのないこの世界で、契約者もなしに風精霊がどうやって消えずに存在できているのだわ?」
「そこはまあ、いろいろと訳ありでして」
幻獣界の常識だと、精霊とはマナそのものの意識集合体。妾のような幻獣であれば多少は己の魔力だけで体を維持できるけれど、より繊細な存在である精霊は違うのだわ。契約者なしでは一瞬たりとも存在できないのだわ。
考えられることは、幻獣界とは異なる法則の異世界から来た全くの別種。もしくは――
「世界自体と契約している〝守護者〟……」
「ふふ、ティアマトさんは実に勘がいいですねぇ。まあ、別にそこまで隠していることではありません。雑貨屋を営んでいることも本当なので、そう身構えなくてもいいですよぅ」
「初めて会ったような態度をしながら、しっかり妾のことは調査済みってことなのだわ」
なにコイツこわっ!? なんで妾のこと知ってるのだわ!? ニコニコしてるけど目の奥が笑ってないように見えるのだわ!?
イザナギの視線が妾の顔から少し下がったのだわ。
「それが貴文さんから聞いていた異世界のドラゴンの卵ですかぁ。いやぁ、大きいですねぇ。それに美しい緋色。ずっと抱えていて大変ではありませんかぁ?」
「触れると殺すのだわ」
妾は伸ばしてきたイザナギの手をはたき落としたのだわ。精霊の魔力は悪い物ではないけれど、我が子に余計な影響を与えるわけにはいかないのだわ。
「これは失礼しました。あっ、そんなティアマトさんにピッタリの商品があるんですよぅ。この毛布なんていかがでしょう? 異世界に生息する綿毛鳥の羽毛で作成された最高級品ですよぅ。これで巻いてあげれば卵も喜ぶことでしょう」
「む? むむむ、これは確かに、肌触りがすごくいい感じなのだわ」
ふわふわでやーらかい……気に入ったのだわ。これ欲しい! 妾これ欲しいのだわ!
「フン、原初の竜たる妾に商売を持ちかけるとは、見上げた精霊なのだわ」
ほーしーいー! ほーしーいー! 絶対に我が子も喜ぶのだわ! 買うしかない! で、でも妾、お金を持っていないのだわ。タカフミが立て替えてくれるといいのだけれど……
『あーっ! 今月の予算がきっつきつだなー! これじゃあ安い毛布しか買えないなー!』
まるで妾の心を読んだかのように管理人室から大声が聞こえてきたのだわ。微妙に棒読みだったのが気になるけれど、立て替えは無理そうなのだわ。ぴえん。
「いい毛布のようだけれど、卵は妾が抱いていれば事足りるのだわ」
欲しかったのだわ……。
「それは残念ですぅ。でしたら、抱っこが少しでも楽になれる先進世界のベビーキャリアがあるのですが」
「ほ、ほう、見るだけ見てやるのだわ」
「試着してみますか? 両手も開いて動きやすくなりますよ」
そう言ってイザナギがつむじ風の中から取り出したピンク色の抱っこ紐を、妾はさっそくとばかりに装着してみるのだわ。
あ、楽! すっごい楽! 実はずっと抱いてるとけっこう肩が凝って大変だったのだわ。栞那とかいう医者もお腹に子供がいるみたいだし、これは……うん、あった方がいいと思うのだわ。
ちらっと管理人室の方に視線をやるのだわ。窓から見えるタカフミは胃の辺りを押さえて悩ましい顔をしていて……相談は後でした方がよさそうなのだわ。
「玄関先で押し売りをされては邪魔安定です」
また、誰か来たのだわ。灰色の短髪に、整っているけど感情のない顔。服装はゴスロリのメイド服。普通に正門から入って来たようだけれど、邸で働いているメイドの一人だわ? それにしてはこいつも普通の人間じゃなさそうだわ。
「データベースに登録されていない人物を確認しました。不審者として対応安定ですか?」
チャキリ、ガシャンガコン……わぁー、メイドの腕が変形して砲になったのだわ。なにこの子ロボット? カッコイイ! あれ、でもその砲口は妾に向いているのだわ!?
不審者って言っていたのだわ!? ご、誤解を、誤解を解かないとだわ!?
「妾は原初の竜・ティアマト! この卵の世話をするため呼ばれた客なのだわ!」
「……」
メイドは無表情ながら訝しそうに妾を見詰めた後、砲口は下げないまま隣のイザナギを見たのだわ。
「レランジェさん、彼女の言っていることは本当ですよぅ。客というより住み込みになっているみたいだから住人だねぇ」
「……了解しました。住人データに新規登録安定です」
ほっ、やっと腕を下げてくれたのだわ。ううぅ、なんでこの邸はこんな物騒な連中しかいないのだわ。
「それより、レランジェさんはしばらくアパートに来てなかったみたいですねぇ」
「ゴミ虫様が失踪したせいで少々立て込んでおりました」
「え? 彼どうしたんです? 君が始末したわけじゃないのでしょう?」
「それであれば安定だったのですが……」
待って、待って待って、この人たちなにを言ってるのだわ!? 『失踪』とか『始末』とか、やっぱり物騒な単語が聞こえたのだわ!?
「そういえば、誘波様よりお手紙を預かっております」
「妹が僕に? いやぁ、言いたいことがあるなら電話で直接声を聞かせてくれればいいのにもう、照れ屋さんですねぇ♪」
「『くたばりやがってください♪』とも伝言を承っております」
物騒な話をしていたかと思ったら、この精霊、急にくねくねし始めたのだわ。気持ち悪っ!
「ふむふむ……あー、これは困りましたねぇ」
手紙を読み始めたイザナギは、頬が上気していた顔から一変してシリアスな感じになったのだわ。こいつの情緒どうなっているのだわ?
「この件は後で返事を出しておきますねぇ。それより今はご注文の品をお届けしないと」
イザナギはポケットに手紙を仕舞うと、また風を使って出現させた段ボールを積み上げていくのだわ。いや、本当に山積み。一体どれだけの物資を注文しているのだわ? そりゃ予算もなくなるのだわ!
その積み上がって壁となった段ボールの端から、ぴょこっと黒い狐耳が見えたのだわ。
「お主ら、丁度よいところにいたのじゃ!」
妾たちを見つけた狐耳少女が、目をキランと輝かせてとたたっと駆け寄って来たのだわ。十代前半の若い姿をしているけれど、その秘められた力は十年やそこらの歳月では説明がつかないのだわ。
確か彼女は――
「タカフミの奥さんなのだわ。妾たちになにか用なのだわ?」
妾が訊ねると、カグヤ・イトウは狐耳をピコピコさせながら、子供っぽい元気のいい声で答えたのだわ。
「いちご狩りを手伝ってほしいのじゃ!」
***
そういうわけでカグヤに捕まった妾たち三人は、邸の裏手にある彼女の菜園へとやってきたのだわ。
家庭菜園、というには広い土地だわ。竜の姿に戻った妾が寝そべって転がっても余りあると思うのだわ。畑の手前には……マンドラゴラ? 人面ダイコンが均等に生えていて、その向こうには大きなキャベツがなぜか葉っぱを剥かれた丸い姿のまま生っていて、さらに奥には竹林かと思うくらい背の高い青ネギが林立しているのだわ。
「なんか、少し焦げ臭いのだわ」
スンスンと嗅いで臭いの出どころの方を見ると、黒焦げの土塊が盛られている場所があったのだわ。焼き畑でもしたのだわ?
「あっちは、植物を使ったアートなのだわ?」
黒焦げの土塊のすぐ傍には緑の蔓が天へと伸びるようにして、なにかを象った蔓像が二つ置かれてあるのだわ。
「いちご畑はそれらの向こうにあるのじゃ」
そう言うカグヤの後に続いて土塊と蔓像の横を通り過ぎると……わぁ! いちごなのだわ! 一面に真っ赤で大粒のいちごが普通に実っているのだわ。美味しそう。じゅるり。
「もう十一月も終わりなのにいちご狩りというので、温室かと思っていましたが、外で栽培しているのですねぇ」
イザナギが面白い物を見たように目を細めたのだわ。言われてみれば時期がおかしい気がするのだわ。
「風の精霊ともあろう者が知らんのじゃな。元来からいちごは冬が旬なのじゃ!」
「フン。妾は無論、知っておるのだわ」
そうだったのだわ!? 普通は春かと思っていたけれど、幻獣界とは違うのだわ。
「レランジェは無知不安定でした」
「クリスマスにはいちごのケーキが並ぶじゃろう? アレは旬だからなのじゃ」
「生産技術の進歩のおかげ、というわけではなかったのですねぇ」
ドヤ顔で語るカグヤ。イザナギはなんだか笑いを堪えているようなのだわ。なにはともあれ、目の前に美味しそうないちごが実っているのだからカグヤはきっと正しいのだわ。
「カグヤ、このいちごは好きなだけ収穫してもいいのだわ?」
早速とばかりに妾はいちご畑に歩み寄るのだわ。最初はやる気なかった妾だけれど、こんないちごを見せられてはもう待ち切れないのだわ。
「構わないのじゃ。あ、でも一つ収穫する時の注意点があって――」
妾はぷっくりと大粒のいちごに手を伸ばす。
「いちごは人に狩られそうになると自爆するのじゃ」
ちゅどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
ストロベリーカラーの爆発が妾に直撃したのだわ。
「……けほっ、そういうことは先に言ってほしいのだわ」
い、いちごって爆発するのだわ!? 知らなかったのだわ。火力はダイナマイト一本分ってところで痛くはなかったのだけれど、めちゃくちゃビックリしたのだわ。
ハッ! 卵! よかった、傷一つついていないのだわ。
「気をつけるのじゃ、ティアマト。今は一発で済んだが、爆発が連鎖するとそこに転がっておる者たちみたいになるのじゃ」
「え?」
カグヤが指差したのは、さっき横切った黒焦げの土塊……ち、違うのだわ! よく見るとあの土塊は、いつも邸で暴れているドラゴニュートと機械男と戦乙女なのだわ!? いちごの爆発でやられたのだわ!? ぴぇ、いちご怖い!?
「なるほど、そこで僕の出番というわけですねぇ」
イザナギが一歩前に出て風を繰るのだわ。鎌鼬となった風が、ビュンビュンと素早く的確にいちごを刈り取っていくのだわ。
茎から切断されたいちごの実はもう爆発することなく、風に運ばれてカグヤの持っていた籠に回収されていくのだわ。すごい。すごいけど、妾とレランジェは必要ない気がするのだわ。
「いちごの分際で、妾と我が子を攻撃するなど許さんのだわ。美味しくいただいてやるのだわ!」
収穫はイザナギに任せて、妾は食べ専になるのだわ。
「あ、待つのじゃティアマト! いちごをそのまま食べては――」
ひょい、ぱくっ!
「ハバネロの五千倍の辛さなのじゃ」
ぴぇええええええええええあああああああ辛い辛い辛い口からドラゴンブレスが出そうなのだわ!?
「し、知っておりゅのだわ。わりゃわ、かりゃのが好ふつなのだわ……」
水ぅ!? 水をくれなのだわ!? あ、あうあうあ……口が、口の中が大火事なのだわ!? 火なんて吐き慣れてるのに熱くて痛いのだわぁああああああっ!?
「ならいいのじゃが、いちごとは本来、微弱な電磁波を当てることで辛さが丁度いい甘さに変わるのじゃ。スーパーや八百屋で売られているものは全部その処理がしてあるのじゃぞ」
し、知らなかったのだわ。
「では、ここはレランジェにお任せ安定です」
レランジェが籠に向かって手を翳すのだわ。ガコンガコンと掌が変形して、電子レンジみたいなオレンジ色の光を照射したのだわ。
「うむ、あまあまなのじゃ」
カグヤがいちごを一粒頬張ると、落ちそうになったのかほっぺを押さえて蕩けた表情をしたのだわ。
妾も食べたいのだわ! でも、今は口が、辛さで死んでいるのだわ。こんな状態で食べても味なんてわからないのだわ。誰か助けてくれなのだわ!?
「ティアマト! 那亜さんから牛乳貰って来たぞ!」
「りゃかひゅみ!」
菜園の外から水筒が投げ込まれたのだわ。また、なのだわ。また貴文は妾が困っているタイミングで一番してほしいことをやってくれるのだわ。妾の契約者は妾のことをよくわかっているのだわ。
牛乳が、口の中の痛みを和らげていくのだわ。きくぅ!
「そうなのだわ。タカフミにも収穫を手伝ってもらって」
「じゃあな! 俺は仕事があるから収穫頑張れよ!」
シュバッ! とタカフミは手を挙げて逃げるように菜園から駆け去っていったのだわ。
「むぅ、貴文はなぜか私の菜園には絶対足を踏み入れないのじゃ」
しゅんと不服そうに項垂れるカグヤ。きっと、本当は愛する夫と家庭菜園をやりたいのだわ。
たぶん、アレなのだわ。タカフミは虫が苦手なのだわ。虫は土いじりするとどうしても避けられないから、逃げるのも仕方ないのだわ。
だったら、契約者たる妾がタカフミの代わりをするのだわ!
「カグヤ、妾にも手伝えることはあるのだわ?」
収穫はイザナギが、処理はレランジェが担当しているのだわ。妾だけ食べる専門ではやっぱり悪い気がするのだわ。
「うむ、じゃからいちご狩りを手伝ってほしいと言っているのじゃ」
「ん? 今やってるのがそうじゃないのだわ?」
「本番の『狩り』はここからじゃ」
「え?」
ズン、ズン、と。
巨大で鈍い足音が聞こえ、大地が大きく揺れたのだわ。
「なん、なのだわ?」
「これはこれは、すごいのがやってきましたねぇ」
「……警戒。戦闘モード安定です」
青ネギ林を掻き分けるようにして、真っ赤な体をした小山ほどもあるゴーレムが現れたのだわ。全身に黄色い粒々が点々としていて、緑の葉っぱが生えているのだわ。まるでいちごみたいな姿……まさか!
「いちごは成長するとあーなるのじゃ」
「フン、知っておるのだわ」
そんなわけあるかぁあッ!? なのだわ!? いくら妾でもアレがいちごじゃないことくらいわかるのだわ!? 爆発したり辛かったりする果物までなら幻獣界でも見たことあるけれど、人型になって自立歩行するいちごは植物系の幻獣の中にも聞いたことないのだわ!?
「イ、イイイイイイ……チゴゴゴゴゴゴ!!」
「ほら、本人も『いちご』って言っているじゃろ」
まず『本人』って言葉がいちごに対しておかしいのだわ!?
「この妾にアレを狩れ、ということなのだわ?」
やだやだやだ無理無理無理!? あんな化物指数が未知数の存在となんて戦いたくないのだわ!?
「ニンゲン……ニクイ……ホロボス……」
ほら魔王みたいなこと言ってるのだわぁあああああああああああああああっ!?
「品種名は『レジイチゴ』にするのじゃ」
「それは怒られそうな名前ですねぇ。わかりやすく『イチゴーレム』はどうでしょう?」
「『苺号機』で安定です」
「名前などどうでもいいのだわ! それより来るのだわ!」
いちごのゴーレム――もうイザナギの『イチゴーレム』でいいのだわ――の胸元が黄色く輝いたのだわ。
「イチゴゴゴゴゴ!! メッセヨ!!」
イチゴーレムの胸元から無数の種がミサイルとなって発射されたのだわ。妾たちは左右に散ってそれを回避。すると、種ミサイルが着弾した場所から急速にいちごの蔓が成長して天を衝いたのだわ。
「気をつけるのじゃ! あの攻撃をくらうと蔓に体を呑まれてアートにされてしまうのじゃ!」
「え? じゃあアレは……」
黒焦げになったドラゴニュートたちの近くにあった二つの蔓像。よくよく見ると、白い魔王と堕天使だったのだわ!? 魔王クラスを撃退するいちごってなんなのだわ!? いつも暴れている問題児たちが軒並みやられている……どうりで邸が穏やかだったのだわ!?
「タカフミが菜園に入らない理由もわかった気がするのだわ……」
イチゴーレムが種ミサイルを止め、今度は両腕を翳していちごの実をマシンガンのごとく射出したのだわ。
あのいちごは――
ちゅどどどぉおおおおおおおおおん!! ちゅどどどぉおおおおおおおおおん!!
やっぱり、爆発するのだわ! 一個一個が自爆する時よりも遥かに高火力。一発でも受ければこの卵だって粉々になりかねないのだわ。
妾は背中から紫色をした竜の翼を出し、卵を庇って身を屈めるのだわ。爆発を受け切ったら、こんなところもう逃げてやるのだわ!
目の前でイチゴーレムが巨腕を振り上げていたのだわ。
「え? はっや……」
さっきまでまだ遠くにいたはずなのに、もう妾との間合いを詰めているのだわ。馬鹿でかい図体のくせにかなり俊敏に動くみたいなのだわ。
拳が振り下ろされるのだわ。地面に大きなクレーターを穿つその一撃を、妾はバックステップでかわした……けど!
卵が! 我が子が! 飛び散った地面の破片があたって弾かれてしまったのだわ!? その程度で割れる殻じゃないけれど、衝撃で中の子になにかあったら大変なのだわ!?
「……貴様、許さんのだわ!」
カッ! と。妾は口から紫色の熱光線を吐き出したのだわ。イチゴーレムは腕をクロスさせて受けると、ズザザザーッ! 威力に押されて踵で大地を削りながら何十メートルも下がったのだわ。
「カグヤ、卵を頼むのだわ」
「任せるのじゃ!」
戦いは嫌いなのだわ。でも、一時的に卵を他人へ預けることになってでも、あのイチゴーレムは妾が叩き潰してやるのだわ。奴はそれだけのことをしたのだわ。
「妾は竜にして神。原初の〝混沌〟の恐ろしさ、思い知らせてやるのだわ」
「イチゴゴゴゴ!!」
イチゴーレムがまた種ミサイルを発射。妾は右腕を巨竜に戻してその全てを薙ぎ払うのだわ。着弾した部分から蔓が伸びるけれど、軽く腕を振って引き千切ったのだわ。
翼を広げ、空へと舞い上がるのだわ。
「貴様一匹ごときに〝母〟の特性を使う必要はないのだわ」
竜の右腕を掲げ、その掌の先に妾が持つ別の特性を魔力と共に集約させていくのだわ。
「バクサツセヨ!」
いちご爆弾が妾に向かって放たれたのだわ。無駄な足掻きなのだわ。
「させない安定です」
と、地上から超高密度のプラズマが迸ったのだわ。それはイチゴーレムのいちご爆弾を呑み込み、空中で撃墜したのだわ。
下を見ると、レランジェが砲口を向けていたのだわ。
「ナイス、なのだわ!」
完成したのだわ。陽光を浴びてキラキラと輝く、白い巨槍。妾の魔力と特性から生み出したそれを竜腕で掴むと、槍投げの要領で斜め下にいるイチゴーレムへとぶっぱなしたのだわ。
イチゴーレムは流石の俊敏さで槍を回避するけれど――くいっ。槍は軌道を変えてイチゴーレムを追撃するのだわ。
ざくり。避け切れなかったイチゴーレムの胸を白い槍が貫通するのだわ。当然、その程度ではあのイチゴーレムは倒れない。でも、妾の特性はここからが本番なのだわ。
「〝塩〟になるといいのだわ!」
イチゴーレムは貫かれた箇所から白化し――
「イイチ、チゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!?」
それが全身に広がったかと思えば一気に罅割れて粉々に砕け散ったのだわ。
あれは妾の苦い水――〝塩水〟の特性から生み出した〈塩の槍〉。貫いた相手を塩に変える技なのだわ。
「フン、ざまあみろなのだわ」
右腕を人間に戻し、地面に降り立った妾は翼も消したのだわ。これで一見落着……あれ? そういえば妾はなぜ奴に襲われていたのだわ?
「なにをしておるんじゃティアマト!? 塩にしてしまっては収穫できぬのじゃ!?」
「あっ」
そうだったのだわ!? いちご狩りをしていたのだわ!? いちごじゃなくて命を狩り狩られる戦いになったとはいえ、卵に危害を加えられてぶっ殺すことしか考えてなかったのだわ!?
「妾を怒らせた奴が悪いのだわ」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! あんな化物でもカグヤが頑張って育てた子供のようなものに、妾はなんということをしてしまったのだわ!? で、でもアレを収穫して食べる気だったのだわ?
「いやぁ、すごかったですねぇ」
ずっと見物していたのか、イザナギがニコニコしながら戻って来たのだわ。
「僕が神久夜さんに売ったのは、普通に日本産のいちごの種だったはずなんですけどねぇ」
「え?」
「異世界邸の混沌とした魔力にあてられると、これほど変異してしまうのですねぇ」
「ちょ……」
待って、待ってほしいのだわ。やべーやべーとは思っていたけれど、それはいくらなんでも妾の想定を遥かに超えているやばさなのだわ。
これだと我が子も、妾が抱いているだけではダメかもしれないのだわ。もし、もしもだわ。我が子がおかしな方向に変異してしまって、あのイチゴーレムみたいになったら……ぴえっ。
「か、管理人! タカフミ! 今すぐ妾に安寧の場所を用意するのだわぁああああああああああああああああああッ!?」
その後。
異世界邸にはダンジョンがあることを知った妾は、安寧を求めて結界や守護者ごと床を拳で割り砕きながら超特急で最下層まで下りたのだわ。