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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
続・ふたたび日常
138/175

だいじなひと【part紫】

「それでねそれでね、近いうちにドラゴンの赤ちゃんが生まれるかもしれないんだって!」

「そうですか……よかったですね」

「名前何にしよう! ドラドンとか可愛いよね!」

「そうですか……よかったですね」

「生まれたらお母さんと可愛がりたいんだけど、お父さんが面倒はこの間来たドラゴンに任せるんだーって言っててつまんないなー。ドラゴンの赤ちゃんって力比べとかできるかな?」

「そうですか……よかったですね」


「……悠希、大丈夫?」

「そうですか……よかったですね」


 どうやらいつもキレのいいツッコミを返してくれる姉貴分は大丈夫じゃないらしい、とこののは首を傾げた。

 いつもの時間に学校から帰ってきて、着替えて母親の手伝いに向かうまではいつも通りだった。空いてたら遊ぼう、と約束していたとはいえやけに早く戻ってきたと思ったら、この上の空である。つまりお医者先生と何かあったのかな、と考えてこののはもう一度声をかける。

「悠希、栞那と何かあったのー?」

「……別に」

 今度は別の返事が返ってきた。やっぱり何かあったらしいなーと、低い声にこののは思う。

 機嫌が悪いとも少し違う様子に、こののは少し迷って、ピトッと悠希にくっついてみた。

「このの?」

「悠希どうしたの? 私に話せないこと?」

「……」

 悠希は一度口を開閉し、ふいっと顔を背けた。けれどこののに少しだけ体重をかけているので、拒絶されたわけではなさそうだ。

 そのまましばらく、悠希は黙っていた。なんとなくそのままこののも黙って待っていると、悠希は掠れて消えそうな声を出す。

「……こののは」

「うん」

「……こののは、あの……変態、どう思いますか」

「えっと……悠希のお父さんのことでいいんだよね??」

 変態呼ばわりはどうかと思っているし、今異世界邸には他者と比べる事の出来ない程どうしようもない変態がいるので、念のため確認した。悠希がこくりと頷く。

「うーん……すなおな感想でいい?」

「お願いします」

「笑顔がなんとなく胡散臭い! うちのお父さんにちょっと意地悪、昔迷惑かけたみたいだし出入り禁止なのに入ってくるから、困った人なんだろうなって思う」

「それについてはご迷惑をおかけしてすみません……今度殴っときます」

 悠希の声が低くなった。今度は機嫌が悪くなったみたいで、こののはちょっと慌てた。

「大丈夫だよ! うちではいつものことでしょ!? お父さん、胃痛がお友達だから!」

「このの、それはフォローなんですか……?」

「でもね、胃痛もちゃんと検査してくれるし、入院治療で無茶しようとするお父さんをしっかり休ませて治療してくれるから、感謝もしてるよ」

 悠希が黙り込んだ。こののは悠希の腕をギュッと抱きしめる。

「悠希は、お父さん嫌い?」

「管理人には感謝しています」

「そうじゃないでしょ、もー」

 抱きしめた腕をゆすると、悠希は俯いた。小さな声で、語り始める。

「……医者としては、立派な人らしいです」

「うん」

「誰に聞いても褒められてて、実際いつ寝てやがんですかってくらい働き者で、スタッフも笑顔で話してるの見た事があって、ブラックすぎる職場なのに、あの外面で上手くやってやがるんだなって」

「偉い人が笑顔で囲まれてるって、すごいよね」

「……昔は、憧れてましたよ」

 消え入るような声は、多分、聴覚の鋭いこののだから聞き取れたのだろう。

「ほとんど家に帰ってこねえですから、父親というよりは、憧れのお医者さんというか……そういう感じでした。もともと医者家系ですから、自分も将来は医者なんだろうなって、自然と思ってました」

「うん」

「……でも、あの変態は……仕事人間、じゃなくて」

「……」

「家庭を省みる暇がないくらいの仕事人間、じゃなくて。……自分も先生も、仕事さえ、いちばん、じゃなくて」

「……」

「つまり、自分や先生は……って気づいた時には、怒鳴りつけてました」


 ──大っ嫌い!!


「家族が大事じゃなくて、仕事も大事じゃなくて、だから、自分たちをここに捨てて平気で笑っていられるんだって……そこが、どうしても許せなくて、でも、何も知らない赤子が生まれてくるのに、父親が最低だって小さいうちから知ってるのってあんまりで、そんなの分かってますけど、でも、自分は」


 どうしても、許せない。


 ほとんど空気だけでつぶやいて、悠希は膝に顔を埋めた。

「……そっか」

 こののには、今の悠希の気持ちを分かってあげるのは、少し難しいなと思った。時には鬱陶しいくらい、父も母もこののを大事にしてくれるから。

 でも。

「あのね、悠希」

「……はい」

「悠希のお父さんは、ちゃんと、栞那も悠希も大事でしょ?」

「え……」

「だって、危ないかなって思ったら連絡して、情報をくれるのは心配してくれてるからじゃないの?」

「……そんなの、わからないじゃないですか」

「じゃあ、聞こうよ」

「えっ」

 パッと顔を上げた悠希に、こののは笑って見せた。

「お父さんに、悠希が聞こうよ。私のこと、好き? って」

「いやっそれはっ」

「私、一番ってすごく難しいと思う」

 悠希がパチリと瞬いた。こののは首を傾げて笑う。

「だって、私のお父さんだって昔はお父さんのお父さんお母さんが一番好きだったと思うよ。でも、私のお母さんと会って、好きになって、私を産んで。その中で誰が一番好き? って聞いても、答えにくいと思う」

「……あの変態、家族以外の方が大事なんですよ」

「そっかあ。でも、家族だから上手く行くわけじゃないんだよって、学校の先生が言ってたの。私のクラス、里親さんの子供が意地悪されちゃったことがあって、先生がすごく真面目に言ったんだよね」


 ──血が繋がっていないから雑に扱われる、裏がある関係性だ、そんなふざけた思考の大人がいたら、先生が説教して学び直させるから連れてきなさい。全ての子供は世界の宝ですが、必ずしも全ての大人が子供を無条件に愛する能力に長けているわけではありません。血が繋がっていてもです。きちんとした大人がきちんと子供を愛していることを、愛情とは全く関係ない要素を持ち込んで悪口を叩くのは恥と知りなさい。


「だから、悠希のお父さんは、家族と、家族以外にも大事な人がいるってことなんじゃないのかな? それはダメなこと?」

「……先生がいるのに、女性で大事な人がいるのはクソ野郎じゃねえんですか?」

「だ、大事の内容によるかなあ……? 先生はお母さんも私も大事だよ」

「赤の他人です、命より大事だそうです」

「う、うーん」

 難しい。でも、こののは一つだけ、悠希とそのお父さんのやりとりを見て、わかっていた。

「ちゃんと聞いたら、答えてくれる人だと思ったけどな」

「う……」

「少なくとも、悠希のこと、ちゃんと心配してくれるし、大事にしてくれる人だと思うよ?」

「う、うーん……」

 異世界邸に親子を住まわせる──しかも妊婦である栞那を呼び戻すでもない──のは大事にしているというにはちょっと疑問が、とこののには言えない悠希は優しい。こののだってそこはどういうつもりなんだろうあのおじさんって思っているから。

 しばらく唸っていた悠希だったけれど、勢いよく息を吐き出してから、体を起こした。

「……ありがとうございます、このの。自分もちょっと、考えてみます」

「うん。最後に一個だけ」

「? はい」

 首を傾げながら促してくれた悠希に、こののはにへっと笑う。


「あのおじさん、ちょっと、だいぶ変だと思う!」


「……。ぷっ」

 ポカン、とした悠希は、少しして吹き出した。

「だから多分考え方も言葉選びも変だと思う!」

「ぷふっ、あははっ、ちょ……っこのの、笑わせないで……っ」

 こののが自信を持って伝えた言葉に笑いにハマってくれた友人に、こののはもう一度抱きついた。


「それでも悠希が納得できなくてやっぱりヤダってなったら、私のお姉ちゃんになって!」


「!」

「悠希なら大歓迎だよ!」

 かなり本気でそう言うと、悠希は目を細めて柔らかく笑った。

「……ありがとうございます、このの」

「どういたしまして!」

 そう言って、こののは悠希とおでこを合わせ、しばらく二人で笑い合った。


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