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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
続・ふたたび日常
137/175

かつての問題児【part山】

「それでは、我々の再会を祝して!」

「「「かんぱーい!」(「かんぱいゆら……」)」」

 ある日、異世界邸の食事処風鈴家の片隅を、見慣れない異形の五人(?)が占拠し、盃を交わしていた。その異様な雰囲気にもかかわらず、風鈴家を利用する誰もが気にも留めず、まるで居ないかの如く扱っている。

「いやあ、まさかこの顔ぶれが再び集まれるとは、まさに奇跡(ミラクル)ですなあ!」

 一人。短い手足に毬のような丸々とした体のシルクハットに白髭の老人。彼は歯茎を見せるようにニタニタと笑いながら、器用にワイングラスを口元へ運んでいる。

「全く、薬屋殿の言う通り。次に儂らが一堂に会すは何年後であろうな」

 一人。和装に顔中しわくちゃの老人。一見すると好々爺とした雰囲気だが、彼の禿げた頭は異様に長く、後ろに突き出している。

「るざごでりよ何でうそさなりわ変も翁将大」

 一人。こちらも和装と言えば和装――忍び装束を着込んだド派手なピンク髪の男。長い帯の先を天井に突き刺し、どうやっているのか逆様の姿勢のままお猪口を口にしている。

「あら。忍頭さんが持ってきたお酒、とっても美味しいわ」

 一人。このメンツの中では真っ当な、一見すると普通のワンピース姿の女性に見える。しかしよく見ると、彼女は一般的に目があるべき場所に二つの口、口があるべき場所に一つの目を持っていた。

「ゆゆゆ……料理人さんのお菓子もとっても美味しいゆら……」

 一人……と、言っていいものか。それは手のひらほどの大きさの瓶の中に納まった、青白い毛玉のような生命体。彼女(?)は消え入るような震える声で歓喜しながら、瓶に入れてもらったお菓子の欠片をじゅくじゅくに腐らせて吸収していた。

「確かに美味。しかし聊か甘味に寄りすぎておりますなあ。料理人よ、もう少し塩味の強いものはないのか? 酒のつまみには少々甘い」

「でしたらこちらがおすすめよ」

 薬屋と呼ばれたシルクハットの老人がずけずけと要求すると、料理人と呼ばれた女は鞄からチーズの盛り合わせを取り出した。……その際、「98年8月 14歳 女」と書かれたメモがどこからか剥がれ落ちたが、誰も気に留めない。

奇跡(ミラクル)! なんとも美味! ああ、流石は料理人だ!」

「ほほう、薬屋がそこまで言うとは。どれ、儂も一切れ」

「るざごでるす礼失も者拙」

 大将、忍頭と呼ばれた二人もチーズに手を伸ばす。そしてまずは香りを楽しみ、口に運び、舌触りを楽しんでからゆっくりと嚥下する。

「おお、確かに素晴らしい! 料理人殿、また腕を上げたのう!」

「るざごで味美!」

「ふふ、ありがとうございます」

「ゆゆゆぅ……」

 と、瓶の中の生命体が悲しそうに振るえる。

「あら、ごめんなさい青黴ちゃん。あなたは発酵食品が食べられなかったわね」

「ゆゆゆ……ゆらも食べたかったゆら……」

 残念そうにぷるぷるする青黴と呼ばれた生命体。それを見た薬屋、大将、忍頭は各々自分の手元にあった菓子を千切り、瓶の中へと分け与えた。

「そう悲しそうにするでない青黴よ」

「そうじゃぞ。ほれ、儂の分の菓子を分けてやろう」

「るざごでるべ食もの者拙」

「わあ、ありがとうゆら……!」

 わさわさと毛玉を揺らして喜びを表す青黴。その様子に一堂ほっこりしたところで――どぱん! と風鈴家の扉が乱暴に開かれた。

 不戦の暗黙協定の敷かれた風鈴家でのその狼藉、普段ならば真っ先に管理人により粛清されるのだが。


「てめぇら!! 何普通に酒盛りしてやがんだ!!」


 扉を開け放ち、鬼の形相で突撃してきたのは管理人・伊藤貴文本人である。

「おやおや、もう見つかってしまったか」

「ふぅむ、儂の『隠形』効いておらんのか? いつもより格段に早いのう」

「故たい聞とためやを間人をは殿人理管頃近、かうろざごで力のそ?」

「あらあら、じゃあ今日はお開きかしら?」

「ゆゆゆ……またお会いできるのを楽しみにしてるゆら……」

 がさがさと慣れた手つきでテーブルに広げていた酒盛り道具一式を回収する五人。そして貴文が手にした竹串の先が届く寸前、どろんと煙のように消え失せた。

『それでは管理人、御機嫌よう~』

『次はお主も飲もうぞ~』

『るざごでばらさ~』

『今度新作の味見をお願いね~』

『ゆゆゆ~……』

「二度と来るなボケども!!」

 声のする方に竹串を投擲する。しかしすでにそこには何もおらず、何もない壁を虚しく貫いただけだった。

「くそ、相変わらず逃げ足だけは早い……」

 竹串を回収し、自分で開けた穴を魔王の力で塞ぐ。最近コツがわかってきて、不要に冷蔵庫を召喚することはなくなった。まだまだ精度はいまいちで、その区画だけ真新しくなってしまうが。

「もうしわけありません管理人さん……私、気付かなくって……」

 と、厨房から割烹着姿の少女がぱたぱたと消毒用アルコール片手に駆け寄ってきた。

「那亜さん。……いえ、あのクソジジイが本気で隠れたら那亜さんでも把握できませんよ。俺も迷宮の魔王の力があったから気付けたようなもので」

「ふう……それにしても困ったものね」

 言いながら那亜は先ほどまで五人が座っていたテーブル……特に青黴と呼ばれていた生命体が置かれていた辺りを念入りに消毒する。

「まったくだ。()()()()()()()()()()()()くせに、年一ペースで勝手にやってきやがる。ここは忘年会会場じゃねえっつーの」

 厳密には管理人の許可さえあれば忘年会の会場に貸し出すこともやぶさかではないし、この前は実際にジークルーネの同僚の戦乙女たちの宴会場になっていた。しかし、あの五人は別だ。

 あの五人は代々の異世界邸管理人たちの手を焼き、しまいには追放され、当代においても貴文さえ見放さざるをえなかった札付きの問題児たちである。

 しかし当人たちはどこ吹く風。たまに思い出しては異世界邸に勝手に侵入し、馬鹿騒ぎし、邸に致命的な傷跡を残して去っていく。今回はたまたま貴文が早期発見できたため実害はなかったが、今後は警戒しないといけない。

 なんせ今や異世界邸には妊婦や孵化間近の卵など、気を使わなければならないものが多いのだ。

「それじゃあ、俺は戻りますね」

「はい、ありがとうございます」

 テーブルの消毒を続ける那亜に手を振り、貴文は風鈴家を後にする。





 異世界邸――屋根裏。

「……行ったか?」

「行った行った」

「るざごで功成」

「相変わらず詰めが甘いわねー」

「ゆゆゆー……」

 ばさり!

 巨大な風呂敷がはためき、その下から五人が姿を現した。

 忍頭が懐に風呂敷をしまい込むと、薬屋と大将、料理人が各々酒盛りセットを再び並べる。

「ふはは! 我々がそう簡単に諦めると思うなよ、管理人よ!」

「今回は管理人殿がやべーことになったと聞いとったからの。儂らも色々準備してきたのじゃ!」

「るざごで畳重!」

「ふふ、ちょっと埃っぽいけど」

「ゆゆゆ……ゆらはこれくらいが大好きゆら……」

 五人が不敵な笑みを浮かべながら、各々グラスやお猪口、お菓子の欠片を手に取る。


「では改めて! 乾杯!」

「「「かんぱーい!!」(「かんぱいゆら……」)」」


 ――ぱかっ。


「あ」

「あ?」

「っあ」

「あら?」

「あ……」


 ひゅーん、と。

 五人は突如足元に開いた冷蔵庫に呑まれ――消えた。


「ったく……」

 異世界邸管理人室。

 貴文が書類の山の中で、頭痛をこらえるように頭を抱えていた。

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