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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
続・ふたたび日常
135/175

かしまし女子会【part紫】

「というわけで、しばらく冷蔵庫がいきなり現れて、異世界に繋がるかもしれないんだぜ♪」

「また迷惑な……と言いたいが、修繕出来るようになるためなら必要経費っちゃ必要経費だな」

「ふみふみくんの頑張りに期待だね〜」

 夕方。異世界のお子様誘拐事件がひと段落ついた後、セシルはフランを誘い、カルテを整理していた栞那の元へ突撃、恒例の女子会(ティータイム)と洒落込んでいた。ここ最近は妊婦である栞那を気遣い、軽傷者は貴文と悠希がテキトーに包帯を巻いて各自の部屋かきったないトイレに捨てるようになっているので、まあまあ余裕がある医務室は温度管理も徹底されており快適だ。

「ところで、栞那ちゃん♪」

「なんだ?」

 ノンカフェインコーヒーを嗜む栞那に、セシルはニヤニヤと笑いながら尋ねた。

「お腹の子、今何ヶ月だっけ?」

「今日でちょうど20週だな」

 即座に返ってきた返事に、フランが首を傾げて指を折る。

「6ヶ月目か〜。早いね〜」

「まあ、ここ最近は色々あったし……──」

 軽く頷いてカップに口をつけた栞那が、ふと動きを止めた。ぐっと眉を寄せて考え込む。

「栞那ちゃん、どうかしたの〜?」

「……。……セシル」

「なんだい♪」

 返事を返したセシルに、眉を寄せたまま栞那が睨んできた。

「……気づいて黙っていたのか? タチが悪いぞ」

「流石にそれはないよん♪ 管理人が魔王化したおかげで、この邸の謎がかなり解明できたから気づいたんだぜ☆ むしろ自力で気付いた栞那ちゃんさっすが♡」

「どういうこと〜?」

 魔術に関しては完全に門外漢であるフランが首を傾げる。フランも栞那の手伝いで山を降りて麓で悪巧みをしていたようだが、やはり綺麗に「辻褄合わせ」をされているようだ。

「フラン、あたしのカミングアウトは覚えてるか?」

「もちろん〜。鬼さん来る直前だよね。かーくん騙すの楽しかったね〜」

 ニコニコと頷くフランに、栞那も少し悪い笑みを見せた。愛しているという割に、騙すのには躊躇いのない友人である。

「そうだな。で、その時点──10月の時点で安定期と診断されてたわけだが、おかしいだろ?」

「何が〜?」


「あたしの久々の休暇は、フォルミーカ襲撃の直前。9月だぞ」


「……そう、だねえ」

 フランの口調が変わる。ここまで明確に示されたら流石に気づくし、その異常性はただ事ではない。

「たった1ヶ月で妊娠16週なんざ、本来は小学生でもあり得ないと気づくさ。だが、あたしも中西病院の産婦人科医も、誰一人として疑問にも思わなかった。こんなもの、この邸くらいわけわからんものが関わっていなきゃあり得ないだろう」

「麓町も色々不思議だけど、流石にこれはないね〜」

 かつて紅晴の中学高校に通っていたフランも首を傾げたところで、栞那とほぼ同時にセシルに視線を向けてきた。説明を求めるそれに、セシルは楽しげに応える。

「まあほとんど答えは出たようなもんでしょ♪ 空間すら歪曲しちゃうこのアパートは、条件によっては時空すら歪曲しちゃうってわけだ☆ 結界一つで繋がっている麓町の人たちには、多分世界がシステムエラーとして誤魔化しちゃったんだろね♡」

「本当にどうなってるんだ、このアパート……」

 栞那が頭痛そうにため息をついて、ふと眉間に皺を寄せた。

「……いや待て。そうなるとあたしや、何より悠希はどうなる。流石に成長期に月単位で時間矛盾が生じたら、体格的に気づかないわけがない」

「赤ちゃんと同じ時間が流れてたら、あっという間に浦島太郎だよね〜」

「山を降りたら婆さんは嫌すぎる……」

 微妙に顔を引き攣らせて嫌がる友人に思わず笑いながら、セシルは首を横に振った。

「あはは♪ そこがまたさらに厄介なとこだよね☆」

「まだあるのか……」

 嫌そうに顔を顰める栞那にニヤニヤと笑いながら、セシルは解説を続けた。

「この辺は若干魔術寄りのお話になっちゃうわけだけど、まず胎児っていうのは魂の定着がすっごい不安定なんだ♪ だからいろんなものの影響を受けやすい☆ 魔術的には、この魂の定着の悪さが妊娠の難しさだとされてるんだよ♡」

「魂云々はともかく、医学的にもおおよそ理解できるな。特に初期の流産率を考えれば」

「そうだね〜」

 分野は違えど科学者二人はそう言って頷いた。他分野にも自分たちなりの視点から理解ができるからこそ、友人でいられるのだ。

「だからこそ、不安定な魂は外部の影響を受けやすい♪ ましてやフォルちゃんとの大暴れから始まって、ここ最近は神魔大戦争だってここまでじゃないってー感じだったからね☆ 影響を受けない方が不思議だってもんだぜ♡」

「だよな……そこはあたしもちょっと迂闊だった」

 栞那が苦い顔で頭を掻きむしる。フランがちょっと首を傾げて、栞那の頭に手を伸ばした。

「栞那ちゃんだけのせいじゃないと思うな〜よしよし〜」

「おいやめろ」

「だって〜、魔力の影響防止については、栞那ちゃんとっくにセシルちゃんにお願いしてたでしょ〜?」

 フランが頭を撫でようとしてくるのを振り払いかけた栞那は、フランの言葉に一瞬動きを止める。その隙に長髪を丁寧に梳くようにしてフランが栞那の頭を撫でた。

「対策をした上で起こったことは仕方がない、その上でさらにできることをやるが栞那ちゃんらしいモットーだと思うな〜」

「……うっせえ、言われなくてもわかってる」

 照れ隠しにベシッとフランの手をはたき落とし、栞那は腕を組んだ。

「とりあえず、影響を受けたのは子供だけ、不都合の辻褄合わせのために、あたしらの認識がずらされたってことでいいんだな。……いつどこまで育つかわからない赤子というのも厄介だが」

「だろうね♪ でもそこは栞那ちゃんのことだから、自分でどうにかしそう☆」

「まあな。そろそろ自分でエコー当てられる時期だし、データをあっちに飛ばすシステムもあるからどうにかなるさ」

 さらりと言って頷く栞那に、セシルは指を一本立てた。

「よしよし、一つ解決だね♪ じゃあもうひとつ☆」

「今度はなんだ」

「今の影響は時間に関する、つまり異世界邸によるものだよね♪ あとは魔力そのもの……異世界邸のクッソ迷惑な住人たちが及ぼす影響だ☆」

 セシルの言葉に、栞那が眉を寄せる。

「自己紹介交えてご苦労なこったが、それこそセシルに頼んだ対策で防げるんじゃないのか」

「やっだなー栞那ちゃん♪ いくらセシルちゃんだって、とんでも連中全員分を完☆璧に防ぐのは厳しーぜ♡」

「おい」

 栞那の声が低くなる。わずかに細められた目に浮かんだ苛立ちを見て、セシルはケタケタと笑った。

「妊婦にストレスは天敵だぜ♪ でもね栞那ちゃん、セシルちゃんにも限界はあるのはホントだよ☆」

 そこで言葉を区切って、ピッと指を一本立てる。

「栞那ちゃんとの約束通り、妊娠中の影響はセシルちゃんが全身全霊をかけて守ってあげるから大丈夫♪ けど、生まれた後はそうもいかねーぜ?」

「……」

「生まれたての赤子を魔術でガッチガチに保護しちゃうとどうなるか、栞那ちゃんなら分かるよね♪」

 栞那の返事は、ない。それこそが雄弁な返答だった。

 魔術で保護された赤子は、魔術しか認識しなくなる。これは魔術師の血塗られた歴史の中で、証明されてしまった事実だ。魔術に少なからず縁を持つものであれば、その悲惨さと共に必ず教え込まれる。

「だから、生まれた後、特に7年だよね♪ この国にもあったでしょ、「7つまでは神のうち」とかなんとか☆ そこまでの間を異世界邸で過ごすなら、絶対に影響があることを分かった上で育てるしかない♡」

「だろうな」

 ふっと、息を吐き出して。栞那は前髪をかきあげた。

「そこはもう覚悟の上だし、管理人と那亜には巻き込まれてもらうよう話はつけてる。……そもそも翔の子供達だぞ、何かしらやらかすのは想定内だ」

「悠希ちゃんは〜?」

「あいつはあいつで最近妙な趣味に目覚めたろ」

「あ〜……そうだね〜」

 ユーキちゃん作戦の主犯の一人であるフランがやや間を開けたが、頭の中で色々考えているらしい栞那にはなんとかバレなかったようだ。セシルもちょっと冷や汗かいた。

「じゃあ、赤子のことは適宜対策しながらってことだね♪ いきなり医務室の主がいなくなるかもってのはみんなに通達しとくぜ☆」

「頼んだ。あたしもすぐに交代できる体制は早めに用意しておく。……後は悠希だな」

「悠希ちゃんは〜、私たちもいるし〜、フミフミ君も面倒見るつもりでいるから大丈夫じゃな〜い〜?」

 フランが首を傾げた。そもそもほとんど自活できている悠希を栞那が心配している理由は、これまた魔術的なものである。セシルは苦笑した。

「栞那ちゃん、もうこっち側戻って来ちゃえばいいのに♪」

「却下。あたしは医者で翔の妻だ。そこは譲らん」

「栞那ちゃんって、ホントおっとこまえ♪」

 ケタケタ笑うセシルを白けた目で睨み、栞那は腕を組む。

「例の魔石がある以上は常にセシルがバックアップできる方がいいし、身の安全のためにも異世界邸にいるしかないっちゃないんだが。……あの一件がなけりゃ、一時的に翔と住んでもらおうかと思ってたんだが──」


「ぜっっっっったいに、嫌です!!!!!」

 

 どんな時でも元気いっぱい、思春期真っ盛りの叫び声が、医務室に響きわたった。

「……悠希」

 しかめ面を通り越した呆れ顔で栞那がドアの外を見た。ちょうど帰って来たばかりなのか、私服に着替えた悠希がいつになくまなじりを吊り上げて栞那を睨みつけていた。

「絶っ対に嫌ですからね! あのど変態と一つ屋根の下で暮らせとか、生理的に無理です! なんで今更そんなこと言いやがるんですか!!」

「今だからだろ」

 わざとだろう、栞那が突き放すように言って悠希と向き合った。

「思春期だからと好きにさせてたあたしも悪いが、いい加減にここらで腹括れ」

「はあっ!?」


「生まれてくる弟妹の前でも、そうやって父親憎しでいる気か?」


「……!!」

 栞那の言葉に、悠希がひゅっと息を吸った。ぐしゃりと、顔を歪める。

「……っ、ずるい……っ」

「時間は十分にあっただろうが」

 泣きそうに絞り出された言葉にも容赦ない栞那の返事に、悠希はぐっと両手を握る。そして、きっと栞那を睨みつけた。

「……っとにかく自分は絶対に絶対にあの野郎のところになんて行きません! 自分の家はここです! 無理矢理追い出そうってったってそうは行きませんからね!!」

「おい──」

 栞那が何か言いかけたが、それより先に悠希は挨拶もなしに部屋を飛び出して行った。それを見て、呆れ顔のまま腕を組んでため息をつく。

「……馬鹿娘が」

「わー、珍しい親子喧嘩だったね〜」

「ねー、お邪魔しちゃったぜ♪」

「よく言う」

 呆れ気味にセシルを一瞥した栞那はあまり動じていない様子で、手元のノンカフェインコーヒーを飲み干した。

「……あたしらを無理矢理同意もなしにこの邸に放り込んだ経緯については一発と言わず二発三発くらい殴る程度には翔が悪いがな。その後についちゃ、言ってしまえば単身赴任の父親と変わらん。金銭的にも一度も苦労させられてないのに文句を言うなぞ、ガキの甘ったれだ」

「わ〜手厳しい〜」

「でも正論だね♪ けどじゃあ、なんで栞那ちゃんは今までそのまま好きにさせてたんだい?」

 セシルは率直な疑問をぶつけた。実際のところ、きっちり現実を見据えて動くタイプの栞那が、これだけ理路整然とした事実をぶつけずに悠希の反抗期を見守っていたのは少し不思議な気がしたのだ。

「あー……まあ……切っ掛けがな」

 と、栞那が少し表情を崩し、気まずそうなものにした。

「切っ掛け〜?」

 フランが首を傾げる。視線を泳がせた栞那が、不意と視線を窓の外へ向けた。

「……そもそもの反抗期の始まりが、学校でよくある『名付けの由来をご両親に聞いてこよう』という課題だったんだ」

「……あ〜、なるほどぉ〜……」

「え、なになに? どゆこと?」

 いきなりテンポダウンして納得してしまったフランに首を傾げる。ありがちな問いかけであそこまで拗らせる理由がよくわからない。

 セシルが理解していないと見て取った友人二人が、無言で顔を見合わせた。視線で何やらやり取りをした後、栞那が深々とため息をつき、説明する。

「悠希がその課題を持ち帰った時、あたしは異世界邸のバカどもの治療で忙しくて、そこに偶然忍び込んだ翔がいて、宿題を早く片付けたかった悠希が、聞いちまったんだよ」

「……かーくん、そういうのホント〜に不器用だもんね……」

「それで、あの馬鹿夫は率直に隠しもせずに、こう言ったらしい」


『俺にとって何よりも……世界よりも自分の命よりも大切な二人の名前からつけたんだよ』


「……ってな。一応念のため付け加えておくと、あたしとあいつの家族の誰でもない」

「かーくん知ってたら、そうだよね〜って感じだけど、お年頃のお父さん大好きな娘さん的にはナシだよね〜」

 栞那とフランが死んだ目で言葉を結んだところで、セシルの限界はきた。

「ぶっ、あっははははは! 悠希ちゃんそうだったんだー♪ かーわいーね☆」

「まあそういうわけで、流石に悠希も少し気の毒だってことで見逃してたんだけどな。何も知らない弟妹まで巻き込むのはナシだ。そこは翔も一応分かってはいるんだろうが……」

 はあ、とため息をついて、栞那が続ける。

「あいつはこういうことに関しては拗らせる方法しか知らん。ぶっちゃけ悠希が大人になるしか解決方法はない」

「ひどい話だね♪」

「かーくんは友人なら楽しいけど、家族にするにはいろいろ面倒くさいもんね〜」

 好き放題煽るセシルとフランを軽く睨むも、栞那はにっと悪い笑みを返してきた。

「酷い言われようだが、事実でしかないから仕方がないさ。……とはいえあたしの見立てじゃ、悠希もあたしと同じくそういう男に引っかかりやすいタイプと見てるから、どうにかなるとは思うけどな」

「え〜……そっちの男の趣味の方が、矯正の優先順位高いと思うな〜」

「セシルちゃんも同意見だな♪」

「どういうことだコラ」

 悠希の乱入でやや引っ掻き回された空気が、ようやく元通りのかしましい女子会に戻る。無責任に他人の娘で盛り上がり、セシルとフランの汚部屋問題で盛り上がり、話は次から次へと脱線しながら盛り上がっていった。

 短くない時間を過ごし、そろそろお開きと腰を浮かせた際に、セシルはふと思い出して聞いた。

「そうだ、栞那ちゃん♪」

「ん、なんだ?」

「そろそろ性別ってわかったのかい? 流石にまだ?」

 医学の分野でも、確か早ければそろそろ性別が判明する時期に差し掛かっている。もちろん確実ではないだろうし、なんならセシルがその気になれば「見る」ことは可能だが、栞那が嫌がるので言い出すこともしていない。だからこその問いかけに、栞那は軽く笑って頷いた。

「暫定ではあるがわかってるし、だからずっと言ってるだろ」

「ほえ?」


「悠希の「弟妹」ってな」


 楽しげに笑って膨らみ始めた腹を撫でた栞那に、セシルは一瞬固まって、吹き出した。

「あははっ、そりゃー賑やかになるねえ♪」

「ホントだね〜」

「ああ、ちなみに悠希と翔にはギリギリまで黙ってる予定だから、そのつもりで頼む」

「わかった〜」

「りょーかい♪」

 この期に及んでさらにサプライズを仕掛けようとするいたずら好きな友人の悪ふざけに存分に悪ノリすることを、セシルとフランはハイタッチで誓い合って、女子会は終わりを告げた。 


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