サンタさんと脱出ゲーム!【Part夙】
シャンシャンシャン! シャンシャンシャン!
ジングルベール! ジングルベール!
空間という概念がなく、時間や距離が曖昧な次元の狭間。どうやってかそこに存在している煙突つきの一軒家から愉快な音楽が漏れ聞こえていた。丁度いい塩梅に積雪した庭には色鮮やかな飾りつけがされている。
世間ではもうすぐ十二月二十四日。『クリスマス』と呼ばれる二日間が幕を開けようとしていた。
「さぁーて、『クリスマスだよ☆マジのサンタクロースがお届けするプレゼント大賞』のセレクトをスタートするデース!」
「スタートするデース!」
一軒家のリビング。ムキィ! とはち切れんばかりの筋肉の上から真っ赤な衣装を纏った老人が、たっぷり蓄えた白い髭を擦りながらテンションを上げて宣言した。その隣では赤いミニスカ衣装の金髪ツインテールの少女が、これまたテンション高く拳を振り上げている。
「お爺サマ、腰の調子は大丈夫デース?」
「ノープロブレム! ここ三年ほど平和なクリスマスが続いたおかげでノーストレスで過ごせてマース!」
ぐっとサムズアップしてキラリと白い歯を見せて笑うサンタクロース。すると金髪ツインテの少女――サンタクロースの孫娘でありサンタ見習いのミリアは、どこか遠い眼をして窓の外を眺めた。
「あのジャパニーズモノノケハウスにゴーしないだけで、ずいぶんとイージーだったデース」
「チョーヘンにインしてコーシンマチになっているおかげデース。もうエターナルにそうなっててほしいデース」
サンタクロースも三角筋をムキムキさせて肩を竦める。二人して長く深い溜息を吐いた後、気を取り直してミリアが明るい笑顔を浮かべた。
「お爺サマ、早くプレゼント大賞をセレクトしてしまいまショウ!」
「イエース! ミリアの言う通りデース! あ、そうそう。今年からセレクト演出をリニューアルしたのデース!」
サンタクロースも負けじと笑うと、ぽふんとマヌケた音を立てて空中にプレゼントボックスを出現させた。赤と緑のリボンで綺麗にラッピングされたその箱は触ってもいないのに勝手に開き――シュッと。一枚の封筒を吐き出した。
サンタクロースはクリスマスカラーで彩られた封筒を手にし、じらすように封を開ける。去年までは味気ないA4用紙だったが、今年からは違う。封筒の中には短冊のような細長いクリスマスカードが入っており、そこに抽選に選ばれた子供の名前と年齢・住所・欲しいものが書かれているのだ。
「さあ、今年最初のラッキーピュアボーイorピュアガールは――ジャララララララ、ジャン!」
「ホワッ!? こ、ここここの文字はまさか!?」
ちらりと見えた最初の文字に、サンタクロースは本能的に手を止めてしまった。思い出したくもない嫌な記憶がフラッシュバックしそうになったところで、ミリアがサンタクロースの割れた腹筋をペチペチ叩いて正気に戻してくれた。
「お、落ち着いてお爺サマ!? まだ一文字目デース!?」
「そ、そうデースネ。ふう……ふう……よし、次の文字は」
深呼吸をして気を取り直し、サンタクロースは恐る恐るカードを引っ張った。
「ホワァアアアアアアアアアバババババババババッ!?」
「お、おおおお落ち着いてお爺サマ!? まだ苗字だけデース! 伊藤さんならジャパンにたくさんいマース!」
「そ、そそそそうデースネ。ハフッ……ハフッ……」
大丈夫まだ決まったわけではない。そう自分に言い聞かせてサンタクロースは途切れそうになる呼吸をなんとか整え、意を決してカードを封筒から出――
「ホワワワワワワワワワワワワもうダメ確定デースまたあのハウスおぐぅ!? こ、腰が……」
「お爺サマ!? お、オーライオーライ! ラストまで! 念のためラストまでチェックするデース!」
「ソソソソソソウデスネ! フヒュー……フヒュー……」
サンタクロースはマナーモードのようにバイブレーションしつつ、過呼吸になったままついにカードを封筒から取り出した。
「……」
「……」
サンタクロースとミリアは数秒間硬直すると、何度もカードに書かれてある名前を確認し合った。目をゴシゴシ擦って最後の文字が『の』ではなく『み』であることを認めると、二人して脱力したようにソファへと倒れ込んだ。
「な、なんてデンジャラス! まったく驚かせてくれマース!」
「一文字違いで助かりマシタ」
「伊藤このみちゃん(8歳)にはMantendo Sketchの他にも素敵なプレゼントを詰めておきマース」
サンタクロースは飛び跳ねるようにしてソファから立ち上がる。それからバキバキっと背伸びをし、まだ空中に浮遊しているプレゼントボックスを見やった。
「どうやら今年も問題ナッシングのようデース。さあ、二人目のラッキーピュアボーイorピュアガールは――ジャララララララ、ジャン!」
プレゼントボックスから封筒を受け取り、カードを取り出したサンタクロースはそこに書かれていた内容に眉を顰めた。
「ホワッツ? 年齢が文字化けしてマース? まあいいや。あのガールじゃなければ」
「ま、待ってくださいお爺サマ!? アドレスが!?」
と、ミリアがなにか恐ろしいものを見つけたように震える指でカードに書かれてある住所を指した。
「アドレス? HAHAHA! ミリア、なにを怖がっているのデース? このネームからしてジャパニーズじゃないから別の国dんぎゃあああああああああああああああああああああああッ!?」
バキバキバキゴキュアッ!?
「お爺サマの腰から聞こえちゃいけないサウンドが!?」
住所を見たサンタクロースは脊髄反射で体が捻じ曲がり、大腰筋を破壊するがごとき爆音を響かせて引っ繰り返るのだった。
異世界邸。
そこは、サンタクロースにとって地獄よりも恐ろしい場所。できれば関わりたくなかった魔窟。三年間コーシンマチの封印が施されていたアンタッチャブル。
だが、こうして選ばれてしまったからにはサンタクロースの使命からは逃れられない。嫌でもその邸へと赴き、子供にプレゼントを渡さなければならないのだ。
ピュッとプレゼントボックスから次の封筒が飛び出す。
「お、お爺サマ、気持ちはわかるデスが続きを! もう三人目もアウトプットされてマース!」
「ちょ、ちょっとタイム……ミリア、代わりに……」
腰を押さえてなめくじのように床を這っているサンタクロースに頼まれたミリアは、仕方なく三人目のカードを封筒から取り出した。
「ぴゃああああああああああああああああああああああッ!?」
***
十二月二十四日。クリスマス当夜。
『エマージェン――』
ちゅどぉおおおおおおん!!
三年振りにエマジェンちゅどんされた航空自衛隊の偵察機を後目に、マッハ30で空を駆けるトナカイとソリは異世界邸の上空へと辿り着いた。
他のプレゼントは配り終えている。これでもしなにかあっても問題ないが、できればなにも起こってほしくないと願うばかりだ。
「よく聞くデース、ミリア」
「イエス、お爺サマ」
ソリに立って並んだサンタクロースとミリアは異世界邸を見下ろし、ゴクリと生唾を呑んだ。恐らく今年も大量の罠が仕掛けられているはずだ。もしくは非常識な存在が待ち伏せしているか。あるいはその両方か。
「あのジャパニーズニンジャハウス……もといジャパニーズモノノケハウスには、パッとゴーしてプレゼントをスッとプットしてサッとリターンするデース。パッ、ゴー、スッ、プット、サッ、リターン。リピートアフタミー」
「パッゴースップッサッリタ!」
「グーッド!」
親指を立ててはにかむサンタクロース。ここでの仕事を完遂するには速さと手際が重要になるだろう。失敗すれば……待っているのは地獄よりもつらいナニカだ。
「前のように待ち伏せされていては敵いまセーン。サンタクロースマジック――ディープスリープ!」
聖夜パワーで邸全体に魔法をかける。今夜限りという制約はあるが、たとえ魔王クラスの存在だろうと一瞬で深い眠りに落ちる技だ。それでも安心できないのがあの邸の怖いところだが、ひとまずこれで多少の物音を立てようとも問題ない。
「よし、これで全員ぐっすりスリープしたはずデース。でも油断はタブー。最初から聖夜パワーマックスで突入デース! いつもはなぜか張られているシールドごと物理的に屋根を突き破りマースが、ここはパッとテレポートを使いまショウ。まずはボーイの方から!」
「レッツゴーデース!」
ミリアの号令で二人同時にソリから飛び降り、白く神々しい輝きが包み込む。
パッ!
光が収まると、景色が一変していた。
「さてここがグリメルボーイのルーム……んん?」
「お爺サマ、ワタシたちハウスの中にインしたはずデースよね?」
そこは狭いアパートの一室――ではなく、ちょっとしたホールほどもある広々とした空間だった。石畳の床に壁。均等に配置された松明が照らすそこは、どこかの遺跡の中にも思える。
明らかに、おかしい。
転移先を間違えた? いや、流石に見える範囲の座標をミスるほどサンタクロースは耄碌していない。
だとすれば、転移に干渉されたのだ。
『クックック、かかったなサンタクロースよ!』
怪しい笑いが聞こえたかと思えば、頭上に褐色の肌をした十歳くらいの少年が浮かび上がった。
「ホワッツ!?」
「誰デース!?」
身構えるサンタクロースとミリア。ホログラムだろうか。姿はあるが半透明であり、実体がないことは見てすぐにわかった。
少年は勝ち誇ったようなドヤ顔で口を開く。
『余は『迷宮の魔王』グリメル・D・トランキュリティ。このサンタ捕縛用地下迷宮の創造主なのだ!』
「そのネームはプレゼント抽選の」
「あ、思い出しマシた! サンタクロースマジックで別ディメンションにポイってしてもカムバックしちゃうチャイルド魔王さんデース!? あれ? なんか前よりすごくグロウアップしてるような……?」
いつも警戒していた伊藤こののじゃないからと甘く見ていた。まさか魔王だったとは。油断はタブーと言った傍からこれでは笑い話にしかならない。
『ここを出たければ余の迷宮を攻略するのだ。製作時間が足りなかったから五階層しかないけど、各階層に設定されたミッションをクリアして最上階を突破すれば外に出られるぞ』
「好き勝手迷宮作る場所もうあるじゃないデースか!?」
『サンタが来る今夜だけという条件でこののと一緒に管理人に頼み込んだのだ』
最初から迷宮の中に潜んでいたのだとすれば……なるほど、邸全体を聖夜パワーで包んでも意味がなかったわけである。伊藤こののは当然として、他にも厄介な住人たちが待ち構えていそうだ。
『夜明けまでに脱出できればサンタクロースの勝ち。できなければ余たちの勝ちなのだ。その時は大人しくプレゼントをいただくぞ』
「そんなことしなくてもプレゼントはあげマース! だから帰してくだサーイ!」
『それだとつまんないだろう。余はサンタと遊びたいのだ』
ミリアが抗議するが、プイッとそっぽを向かれて一蹴された。
『チュートリアルはあるから安心するといい。では、健闘を祈るぞ』
尊大な態度の子供魔王はそれだけ言い残して姿を消した。彼がラスボスだとするならば、恐らく最上階に陣取っているのだろう。伊藤こののも一緒かもしれない。
「はぁ、まったく付き合ってられまセーン。ミリア、聖夜パワーでテレポートするデース」
「イエース、お爺サマ!」
元気よく返事したミリアがサンタクロースマジックを発動させるが――
「あ、あれ? テレポートできまセーン!?」
白い輝きは一瞬だけ灯ってすぐに霧散してしまった。
「どうやらこの迷宮のルールが聖夜パワーを上回っているようデース」
「聖夜のサンタクロースに不可能はナッシングなのでは!?」
そのはずだが、と唸ってサンタクロースはその辺の壁を調べ始めた。頑丈だが破壊は可能だろう。だが、ここが地下であるなら壁を壊して脱出する手は使えない。
「これは標準世界にはナッシングなメタリアルデース。もしかするとここは、異空間か異世界? いえ、聖夜パワーが全く使えないわけじゃないから、それらの要素がミックスされたスペースかもしれまセーン」
「対策されてるってことデースカ?」
少なくとも出力が半減以下にされてしまっている。これでは次元渡りはもちろん、空間転移や大規模なマジックも使えない。それ以外のサンタクロースマジックなら問題なさそうだ。
「聖夜パワーがダウンしてるなら仕方ありまセーン。彼らのゲームに付き合うとしまショウ」
サンタクロースが諦めて溜息を吐いた時、ピロロローン! と妙に間抜けた電子音が部屋全体に鳴り響いた。
【異世界邸クエストの世界へようこそ! まずは迷宮を攻略するための職業を選んでね!】
「ホワッツ!? 空中にスクリーンが!?」
「これがチュートリアル? なんだか本当にゲームみたいデース」
サンタクロースとミリアの目の前にそれぞれ小さなウィンドウが表示される。そこにはスクロールするほど様々な職業が羅列されていた。こんなものを現実に生み出せるとは、流石は魔王と言うべきか。
「この中からジョブをセレクトしろと? ミーたちにはもう『サンタクロース』というジョブがあるのデースが」
「剣士、武闘家、魔法使い……むむむぅ、これはなかなか悩みマース」
魔法剣士や賢者など最初から上位っぽい職業もチラホラ見える。どうせ選ぶなら強い職業がいい。そう思いながら指でフリックしてウィンドウをスクロールしていたサンタクロースは、ある一点でピタリと停止させた。
これは、と思った職業を選択する。【この職業でよろしいですか?】と親切な確認メッセージがポップしたので、迷わず【はい】をタップ。
「ミーは決めたデース」
「ワタシもこれに決定しマシタ!」
瞬間、二人の姿が光に包まれた。聖夜パワーのような神々しさはないが、体が完全に見えなくなるほど強烈な輝き。
それが弾けて消えた時、二人の姿はサンタの衣装ではなくなっていた。それぞれ自分の姿を見て満足げに笑みを浮かべると――シュッ! 両腕をピンと頭上に伸ばしてカッコよさげなポーズを取った。
「「ジャパニーズニンジャデース!!」」
サンタクロースは鎖帷子に黒装束と頭巾。ミリアも同じく鎖帷子に赤装束と頭巾。二人は色が違うだけの同じ格好だった。
「お爺サマどうしてニンジャをセレクトしたんデース!?」
「ミリアこそもっとキュートなジョブがあったでショウ!?」
「ジャパニーズニンジャこそ最強デース! 異論は認めまセーン!」
「わかりマース。ミーもこれが最強のジョブだと思ってセレクトしマーシた」
「ハッ! 最強がダブルならより最強デース!」
「アイシー、ニンジャなミーたちならこんなダンジョン楽勝デ――ミリア!?」
サンタクロースは咄嗟に孫娘を突き飛ばす。すると、さっきまで彼女がいた場所に巨大な獣の腕が振り下ろされた。
その腕をサンタクロースは転がって掻い潜ると、腰を抜かしていたミリアを抱えて距離を取る。
ピロロローン!
【ミッション1『ペットとの戯れ』――次は選んだ職業で実際にバトルしてみよう】
どうやらチュートリアルが進んで最初のミッションが開始されたらしい。いきなり実戦でのバトルとは不親切だと思ったが、退屈しやすい現代人らしい配慮とも言える。
とにもかくにも、敵が現れたのなら戦うしかあるまい。
一体どんなモンスターが……と警戒しつつ、サンタクロースは腰からクナイを抜いて構えた。
「ようやく……ようやくである。我輩の『番狼』としての見せ場を遺憾なく発揮できる時が来たのであーる!」
襲撃者はゾウほどの巨体を持つチワワだった。
「ホワット!? ビッグなチワワデース!? ワタシ、前にも見た気がしマースが……もふもふデース!」
ミリアが若干興奮気味に叫んだ。アレは異世界邸で飼われているペットだろう。本当になにからなにまで規格外な邸である。
「ノルデンショルド地下大迷宮(サンタ捕縛専用版)第一階層支配者――『鮮血の番狼』。名はジョン。押して参るであーる!」
可愛らしいチワワとはいえその巨体。牙も爪も凶悪な武器となってサンタクロースたちに襲いかかる。『ペット』とかいうレベルではない。
「フッ、こんなチワワなどジャパニーズニンジャのエネミーじゃありまセーン!」
サンタクロースは素早くクナイを投げる。が、突進するチワワの体毛にあっさり弾かれて床に転がった。
「シット!? ニンジャのアタックが全然効いてまセーン!? 調整ミスを訴えマース!?」
そのまま噛みつこうとするチワワをサンタクロースは丸太のような両腕で受け止める。凄まじいパワーだが、聖夜のサンタクロースに不可能は(あまり)ない。筋肉をムキキィ! と膨張させ、チワワを持ち上げて投げ飛ばした。
「流石ジャパニーズニンジャデース!」
「今のはニンジャ関係ナッシング!?」
チワワは空中で身を捻って猫のように着地する。
「なかなかやるのである。だが、番狼のプライドにかけてここは通さないのであーる!」
パカリ、と。開いたチワワの大口からオレンジ色の炎が勢いよく吐き出された。
「ホワッ!? このドッグ、ファイアブレスしてきマース!?」
凄まじい熱量。直撃したらただでは済まないだろう。こんなのチュートリアルじゃない。
ピロロローン!
【身代わりの術を使って回避しよう】
「なにそれどうやればいいんデース!?」
「ソーリーお爺サマ! ニンポー! 身代わりの術デース!」
ミリアがサンタクロースの背中に隠れる。
「ミーが身代わり!?」
だが、孫娘の盾となるなら本望。サンタクロースは聖夜パワーを全身に纏わせて炎を受け止めた。
「ふんぬらぁあああああああッ!」
炎の軌道を腕力で無理やりねじ曲げて天井を焦がした。
「馬鹿な!? 我輩の炎が!?」
ピロロローン!
【モンスターは怯んだ。今がチャンス。きびだんごの術で攻撃しよう】
「きびだんごの術ってなんデース!?」
「ワタシ聞いたことがありマース。ジャパンの童話で『モモタロー』というものがあって、不思議なフードでアニマルをトレーニングしたとか――ハッ! わかったデース! お爺サマ! ここはワタシに任せてくだサーイ!」
そう言ってサンタクロースの横をミリアが駆け抜けた。聖夜パワーを使って召喚した白い大袋――異次元に繋がっているサンタクロースアイテム――に手を突っ込みながら、チワワに向かって直進する。
「ミリア、どうするつもりデース!?」
「ワンちゃんには……これデース!」
彼女が大袋から取り出したのは、クリスマスカラーのリボンで可愛くラッピングされた、漫画にでも出て来そうな大きくて太い――
「そ、それは、美味しそうな骨である!?」
だった。
「フッフッフ、これは特殊なルートで取り寄せた異世界マンモスのスーパー高級なボーンなのデース!」
「なんと!」
チワワの眼の色が変わったのを見逃さず、ミリアは手に持った骨を右へ左へと動かす。チワワの視線も骨をロックオンしたまま右左。右前足がひょいひょいと虚空を搔いているのは、無意識にお手をしているのだろう。よく訓練されている証左だ。
「ニンポー! きびだんごの術! 取ってくるデース!」
「わんわんわおーん!」
ミリアが骨を部屋の後ろへとぶん投げると、人語を忘れたチワワは涎を巻き散らしながら一心不乱に骨を追いかけて行った。
ピロロローン!
【ミッションコンプリート! これでチュートリアルはクリアだよ。二階層の階段を開くね】
「やりましたお爺サマ! 次へゴーしましょう!」
「チュートリアル、これでオーケーなのデース……?」
きゅっと拳を握ってドヤ顔を決めるミリアに促されるまま、サンタクロースは奥の壁が開いて現れた階段へと駆け込むのだった。
***
第二階層に上がると、景色が一変した。
石壁に囲まれた簡素な部屋ではなく、太陽照りつける青空が天井いっぱいに広がっていたのだ。地下迷宮なのに空? と疑問に思うかもしれないが、異世界にある迷宮だと割とポピュラーな設定だ。サンタクロースも昔、バカンスで異世界旅行した時に一度だけ体験しているから驚きは少ない。
「ここは……スクールのグラウンド? ワタシの通っているところよりワイドな気がしマース」
ミリアが物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回した。変わったのは天井だけではなく周りも全く別物になっている。このような空間を創り出すとは流石魔王と言ったところか。
ブランコやシーソーなどの遊具が設置されているところを見るに、日本の小学校がモチーフとなっているのだろう。そしてサンタクロースたちが立っているグラウンドの中央には、白線でなにかのコートが描かれている。
ピロロローン!
【ミッション2『デス・ドッジボール』――対戦相手を全員アウトにしたらクリアだよ】
例によって目の前にメッセージウィンドウが表示された。
「ホワッツ? ドッジボール? バトルじゃないの? あのチュートリアルはなんだったのデース?」
「で、『デス』って書いてありマース。ワタシ、なんだか嫌な予感しかしまセーン……」
嫌な予感はサンタクロースも同感だ。そもそも異世界邸で魔王が作った迷宮など、こちらにとっていいことなど一つもあるはずがない。
グラウンドの地面が円形に開き、二人組の何者かが競り上がってくる。
「ここでサンタを倒せばプレゼントが貰えると聞いてきたが……このボールを敵にぶつけりゃいいのか?」
「相手はサンタとはいえ、老人に女子供。我らにだって良心はあるのだぞ。流石に本気を出すわけにもいくまい」
それは赤い鱗をした人型の竜と、全身を機械に改造された男だった。見覚えは……あるようなないような。
二人組と目が合う。
「……」
「……」
「……」
「……」
「「なんで忍者? サンタは?」」
「「最初にジョブをセレクトさせられたんデース!?」」
首を傾げる竜人と機械男にサンタロースとミリアのツッコミがハモった。
「とにかくドッジボールでユーたちに勝てばクリアデース。ミッション内容はわかりやすくて助かりマース」
「ハン、じいさんよぉ、そんな簡単に行くと思ったら大間違いだぜ」
竜人が手に持っていたボールを大きく振り被る。彼らが先行なのは納得いかないが、ここが敵陣で向こうがルールなのだから文句を言っても仕方ない。
ピロロローン!
【バトルスタート!】
「死にさらせオラァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
竜人がサンタクロースにも負けない筋肉でボールを全力投球する。ボワッ! とそのボールが空中で突然発火したかと思えば――
「ゴブファアッ!?」
隣にいた機械男の顔面に直撃。ちゅどぉおおおおおおん! となぜか聞き慣れた音で大爆発を起こした。
「あれ?」
ポカンとする竜人。サンタクロースとミリアも身構えたまま目が点になっていた。
「どこ投げてやがるこのノーコントカゲ野郎!?」
「う、うるせえ!? 今のは手元が狂っただけだ!?」
プスプスと焦げ臭くなって戻ってきた機械男に、竜人はバツが悪そうに腕を組んでそっぽを向いた。あの爆発で生きているとは頑丈すぎる。
「貴様はボールに触るな! 我が投げる!」
「ミリア、気をつけるデース」
「い、イエス、お爺サマ!」
渋々下がった竜人を一瞥した機械男がボールを構える。
「案ずるな。死ぬほどのパワーでは投げん」
その構えが『振り被る』のではなく前方に『突き翳す』形であり、なにやらガコンガコンと機械の駆動音が聞こえ――
「発射ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
砲弾のようにボールを掌から射出した。目にも留まらぬ剛速球で空気を切るボールは、突然くいっと方向転換し、機械男の背後に立っていた竜人の顔面に直撃した。
ちゅどぉおおおおおおん!
やっぱり爆発した。
「しまった。デフォルトでトカゲ野郎をターゲットにするよう設定していたのを変更し忘れていた」
「ふざけんじゃねえぞこのポンコツ野郎がぁあッ!?」
爆煙から飛び出した竜人がボールを機械男目掛けてぶん投げる。ちゅどぉおおおおおおん。
「このくらいのミスは許容しろ心の狭いトカゲが!?」
機械男も負けじとボールを投げ返す。ちゅどぉおおおおおおん!
ちゅどぉおおおおおおん!
ちゅどぉおおおおおおん!
ちゅどぉおおおおおおん!
ちゅどぉおおおおおおん!
ピロロローン!
【ミッションコンプリート! 第三階層の階段を開くね】
「ミーたちなにもしてまセーン!?」
「でもラッキーデース、お爺サマ! 巻き込まれる前に早く次の階にハリーアップ!」
納得いかないサンタクロースだったが、ミリアの言う通りこのまま残っていてもいいことはない。当たったら爆発するボールで真面目に死合をしたいわけでもないし、迷宮の気が変わる前にさっさと階段を登ることにした。
***
第三階層。
【ミッション3『デス・大繩ケンケンパ』】
そこは大きく振り回される電流の縄を回避しながら、溶岩の海に立つ足一本しか置けないほど細い石柱の上を一つずつ跳び渡って向こう岸に辿り着くステージだった。
対戦相手こそいないが、『デス』とつけるだけあってステージ自体が危険すぎる。
「ぴゃあああああっ!? お爺サマ!? ヘルプ!? ヘルプミー!?」
石柱に片足立ちしたミリアがバランスを崩して腕をバタバタさせる。
「ニンポーを使うデース、ミリア! ニンポーでバランスを整えるデース!」
「い、イエス! ニンポー……え? なんの術を使えば? ハッ! 聖夜パワーで浮遊できマーシタ!」
「薄々わかってたけどこのジョブ格好だけデース!? 結局聖夜パワー頼りデース!?」
「お爺サマ後ろ!? エレクトロのロープが!?」
「ホワッツ? ほぎゃあああアバババババババババババババ!?」
「ワタシもアババババババババババババババ!?」
そうして何度も黒焦げになりながら、サンタクロースとミリアはどうにか生きて向こう岸まで渡り切った。
ピロロローン!
【ミッションコンプリート! 第四階層の階段を開くね】
***
第四階層。
【ミッション4『デス・かごめかごめ』】
「ここのチャイルド、ネーミングに『デス』ってつけたがりデース!?」
そこはただひたすらに真っ白でなにもない部屋だった。二階層や三階層に比べると手抜き間が否めないが、地平線が見えるほど広い空間を生み出しているのだから途方もない。
こんなだだっ広い空間でなにをさせられるのかと思えば、どこからか集まってきた同じ顔をしたケモ耳の少女たちがミリアと手を繋ぎ、輪っかになってサンタクロースを囲んだのだ。
「わふわふ」
「わふわふ」
「わふわふ」
三十人はいるだろうか? 『かーごめかごめ、かーごの中の鳥は~♪』とどこかから流れてくる曲に合わせ、彼女たちはサンタクロースの周りを回転し始めた。
「お爺サマ、これはジャパンのチャイルドたちの間でトレンドになっている『かごめかごめ』というゲームデース! 真ん中の人はしゃがんでアイをクローズさせて、ミュージックがストップした時にバックにいる人のネームを当てるとウィンできマース!」
「ジャパンのゲームに詳しすぎマセンかミリア!?」
だが、おかげでゲームのルールはわかった。サンタクロースはすぐに屈んで目を閉じると、全神経を聴覚へと集中させる。
「わふわふ」
「わふわふふ」
「わっふわふ」
少女たちは「わふわふ」と鳴いているだけで言葉がわからない。同じ顔をしているが、一体どういう生き物なのかさっぱり謎だ。
『後ろの正面だーあれ♪』
ピタリ、と『れ』のタイミングでミリアたちが止まる。ここでサンタクロースが後ろにいる人物の名前を当てればミッションクリアなのだが……
「――ってこのわふわふ言ってるチャイルドたちのネームなんてドンノウ!?」
【ぶっぶー。ハズレたのでおしおきだべ~】
ちゅどぉおおおおおおん!?
「ノォオオオオオオオオオオオオオッ!?」
名前を外すとサンタクロースは謎の爆発に巻き込まれるらしい。爆煙が髑髏の形となって噴き上がるほどの威力。聖夜パワーの防御力がなければ死んでいた。最近の子供容赦なさすぎる。
そのまま約三十分。『ミリア』しか呼べる名前のないサンタクロースは彼女が後ろに来るまでなんとか爆発に堪え切ったのだった。
ピロロローン!
【ミッションコンプリート! 第五階層の階段を開くね】
メッセージウィンドウが開いてファンファーレが鳴り響くと、同じ顔をしたケモミミ少女たちは四足歩行でどこかへと去っていった。
「お爺サマ、結局あの子たちはなんだったんでショウ?」
「シンキングしても疲れるだけデース。それよりシノービショーゾクがもうボロボロになってマース。ジョブの意味がナッシングデースし、次のフロアにゴーする前にサンタクロースにリターンしまショウ」
「イエス、ワタシもジャパニーズニンジャ飽きてきマーシタ」
サンタクロースが鎖帷子と忍び装束を脱ぎ捨てると、それらは光の粒子となって霧散してしまった。迷宮の魔力によって形作られていたようだ。となると、忍者服のままクリアして外に出てしまうとスッポンポンになってしまうところだった。
爆発に堪え切った筋肉をもみほぐしてからサンタ衣装に着替えると、ミリアが自分の服を抱えたままジトーとサンタクロースを見詰めていた。
「ミリア、どうしたんデース?」
「お爺サマ、あっち向いててくだサーイ」
「オゥ……」
孫娘とはいえ年頃の少女だ。肉親だろうと着替えを見られるのは恥ずかしいに決まっている。そこまで気が回らなかったサンタクロースは「ソーリーソーリー」と苦笑してミリアに背を向けた。
真っ白な空間には本当になにもなく、五階層へ繋がる階段だけが目の前にある。次でようやくラストだ。最後はグリメルボーイと、恐らくこののガールも待ち構えていることだろう。
今までのミッションは、ペットと戯れる、ドッジボール、大縄跳び&ケンケンパ、そしてかごめかごめ。子供の遊びを凶悪にしたようなものばかりだった。最後もきっとこのコンセプトからは外れないはずだ。おにごっこか、それともかくれんぼか。なにが来てもいいようにサンタクロースは知っている限りの『子供の遊び』を脳内で確認しておくことにした。
「ミリア、コスチュームチェンジは終わったデース?」
物思いに耽っていたらいつの間にか数分が経過していた。もうとっくに着替えは終わってもいい頃だが、ミリアから声がかからない。
「ミリア?」
怪訝に思ったサンタクロースが恐る恐る振り向くと――そこに孫娘の姿はなかった。
***
松明の明かりだけが頼りの薄暗い空間で、ミリアは目を覚ました。
「う……ここは、どこデース?」
忍装束からいつものサンタ衣装に着替え終わったところで急に視界が暗転したのだ。どのくらい意識を失っていたのかわからない。とにかく、周りの景色が変わっているから転移させられてしまったのだろう?
「最初のフロア……とは似てるけどちょっと違いマース」
周りを石壁で囲まれている点は同じだが、部屋ではなく通路のようだ。前も後ろも奥の方が闇に包まれていて視認できない。
「ホワット? お爺サマがいまセーン!? お爺サマどこデース!?」
ようやくミリアは自分が一人だということに気がついた。別々に転移させられたのか、それともミリアだけ……
「……だ~るまさんが~こ~ろんだ。だ~るまさんが~こ~ろんだ」
「ぴぃ!?」
通路の奥から聞こえてきた不気味な声にミリアの肩がビクリと跳ねた。
「……だ~るまさんが~こ~ろんだ。だ~るまさんが~こ~ろんだ」
「な、なななななんデースかこのボイスは!?」
無性に背中がぞわぞわする。どこかで聞き覚えのあるような、ないような、そんな声。一瞬祖父かとも思ったが、よく聞かなくても違うとわかる。
ひた
ひた
ひた
奥の闇から静かな足音が徐々に徐々に近づいてきている。頭だけじゃなく全身が『逃げろ』と叫んでいる。なのに、体が震えて言うことを聞いてくれない。
松明の明かりに薄っすらとその人物が照らされた。
「迷い迷えし子羊が、不安を抱えてひた進む。ここは即席迷宮四.五階層――『無限廻廊』。我が君も知らぬいれぎゅらーな空間なりや」
それは、大きな角と肉感的な女体を持った黒毛の羊人間だった。呪具と思われる装飾で局部を隠しただけの怪物が、白い息を吐き出しながらゆっくりとミリアへ歩み寄ってくる。
「だ~るまさんが~こ~ろんだ。だ~るまさんが~こ~ろんだ」
なぜか日本の子供の遊びを口ずさんでいる羊人間には、見覚えがあった。アレは前回ミリアが異世界邸に訪れた時、転移先に先回りされるという最も恐怖を与えられた存在だ。
「あ、あの時のヘンタイさんデース!? ユーがワタシを攫ったんデースか!?」
「お子との戯れは、即ちやつがれの永遠のとれんどである。さあ、遊戯を始めよう。題目は『だるまさんがころんだ』。お子が鬼となり、やつがれの動きを捉えたならば、元の階層へと戻れるだろう」
「こ、これもダンジョンのゲームってことデース? そ、そういうことなら、やってやりまショウ!」
『だるまさんがころんだ』のルールは知っている。鬼は後ろを向き『だるまさんがころんだ』と言ってから振り向く。その間にプレイヤーは鬼に近づき、振り向くと同時に静止。静止できなかった者を鬼が呼び捕まえる。全員捕まえれば鬼の、最後まで捕まらず鬼にタッチできればプレイヤーの勝利だ。
今回は鬼役をミリアがやるらしい。ならばとダッシュで羊人間から距離を取る。
「始めの第一歩!」
羊人間が大股で一歩踏み出す。それがスタートの合図だ。ミリアは後ろを向いて目を閉じる。
「だるまさんが、ころんだデース! ――いない!?」
振り向くと、そこに羊人間の姿は影も形もなかった。通路は一本道で幅も広くない。隠れる場所などないはずだが、どこに消えてしまったのか。
「ただしやつがれに近づかれた場合、その身を持って代償を払ってもらうぞ」
「ホワット!? いつの間に!?」
羊人間はミリアの背後に立っていた。タッチされた感覚はなかったが、羊人間がその手に持っているヒラヒラした物を見てミリアは絶句した。
「手始めに――パンツを頂いた。ふむ、聖夜に相応しき赤き情熱。くんかくんか。では、第二ラウンドと行こうか。次は右の靴下を所望する」
「ぴゃあああああああああああお爺サマぁあああああああああああああああっ!?」
薄暗い通路にミリアの悲鳴が響き渡るのは自明の理だった。
***
第五階層。
「ミィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」
猛烈なスピードで階段を駆け上ったサンタクロースは、勢い余って天井近くまで大ジャンプし、怒りに筋肉を膨張させて第五階層の床をバゴォン! と踏み砕いた。
そこは四階層と同じ真っ白いだけの部屋だった。やはり手抜き感が否めない。突貫で作ったらしいからデザインが間に合わなかったのか、それともサンタクロースたちがここまで到達するとは思っていなかったのか。
「よくここまで辿り着いたのだ。誉めてやろう」
「あのお爺さんが本当にサンタさんだったなんて……」
部屋の中央……かどうかは広すぎてわからないが、そこに二人の子供が立っていた。第一階層でホログラムとして現れた褐色肌の少年と、最も出会いたくなかった黒髪狐耳の少女である。
普段のサンタクロースであれば、いくら相手が手に負えないやんちゃな悪ガキでも真摯に接しただろう。だが、今はそのような余裕など微塵もなかった。
「貴様らァ! ミーの可愛い可愛いグランドドータァーをどこにハイドしやがったDeath!?」
ドスの利いた低い声で叫ぶ筋肉ジジイに、子供たちはビクリと直立して飛び跳ねた。
「な、なにをそんなに怒っておるのだ!?」
「グリメル、女の子のサンタさんがいないよ!?」
「本当だ!? 迷宮は一本道なのにどこいったのだ!?」
なにか慌てている様子だが……白々しい。この迷宮は彼らが創造したもの。その中で起こった現象は全部彼らの仕業に決まっている。
「ミリアになにかあってみろ。その時ミーはブラックサンタになって悪いチャイルドをジャッジメントすることになるDeath!」
フシューと怒りで熱された息が煙のようにサンタクロースの口から漏れる。肩と手をボキボキ鳴らしながら一歩ずつ近づくサンタクロースに、褐色少年――グリメルが両手を翳して待ったをかける。
「ま、待つのだ! 落ち着くのだ! 今確認してみるから!」
言うと、グリメルはその場で指を動かして大量のウインドウを空中に出現させた。監視カメラの映像のように各階層の様子がそれぞれ映し出されている。
「おかしい。一~四階層までどこにもいないぞ。ん? 待て、なんだこの空間は? 四階層と五階層の間に不自然な隙間が……あっ」
「見つけた……けど、これは」
そこに映し出されたものを見て二人は言葉を詰まらせた。サンタクロースも彼らの後ろに回ってウインドウを覗き込む。なにやら「だ〜るまさんが〜こ〜ろんだ」と妙な呪文を唱えているミリアと、その背後から迫る羊頭の痴女が映っていた。
「さ、サンタよ、安心するがいい。あの子はその、えーと、エティスと遊んでいるだけのようだ」
「なんの安心もできないよ!? なんか上着も剥ぎ取られて裸足で涙目になってるし!?」
目をバッシャバッシャと泳がせるグリメルの肩を、焦った様子のこののが揺さぶった。なるほど、あの変態羊が勝手にやらかしたようだ。一度戦ったことがある相手だからわかる。奴なら確かに管理者を無視して迷宮に手を入れることも可能だろう。
子供たちを疑ったことには反省しつつ、寧ろ怒りが増幅するサンタクロース。
「今すぐミーをそこにテレポートさせるDeath! あのヘンタイシープをキルしてきマース!」
「わ、わかったのだ」
コクコクと頷いたグリメルが迷宮を操作しようとしたその時、映像からミリアの声が聞こえてきた。
『よ、弱気なっちゃだめデース。いつもお爺サマにヘルプしてもらってばかりじゃ、立派なサンタクロースにはなれまセーン。このくらいのクライシス、ワタシのパワーだけでクリアしてみせマース!』
ミリアはボロボロで悲鳴を上げていたが、その目は死んでなどいなかった。瞳の奥にはどんな辱めを受けても一人で勝って見せるという強い意志を感じる。いつもサンタクロースにべったりだった孫娘のそんな姿には、成長を感じざるを得ない。
「ミリア……」
サンタクロースの怒りが収まっていく。ここで彼女を助けに行くことは可能だが、それは無粋というものだ。
「ミーは少々過保護だったようデース。ミリアのレベルアップのチャンスをミーが奪うわけにはいきまセーン」
それはそれとしてあの変態羊は後でコロス。
「転移はしなくてよいのか?」
グリメルが恐る恐る訊ねてくる。サンタクロースは鷹揚に頷いた。
「どうしてもデンジャラスな時はお願いしマース。ミリアが頑張っているのデース。ユーたちのラストミッションは、ミーだけでチャレンジさせてもらいマース」
「アハッ、そうこなくちゃ面白くないのだ!」
「最後のミッションでサンタさんを負かして私の物にするんだから!」
ぐだぐだだった空気が引き締まる。サンタクロースは二人から数歩下がり、改めて向き直った。
ミッションを告げるウインドウが表示される。
ピロロローン!
【ラストミッション『おままごと』】
「ホワッツ? OMAMAGOTO?」
頭に『デス』がついてないことにはひとまずほっとする。ただ、サンタクロースが知っている『おままごと』は役割を決めて仮想の家族生活を演じるだけの遊びだ。子供たちの社会性を育むことのできる有意義な遊びだが、明確なルールは存在していないはず。どうやって勝敗を決めるのかさっぱりわからない。
まずは説明を聞こう。
「サンタさんはサンタさんの役をやってね」
「ふむ……」
となると、クリスマスをテーマにしたおままごとだろう。それなら終わりが必ず来る。その結末によって勝敗を決めるのだろうか?
「グリメルはサンタさんにプレゼントを貰うことになってる子供の役ね」
「任せるのだ」
要するにサンタさんごっこと言ったところか。だが、それだと役は二人いれば事足りる。残っている役があるとすればトナカイくらいだが――
「私はサンタさんからプレゼントを奪おうと他人んちに不法侵入した近所の泥ママの役をやります」
「どういうことデース!?」
おかしい。サンタさんごっこにどこからそんな俗物的な存在が紛れ込むのか。怪盗でも大泥棒でもなく泥ママという辺りがリアリティを追求しすぎている。
「泥ママがまんまとプレゼントを盗んだら私の勝ち。サンタさんが泥ママを退けて子供にプレゼントを渡せたらサンタさんの勝ち」
「ルールはクリアになったデースがこれ本当に『おままごと』デース!?」
少なくともサンタクロースが知っている『おままごと』じゃない。
ピロロローン!
【ミッションスタート!】
「始めるのだ!」
パチン、とグリメルが指を鳴らした。すると景色が一瞬で切り替わり、サンタクロースたちの立ち位置もまた変化した。
サンタクロースはトナカイの引くソリの上。上空であり、眼下には紅晴市の夜景が広がっている。
外に出た……わけではなさそうだ。幻でもない。となると、フィンガースナップ一つで迷宮の内装を構築したということになる。真っ白な部屋は手抜きなどではなく、ゲームの内容によって臨機応変に作り変えられる仕様だったわけだ。
手元の袋にはプレゼントボックスが一つ。
「これをあのボーイの枕元に置けばいいんデースね。ミーは本業のサンタクロースデース。そんなのイージーイージー」
この街の中から少年一人捜し出すことは骨が折れそうだが、聖夜のサンタクロースにはプレゼントを渡す相手の居場所が本能的にわかるようになっている。
「あっちデース」
トナカイの手綱を引いて夜空を駆ける。すぐにグリメルがいる一軒家を発見した。煙突は見当たらないが、そんなものは今どき珍しくもない。サンタクロースは堂々と窓から侵入するのだった。
子供部屋のベッドでグリメルが目を閉じて横になっている。
「スーヤスーヤ」
寝息がわざとらしい。そういうロールプレイなので、ここはサンタも合わせて演技することにした。
「しめしめ、ぐっすりスリーピングしてるデース」
抜き足差し足忍び足。一切の音を立てずにサンタクロースはベッドへと歩み寄った。
その時――パリィン!!
「ホワッツ!?」
腕で顔をかばったこののが窓ガラスを突き破って部屋に突入してきたのだ。
「サンタさん、約束通りプレゼントを貰いにきてあげたよ!」
「泥ママってそんなアグレッシブなんデースか!? や、約束なんてした覚えありまセーン!?」
「私の子供がプレゼントを欲しがってるのよ! 子供にプレゼントをあげないなんて可哀そうだと思わないの!?」
「他人からスティールしたプレゼントをあげても――」
「いいからそれを寄越しなさい!」
「話を聞いてくれないデース!? これが泥ママ!?」
「スーヤスーヤ」
「このボーイは本当にスリープするだけのロールなのデース!?」
プレゼントを奪おうと掴みかかってくるこののを、サンタクロースはなんとか回避する。だがその執念は凄まじく、こののはかわしてもかわしても不死鳥のごとく蘇ってプレゼントを狙ってくる。
やがて、プレゼントを掴まれてしまった。
「放して! これはもう私の物よ!」
「違いマース! これはこのボーイの物デース!」
「その子だけプレゼント貰えてずるい! 不公平よ! だから私にも寄越しなさい!」
プレゼントボックスで綱引きが勃発する。見た目は小さな子供なのに、大人でムキムキに鍛えているサンタクロースにも迫る膂力だ。
「どうしてそんなにプレゼントが欲しいのデース?」
「高い物だったら売ってお金にするのよ」
「リアリティ!?」
この子はいろいろとアレな子供だが、そういうことは言わないイメージがある。なんというか、役になり切っているのだ。
だとしても、サンタクロースに対する執着は演じている泥ママと変わりない。普通の子供は可愛らしい罠は仕掛けても、凶悪なダンジョンなんて作ったりしないのだ。
「いい加減、放すデース」
サンタクロースは聖夜パワーを開放し、光でこののを優しく弾き飛ばす。
「こののガール、よく聞くデース」
あまり考えたくないが、今後も彼女は当選し続けるだろう。異世界邸に来る度に何度も何度も命の危機を経験することになるのなら、今、この場で彼女を説得するべきだ。
「ミーたちサンタクロースは、世界中のチルドレンにプレゼントをデリバリーしていマース。でも、全員ではありまセーン。一年間、善良に過ごしたチルドレンだけにご褒美としてプレゼントしているのデース」
「……」
サンタクロースの真剣な表情に、さっきまでギャオギャオ叫んでいたこののは黙って聞いている。グリメルもベッドで横になったままサンタクロースを見詰めている。
「ユーたちは毎年のようにセレクトされていマース。それはつまり、普段はとっても良い子に過ごしているエビデンスになりマース。わかりますか? 『良い子』は、こんな誰かに迷惑をかけるようなことはしないのデース」
そっと、サンタクロースは彼女の小さな肩に手を乗せた。
「もう、ストップしまショウ。こんなことをしなくても、サンタクロースは毎年ユーたちの元へやってきマース。そのサンタが必ずしもミーだとは限りまセーンが、ユーたちが『良い子』である限り覆ることのナッシングなトゥースなのデース」
「私が、『良い子』である限り、サンタさんはやってくる……?」
「イエス、その通りデース」
優しく言い聞かせたおかげか、こののはしゅんと項垂れてサンタから離れた。狐耳も申し訳なさそうに垂れ下がっている。
「そう、だね。こんなこと、全然『良い子』じゃないよね。強引にサンタさんからプレゼントを奪おうとするなんて、私、間違ってた」
「わかってくれたデース?」
ピロロローン!
【ミッションコンプリート! 異世界邸クエストはクリアです。おめでとうございます!】
勝利を告げるファンファーレが鳴り、メッセージウィンドウが表示される。すると、構築されていた街並みが消え、元の真っ白な空間へと戻った。
「私たちの負けだよ、サンタさん。泥ママを説得させるなんて流石だね」
「余は寝ていただけだぞ」
グリメルはまだ少し不満そうだったが、こののはスッキリした笑顔を浮かべてサンタクロースを見詰めた。
「でも、サンタさんと遊べてすっごく楽しかった! 今日はどうもありがとうございます!」
元気よくお礼を言って頭を下げるこのの。本当に根は良い子だ。今回も暴走しすぎだったが、今の言葉を聞いて結局はサンタクロースと遊びたかっただけだったとわかった。
「ミーもなんだかんだでエンジョイしてたデース。さあ、二人にプレゼントを渡しマース」
サンタクロースは白い袋からプレゼントの箱を二つ取り出し、こののとグリメルにそれぞれ手渡した。
さっそくリボンを解いて箱を開けた二人は――ぱぁああああっ! 見ているこちらが思わず微笑んでしまうほどのピュアな笑顔を浮かべた。
「わあ、サンタさんのお人形だ!」
「ミーやミリアは流石にあげられないのデース。それで勘弁してくだサーイ」
「余は『ダンジョンツクール』っていうテレビゲームなのだ!」
「それならいくらダンジョンをメイクしてもフリーデース」
汚い大人の屁理屈みたいになってしまったが、聖夜のサンタクロースでも実現できる事柄には制限というものがある。これで満足してくれることを願うばかりだ。
と――
「お爺サマ!」
歓喜の声が背後から聞こえた。すぐに振り向くと、そこではへろへろに疲れ切った様子のミリアが立っていた。
「ミリア!? 無事だったデース!?」
「イエス! あのヘンタイさん、ワタシのブラジャーを放り投げたらまんまと釣られてくれてウィンすることができたデース!」
「よーし、あのヘンタイシープはやっぱりキルするDeath」
抱き合って無事を喜び合う祖父と孫娘。迷宮もクリアし、プレゼントも渡した。あとは変態羊を抹殺して次元の狭間にある家へと帰るだけ。
――そのはずだった。
「まあ、それはそれ。これはこれだよね」
「こののガール?」
なにやら不穏な台詞が聞こえたと思えば、こののとグリメルがプレゼントを床に置いて表情に影を落としていた。
「私の欲しいものは本物のサンタさんなんだよ!」
「余も現実に作れないと満足できないのだ!」
にやりと悪ガキの笑みを貼りつける二人。さっきまでの『良い子』な態度はどこへやら、まるで獲物を狙うハンターのようにサンタクロースとミリアを見据えている。
「ホワッツ!? なんで!? さっきわかってくれたはずデース!?」
「なに言ってるの? アレは『おままごと』だよ?」
「ちょい!?」
つまり、納得した演技だったということだ。いや、少しは彼女たちの心に響いたはずだが、その程度で反省する子ではなかったようだ。
パカリ、と床が開く。
「サンタのお子よ。よもや、やつがれから逃げられると思ったか?」
「ぴゃ!?」
にょきっと顔を出した変態羊にミリアが短い悲鳴を上げた。
ピロロローン!
【エクストラミッション『デス・鬼ごっこ』】
なんかクリアしたのに新たなミッションも発令されてしまった。しかも今度はしっかりと『デス』がついてある。
これはマズい。
非常にマズい。
サンタクロースとミリアは蒼白してしまった顔を見合わせ、同時に回れ右をしてダッシュ。
「もうやだこのジャパニーズモノノケハウス!?」
「お爺サマ早く脱出してゴーホームするデース!?」
結局、その日は明け方まで死ぬ思いをしながら逃げ続けることになるサンタクロースたちだった。




