異世界邸の意思と瘴り神の分離【Part夙】
聖域化した風鈴家の内部は、『食事処』と呼ぶには些かどころではない広さに拡張されていた。戦闘員・非戦闘員関係なく、ほぼ全ての住民と外部から参戦した妖怪を収容してなお、チート級の怪物たちが充分に大暴れできるスペースがあるのだ。
「全員下がりなさい! 大きいのが来ますわ!」
フォルミーカの指示を受け、前線で戦っていた者たちが一斉に後ろへ飛び退く。次の瞬間、渦巻く瘴気の風が荒れ狂った。椅子や机が竜巻に呑まれて舞い上がり、瘴気に侵されては朽ちて塵となっていく。
「まだこんなに力が残ってやがんのかよ」
「我々も相当削ったはずだ。弱っているのは間違いないが……」
「チッ、このままじゃ先にこっちが消耗しちまうぞ」
「ハッハーッ! ま、まだ弱音を吐くには早いぜ兄弟!」
紙一重で瘴気の嵐を回避した四馬鹿たちは肩で息をしていた。聖域は瘴り神の動きを制限し、一斉攻撃は間違いなく力を削いでいる。なのに一向に倒れる気配がない。HPがべらぼーに高いラスボスを相手しているようだった。
「あ、お酒なくなった~!? こんなの酔ってないとやってられないのにぃ~!?」
「むぅ、斬っても手応えがなくちゃ面白くありません」
戦闘中も飲んでいたカベルネはついにその手からワインボトルが消え、大鎌を携えたジークルーネは不満そうに眉を曇らせる。
「んー♪ バグってても流石は神ってところかな☆ あと一発でかい魔術使ったらMP切れちゃいそう♡ フランちゃん、そっちの残弾は?」
「似たようなもんかな~。秘密兵器はまだ温存してるけど~、それ使っちゃったらネタ切れだよ~」
援護射撃をしてくれていた後衛陣の消耗も激しい。
「那亜さんの力でプチっと潰せねえんですか、アレ? 風鈴家の聖域の主は那亜さんなんですよね?」
後衛陣よりさらに後方。防御壁の陰から戦場を眺めていた悠希は那亜に問いかけた。しかし割烹着姿の女性は残念そうに首を振る。
「確かにここでは私が法律です。ですが、万能というわけではありません。無法者は法律なんて簡単に破ってきます。今は弱体化させるだけで精一杯ですね」
皆さんの力を信じるしかありません、そう静かに付け加えて那亜は真っ直ぐに戦場を見詰めた。
と、瘴気が無数の腕の形を作った。触手のようにうねる腕は、消耗した体力を回復するつもりか魔王級の妖――山ン本九朗座衛門と神ン野悪十郎へと伸びる。
「なんの!」
「これしき!」
刀と釘バットで応戦する二人だったが、文字通り手数が違いすぎた。次第に捌き切れなくなり、背後から隙を突いてきた腕に首を掴まれてしまう。
だが――
「フン!」
それらの腕を無角童子が一刀の下に斬り捨てた。
「おお、無角殿! かたじけない!」
「足手纏いになるなら他の連中同様、引っ込んでいろ」
無角童子は後方でこちらを眺めている絡新婦や夜雀たちを一瞥すると、瘴気の腕ひしめく中を果敢にも突撃していった。
「はっはっは! よもや我らを足手纏い扱いとは! そろそろ本気を見せねばならんようだ。なあ、悪十郎よ!」
「いやいや、九朗サン、確かに無角サンの言い方は癪ッスよ。でも……聖域だっけか? ここじゃ奴の〝反転〟は作用しないようッスけど、それでもジリ貧ッス。どうにか真子チャンを分離する方法を見つけないと」
瘴り神に混ぜられている天真子を救うため戦っている二人に『退く』という選択肢はない。だが、このままサンドバッグにしたりされたりを続けているだけではどうしようもなかった。
「む? 力づくで引き裂けばよいのでは?」
「この脳筋サンめ!? 今までなにを見てたんスか!? 本体真っ二つは何度もしてるんスよ!? とりあえず、まずは邪魔な瘴気を妖力で吹っ飛ばして――」
フッと。
急に瘴気が消えた。
瘴気の腕も、吹き荒れていた嵐も、嘘だったかのように凪いでいる。九朗座衛門と悪十郎が妖力で吹っ飛ばしたわけではない。かといって、瘴り神が力尽きたわけでもない。
瘴気が、瘴り神の頭上で収束し圧縮されていた。
「な、なんかやべーのが来そうですよ!? 大丈夫なんですかここ!?」
防御壁から顔を出した悠希が戦慄して目を見開く。
「魔力砲に近い原理ですわ! わたくしが相殺しま――」
腕を翳したフォルミーカが魔力を集中させようとするが、それよりも早く圧縮された瘴気の光線が撃ち放たれてしまった。
広大な聖域そのものを薙ぎ払うかのごとく扇状に放射される瘴気。端にいた者から防御するが弾き飛ばされていく。
やがてそれは、遥か後方にいる悠希たちにも届き――パァン! と。凄まじいエネルギーを内包していたはずの瘴気光線が、呆気なく弾け飛んだ。
誰もが、なにが起こったのか理解できなかった。
「すまない、遅くなった!」
ただ、皆の前に立っていたのは、異世界邸の管理人――伊藤貴文だった。
「お父さん!」
「管理人!」
こののと悠希が歓喜の声を上げる。だがすぐに、その表情は不審なものに変わった。
貴文の傍らに、花柄の浴衣を纏った見知らぬ少女が浮かんでいたからだ。
「誰じゃ貴文その新キャラは!? 浮気か!? 浮気なのじゃ!?」
「違う!? 違うから落ち着け神久夜!? トマト(?)投げんな!?」
ベチャベチャピギィイイ! とトマト投げ祭りのように真っ赤に染まっていく貴文。横の少女はそんな彼になんの感慨も抱いていないのか、ひたすら無表情で瘴り神を睨んでいた。
***
時は数分前に遡る。
グリメルの力で再構築された異世界邸の構造は、貴文の記憶とも完全に一致していた。
管理人室から風鈴家までは遠くない。皆が戦っているのであれば戦闘音が聞こえて来そうなものだが、薄暗い廊下は不気味なほど静まり返っている。そもそもあの食堂を戦場として使うには広さが圧倒的に足りない。となると、聖域化されたことで異空間のような隔絶された場所に変わったのだろう。
「……あとで直るんだろうな、それ」
管理者権限が貴文に戻ってもそのままだったら困る。超困る。風鈴家は異世界邸で唯一、貴文が心から落ち着ける場所なのだ。
「違うな」
邸の心配は当然だが、今はすべきことではない。
ここで瘴り神を倒せなければ、奴は聖域の封印など簡単にこじ開けて再び邸を呑み込むだろう。いや、邸どころか世界のあらゆる生という生が死滅する。それは文明を滅ぼせば満足する魔王よりも遥かに凶悪だ。
問題は、どうやってアレを倒すか。
瘴気は一時的だが吹き散らせる。ラピ曰く厄介な〝反転〟は聖域が封じているらしい。だが、ただ滅すればいい話ではなく、瘴り神にされてしまった二人を救出しなければいけないという破滅級の高難易度ミッションなのだ。
瘴り神を作り出した天狗なら分離できるらしいが、そう簡単には協力しないだろう。羊が奴の心を折るまで時間を稼げるとも限らない。やはり自分たちだけでなんとかする必要がある。
完全に融合してしまった妖を分離させる方法は――
「ん?」
廊下の先にぽわっと青白く発光するなにかが見えた。風鈴家の扉の丁度真ん前だ。近づくにつれて次第に発光体の輪郭が定まっていく。
人型……少女の姿だった。
こののより少し年上だろうか。西洋十二単の花が描かれた浴衣を纏い、自分の背丈よりも長い黒銀色の髪を垂らしている。顔立ちは儚く整っており、肌は透けるように白い。いや、実際に透けているし、少し浮いている。
「……幽霊?」
絶賛妖怪と戦っている最中であり、そもそも異世界邸自体が神魔人妖の入り乱れる伏魔殿なのだ。今さら幽霊ごときに感情が動く貴文ではない。だが、あんな住人いただろうか?
「誰だ、お前?」
警戒する。この状況で知らない顔ということは敵である可能性が非常に高い。
足を止めた貴文を、幽霊少女はふわふわと浮かんだまま感情のない顔で見詰めた。
「……認識。イトー・タカフミ。此方、もとい隠世邸の正当なる管理人」
「――ッ」
貴文は思わず一歩後ずさった。幽霊を恐れたわけではない。今にも消えそうなほど薄く儚い姿をしているのに、その深海のような濃い青色の瞳には、本能的に慄いてしまうほどの生命力が溢れていたのだ。
聖とも魔ともつかない、純粋なる〝生きる力〟。
ただの幽霊でもなければ、まず幽霊ですらないだろう。
「そこをどいてくれ。その扉の先でみんなが戦ってるんだ」
彼女の正体がなんだろうと今は構っている暇などない。見たところ戦意も殺気も感じないが、扉を塞がれていては困る。こうしている間にも風鈴家では激しい戦闘が続いているのだ。
しかし、幽霊少女はゆっくりと首を横に振った。
「……否。今の其方が加勢しただけでは焼け石に水」
「邪魔しようってことなら、力づくでも」
「……それも否。此方の目的は、此方の管理人への力の貸与。故に、其方を聖域ではなく管理人室に配置」
「力を貸与? お前は一体、誰なんだ?」
言っている意味がわからず混乱する貴文に、幽霊少女は異世界邸にいるアンドロイドたちよりも機械的に言の葉を紡ぐ。
「……此方は隠世邸――現代の名称で言えば異世界邸。迷宮に組み込まれたことにより、彼の魔王の眷属という形で一時的に顕現可能になった邸の意思」
淡々と事実を並べるだけのような口調。貴文は考え込むように瞑目して腕を組むと――
「なるほど、つまりお前は異世界邸そのものってこと……はぁ!?」
仰天して目を見開いた。
「異世界邸!? え? いや、え? お前、異世界邸なの!?」
「……是」
こくりと頷いて肯定する少女。異世界邸の意思の顕現など、長年暮らしているが一度もなかった。いや、グリメルが迷宮に組み込んだせいだと言っていたから当然か。それより意思がある=邸自体が生きていることが驚嘆だった。
「俺を騙そうとしている妖怪じゃないだろうな?」
「……否」
少女はどこか呆れたように目を細めると、すっとおもむろに頭上を指差した。なにもなかった空間に暖かな光が溢れ、弾け、大きな箱状の物体が出現する。
冷蔵庫だった。
超見覚えのある冷蔵庫だった。
「ほ、本物だ……」
異世界と繋がる冷蔵庫。これを召喚できるということは、彼女は異世界邸で間違いない。あっさり信じてしまうくらいには確実な証拠だろう。それに、管理人としての直感も肯定している。
貴文は改めて少女を見る。薄いし、機械的なのに、どういうわけか異常なほどの生命力が溢れているのを感じる。
瘴り神が街には目もくれず、異世界邸を呑み込んだ理由がわかった気がした。
「いろいろ訊きたいことがある。あるけど、全部終わってからだ。えーと……なんて呼べばいい?」
「……此方の名? かつて呼ばれていた名は隠世邸。現在は異世界邸」
「オーケー、人の姿の名前も後で考えよう。俺に力を与えるために現れたと言ったな?」
「……是。彼の堕ちし神を戻すには、心・魂・体を同時に分かつことが必要」
心・魂・体を同時。肉体だけを真っ二つにしても無駄ということか。
「となると、一人で全部やるのは無理そうだな」
「……是。其方の担当は『心』」
「俺が? どうやって?」
貴文では精神干渉も魂魄干渉もできない。『体』の間違いではないのだろうか?
「……此方の〝世界を繋ぐ力〟を使用。彼の堕ちし神の精神世界へ接続し、其方が直接的に分断」
「そんなことできるのかよ」
彼女ができると言うのなら、できるのだろう。問題は残り二つだ。『魂』に干渉できる奴には心当たりがある。『体』は……ニュアンス的にただの物理攻撃で引き裂くわけではあるまい。混ぜられた二人の体を特殊な力で分離させる必要があるのだろう。今は住人だけでなく様々な妖怪も揃っている。誰かできる奴がいることを願おう。
「……然し、其方がそのままでは些か無謀。精神世界で瘴り神に敗れること必至」
「えぇ、ダメじゃん」
「……無問題。此方に備わっている防衛機能を使用。此方が壊滅的な危機に陥った時、正当な管理人に力の貸与が可能」
「ああ、だから力を――って、ちょっと待て。それってまさか……」
覚えがある。フォルミーカが襲撃してきた時だ。邸を吹っ飛ばされ、残された冷蔵庫が開いたと思ったら凄まじい力が流れ込んできた(あと入院中にもあった気がする)。
だが、アレは――
「暴走する力なら、いらないぞ」
貴文はその時の記憶がほとんどないが、聞いた話によると獣のように暴れ狂ったそうだ。そんなバーサーカーになってしまえば、最悪味方を、最愛の家族すら手にかけ兼ねない。それは絶対にあってはならないことだ。
「……謝罪。当時、唐突に破壊された此方が吃驚して思わず過剰に貸与。今回は意識的に行使。故に暴走の心配は不要」
ぺこりと邸の少女は頭を下げた。ビックリして力が漏れたということだろうか? 意外とおっちょこちょいなところは異世界邸の住人――というか本人――らしい。
本当だろうか? 存外ポンコツなところも見えた以上、不安になるなと言われてもフラグにしか聞こえない。
だが――
「本当に制御、できるんだな?」
「……是」
信じてみよう。長年、それも先祖代々から貴文たちに寄り添ってくれた異世界邸の意思を。
「わかった。やってくれ」
「……承知」
頷く彼女の目が妖しく輝いた瞬間、頭上に浮かんでいた冷蔵庫がパカリと開いた。
***
「――かくかくしかじか、というわけだ」
あまり悠長にしている暇はなかったので、貴文は要点だけを掻い摘んで住人たちに説明した。誰もが戸惑ったように顔を見合わせ、貴文の隣に静かに浮かんでいる半透明の少女を見やる。気持ちはよくわかる。貴文もそうだった。
「この期に及んで邸の擬人化とか、頭がついていけないのです……」
管理人補佐のアリスは頭痛でも覚えたのか、両手で頭を抱えて蹲ってしまっていた。神久夜とこののはポカーンとし、栞那は皺の寄った眉間を揉み、悠希に至っては見なかったことにしたのか戦闘している連中の応援を始めた。他の住人たちも似たり寄ったりの反応だ。
「邸の意思が人の姿に~? すっごく興味深いよ~。科学的に解剖してもいいかな~?」
「幻獣でもなさそうなのに人化するんだ♪ セシルちゃんも魔術的に解剖したーいな☆」
「ややこしくなるからお前らは戦闘してろ!?」
這い寄って来たマッドな奴らを貴文はしっしと追い払う。けっこう怖いこと言っていたのに、少女は特になにも思っていないのか無表情だった。
「俺だっていろいろ混乱してるんだ。でも今は、あいつをなんとかする方が先決だろ」
チラリと戦場を見る。フォルミーカやカベルネ、馬鹿どもに加えて妖怪の大将たちも戦っているが、どうしても決定打を与えられない様子だ。
栞那が大きく息を吐き出して切り替える。
「確か、心・魂・体を同時に切り離すって話だったな。『心』は管理人が担当するとして、他はどうするつもりだ?」
「一人は宛てがある。――おい、ルーネ!」
「なんでしょう、貴文様! えへへ、バトルですか!」
呼ぶと、ジークルーネは戦闘を中断してシュバッと貴文の傍らに出現した。忍者、いや、顔を期待で輝かせている姿は尻尾を振る犬っぽい。
「お前、一応ヴァルキリーだったよな? 英雄の魂を神界に連れて行くことが仕事の」
「一応じゃなくヴァルキリーです。そうですよ。だから貴文様の魂を狙っているわけで」
むっと不服そうに頬を膨らますジークルーネ。普段は駄ルキリーなのだから自業自得だ。
「てことは魂に干渉できるんだろ? 瘴り神の魂を分離できるか?」
「近づくことができれば、やってやれないことはないと思います」
ジークルーネは瘴り神を横目で見て大鎌をブンブン素振りした。ちょっと不安だが、他に適役もいない。
「よし、じゃあ任せた。合図を出したらやってくれ。あとは肉体だが、普通に斬ったり千切っても無駄なんだよな?」
「……是」
邸の少女がコクリと肯定する。一体どういう能力を持っていればいいのか? その辺りも曖昧だ。何気に一番厄介な部位かもしれない。
と、住人の中から控え目に手が挙がった。
「あの、私ならできると思います」
「那亜さん?」
だった。
「私は瀧宮――白羽ちゃんの家に長年仕えていました。本家の方々には大きく劣りますが、〝斬るべきものを斬る力〟の使い方は把握しています。この聖域の中でなら、恐らく上手くできるかと」
そう言うと、那亜は懐から一本の包丁を取り出した。彼女の包丁捌きが神がかっていることは貴文も知っている。だが、こんな危険なことに彼女を巻き込んでいいものか悩む。
貴文が決め切れず唸っていると、いきなり半裸の大男が那亜の前に飛び降りてきた。戦場からジャンプしてきたのだろう。
「話は聞いていた。那亜よ、その包丁は人を斬るためのものではあるまい。これを使え」
大男――無角童子は己の刀を那亜に差し出した。那亜は一瞬目を白黒させたが、すぐに柔和な笑みを浮かべて刀を受け取る。
「ありがとう、鬼道丸」
「いや、よく考えたらなんでお前もしれっと味方側にいんの?」
「案ずるな。那亜の身はなにがあっても我が守ろう」
「それも心配だけどそうじゃなくって……だーもう! 迷ってる暇はない! わかりました。では『体』は那亜さんにお願いします。これで残る問題は――」
ややこしいことを全部後回しにした貴文は、瘴気荒れ狂う戦場を見やる。
「お前ら! 数秒でいい! 瘴り神の瘴気を完全に吹き飛ばしてくれ!」
応! と全員からいい返事。
フォルミーカは〈喰魔の白帝剣〉を振るった。
カベルネは堕天使の魔力を爆発させ、力の奔流を生み出す。
九朗座衛門は刀を豪快に振り、悪十郎はホームラン王のように釘バットをスイング。
セシルは巨大な魔法陣を瘴り神の足下に展開、フランチェスカはどこに隠していたのか列車砲のような秘密兵器を出現させる。
トカゲにポンコツに一角に火車もそれぞれ必殺技らしき大技を繰り出す。控えていたジョンや他の妖怪たちも次々と援護射撃に加わった。
たぶんこれだけでちょっとした国なら跡形もなく消し飛ばせそうな威力が、瘴り神に一点集中で襲いかかる。
目を開けていられないほどの爆風と衝撃。
そして、瘴り神の纏っていた瘴気が完全に消え去ったことを貴文は確認する。
「今だ!」
号令と共に、邸の少女がカッ! と目を見開いた。貴文の目の前に出現した冷蔵庫が開き、宇宙のような闇がその中に現れる。
ここに飛び込めってことか。
「じゃあ、行って来る。準備ができたら彼女が合図を出すから、頼んだぞ」
皆にそう告げ、貴文は冷蔵庫の中に吸い込まれるように入った。
***
そこは、不気味な黒い泥に覆われた世界だった。
貴文の肉体は冷蔵庫を通過する時に精神体へと変換されたようだ。重力から切り離されたような解放感と万能感に満ち溢れている。
いや、解放感はともかく万能感は別の理由だ。異世界邸から貸し与えられた力が、精神体になっても貴文を強化してくれている。
それに――
「おわっ」
黒泥が生き物のように貴文に襲いかかってきたが、体に触れる前に弾け飛んだ。異世界邸の力が貴文を守ってくれている。確かにあのままここへ来ていたら、貴文の精神体は一瞬で黒泥に喰われてしまっていただろう。
「急ごう」
早くしないと瘴り神の瘴気が復活してしまう。地平線まで黒泥で覆われた世界だが、どこへ向かえばいいのかはなんとなくわかる。
妖力を強く感じる方向に、融合されている二人がいるはずだ。
「――当たりだ!」
見つけるのにそう時間はかからなかった。そこには黒泥で作られた大樹のようなものが生えていたからだ。幹の中央に女子高生と思われる少女と、無角童子と一緒にいた烏天狗の少女が絡み取られる形で眠っている。
Ruooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!
世界が揺れた。
黒泥の海が大きく波打ち、渦を巻く。大樹だったものが咆哮を上げて動き出したかと思うと、貴文に向かって腕のような枝を振り下ろしてきた。
咄嗟に横に飛んでかわす。
「なるほど、こいつを倒してあの二人を引っぺがせばいいわけだな」
貴文は両手に竹串を出現させた。精神体でも現実の肉体のように力を使えるようで助かる。敵は形容しがたい恐ろしい怪物だが、今は全く負ける気がしない。
力は制御できている。
ならば、借りた力を試している時間も惜しい。
「一撃で決める!」
貴文は両手の竹串を前で重ねる。二本の竹串が一本に融合し、強烈な輝きを放ち始めた。その輝きに怪物は怯んだのか、バランスを崩してよろめく。
『……好機』
頭の中に邸の少女の声が響く。今のが、合図だ。
「どりゃぁああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
気合一投。
貴文は輝く竹串を怪物目掛けて投擲した。
同時。現実世界でジークルーネが大鎌を振るい、那亜が刀で瘴り神を斬りつける映像も脳裏に浮かぶ。
輝く竹串が刺さった怪物は、数秒呻いた後、二人の少女を吐き出すようにして木っ端微塵に爆散するのだった。




