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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
続・百鬼夜行
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一斉射撃と楽屋裏【part 紫】

 ゾワリゾワリ、生ある全てを喰らい尽くす瘴気を吐き出しながら、『瘴り神』はゆるゆると前へ進む。だが、邸を飲み込んだ時と比べれば、明らかにその動きは精細を欠いていた。


 そして、その鈍りはそのまま、こちら側からとっては良い的である。


「そ〜れ〜!」

 カベルネが気の抜けた声とは裏腹に、突き出したワイン瓶からとんでもない力の奔流を吐き出した。瘴り神には届かないまでも、周囲の瘴気がごっそりと削られる。

「喰らいなさい──ブランシュテイン!」

 すかさずフォルミーカが傘を剣の形に変えたまま振るう。空間ごとごっそりと「喰われ」た瘴り神だが、すぐに瘴気を取り込んで形を取り戻す。

「ちょちょーっとオネーサンたち!? あれ真子チャン取り込んでるんだからね!? 中身ごとバッサリは勘弁しろよ!!」

「そうなっても気合いでなんとかしてみせる! ふん!!」

「んなわけねーデショ九郎サン!」

 わいわいと言い合いながらも、2匹の鬼が振るう釘バットの刀の風圧が瘴気を吹き散らしていく。

「このようなもの達と肩を並べて戦うのはいまだに納得いかんが、那亜のためなら──ふんっ!!」

「だから中身あるんスよ!?」

 鞘に入れたままの刀を振い続ける無角童子の一撃は、瘴気だけでなく一振りごとに瘴り神を両断し、再生を徐々に遅くしていた。

「「うぉおおお!!」」

「「はぁあああ!!」」

 なぜか肩を組んだままの4バカが派手に火炎放射だのミサイルだのをブッパして──若干の誤爆があれど、着実に瘴気を削っている。

「いやー、思うままに攻撃魔術の威力実験できるとか♪ こんな贅☆沢なチャンスないよねーフランちゃん♡」

「本当だよね〜化学兵器の実験が捗る〜」

 そしてマッドサイエンティスト2人がツヤツヤしながら怪しげな光や煙を放つ代物を延々とぶっ放している。時々トカゲと火車がクシャミしているが……まあ、丈夫だし問題ないだろう。


「……魔王クラスとマッドサイエンティスト共が寄ってたかって遠距離攻撃している、世界終焉な光景なんだけどな。違和感が薄いあたり、あたしも感覚おかしくなりつつあるようだ」

「本当ですよね……」

「お二人の肝の据わりようがおかしいと思うのです……私はおっかなさすぎて寒気がするのです……」

 異世界邸では指折りの常識人達(中西母娘とアリス)が遥か後方の安全地帯(グリメル作防御壁付き)で引き気味に眺める一方で、管理人母娘は謎のはしゃぎぶりを見せていた。


「おかーさんおかーさん、次これ投げよう!」

「うむ、任せよ!」

 ぶおん! と投擲としては明らかにおかしい効果音を響かせつつ、神久夜が楽しげにぶん投げた赤くてツヤツヤしたトマト状のものが、瘴気の壁が薄くなってきた瘴り神に直撃して──。

「って、いやいや、神久夜さんは何を投げてやがるんですか!?」

「家庭菜園のお野菜ですよ〜。美味しいものは悪い病気を遠ざけますから〜」

 思わずツッコミを入れた悠希に、みっちゃんがいつものニッコニコ笑顔で答えた。この状況でこのマイペースぶり、ある意味一番メンタルが頑丈ではないだろうか?

「そんな民間医療みたいなノリであんな化け物に投げつけるんですか!?」

「でも効いてるみたいですよ〜。私も投げちゃおうかなー、えいっ」

「それもう野菜じゃねえです!?」

 こちらは緩やかな放物線を描いて投げつけられたきゅうりっぽい何かが瘴り神に当たると、ジュワッと音がして当たった部分の瘴気が溶けるように消えた。前から思っていたけどやっぱり神久夜の家庭菜園野菜は食材じゃない謎物質だと思う。悠希は二度と口にするまいと心に誓った。

「あ、ちょっとお腹すいたな〜。シャクリ」

「んなもん食ったら腹壊しますよ!!???」

 投げようとした野菜?を丸齧りした(そして野菜?が悲鳴を上げた)みっちゃんに、悠希はちょっと距離を取り直した。


「……魔王級の攻撃と同じくらい瘴気削ってるな……神久夜はどこに向かってるんだろうな」

「なんだかこのお屋敷、思ってた以上に怖い方ばかりどすなぁ……」

「チチッ、普通に見える人の方がやばい感じだね」

「管理人家の母娘はおっかないのであーる……」

「クソ、本当に胸糞悪いほど意気地無しの犬っころだぜよ……」

 栞那までが若干遠い目になるのを尻目に、絡繰婦と夜雀がそっと寄り添いあって囁き合い、ジョンが尻尾を丸めるのを犬神が苦々しげに睨みつける。遠距離攻撃が得意でない妖達は、後方の非戦闘員の防御壁の前で、余波をちらして少しでも防御壁の負担を減らす係となっていた。

「……私に一因があるのに、何もできないと言うのはもどかしいですね」

「何言ってるんだ、那亜は終わった後にあいつらを労う飯作りという最重要任務があるだろ」

「そうですよ、自分もお腹いっぱい食べさせてください」

「というか、あちらの鬼さんがちゃんと戦ってくれているのは那亜さんのおかげだと思うのです。那亜さんがいなくなったら途端に知らん顔をすると思うのです」

 ポツリと弱音を吐いた那亜を、栞那、悠希、アリスが順繰りに励ます。アリスの言葉に若干目を据わらせながらも、那亜はしっかりと頷いた。

「そうですね。グリメルちゃんと鬼道丸に改めて力の使い方をしっかり、みっちりと教育し直さなければなりません。私は今から英気を蓄えておきます」

「その調子だ」

「それは自分も是非お願いしてーです」

「……これもしかして、また魔王級の住人が増える流れなのですか……? 管理人と私の胃が持つ気がしないのです……」

 アリスが若干不穏なことを言っているのは聞かなかったことにして、悠希はリックたち他の待機組とも少し話をしようとその場を一度離れた。



***



「というわけでぇ、後の問題は烏天狗と天逆毎をどうやって引き剥がすかってことになってるみたいですう。姉さんに聞いたらなかなか難しいみたいでぇ……何かいいアイディアないですかぁ?」

「知るか」

 馬帆に吹き飛ばされたのに便乗して風に乗って逃……情報収集へと切り替えた誘薙がにこやかに問いかけた。撤収作業を終えて拠点に戻ろうとしているところを誘薙がかろうじて捕まえた疾は、視線すらくれずに切り捨てる。

「俺の仕事は街の防衛、そっちは無事どこぞの幹部ドノのお陰で収束したろ。後片付けは街の術者どもの仕事、こっちもあらかじめ同意済み。つーわけで俺はすでに依頼完了した部外者だ、声かけてくんな」

「そう言わずにぃ。ほらぁ、もしあちらで解決せずに街に降りてきたら、それこそ君の出番でしょう? そうなる前に助言を一つ、ね?」

「あの過剰戦力で解決しない時は街の終わりだろ、そん時は俺もとっとと逃げるさ」

「またそんなつれないこと言わないで下さいよう。ほら、馬帆ちゃんがあんな実験をして、しかも失敗して瘴り神が出来ちゃったのは、君たちのせいっぽいですしぃ──」


 ジャキッ。


「アレと、一括りに、するな」

「……ハイ、失礼シマシタ」

 どこぞの魔法幹部にも負けず劣らずの凄まじい殺意帯びた眼光と、眉間に向けられた銃口に、流石の誘薙もカタコトに謝罪を押し出すことしか出来なかった。

 銃口は下げながらも冷え切った目で誘薙を睨みつけたまま、疾は吐き捨てるように言った。

「実験が失敗しようが成功しようが、天狗がした事は百鬼夜行の一環でしかねえ。あの邸で対処できるなら任せときゃいいだろ」

「いえですから、最後の引き剥がしがですねぇ」

「それこそ天狗にどうにかさせればいいんじゃねえの」

「……いやぁ、馬帆ちゃんはあの魔王と一対一ですからねぇ……どうにかするだけのものは残らないんじゃないですかねえ」

「……」

 変態羊にはこの青年すら黙らせる威力があるらしい。そういえば馬帆も敵対を極力避けていたらしい。本人には言えないが、どうも両者似たもの同士の匂いがある、と思ってしまう誘薙である。

「というわけで、君の力を借りれれば一発かなあと思うわけですよぅ」

「阿呆か、俺は消滅っつー解決法しか用意しねえぞ」

「それは解決とは言わないですよぅ」

「引き剥がされようが始末されようが、解決は解決だろ」

「──」

 誘薙が言葉を詰まらせる。時折人が変わったように冷酷さを覗かせるこの青年の扱いは、誘薙をして未だ思うようにいかない──と、そこまで考えて、人の扱いがやたら上手い青年を思い出す。

「……確か、まだこの街にいましたねえ」

「あ?」

「瀧宮羽黒経由の依頼、なんてどうですかあ?」

 半ば脅しのような問いかけに、疾は心底呆れたような溜息をついた。

「……はあ。あのな、あいつに依頼するなら俺を経由する意味ねえぞ」

「え?」

「てめえが言ったんだろうが。切り離しなら、瀧宮の現当主の十八番だってな」



***



「……というわけで、君達に頼めないかと大精霊経由で話が来たんだ」

『余所者の人使い荒すぎねえ?』

 気怠い体を押しての後始末の最中、突然現れた大精霊に急かされるように電話をかけた魔女は、若干胡乱げな声を上げた瀧宮羽黒に肩をすくめた。

「曰く、『どうせあの邸そのものが余所者のごった煮だろ』ってさ。まあ、一時的なものではあれど住人でもあるし適役じゃないかという理屈だね」

『やっぱ人使い荒いんじゃねえかよ……』

 ぼやく瀧宮羽黒の気持ちもわからなくはないので、魔女は苦笑を滲ませるだけで何も返さず、返答を待つ。

『確かに特定の対象を切り離すのは、我が賢妹の独壇場ではあるんだがな……残念ながら今は無理だ』

「え?」

『おいおい、まだ報告入ってねえのはいかがなものかと思うぜ、次期当主殿』

「……面目ない。聞かせてもらえるかな」

 どこかで途切れているらしい報告網を苦々しく思いつつ、魔女は続きを促した。

『そちらさんの術師と魔王幹部と賢妹がやっとこさ天真子を封じた直後の天狗風だ、全員モロに食らったようでな。天狗風に当てられてまだ意識が戻らん。とりあえず全員ウチで保護させてもらってるよ』

「……重ね重ね、世話になる」

 外部の術師と街の天敵であった妖、そして爪弾きにされている術師という組み合わせへの心情的な問題だったらしい。そう悟った魔女の声が、一段低く冷えた。そばにいた家人がごくりと唾を飲む。

 気づかぬはずのない羽黒はそれでも敢えてか、声のペースは変えず続けた。

『ま、そこはうちの当主も経験不足っつうことで。どのみち今すぐ意識が戻って戦線復帰は不可能だな』

「それはそうだろうね……というか、あの男なら把握していそうなものなんだけどなあ」

 納得してすぐに浮かんだ新たな疑問には、誘薙が困ったような声で返す。

「そのぅ……『叩き起こしてやらせるか、兄貴が代理でやれるだろ』と……」

『あのクソガキ、瀧宮(ウチ)をなんだと思ってやがんだ』

「流石にそれは私も止めるよ……?」

 やや低い声を出した羽黒とやや引き攣った声を出した魔女に、誘薙はさまざまな感情をごった混ぜにした笑みを浮かべた。

「あはは、ほらそのぅ、僕なら完全回復出来るだろうって……」

『あいつ……』

「本当に……」

 世界の守護精霊ですら顎で使おうとする──ある意味ブレない鬼畜ぶりに、無駄かもしれないが後で協力者(竜胆)に言い付けてみようかと魔女は細い頼りの綱に思考を巡らせつつ、どこぞの鬼畜がすぎる提案はなかったことにして話を変えた。

「そうだ。もしよければ妹さん、預かってもらっている術師と一緒に中西の病院で治療させてもらうよ?」

『いや、賢妹はこっちでどうにかする。術師のお嬢ちゃんは一応病院で診てもらうといい。俺の見立てじゃあ寝かせておけばそのうち治るレベルだ、そこまで心配いらねえとは思うがな』

「そう……そこは、お互いに良かったと言わせてもらうよ」

 ほっと息を吐き出した魔女は、そこで誘薙の方を振り返った。

「ということで申し訳ありませんが、依頼の受諾は難しいかと」

「そうなると、やっぱり経由して彼に依頼を──」

『あのクソガキは報酬ガッツリ出さねえと動かんだろ。あるいは食いつきそうなオモチャ渡してやるか。残念だが俺は良いオモチャが手元にねえ』

「僕も色々提示してみたんですけどぅ、なんかいつも以上にノリが悪いんですよねぇ……」

「オモチャ……オモチャにされる対象に同情するね……」

 若干ずれた感想を呟いた魔女には、羽黒も誘薙もあえて触れなかった。何せ声すら掠れているフラフラ状態の女性を追い詰める趣味はなかったので。

『……ああ、つーかアレじゃん。別に俺ら外部の人間必要ないじゃん』

「え?」

「どういうことですかぁ?」

 何かを思い出したかのように声を上げた瀧宮羽黒に、魔女と誘薙の驚き声が重なる。小さく笑いを漏らして、瀧宮羽黒は言う。

『既にいるじゃねえか、あの邸に、これ以上ない適役がさ』



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