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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
続・百鬼夜行
123/175

一致団結【Part夙】

 異世界邸に突如として現れた破滅級の災害を前に、生き残っていた有象無象の妖たちは近づくことすらできず傍観していた。

「なんなのであるか!? アレ一体なんなのであるか!?」

 そんな異形たちの中に混じってなんら違和感のない巨大チワワ――ジョンは、目の前で繰り広げられる破壊を通り越した死滅の光景に思いっ切り取り乱していた。

「キャンキャンうっせぇぜよ飼い犬!? そりゃこっちが聞きてえぜよ!?」

「ぎゃああああ!? お主生きてたであるか!?」

 殺意と怨念を撒き散らす少年の生首が転がって来てジョンは腰を抜かした。生首はジョンが死に物狂いで倒したはずの犬神である。

「あー、ムカつく。ムカつくぜよ。こんな腰抜けにおらが負けたとか信じたくないぜよ」

 苛立ってはいるが、犬神はもうジョンと戦うつもりはないらしい。自分の首を拾って胴体と接合すると、今も激しい戦いを繰り広げている瘴気の中心を見やった。

「戦いに水を差されたことは面白くありませんが、あちらはあちらで楽しそうですね。えへへ」

「……向こうの瘴気はもはや戦いではあるまい。某は刃を交えることを望む」

 ジークルーネと茨木童子はそれぞれ大鎌と薙刀を肩に担いでどこかうずうずしていた。互いにズタボロの風貌であり、今の今まで戦い続けていたのだろうと思われる。

「あらら~、瘴り神の方はともかく~、それを作り出した天狗もフォルちゃんが苦戦するってよっぽどだね~」

 上空から黒い天使の翼を広げてカベルネが舞い降りてきた。夜雀の能力で奪われていた感覚は戻っており、瘴気と竜巻が荒れ狂う災害バトルを眺めつつワインボトルをぐいっとラッパ飲みする。

「チチッ、てかさ、あんな天狗今回の百鬼夜行にいたっけ?」

「無角はんが連れてきたのんは烏天狗のお嬢ちゃんだけどす。山ン本か神ン野のどちらかに紛れとったのやあらしまへんか?」

 その堕天使と戦り合った夜雀もなんとか生きており、絡新婦と支え合うようにしてこの場で戦いを見物していた。

 本来、この百鬼夜行は山ン本と神ン野の争いだった。そこにどちらにも与さない無角童子が参加できたのは利害の一致とまではいかずとも、互いに不利益にならないからだ。それは絡新婦や夜雀たちも同じ。

 だが、あの天狗は違う。

 瘴り神などという災害を生み出してしまえば、戦もなにもあったものではない。明らかに邪魔をしている。山ン本九朗左衛門と神ン野悪十郎が人間側について対処に回っていることがその証左だ。

「よりにもよって、瘴り神化したのは天逆毎や。ベースとなってるのんは神ン野軍の天真子と、烏天狗のお嬢ちゃんどす」

 実際に混ぜられた現場を見たわけではないが、瘴気の中に微かに残っている妖力は間違いなく二人のものだ。天真子を使()()()()以上、なんやかんやで人情のある魔王二人が動かないわけがない。

 と、妖たちのギャラリーに遅れてやってくる四つの影があった。

「畜生、まったく酷い目にあった」

「我ら四人を一蹴とは恐れ入る」

「危なく自慢の角が朽ちるとこだったぜ」

「ハッハーッ、紙一重とはこのことだ」

 竜神、アンドロイド、一角、火車。四人は体の一部が瘴気で爛れながらもどうにか無事のようだった。

「……あんたら生きとったんどすか?」

「チチチ、しぶとさだけは魔王級だよ」

 呆れ返る妖たち。殺しても死にそうにない馬鹿どもだが、おかげで無策のまま瘴り神に突っ込めばどうなるのか見ることができた。

 ガルル、と犬神が唸る。

「で? おらたちはどうするぜよ? このまま見てるだけか?」

「わ、我輩はその方が安心である」

「愛玩動物は黙ってろぜよ!?」

「きゃいん!?」

 勝負に勝ったはずのチワワが完全に萎縮してしまっているのは脇にどけ、真っ先に自分の意思を表したのは戦闘狂の二人だった。

「無論、私は加勢しますよ! 戦って楽しそうなのは天狗の方ですね!」

「……某も同意」

 ジークルーネと茨木童子は最初からそのつもりのようで、いつでも飛び込めるようにタイミングを窺っていた。

「まあ、このままじゃ邸が壊されるから放っておくわけにはいかないよね~」

 カベルネも空になったボトルを放り捨てる。

「チーにはなんの義理もないけど、ただ黙って喰われてやるつもりはないよ」

「瘴り神に混ぜられとるんは烏天狗のお嬢ちゃんどす。仮初とはいえ、あてらと一緒の百鬼に加わっとったお仲間。こないな形で殺されてまうのんは気の毒ちゅうもんどす」

 夜雀は翼を広げ、絡新婦は両手の間で蜘蛛糸を編んだ。

「当然!」

「我らも!」

「リベンジするぜ!」

「ハッハーッ!」

 四人で肩を組んでサムズアップする馬鹿どもは言わずもがな。

「お主たちちょっと仲良くなりすぎである……」

 そんな馬鹿四人にげんなりと溜息をつくジョンだけが、覚悟が決まらず尻尾を股の間に隠していた。


        ***


「ぬぅん!!」

 山ン本九朗左衛門の洗練された無駄のない筋肉から放たれる剛拳が瘴気の怪物へと打ち込まれる。ほぼ同時に神ン野悪十郎の釘バットが挟撃するように豪打を与える。

 だが、それらは瘴気を拡散させただけで終わった。すぐに纏わりついてきた瘴気に二人は危険を察知して後ろへと大きく飛び退る。

 入れ替わりに伊藤貴文が竹串を投擲。瘴気の中心にいる黒い少女の喉笛を貫かんと真っ直ぐ飛んでいくそれは、しかし触れる寸前で反転し跳ね返ってきた。

「チッ、やっぱり普通に攻撃してもダメージを与えられる気がしないぞ」

 舌打ちする。瘴気の部分は霧状で攻撃が無効化され、かといって核となっている黒い少女にはなにをやっても跳ね返ってくる。魔王級の鬼が二体も加勢したのに有効打を与えられない現状に、貴文の苛立ちと焦りが積もっていく。そろそろ胃に来そう。

「まだ筋力が足りぬと申すか!?」

「ンな問題じゃねえでしょ九朗サン!」

 この鬼たちは核となっている少女を助けたいのだという。だからなのか、それとも瘴気を払うことが救助に繋がるのか、直接少女を狙って攻撃をしようとしない。

「打撃や突撃が通じぬならば斬撃も無駄とは思うが――」

 九朗左衛門が虚空から太刀を取り出す。


「やってみねばわかるまい!!」


 斬ッ!

 その場で振り下ろされた刃から見えない斬撃が迸り、瘴気を吹き飛ばして黒い少女へと届く……ことはなくあっさり反転された。

 戻ってきた斬撃を慌てて避ける貴文たち。

「ぬぅ、なぜだ!?」

「やってみるまでもなくわかりきったことっスよ!?」

「斬撃は僕の風でさんざん試した後だからねぇ」

「ああっ!? てめえ今ので邸の一部が欠けたぞどうしてくれる!?」

「我のせいではないわ!?」

 九朗左衛門に掴みかかる貴文だったが、瘴気の腕が伸びてきたため仕方なく詰め寄るのを断念する。

「どうすりゃいいんだよ? 誘薙さん、今まで瘴り神が出現したことってなかったのか?」

 貴文は攻略のヒントを得るため経験豊富な大精霊に助言を求める。誘薙は取り囲もうとしてくる瘴気を風で払いながら、貴文の意図を察して難しそうな顔をした。

「あるにはあったよ。だからこそ『瘴り神』という名称がついているわけだからねぇ」

「ならその時の対処法を教えてくれ!」

「聞いても無意味だねぇ。瘴り神は神が(バグ)った姿。元となった神によって暴走している能力が違ってくるんだよぅ」

 肩を竦める誘薙に貴文は頭を抱える。つまり、その時その時で対処法が異なっているということだ。

「今回は真子チャン……天逆毎だから〝反転〟ってことッスか」

「厄介な。あ、反転される瞬間を見極めて殴りかかった腕を引けばあるいは」

「そんな脳筋的発想は九朗サンしか実行できないっスよ。それに中心こそ一番瘴気が濃いんだ。腕なんて突っ込んだら精霊の加護があっても届く前に腐り落ちるだけッス」

「そうなると、もはや無敵ではないか」

「でっしょ~♪ ウチもバグった時はマジやばたんってちょっと焦ったけどー、これはこれで傑作が誕生したわけだから結果オーライってやつ?」

 作戦会議に割り込んできた明るい声に一同はぎょっとする。瘴り神の頭上に浮かんで葉団扇をヒラヒラさせているのは諸悪の根源――大天狗の馬帆だ。

「お前!? フォルミーカはどうした!?」

「ボスアリちゃんならあの中だよん♪」

 葉団扇で示された方向を見ると、巨大な竜巻が不自然に一ヶ所で留まっていた。まだ魔力を感じるからやられてはいないようだが、あの『白蟻の魔王』がいとも簡単に動きを封じられてしまったらしい。

 瘴り神だけでも厄介だというのに、馬帆まで加わってしまうと流石に絶望しそうになる。

「鞍馬の大天狗。貴様、素知らぬ顔で百鬼に加わっていたかと思えば、なにが目的でこのようなことをする!」

「最初から真子チャンを狙ってたのか?」

 九朗左衛門と悪十郎が上空を睨みつけて問い詰める。その文字通り鬼気迫る形相から、どうやら本当に仲間ではないのだと貴文は悟った。

「あは、なぁーに言ってんの? こうなったのは全部あんたたちがダラシナイせいっしょ」

「ああ?」

「どういうことッスか?」

 瘴り神から噴出される瘴気をかわしながら訊き返す二人。馬帆は変わらず瘴り神の頭上に浮かびつつ、やれやれと言った様子で口を開いた。

「今回の百鬼夜行は世界における人魔のバランスを調停するのにドンピシャだったわけ。その点はそこにいる誘薙っちも合意してたんだけどねー。ちゃーんとまともに戦ってさえいればどっちが勝ってもよかったっていうか。なのになのに、山ン本も神ン野も甘々の甘ちゃんでマジテン下げ~。カフェモカキャラメリゼタピオカ入り生クリームのせシュガーのせナッツのせ砂糖ましましチョコスティックトッピングより甘くって流石のウチも胸焼け気味~」

 甘いと言われ、九朗左衛門と悪十郎の額に青筋が浮かぶ。そんなブチギレ寸前の鬼なんて気にも留めず、馬帆は続けた。

「人間側の被害が少なすぎっしょ。だからウチがこうやってバランス調整してあげちゃおうって思ったわけ。まあ、ホントは街中で天逆毎を顕現させるつもりだったからウチも甘かったかな。反省反省☆」

 コツン、と軽く自分の頭を小突いて舌を出す馬帆。本当に反省しているのかいないのかわからない茶らけた態度に、九朗左衛門と悪十郎はそれぞれの武器を構えた。

「……よく喋る口である」

「てめェの目的なンざオレらにゃ関係ねえッスよ」

 九朗左衛門が太刀から斬撃を飛ばし、悪十郎が鬼火の球を釘バットで打ち上げる。瘴り神ではなく馬帆を狙った攻撃だったが――

「おっと、危ない危ない♪」

 葉団扇をヒラリと一振りするだけで軌道を捻じ曲げられた。アレも〝反転〟の力だ。斬撃と鬼火はぐるりと回って二人の背後へと襲いかかる。

 それを、貴文が竹串で弾いた。

「なんでもいいが、とばっちりで俺がこうなってることはよくわかった」

「だね~♪ しょーねんってば超災難じゃん♪」

 腹を抱えてケラケラ笑う馬帆に貴文は竹串の切っ先を突きつける。

「こいつを作ったのはお前なんだろ? だったら、お前なら元に戻せるってことだよな?」

「んー? バグってるからちょいむずって感じだけど、まあできると思うよ? やんないけど!」

 できるというのなら、希望は一つ見えた。

「……だったら、力づくで言うこと聞かすしかねえな」

「ウチもしょーねんとバトるつもりだけどぉ……あは、しょーねんはそんな悠長なことしてて大丈夫かな?」

「なんだと?」

 ニィと人の悪い笑みを浮かべる馬帆に貴文は背筋がぞくりとする。

瘴り神(この子)は生命力を貪るだけの存在だよ。だったらさ、どうして人間がいっぱいいる人里に下りようとしないんだろうね? ()()()()()()()()()()()()()()?」

「――ッ!?」

 貴文はハッとした。

 思えば、瘴り神は貴文たちと戦っているというより、まるで鬱陶しいコバエを払うかのような雰囲気だった。

 少しずつ、少しずつ、周囲の生命を死滅させながら瘴り神は山を登っている。

「まさか」

 振り向いた先には、貴文が胃を痛めながらもずっと大切に管理している異世界邸があった。

「そういうこと。どういうわけか、あの建物からとーんでもない生命力を感じるんだよね♪」

 既に、瘴り神はやろうと思えば邸に届き得る距離まで迫っていた。

 膨大な瘴気が黒い少女の前に収斂していく。

 気がついた時には、もう遅かった。

「やめろぉおおおおおおおおおおおッ!?」

 渦巻く瘴気が邸を呑み込み、少なくとも地上の見えている部分のほとんどが跡形もなく消失してしまった。

 残ったのは絶対保護が施してある管理人室と――冷蔵庫だけだった。

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