集う魔王たち【part 紫】
「というわけで助太刀申す!」
「何がというわけでだ!?」
「そうっすよ九朗サン、いくらなんでも説明不足っス。かくかくしかじかで、俺らもこの厄介なのと戦う助太刀しますよっつーわけですよおにーさん」
「やっぱ説明してない!? そもそもあんたら、宣戦布告してきた張本人じゃねーか!?」
異世界邸、正門前。
瘴り神へと突撃したはいいが、貴文は予想以上の苦戦を強いられていた。
瘴気は誘薙の風が阻んでくれるが、触れるだけで生気を喰らわれてしまう為、迂闊に踏み込めない。触れられないような援護も提案されたが、そうなると貴文も近づけなくなるので、瘴り神を止められなくなってしまう。
歯噛みしながらもなんとか竹串で攻撃を仕掛けても、文字通り霞を突いているような感触しか返ってこず、相手にダメージが入った様子もない。逆に相手が手を伸ばして竹串を掴むと、黒い煙が立ち上ってくるので慌てて振り解くしかなかった。
要は、相手の攻撃は届くのに、こちらの攻撃は届かない。攻めあぐねた貴文が一旦距離をとったところで、唐突にこの2体の鬼が現れ、説明にもならない説明を堂々と口にしたのだった。
はっきり言って、邪魔だった。というか、敵対宣言していたやつに現れたので、敵が増えた。
「あーいやいや、違うンよ。百鬼夜行はもー終わり。俺らの戦いは場所を変えてここになったっつーわけなんすよ」
「わけわからん!?」
「そんじゃーこう言い換えましょうか。──アレの中に俺らの友達がいるんでね、助けに来たんすよ」
「えっ」
思わず息を飲む貴文に、口調がやたら砕けた方の鬼がニッと笑う。
「そーゆーワケ。真子チャンいい子なんだわ、こんな不気味なバケモンのままでいさせてたまるかっちゅーな」
「そもそも我ら山ン本と神ン野の争いに、くだらぬ詐術を用いて横槍を入れるなど言語道断──」
「あーはいはい九朗サンの口上はややこしいからパスねパス。ひとまず、俺らもあのバケモンに取り込まれた女の子を助けたいから、おにーさんと手を組みたいってわけ。オーケー?」
「……OK、信じてやる」
貴文は少し迷ったが、頷いた。魔に通じる鬼、それも魔王クラスがその気になれば貴文を騙すのなどわけもないだろう。だが、貴文はこの2人を不思議と疑う気になれなかった。ボロボロの風体を気にすることもなく、軽口を叩きながらも真剣なその眼差しを、信じたいと思った。
「とはいえ、あの瘴気を吸うとあんたらでもタダじゃ済まねーと思うんだが?」
「え、そこはおにーさんみたくなんとかしてくれたりしねーの?」
「いやそれはちょっと難しいんじゃ……」
「いいですよぉ」
「いいの!?」
なんかあっさり誘薙がOKを出してしまった。貴文の先程の葛藤を返して欲しい。
「いやぁ、この状態だと手は多い方がいいですよぅ」
「それはそうなんだけどな!? なんか納得いかない!?」
「細かいことを気にしてるとまた胃が痛くなっちゃいますよぉ?」
「やめろ思い出させるな!?」
「あちゃーおにーさんその若さで胃痛持ちかー」
「ふん、軟弱な!」
好き勝手わいわい言い出す3人に、貴文の胃が再びキリキリと痛み出す。胃薬を取り出そうとして、未だ栞那に取り上げられたままなのを思い出した。
「くそう……胃薬欲しい……」
「まあそれはともかくぅ、勝算はあるんですかぁ?」
呻く貴文をしれっとスルーし、誘薙が風を操りつつ鬼2人に尋ねる。
「困難の直面それすなわち試練! となれば打倒あるのみ!」
「ンー、九朗サンの脳筋発言はともかく、しょーじきパッと思いつかねーんだなァ。おにーさんなんかある?」
「無策で突っ込んできたの!? 俺の感じた頼もしさ返せ!?」
思いっきり他力本願だった。とはいえ貴文も突撃していくタイプなので、いい案が思いつかない。わかりやすくブレインが欠如していた。
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せっかく魔王級の鬼2人が参戦したのになんだか残念な感じになっている貴文たちを余所に、元魔王と魔王級の鬼は凄まじい争いを繰り広げていた。
「あっは♪ 部下ちゃんはサラッと片付いたけど、ボスアリちゃんはそこそこやるじゃん〜。白蟻の風情で、ウチの風に対抗できるとか、ねえ!」
楽しそうに笑いながら、馬帆が葉団扇を振るう。三日月の形に飛ばされた不可視の刃がフォルミーカ目掛けて飛んだ。
「貴方こそ、鬼風情でこの私に対抗できるとは、驚きですわ!」
フォルミーカが剣を振り下ろし、刃を「喰らう」。傘の形状とした時と同様、否、それ以上の効果を万能に操る剣は、例え同じ魔王であっても容易くは防ぐことのできない絶対の攻撃だ。
その剣が喰らおうとした刃は、しかし次の瞬間、フォルミーカの背後から襲いかかってきた。
「くっ!」
フォルミーカが身を伏せるようにして刃を避ける。空振りした刃は馬帆の元に戻ることなく、ブーメランのようにフォルミーカの方へと戻っていく。
「使い手と同じく、ひねくれてますわね!」
言いながら、フォルミーカは今度こそ刃に剣を合わせ、風ごと食らった。さらに返す刃で馬帆の右腕を喰らおうとする。それを見た馬帆は、ケラケラ笑いながら葉団扇を振るい、刃を当てて相殺する。
「そりゃ、ウチこれでも天狗だしー? 真子っちがご先祖だしー。あっは、マジウケる♪」
「何がですの!?」
言葉を交わしながらも、2人の攻防は目まぐるしく変わる。威力だけでも互いに規格外なのに、フォルミーカは「喰らう」力を、馬帆は天狗風という「騙す」力を上乗せしているせいで、単純な打ち合いにはならない。一瞬でも気を抜けば、腕の1本や2本で済まされないような攻撃が飛び交い続けた。
「にしてもさー、あっちのしょーねんに九郎っちと悪っちが助太刀とか聞いてないんですけどー。なんであいつら人間側に立つような真似してるわけ〜、ありえなーい」
「あなたのっ、引き起こした問題がそれだけあり得ないということですのよ!? いまだに自覚ありませんの!?」
「あーあー、ボスアリちゃんてば魔王っぽいのに中身フツーすぎてつまんねーからもう黙ってていいよー? これならさっきのしょーねんとやるほーが楽しかったじゃーん?」
馬帆は白けたような表情を浮かべ、葉団扇をくるりと手の中で回した。手遊びのような仕草に反して、生み出されたのは数え切れないほどの風の刃。それらが徐々に組み合わさり、膨れ上がり、やがて大きな竜巻となった。
「とゆーわけで。ボスアリちゃん、退場ー」
軽薄な声に冷たい鬼気を滲ませた言葉が聞こえるとほぼ同時に、フォルミーカは本物も偽物も見分けのつかない、不可視の刃が360度全ての方向から囲まれた竜巻の中に飲み込まれた。
「こんなもの──」
「ボスアリちゃんならすーぐ吹き飛ばせる? どうかなー?」
「あぐっ!?」
フォルミーカが魔力砲を放とうと掲げた手が、ざっくりと刃で切り落とされる。構わず魔力を放とうとするが──ふっ、と。
ロウソクを吹き消されるように、魔力が消える。
「なっ……どうして……!?」
「どうなってるかはヒミツっしょ。さ、切り刻まれるのとなんとか出てくるの、どっちが先かな〜? その間にウチはあっちに参戦してこよーっと♪」
フォルミーカを閉じ込めた竜巻をうっちゃって、馬帆は足取り軽く瘴り神の元へと歩き出した。