苦悩の少女【part夢】
「……ふぅ……」
瞼がまだ重い中、一人の少女は布団から顔を出す。外からは相変わらず賑やかな馬鹿騒ぎが広がっており、少女は窓から自分の父である伊藤貴文と伊藤神久夜の姿が見えた。
今日もまた馬鹿みたいに怒鳴り散らしながら、脳筋龍神とスクラップアンドロイドに蹴りを入れる父親の姿が見える。
あぁ……あの人今日も大丈夫だろうか。胃とか頭とか色々。
「本当……何でこんな家系に生まれたのかな」
布団を剥がして、小さくため息をつきながら、彼女――伊藤こののは天井を手で仰いだ。
***
この家系が周りとは違うおかしな家系であることに気づいたのは小学校三年生の時だった。いつも父には耳と尻尾を隠しなさいと言われ、周りに合わせることだけを必死に叩き込まれた。まるで自分は普通ではないと言われるような気がして、とても嫌だったが。
「耳と尻尾を見せると変なデブでデゥフフフとか言ってるおじさんに犯されるよ?」
と、小学生に教えてはならない性の知識をみっちりと叩き込まれ、その行為がいかに恐ろしいかを教育された自分……いや、本当うちの親頭おかしい。
まぁ、頭おかしいのは考え方だけじゃなくて外見もだ。
父は普通に高校生と言われてもわからないくらいの若い外見、母にいたっては今の私よりも遥かに若い。幼稚園に通っていてもおかしくないレベルの若さ……つまり幼女だ。
でも、父は今年で56歳になるし、母はもう三千歳を超えてから数えるのをやめてしまっている。普通に子供を作れるはずのない年齢の二人が私を作ってしまっていることに矛盾というか……むしろどうやったんだと思う。
普通はできるわけがない。
むしろその外見だと赤ん坊生むことすら出来んだろ母親!
そう思ってしまったが、父は笑っていうのだ。
「君が生まれたのは奇跡だよ」
とね。本当奇跡だよ。むしろ神がかってるわ!? どうやって生んだんだよ本当に。
と、もう生まれることから頭がおかしい私は見事にそんな両親の嫌な特徴を引き継いでしまっている。
まず、最初にいった耳と尻尾。うちの母親は何故かファンタジーの世界で見るような狐耳ともふもふとした尻尾を持っている。それが見事に嘆かわしいことに私にも受け継がれているのだ。
人の耳に加えて頭についた狐耳。正直耳四つってどういうことだよと自分でも突っ込みたくなるが、狐耳の方は人間の耳では聞こえない超音波も捉えられるハイスペック。普通の人間では絶対いらない機能だ。
尻尾は本当に邪魔でしかないのだが、幼いころからこの尻尾を枕がわりにして寝ることに慣れてしまったため……まぁ、あってもいいかなとは思っている。しかし、風呂の度にいちいちブラッシングしないといけないのは面倒だ。その時だけ任意で無くしたりできないものかと考えてはいるが……多分無理だろう。
その他に、鏡を見てみれば、赤く光る猫目のような目。これは特殊なカラコンで黒い目に見せているが、コンタクトレンズは本当ごろごろして気持ちわるいのであまりつけたくない。
とまぁ……色々面倒な特典が付いてしまっているのである。
私……普通に生きたいだけなんだけど。
何でこんな物凄くいらない特典をつけてくれたの? 泣くよ? というか家出するよ? 多分捕まるけど。
高速道路を走る車よりも早く走る両親を持っている自分には家出すらも許されない。
いや、本当なんなのあの両親絶対おかしいから。
「はぁ……本当……おかしいわ」
きりきりと胃と頭が痛くなってくる。これは父の遺伝だろうか。
毎日胃薬を飲んでいる父の気持ちが分かる娘ってどうなのよ?
こののは嘆息し、ベッドから降りながら寝巻きを脱いで、そのまま奥の浴室へと入った。
しゃああと体にうつお湯が疲れを癒してくれるかのように程よい温度で包んでくれる。こののはそれに目を細めて喜びを感じながら、父が張っておいてくれた湯船に足から浸かり、肩まで身を沈めると小さく唸った。
あぁ……なんかおっさんみたいな癖がついてきちゃったな。
父がそう言うと気持ちがいいんだよとか言っていたせいで最近はついついこの小さく唸ってしまう癖がついてしまっている。女の子らしくないからやめたほうがいいとは思っているのだが、やめられない。もはや呪いの域にまで達しているこの感じ。
あぁ……本当……嫌になるな……。
ちゃぷ……と尻尾で水面を弾きながら、こののはブクブクと口を湯につける。
「今日も満月の日だから耳と尻尾を隠したように見せるまじないが使えないし……それで学校も休まないといけないとだし……悠希ちゃんと遊びたかったのに……」
一応……学校には通わせてくれる父には感謝なのだが、耳と尻尾を見せないために無いように見せかけるまじない。それを会得してから学校にいけと言われてなんとか手に入れた技。
しかし、それも自分の一族の力が高まるらしい満月の日にはそれも効果がなく……このように休みを取らないといけない。そんな体でも学校に行かせてもらってることに感謝しろと言われればそこまでなのだが……正直、行きたいものは行きたい。普通に学校生活を送りたい。
「友達もいっぱい作りたいけど……モルモットにされてはいけないって……」
たしかにこんな生き物。速攻で学者たちの実験動物にされかねない。自分で実験動物といって虚しい気もするが、実際そうなのだ。
だから、今の自分には、この館に通っていて事情を知っている悠希という女の子しか友達がいない。彼女だけというのはどこか悲しい気もするが、いることに感謝しなさいと父に諭され……本当あのオヤジ諭すの大好きだな。
「はぁ……悠希早く帰ってこないかなぁ……」
こののはそう呟きながら、浴室の電子時計を見た。
そこには「午前16時」というありえない時間が。
「……まだ……朝の四時……本当この家系って」
おかしい……ただそう愚痴るしかない。
この館は異世界邸。奇妙な管理人が経営する時間軸のおかしな館。
この館は朝が二度来て、夜が二度くる。だから、一日48時間体制。どうやってそのシステムが成り立っているのかよくわからないが、不思議な空間の中にあるんだよとしか父は伝えてくれなかった。
きっと悠希が帰ってくるまでまだかなりの時間がある。
ならば……、
「もう一眠りしとこうかな……」
こののは風呂からあがると寝巻きに着替えて再びべっどに横になった。もう少し眠って、起きたら真っ先に悠希に会いに行こう。
きっと彼女なら楽しい話をしてくれるはずだから。