迷宮の神髄【Part夙】
森林が焼き尽くされ荒野と化した第十三層は、戦場と呼ぶのも生温い光景が繰り広げられていた。
オレンジの魔力砲と赤黒い鬼火の弾幕は途切れることがない。拮抗する力は相殺され、その衝撃だけで空間の端が瓦解する。かと思えば、昔のビデオテープを巻き戻すかのようにあっという間に修繕される。この場に管理人がいたらその機能を是非とも邸にも実装してほしいと懇願するだろう。
「……力の撃ち合いでは決着がつかぬようだ。ならば、ここは山ン本の馬鹿を手本にしてやろう」
無角童子は鬼火を撃つのをやめた。その分の力を大太刀へと注ぎ込み、足下を爆発させて一気にグリメルへと切迫。
狙いを定めて射出される魔力砲を、一刀の下に両断した。
「――ッ!?」
十歳前後の姿となったグリメルが驚愕に目を見開いた。小山すら消し飛ばす魔力砲の弾幕を刀一本で特攻するような力技は、脳筋の山ン本九朗座衛門が好む戦法だ。
一見頭が悪そうに思えるが、力さえ伴っていれば敵の意表を突くことができる。当然、そこには隙が生まれる。
だが、相手も魔王。そんな単純にはやられない。
「突っ込んでくるとは驚いたのだ!」
砲台を崩し、巨大な剣を握った腕として組み換える。ダンジョンのトラップにありそうな剣を振り下ろす石像だ。
頭上から圧殺せんと振りかかる一撃を、無角童子は大太刀で横薙ぎに振り払う。
一瞬の拮抗。強引に弾き倒された巨剣が第十三層を大きく震わせた。
「この程度、一瞬の足止めにしか――む?」
刹那、地面から競り上がった壁が無角童子を包み込んだ。目眩ましのつもりかと思ったが、壁は巨大な建築物として創造されたらしい。凄まじい轟音を立てて崩壊を始めた。
「フン、くだらん」
さっきの石像を防いだのだ。建物の崩落ごときで倒せるとは思っていないだろう。だからこれは目眩ましで合っている。ついでに言えばあの石像の時からただの足止めであり、時間稼ぎだ。
無角童子は鬼火を爆発させ、崩落する建物を焼き飛ばす。
「我を倒し得るなにかは組み上がったか?」
「充分。『迷宮の魔王』の神髄を見せてやるのだ」
グリメルがニヤリと笑った途端、無角童子の足下が抜けた。
――落とし穴?
底が見えない。まだ下の階層があったのだろうか? いや、だとすれば戦えそうにない住人はもっと先へと逃げているはず。
あの階層が最下層だったはずだ。さっきまでは。
グリメルは時間稼ぎをしている間に新しいフロアを作り上げたのだ。
「……ほう、これは」
落とし穴を抜けると、そこはマグマの海だった。
足場はない。階層全てがマグマで満たされている。無角童子はどうしようもなく灼熱の地獄へと突き落とされてしまった。
なるほど、これが『迷宮の魔王』か。小物の創造など力の一部でしかない。
『閉ざされた世界の創造』
それが彼の魔王の本質だ。
「貴様が世界を創造する力ならば、我はそれを破壊する力だ」
無角童子は当たり前のように溶岩の中で立ち上がる。天を仰ぐと、ここまで落とされた穴は綺麗に塞がれていた。
鬼火をぶつける。大穴は穿ったが、貫通はしなかった。通常の階層間は今の威力で十二分に貫けた。落ちてきた距離も鑑みるに相当分厚く造られているようだ。
「一撃で貫けぬなら何発でも撃ち込むまで」
鬼火の出力を数段階上げようとしたその時、マグマが流動を始めた。地鳴りのような音と共に空間全体が振動している。
一瞬の静寂。
直後、凄まじく巨大なマグマの渦が無角童子を呑み込んで噴き上がった。まるで火山の大噴火である。
かと思えば、噴き上がったマグマが天井に届く前に一瞬で凝固した。さらに――ゴロゴロバリリ。上空には雷雲が立ち込め、何億ボルトという雷が避雷針となったマグマの塔に直撃する。
「かはっ」
流石の無角童子も呻かずにはいられなかった。こんなトラップを常設されていたらダンジョン攻略者は一溜りもないだろう。
「どうだ? 今のは効いただろう?」
冷えたマグマの上をいつの間にか現れたグリメルが歩いてくる。
「こんな攻略の余地のないめちゃくちゃな階層なんて趣味じゃないのだ。だから敵を本気で叩き潰す時くらいにしか造らないのだが……余の勝ちでいいか?」
マグマの塔から黒焦げの上半身だけを晒している無角童子を見上げ、グリメルは勝ち誇ったようにはにかんだ。
「……」
無角童子は無言。力なく首を垂らしている。
「あれ? ちょっとやりすぎちゃった?」
眉を顰めたグリメルがひょこひょこと無警戒に近づいてきたところで、無角童子はバッ! と頭を上げた。
「――温い!!」
口を開き、妖力を凝縮して撃ち放つ。魔王の魔力砲と同じ原理の一撃に、グリメルは咄嗟に壁を創造して盾にするが――
「うぎゃ!?」
壁は呆気なく破壊され、十歳の小柄な体は紙切れのごとく大きく吹き飛んだ。
無角童子は腕力だけで己を閉じ込めていたマグマの塔を圧し折ると、何事もなかったように地面に着地。大の字で仰向けに倒れているグリメルへと大太刀の切っ先を突きつけた。
「迷宮の神髄とやらは見せてもらった。限定的とはいえ世界の創造は流石と言える。だが、このような児戯で本当に我が屈すると思ったか? やはりまだ子供。少々買い被りすぎていたようだ」
これだけのことをやらかした称賛と、それでも己に届くことのなかった失望感。『那亜を守る』と豪語したからには、無角童子は余程でなければ納得しない。
届かなかったのならば、それが今の限界だ。
「だが、一度は男と認めたのも事実。那亜の手前殺しはせんが、この場で引導を渡してくれよう!」
無角童子は大太刀を引くと、その場で高く飛び上がった。凄まじい妖気が収斂し、無角童子を中心に空間が赤黒く歪む。
「なっ!?」
倒れたまま目を見開くグリメル。無角童子は両手で握った大太刀を大上段に構える。
「我が鬼神の猛威に燃え果てろ」
逆巻く鬼火が刃に纏う。空間が焼け焦げるようなとんでもないエネルギー。さらに背後で鬼火を多重爆発させ、その推進力で無角童子自身が流星と化す。
「――〈鬼々・火夜那流深〉!」
冷えた溶岩の台地が爆散した。
一撃で邸に攻め込んだ妖怪を壊滅させておつりがくるだろう威力。十歳の子供を相手に大人げないとは思う反面、魔王相手と考えればこれでも手加減した方だと言える。
実際、グリメルは満身創痍だが、五体満足で息も意識もあった。
「まだ……まだ……なのだ」
「気概はよし。だが立つな。これ以上は殺しかねん」
無角童子は大太刀を鞘に納め、まだ立ち上がろうとするグリメルにゆっくりと背を向けた。
しかし。
「勘違いされては……困るのだ」
「?」
グリメルの目は、一切死んでいなかった。
「余はまだ神髄を見せていない!」
「なに?」
叫んだ瞬間、無角童子の足下が巨大な龍の顎へと組み変わった。龍は無角童子を喰らって立ち昇り、自らの意思で飛び回る。
「こんなものでッ」
モンスタートラップごとき、今までの階層でも捻じ伏せてきた。今更この程度は悪足掻きにもならない。
「那亜は余が守るのだ! 貴様などに渡すものか!」
「いいや、那亜は我が貰い受ける!」
龍を砕く。その砕いた破片が弾丸となって襲い掛かってきた。それらを全て大太刀で捌いて着地すると――カチッ。なにか踏んだ。
「くっ」
壁や天井や床から無数の矢が飛んできた。流石に捌き切れず何本か背中に刺さる。
「おいっ」
鋭い刺が勢いよく飛び出して大太刀を弾いた。
「ちょ」
拾いに行こうと一歩踏み出すと、より遠くへとワープさせられる。その先には地雷があったようで、大爆発が容赦なく無角童子を吹き飛ばした。
「がはっ、ま、待て――」
大玉が転がり、弱体化の雨が降り、床が抜け、水攻めからの凍結などエトセトラエトセトラ。途切れることのないバリエーション豊富でえげつないトラップのコンボに流石の無角童子もお手玉状態である。
そして気がつくと、両側の壁が迫るという典型的なトラップに無角童子は挟まれていた。
「ぜぇ……ぜぇ……こんな、子供騙しで」
「倒せるとは思っていないのだ」
グリメルが、特大の砲台を創造していた。
放たれるのはオレンジ色の魔力砲。手足を迫る壁についている無角童子は、口から妖力の波動を射出して対抗する。
互いの技がぶつかり合う。
最初の撃ち合いとはわけが違う。お互いに全霊を込めた一撃は、数秒の拮抗を経てグリメルに傾いた。
「おのれぇえええええええええええええええッ!?」
トラップの中にしれっと混じっていた弱体化が効いたのか、壁を抉って迫るオレンジ色の魔力に無角童子は呑まれて消えた。
「フハハ! 余の勝ちなのだ!」
ニカッと満面の笑みを浮かべてガッツポーズをするグリメル。子供特有の無邪気な狂気がそこにあった。
「あ、最後にもう使わない階層は爆破して終わりっと」
ちゅどぉおおおおおおおおおおおん!!
本当に容赦がなかった。