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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
続・百鬼夜行
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那亜、キレる【part 山】

 ノルデンシュルド地下大迷宮第十三階層――玉座の間。

 またの名を、ノルデンショルドの森。

「……来た」

 集まった異世界邸の住人が誰ともなくそう呟いた。戦闘を生業としているものでなくとも感じ取れる、その圧倒的威圧感。


「見つけたぞ、那亜」


 腰に大太刀を佩いた長身痩躯の男――無角童子が腕を薙ぐ。すると、闇のように周囲に生い茂っていた深い森がうすら寒い焔を上げて灼かれ、瞬時に灰塵も残さず燃え尽きた。

「なっ……森が……!?」

 悠希が驚愕に青褪める。隠れ場所を奪われた小動物のように、本能的に体が震え上がった。

「あっちゃー♪ やっこさんそーとーお怒りだぜ☆ フランちゃん、ウィリアムさん、いける?」

「うーん、微妙かな~」

「とは言え、やらねばならんでしょうな」

 異世界邸地下避難組最高戦力三人が改めて無角童子の前に立ち塞がる。しかし三人とも先ほどの戦闘で既に満身創痍であり、そこから完全に立ち直っていない。相対するだけで意識を手放してしまいそうだというのが、正直なところだった。

「ミミちゃん♪」

「セシル様。この体、存分にお使い下さい。」

「サンクスだぜ♪ 負担かけるね☆ ……ついでにアリスちゃんも手伝ってくれたりしてくれると嬉しいな♡」

「わ、『私』は無理なのです!?」

 さらにセシルの隣に並んだミミに対し、焼かれた森に隠れていたらしいアリスは腰を抜かした姿勢のままブンブンと首を横に振った。まあ一介の魔術師にすぎないらしいアリスには負担が大きすぎるだろうと、悠希はこっそりとセシルの無茶ぶりに涙する彼女に同情した。アリスがどれほどの魔術師なのかはよく分かっていないけれど。


「お待ちください」


 と、焼け野原と化した玉座の間に凛とした声が響く。

 声のする方を見ると、無角童子が追いかけていた因縁の相手――那亜が、引き締めた表情で前に出た四人を割って無角童子に歩み寄った。

「那亜さん!」

「那亜!」

 こののと栞那が叫ぶ。

 しかし那亜の足取りは淀みなく、まっすぐに無角童子へと向かう。

「……お久しぶりですね、鬼道丸」

「今世で、再びその名で呼ばれるとはな」

 無角童子が挑発的に笑う。

 那亜は腕を広げ、背後を庇うように無角童子の瞳を見据える。

「言いたいことがあるのなら私が聞きます。その代わり、後ろの方々には手出ししないと約束なさい」

「……もちろんだ。元よりそこの有象無象に用などない。邪魔立てせぬのなら見逃すと約束しよう」

 揚々と頷く無角童子。それにひとまず安堵のため息を吐いた那亜は、改めて無角童子と向き直る。

 記憶の中の無角童子――否、鬼道丸は那亜の腰ほどの身の丈だった。それが今や見上げるほどに成長し、さらに角が砕けるほど強大な妖力を完全に制御できるほどに成長した。

それを、一時は母親代わりに面倒を見た身としては嬉しく思う反面、鬼道丸のためとは言え、彼の父親に手をかけた引け目が胸に閊える。

「それで鬼道丸。一体何の用で邸に押し入ったのです」

「ふん。言わねば分からぬか」

 鬼道丸が不快そうに顔を顰める。

 ああ、やはり、何も知らない鬼道丸はさぞ自分を恨んでいるのだろう。しかしこの首一つで邸の皆を救えるのであれば安いものだと、那亜は静かに覚悟を決めた。

「那亜よ」

 鬼道丸が重々しく口を開いた。











「我が嫁となれ」











「……は?」

 重く長い沈黙を破ったのは誰だったのだろう。少なくとも、その刺々しいまでの一音が那亜の口から発せられたとは、邸の誰もが信じたくはなかった。

「今、何と?」

 しかし続くその言葉の剣呑な響きに、その場の全員が――相対する無角童子を除き、確信した。

 那亜の中の何かが、ぷつりと音を立てて切れたのだと。

「我の嫁になれと言ったのだ、那亜よ」

 しかし無角童子は朗々と言葉を続ける。

「かつても我は那亜に嫁になれと幾度となく口にした。そして那亜は我にこう答えたな。『我が立派な鬼となることができれば』と!」

「…………」

「その言葉を信じ、我は今日まで精進してきた! 失くした角の変わりに、妖力を力で捻じ伏せられるよう体を鍛えた! さらに力だけでなく暴れる妖力の流れを逆に利用するよう古今東西様々な術を身に着けた! 那亜の言う通りに嫌いな青菜だって食えるようになった!」

「…………」

 自慢げに語る無角童子に何故か愛嬌を感じられるようになった住人たちは、逆に沈黙を続ける那亜に薄ら寒いものが漂い始めたのに気付いた。無角童子も早く気付けと内心焦りだす。

「我はもう幼き頃の我ではない! 誰もが恐れ、平伏すような『立派な鬼』となった! 今こそ、那亜を嫁に迎える準備ができたと確信し、この地に馳せ参じたのだ!!」

「……あなたの父親を殺した私を恨んで、攻め入ったのではないのですか?」

「うん? ああ、あの自分の子を道具としか思っておらん下衆のことか? あんなもの、そもそも我の眼中にない。恨みなど微塵もない」

「……そうですか」

これは私の責任ですね。ぽつりと、那亜が呟く。

 そして割烹着の懐をあさり――長年使いこんで薄く短くなったものの、よく手入れのされた一振りの包丁を取り出した。

「那亜……?」

 そこに至り、ようやく無角童子も何かがおかしいと気が付き始めた。

 強者を薙ぎ倒し、那亜の元まで駆けつけた自分の姿に感涙こそすれ、何故刃を取り出したのか、理解できなかった。

「一つ確認です、鬼道丸。グリメルちゃんをどうしました」

「あ、あの童姿の魔王のことか? 奴ならば上の階層で戦い、我が勝利を収め――」

「そうですか」


 鬼技「惨舞颪(さんまいおろし)


「ぐっ……!?」

 那亜が包丁を縦に二度振るう。

 すると無角童子の露出させた胸元に紅い線が奔り、遅れてぷしっと音を立てて血飛沫が爆ぜた。

「那亜!?」

「あなたには再教育が必要なようです」


鬼技「威弔斬(いちょうぎり)


 那亜が包丁を振るうたび、無角童子の肌が切り裂かれる。致命傷には至っていないものの決して傷は浅くはなく、ここまで傷らしい傷をほぼ負うことなく攻め入ってきた無角童子をじわじわと嬲り刻んでいく。

「私が酸っぱく立派な鬼となれと口にしたのは、『恐れ』ではなく『畏れ』で百鬼を従えよという意味なのでしたが、あなたには通じていなかったようですね」

「な、那亜!?」

「図体ばかり育っただけで中身は幼いまま。あなたのそれは力に溺れていると言うのです」


 鬼技「活螺剥(かつらむき)


「あまつさえ、私欲にまで溺れて私の領域で子供に手を出したと。子供の守り神である私に対する冒涜――覚悟はできているのでしょうね」

「あ、あれは男と男の決闘で……!」


「 問 答 無 用 」


 鬼技「魅迅(みじん)――


「待つのだ、那亜」


「……っ!?」

 今まさに振るわれようとした包丁の切っ先が、浅黒い小さな手の平で受け止められる。

「き、貴様……!?」

「グリメルちゃん!?」

 那亜は咄嗟に刃を離す。地面に突き刺さった包丁を拾い上げ、グリメルは那亜にそっと差し出した。

「那亜のその包丁は余らに美味しいご飯を作るためにあるのだ。こんなことのために振るってはいけないのだ」

「グリメルちゃん……」

「それに、その男言っていることは正しいのだ。余とそやつは、男と男として戦った――まだ、勝敗は決まってはいないがな」

「……っ!?」


 どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!


 一切の挙動なしに生成された巨大な砲台が、ほぼ零距離で無角童子を撃ち抜く。流石の無角童子もそれには対処できずに直撃を喰らい、大きく吹き飛ばされる。

 しかし即座に足元に鬼火を発生させて勢いを殺し、荒野に着地する。

「鬼よ、悪いが那亜は貴様には渡せないのだ」

 それを見届けたグリメルが、那亜を始めとした邸の住人を守り、取り囲むように壁を創り上げる。

「グリメルちゃん!」

「那亜にも悪いが、手出しはしないで欲しいのだ。これは魔王の――否、男の意地の戦いなのだ」

 そしてパキリと音を立て、グリメルの体が軋む。


()()()()()()()のは、随分と久しぶりだな」


 パキリパキリと音を立て、グリメルの体が徐々に大きくなる。

「ちっ……!」

 それを目にした無角童子は腰の大太刀に手をかける。


「さあ、第二ラウンドと行こうぞ」


 一回りほど大きく()()した迷宮の魔王は、自身の周囲に数多の砲塔を作り出しながら無角童子と相対した。


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