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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
続・百鬼夜行
114/169

角無しの鬼と迷宮の魔王【Part夙】

 烏天狗。

 烏のような嘴を持ち、自在に飛翔する妖怪。烏と名前はついているが、その翼は猛禽類のような羽毛で覆われている。

 神通力、そして剣術に秀でており、彼の牛若丸に剣を教えたとも言われている。

 しかし、いくら剣術に長けていようと魔王エティスの首を落とすほどの力はない。

 本来、烏天狗が用いないその力は――

「〈反転〉。やつがれが予想するに、麓の街を襲撃している一体と同じく『天逆毎』を根源とする力であろう?」

 看破され、烏天狗は素直に肯定する。

「そうだよ。お前がこれまで他者に与えた傷を、時間を飛び越えて跳ね返してるのさ。天真子は神としての転生体だけど、ボクは天狗としての転生体。その辺の烏天狗と一緒にしないでよね!」

 ごとり、と女の頭部が床に落ちる。エティスの胴体がそれを拾い上げ、まるで一昔前のロボットギャグ漫画のように首に装着した。

 これでかれこれ六百六十六回目である。

「人間の姿になったのならいい加減死になよ?」

「死んでいるとも。六百六十六回。しかし流石のやつがれも死の快楽にはそろそろ飽いてきた頃。なにか新しい刺激が欲しいものよ。ふむ」

 チラリと烏天狗を見たエティスが、なにやら思いついたようにポンと手を叩いた。

「烏天狗の子よ。やつがれにパンツを見せよ」

「なんで!?」

「攻められるばかりも悪くはないが、たまには攻めてみようという趣向の切り替えである」

「共感できないね。攻められる方がいいに決まってるじゃないか! あとボクのパンツは無角様以外に見せる気ないよ!」

 スカートを押さえてたじろぐ烏天狗。また背後を取られては敵わないので、そこには十全な注意を払っておく。

「うぬではやつがれは殺せぬ。やつがれも力を落とした故、うぬを仕留め切れぬ。さてさてどうしたものか。この停滞を楽しむつもりであったが、些か退屈だとやつがれ気づく」

「ボクは早く無角様に合いたいんだけどね。そしてボクなんか存在してないように無視されてぇ、えへえへ、それでもしつこく声をかけてたら邪険そうにぶん投げられたりしてもう最高むへへ♪ ――ハッ!」

 妄想の世界に旅立ちそうだった烏天狗だったが、既のところで現実に立ち戻る。大きすぎる隙だったにも関わらず、エティスはなにやら考え込んだまま動かない。

 そして――

「では、こうしよう」

 なにかを思いついたエティスはパンパンと二回柏手を打った。すると、この気持ち悪い空間の中心に二台のマッサージ機のような椅子が出現する。

「なにそれ?」

「電気椅子である」

「なにそれ! い、いや、お前の出したものなんかに興味なんて……興味なんてないから!」

 あれに座ったら電流が流れてビリビリするのだろう。拷問器具。是非座ってみたいが、アレは敵が出した道具。警戒はするべきだ。でもビリビリしたい。

「これはただの電気椅子ではないぞ。しばし待たれよ」

 シュッ、とエティスの姿が消えた。かと思えば、再びどこからともなく現れる。その手には筋肉質な巨体の妖怪を掴んでいた。

 見覚えはある。が、なんの妖怪だったか興味なさすぎて覚えていない。

「えっ!? ここどこ!? 誰だあんた!?」

「都合よく邸の前に丁度よい妖がおったので攫ってきた」

「その妖怪を人質にでもする気? 生憎だけど、まったく意味ないよ?」

「そうではない」

 エティスは巨体の妖怪を引きずり、先程出した電気椅子へと座らせた。

「待って!? なにする気!? ねえなにする――あばばばばばばばッ!?」

 電気椅子に電流が流れたようで、骨まで見える勢いで巨体の妖怪があばばばする。数秒としない内にそいつは煙を吹いて床に倒れ伏した。

「い、イチタリナイ……か」

 ガクリ、と昇天する妖怪。思い出した。彼は妖怪・一不足(イチタリナイ)だ。

「このように、最も弱い出力でもその辺の妖では二秒と堪えられぬよう設計されておる。この椅子にやつがれとうぬが座り、徐々に出力を上げながらどちらが先に根を上げるか競うげぇむだ。うぬが勝てばこの空間から解放してやろう」

 単純な暴力による勝負では決着がつかない。だからこそのゲーム。しかもこのルールならば、〈反転〉でダメージを快楽に変えられる烏天狗に有利だ。

「いいよ、その勝負乗った!」

「やつがれが勝てばパンツをいただく!」

「それはやだぁ!?」

 変態たちのドM勝負が今、始まる。


        ***


 異世界邸正面玄関。

「ねえ今一瞬だけ変態羊来なかった!?」

「妖怪・一不足を掴んでどっかに行きましたわ」


        ***


 ノルデンショルド地下大迷宮第十階層――祭壇。

「……解せんな」

 五階層の闘技場ほどではないにしろ、広く造られたその空間に辿り着いた無角童子は、目の前に立ちはだかった小さな存在を見て眉を顰めた。

「子供を盾に使うほど、ここの住人は愚かということか?」

 あの那亜が身を寄せている邸だ。頭の悪そうな連中はちらほら見えたが、性根の腐った者はいないと無角童子は考えていた。たとえその子供がとてつもない力を持っていようと、大人より先に戦わせるなど彼女が許すはずもない。

「それは違うのだ。ここへは余が勝手に来ただけだ」

 褐色の肌をした五歳児ほどの少年は、気丈にも無角童子を睨め上げてそう告げた。どうやら、見込み違いというわけではなさそうだ。

 少年は少年の意思でここにいる。

「なんのために?」

「お前を、那亜に近づけさせないためだ!」

 問いかけに即答する少年。微塵も憶することのない強い意志がその瞳に宿っていた。

 数秒、睨み合う。その間、少年は一瞬たりとも無角童子から目を逸らさなかった。大人の術者でも無角童子と対峙すれば怯え、腰が抜け、命を乞うことを考え始めるというのに。

 フッ、と無角童子の口元が緩む。

「よい眼をしている。我に子供を嬲る趣味はないが、貴様を降さねば先へ進めぬと理解した。まずは名を聞こう」

「グリメル・D・トランキュリティ。余は、『迷宮の魔王』なのだ」

 ただの子供ではないと感じていたが……なるほど、魔王。この不可解な迷宮を生み出しているのはこの少年だろう。となると、彼を殺してしまうと迷宮は崩壊し、どことも知れない空間に投げ出されてしまう恐れがある。

 だが、()()()()()()()

「助けは来ぬぞ?」

「必要ないのだ!」

「よく咆えた」

 気炎を吐いた少年――グリメルを、無角童子は完全に敵と認識した。赤黒い鬼火をグリメルの周囲に出現させ、迷宮全体に響くほどの大爆発を引き起こす。

 並の術者であればたとえ防御が間に合おうと骨も残らないだろう。だが、これで終わるとは無角童子も考えていない。

 爆炎が晴れる。

 そこにはドーム状の壁が形成されていた。迷宮の壁よりさらに頑丈だと思われるそれは、無角童子の鬼火を見事に防ぎ切っている。

「その程度の炎、『黒き劫火』に比べたら涼しいぞ!」

 ドームが解除され、中から現れた褐色少年が右手を翳す。刹那、無角童子の足下から無数の槍が突き上げた。

「む?」

 後ろに跳んで回避する。着地地点の床に底の見えない大穴が開いた。鬼火の小爆発を踏み台にして落下を免れるも、今度は四方八方から壁が迫り無角童子の巨体を押し潰した。

 壁に罅が入り、爆砕する。

「なるほど、この迷宮すべてが貴様の思うままか」

 無傷で着地する無角童子にグリメルは舌打ちし、二体の巨大イノシシ――〈猛進する大牙〉を生み出して左右から挟撃させる。

 無角童子は突進してくる巨大イノシシをそれぞれ片手で受け止めた。即席の量産型であるためか、第二階層に配置されていたイノシシよりも少し弱い。鬼火を放出して二体同時に焼失させる。この程度の温い攻撃など無角童子には通じない。

 だが、一瞬の隙は生まれた。

「……ッ」

 無角童子は僅かに目を瞠った。グリメルの背後――そこに、複雑に組み上がった巨大な砲台が聳えていたのだ。

()()()()()()とは数奇なものよ」

「余の魔力、受け切れるものなら受けてみろ!」

 砲台に莫大な魔力が収斂していく。茶色がかったオレンジに輝くそれは、あらゆる魔王が生まれながらに習得している純粋な破壊力――魔力砲だ。

「見事。ならばこちらも相応の力で応えねばなるまい」

 無角童子は妖力を高め、特大の鬼火を生成する。それを砲台から射出されたオレンジの光線へと正面衝突させた。

 両者の力は拮抗。

 十秒。二十秒。尽きることを知らない力のぶつかり合い。無限の時を感じさせるその激突だったが、やがて趨勢は無角童子に傾いた。

「ぐぅ!?」

 オレンジは赤黒に侵食され、一気に押し負ける。砲台ごとグリメルは鬼火に呑み込まれ、ついでと言わんばかりに背後の迷宮の壁にも大穴が穿たれた。

「我の勝ちだ。通させてもらうぞ」

 子供の姿でこれほどの力を持っていたことに無角童子は驚愕を禁じ得なかった。あと少しでも成長していたら勝敗はわからなかっただろう。

 それでも、太刀を抜くほどではなかったが。

「く……う……」

 幼くとも魔王、流石にまだ息はあるようだ。それも五体満足。無角童子としても迷宮が崩壊すると余計な面倒が増えるため加減したわけだが、腕の一本くらいは消し飛ばすつもりだった。

「悔しがることはない。貴様は強い。ただ、貴様が那亜を守りたいという想いよりも我の方が強かっただけのこと」

 無角童子は地面に倒れ伏したグリメルにそれだけ告げると、下層へ向かうため歩を踏み出した。


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