一騎打ち【part山】
「ま、こんなもんかな」
双刀の血糊を拭いながら、瀧宮梓は辺りを見渡す。
彼女の足元には苦痛のないよう一刀で首を斬り落とされた大小様々な鬼の亡骸が転がっていた。一部なかなか強力な鬼もいたものの、対多戦に特化した彼女からすれば、千やそこらの鬼など物の数ではない。むしろ相手が多いほど燃えるタチである。
「はー、はー……!」
「さ、流石にしんどい……」
とは言え、それは戦慣れした梓だけの話。実質、今日が初陣である畔井真理華・駿河姉弟は肩で息しながら地に膝ついている。致命的な負傷こそないものの、何発か気合の入った攻撃をもらっており、青痣や切り傷が目立つ。対して遠方からの狙撃による援護もあったとはいえ、梓は返り血に塗れてはいるものの無傷。戦歴の違いであった。
「はいはい、お疲れさん。やっぱ3人だと片付くの早くていいわね。兄貴の迎えが来る前に片付くとは思わなかったわ」
と、呪紋の施された包帯を取り出し、特に姉の肉壁となって率先して鬼の攻撃を受けていた駿河の傷口に巻いていく。梓と駿河の魔力に呼応し、術が発動して傷を癒していく。
「ありがとうございます……」
「どうしたら梓お姉みたいに強くなれるのかしら」
「場数。二人もせっかくこんな町に住んでんだから、経験積むチャンスはあると思うんだけど」
「うーん、難しいっすね。寺湖田組は表立って動けるわけじゃないから……」
「そういやそうだった。……ほい、終わり。次、マーちゃんね」
「はーい」
無邪気に返事をし、着ていたシャツをめくって腹を出す。脇腹に一発棍棒の一撃をもらったらしく、赤く腫れていた。術による治療であれば痕が残ることはないだろうが、突撃一点だけではなくちゃんと回避してほしい。
「……ま、あたしもこんなんだったかも」
兄が勘当されて、当主候補筆頭であった妹もいなくなり、急に降ってきた次期当主の肩書に押しつぶされないようがむしゃらに修行した梓の思春期は傷と共にあった。今でこそ次期当主という肩書が消え、ただの女子高生兼陰陽師になったからこそ、後輩を気に掛ける余裕ができたというか。
などと干渉にふけっていたら――
ガァン! ガァン! ガァン!
爆音を立て、周囲に巨大な三本の氷柱が出現した。そしてそれぞれを基点に術式が発動し、氷の結界が出現する。
「何事!?」
梓が即座にケータイを取り出して遠方で待機している狙撃手に連絡を取ろうとする。しかしそれよりも早く、結界にヒビが入った。
「……よもや救援間に合わず、後詰は全滅とは」
パアン! と音を立て、結界が砕け散る。
「ああ、拙者はどの面下げて九朗左衛門様の元へ戻ればよいのか」
結界を打ち砕いた栗の大樹のような太く厳つい腕がぬうっと伸びる。指の先には岩をも削りそうな鋭く強靭な豪爪が生え、氷柱を何時も容易く握り潰す。
額には天を貫かんばかりに雄々しく真っ直ぐに伸びる太い一本角。口の脇からは収まりきらない牙がはみ出している。さらに簡易的ながらも鉄板のように分厚い鋼を編み合わせた武骨な甲冑を纏い、腰には何匹もの虎の皮を縫い合わせた腰巻を身に着けた、赤い肌の巨人――これぞ「鬼」と呼ぶに相応しい赤鬼が姿を現した。
「でかいわね。3? 4メートルくらい?」
その巨体から放たれる威圧感に乾燥した唇をぺろりと舐め、湿らせる。
赤鬼はじっと梓の方を見ながら威嚇するように牙をちらつかせる。
「もはや救援の意味もなく、さりとておめおめ戻れば九朗左衛門様はお怒りを買うのは必至。貴公ら三人の首を並べれば、お怒りも収まるだろうか」
「……はっ。あいにくだけど、こっちにはこれ以上戦う理由はないんでね。とっととトンズラさせてもらうわよ」
「で、あれば」
どすん! と地が割れるほどの鈍い重音が周囲から轟いた。唯一無傷の梓を除き、負傷している真理華と駿河は思わず体勢を崩してしまう。
「え……なっ!?」
「一体どこから!?」
態勢を立て直しながら、周囲に視線を向けた二人が驚嘆の声を上げる。
目の前の赤鬼に負けず劣らぬ巨躯を持つ大量の鬼が出現し、三人を取り囲むように出現した。先ほどまでは確かに何もいなかったはずだと駿河が冷や汗を垂らす中、梓は顔色一つ変えずに赤鬼のみに相対する。
「少女よ。拙者と一騎打ちをせよ。応えれば、その負傷している二人は見逃してやろう」
「……一応聞いとくけど、拒否したら?」
「今ここにいる百鬼全てをもって、貴公らが血溜りと化すまで嬲り続けるのみよ」
「「……っ!!」」
息を呑む真理華と駿河。しかし梓は変わらぬ調子で「うーん」と頭をかく。
「……ま、しゃーないか」
「梓お姉!?」
真理華が悲鳴を上げるが、当の梓は何がおかしいのかクスクスと笑いながら手を振ってくる。
「ま、大丈夫大丈夫。二人は下がってな」
「……ごめん、俺らが足引っ張って」
「気にすんな。これから頑張りゃいいのよ」
ぽんぽんと駿河の肩を叩き、改めて梓は赤鬼と向き直る。
「いいよ、やろう」
「ふむ、大した胆力よ! 拙者を前にしてそれほど据わった態度を見せた者は初めてよ! この一騎打ち、愉しませてもらうぞ!」
「おっと、その前に二人を安全なところまで避難させるのが先よ。この囲みをどけてちょうだい」
「……よかろう。伽耶よ」
「はいなぁ」
と、この場に似つかわしくない鈴を転がすような愛らしい声が聞こえてきた。
見ると、大鬼の囲みの隙間から小柄な影が駆けてくるのが見えた。周囲の鬼たちのインパクトが強すぎて全く気付かなかったが、どうやら彼女も鬼らしい。額から小さく赤い角が二本生えていた。
「この辺りは天真子様の影響で神門になっとるけどぉ、ウチらの瘴気に集まってきた妖はまだまだぎょうさんおるからなぁ。ウチが安全なところまで送ったるなぁ」
「え、あ、ども」
「こんなちっちゃくて可愛い鬼もいるのね」
確かに、伽耶と呼ばれた女小鬼は、決して身長は高くない梓から見ても小さい。さらにほんわかとした喋り方と愛嬌のある笑顔でこちらの庇護欲をくすぐってくる――が、梓は内心舌打ちをする。
十中八九、彼女は監視役だ。もし立ち合い中に遠くに待機している狙撃手が横やりを入れてくれば、二人の首は即座に地面に転がることになるだろう。現に二人を連れて囲みの外へと向かう伽耶の両手から漂う血生臭さは梓には誤魔化されない。
ついでに、周囲を取り囲む百鬼を巻き込んで一対多という梓の最も得意とする状況に持ち込むことも厳しい。下手に怒りを買って二人に危害が及ぶのは避けたい。
「っつーことだから、手ぇ出すなよ」
『……了解。羽黒さんには僕から連絡しとく』
『アズサ、気を付けて!』
先ほど繋いでいたケータイから声が漏れ、通話が切れる。それを確認してからコキコキと肩回りの関節を解しながら美麗な太刀と武骨な直刀を構える。
「さて、お待たせしたね」
「構わぬ。改めて――」
赤鬼は腕を背に伸ばし、背負っていた巨大な金棒をぶぅんと異音が響くほどの勢いで振り抜いた。
「山ン本九朗左衛門一派が鬼頭・朧! 押して参る!」
「八百刀流陰陽道、無所属――瀧宮梓! 来ませい!」