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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
続・百鬼夜行
105/175

避難民たちの危機【Part夙】

 異世界邸――ノルデンショルド地下大迷宮第五階層。

 空間が歪んでいるとしか思えないだだっ広い円形闘技場(コロッセオ)の中心に、戦いに参加していない住民たちが避難していた。

 そこでは丁度炊き出しが行われており、那亜が作ったスープをミミたちメイド組が忙しなく配膳している。

「お父さんたち大丈夫かな?」

 那亜特性のカボチャスープを啜り、こののが心配そうに闘技場の天井を仰いだ。地下だというのにどういうわけか青空が広がっているそこは平和そのものであり、地上では押し寄せる妖怪たちとの攻防が繰り広げられているとは思えない。

「なにも心配いりませんよ、このの。あのデタラメ連中がその辺の妖怪ごときに負けるなんてまずねーことです」

 悠希はこののと並ぶように隣に腰を下ろす。『その辺の妖怪』と呼べる存在を見たことないから確証のある言葉ではないが、彼らの武力的な意味での強さにおいては全幅の信頼を寄せている悠希である。なにせ一人一人がこの標準世界の平均を底上げしているような連中なのだ。

「安心させることは大切だが、慢心はしない方がいいぞ」

 すると、悠希の母である中西栞那がやれやれと肩を竦めてやってきた。

「白蟻の魔王の時を忘れたか? あいつらなら余裕だろうと思っていたのに、幹部には苦戦し、魔王には壊滅寸前まで追い込まれたんだ。管理人が覚醒しなかったら我々の方が滅んでいた」

「ぐっ……ですけど、今はあの時とは違うじゃねえですか。フォルミーカも味方になってますし、カベルネだっています。変態は……変態ですけど」

 戦力的には確実に前とは比べ物にならないくらい上がっている。トカゲやポンコツや駄ルキリーもたぶん前より強くなっているはずだ。

 それは栞那もわかっているようで、神妙な顔で頷いた。

「ああ、わかっている。だから注意だけは怠るなという話だ」

 言われなくとも、悠希だって思考の隅では理解していた。だがそれを表に出してしまうと不安に押し潰されそうだったから口にしなかったのだ。

 栞那は敢えてそこをハッキリと言葉にした。住民たちの不安を煽ることになっても、緊急の事態に呆けることなく即対応できるように。

「あの、万が一管理人たちが突破されたとして、ここは本当に安全なのです?」

 スープを持つ手を震わせながらアリスが栞那に訊ねた。栞那はふむと唸ると、口元に手をやって逡巡する。

「完全な安全地帯とは言えないな。だが、階層の転移機能はセシルが停止させている。敵がこの場所に辿り着くには迷宮を一層ずつクリアしなければならない。最悪、その間にもっと下の階層まで避難しなければならなくなるだろう。準備と覚悟だけはしておけ」

「わ、わかったのです」

 アリスは頷くと、スープを一気に飲み干してからたたたっと去って行った。彼女は他の住民たちにも今の言葉を伝え、避難所からの避難準備を促している。

「ここまで到達できる敵なら下に逃げても意味あるんですかね……?」

 無論、階層が深ければ深いほど迷宮の難易度は上がっていく。だが、そんなものよりあの管理人たちを突破する方が高難易度な気がする悠希だった。

 と、悠希たちの前に五歳くらいの幼児が立ち、自信に満ちた表情で胸を張った。

「大丈夫なのだ。それぞれの階層には余の下僕を配置しておるゆえ、敵が来ても返り討ちにしてやるぞ」

 グリメル・D・トランキュリティ――この大迷宮そのものを生み出した『迷宮の魔王』は、悠希たちの不安を振り払うように明るく笑った。

「グリメル……ふふ、ありがとう」

 こののは強がりでもなんでもないグリメルに勇気を貰ったのか、柔らかく微笑んで彼の頭を撫でた。するとグリメルは恥ずかしいのか、僅かに頬を赤くしてそっぽを――今もスープの鍋を掻き混ぜている那亜の方を見る。

「那亜は余が守るからな! ついでにお前たちも守って――」

 グリメルは言葉が途切り、バッ! と勢いよく天井を見上げた。その表情は今の今までとは打って変わり、子供とは思えない深刻さを孕んでいた。

 そして――

「皆の者! 逃げよ!」


 ちゅどぉおおおおおおおおおおおおおん!!


 グリメルが叫んだ直後、青空が罅割れ、爆発と共に盛大に崩落した。

 ドゴォン! と。

 落下してきた瓦礫ではない巨大な質量が闘技場の地面にクレーターを形成する。巻き起こった土煙が晴れると、それが鉄仮面をした巨大猪だとわかった。

「〈猛進する大牙〉!?」

 グリメルが驚愕する。悠希も見覚えがある。アレは確か、第二階層に配置した階層支配者(フロアマスター)だったはずだ。

 ジョンとは違い、生物としての意思のない、迷宮とグリメルの能力によって湧出する防衛システム。それが完膚なきまでに打ちのめされており、巨大な質量は闘技場の地面へと染み込むように消えていった。

 代わりにそこには、一人の半裸の大男が屹立していた。


「このような場所に隠れていたか。捜したぞ、那亜よ」


 男の表情からは歓喜も憤怒も安堵も億劫も、感情と呼べるものはなにも読み取れない。ただ他の住民はその辺の小石だとでもいうように、那亜だけを真っ直ぐに見据えていた。

「あなたは……」

「あいつを倒せ! 〈苛烈なる猛虎〉!」

 那亜が目を見開いたその瞬間、グリメルが声を張り上げ、住民たちの頭上を飛び越えて虎の仮面と毛皮を纏った戦士が敵に襲いかかった。

「なにをしておるお前たち! 早く逃げ――」

 グリメルが後ろの住民たちを振り返るのと同時に、ゴッ! と鈍く嫌な音が闘技場内に響き渡った。

 腹部を素手で貫かれた虎の大男が、そのまま軽々と持ち上げられていた。

 続いて紅蓮の鬼火が爆発し、虎男を一瞬で消し炭に変える。

「嘘だ。〈苛烈なる猛虎〉が……」

 信じられないものを見たように瞠目するグリメルに、悠希は恐る恐る訊ねる。

「あの虎の人、そんなに強かったんですか?」

「奴は第五階層支配者――〈苛烈なる猛虎〉だ」

 答えたのはグリメルではなく、もっと成熟した雰囲気のバリトンボイスだった。

「特殊能力こそないものの最強の身体能力を有している。その実力は〈猛進する大牙〉の突進を片手で受け止めて投げ飛ばせるほどだ」

 その声が悠希の足下にいる黒兎のぬいぐるみから放たれたものだと気づくのに数秒かかった。セシルが魔術的に迷宮のシステムから支配権を奪った〈貪欲の黒兎〉のラピである。

「アハッ♪ まさか普通はぶっ壊せない迷宮の床をぶち抜いてくるとはビックリだね☆」

「それ程の規格外か~。上位魔王クラスはありそうだね~」

 敵の半裸男の周囲に無数の魔法陣が展開する。さらに追撃とばかりにロケットランチャーがぶっ放され、闘技場の一部分が一瞬にして火の海と化した。

 セシルとフランチェスカだ。

 有無を言わさず全力広範囲攻撃を仕掛けたのは正解だったらしく、すぐに闘技場の奥から栞那が駆けてきた。

「転移陣を起動した! 全員早く! 十層まで避難だ!」

 栞那に指示され、アリスやリックたちがワーワーと転移陣へと逃げ込んでいく。だが、中にはそうではない者もいた。

「いえ、全員はよろしくない。彼を討つか足止めする者が残らなければすぐに追いつかれると存じます」

 手袋を嵌め直したウィリアムがセシルとフランチェスカの前に立ち、爆炎立ち込める先を睥睨する。彼は、いやセシルやフランチェスカも、あの程度で倒せたとはこれっぽっちも思っていないようだった。

「そういうこと♪ ここはセシルちゃんたちに任せて先に行って☆」

「あいつをぶっ飛ばしてから~、すぐ追いかけるよ~」

「死亡フラグ立てんな!?」

 こんな時までこの二人は緊張感がない、と悠希は頼もしさと一抹の不安を抱えて溜息をつくのだった。

「ふむ、地上が全滅したとは考えにくい。となると、搦め手を使えば倒せずとも管理人たちが駆けつけるまでの足止めはできよう」

「……」

 この場に残るのはウィリアム、セシル、フランチェスカ、そしてラピとセシル専属メイドのミミだけだ。だけと言っても、避難民側のほぼ全戦力である。

「さあ、グリメルちゃんも!」

 那亜がグリメルに手を差し伸べる。だが、グリメルはその手を乱暴に払った。

「余も行かぬ! あいつはここで余が止めるのだ!」

「それはダーメ♪」

「なっ!?」

 ひょいっとグリメルの襟首を掴んだセシルが、その小さな体を那亜へと投げ渡した。

「なにをする刺青女!?」

「『迷宮の魔王』が死ねばこの迷宮が消滅するからね♪ 君は那亜を守るんだろう? だったら片時も傍を離れちゃダメだぞ☆」

 諭されるように言われると、グリメルはバツが悪そうにぐっと黙り込んだ。

「代わりに~、ユーキちゃんが残ってくれるから~」

「ふぁ!?」

 まさかの白羽の矢に悠希は変な声が出た。

「ふ、ふざけんじゃねえですよ!? 一般人の中学生にあんなバケモノと戦えっていうんですか!?」

「はい♪ 変身ステッキ☆」

「なんで持ってんですか!?」

 セシルが普通に出してきた魔法少女のステッキを見て悠希はぎょっとする。念のため持って来た荷物の中に混ぜてはいたが、いつの間にパクったのだこの刺青女は。

「悠希ちゃん、そろそろ認めなよ~。悠希ちゃんはもう一般人じゃなくて逸般人なんだから~」

「やめろ聞きたくねえです!?」

「流石に無理をさせるつもりはないって♪ 援護だけして危なくなったら逃げて状況をみんなに伝える、それが悠希ちゃんの大事な役目さ☆」

 セシルが流し目で栞那を見る。栞那は静かに首を横に振った。

「許可できんな。それでも一応大事な娘だ」

「そっか♪ ざーんねん☆」

「ユーキちゃんがいれば百人力だったのにな~」

 やはり冗談だったのか、セシルとフランチェスカは苦笑するだけでそれ以上引き込むようなことはしなかった。

 いや、今回はガチで悠希を守りながら戦える自信がなかったのかもしれない。

「悠希、行こ。きっとすぐお父さんが来てくれるから」

 このの手を引かれ、悠希は転移の魔法陣へと飛び込む。


「さてさて♪ 管理人たちにも止められなかったあの鬼相手に――」

「この面子で、どこまで立ち向かえるかな~?」


 転移が完了する前に見た光景は、無傷で爆炎を吹き飛ばして現れた敵の男と、それに立ち向かう彼女たちの姿だった。

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