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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
百鬼夜行
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百鬼VS異世界邸【Part夙】

 銀の斬閃が一度に数体の妖を斬り飛ばす。

「数だけ多くても楽しくないです。我こそはと思う強者よ、名乗り出てください!」

 いくら上位の妖でも半神の戦乙女には太刀打ちできないようで、屍の山が積み上がってきた段階で無謀な突進を仕掛ける者は少なくなっていた。

 ジークルーネは不満を顔に出す。斬っても斬っても満たされない。これでは戦いではなく虐殺だ。蹂躙だ。ジークルーネが求めるモノは、もっとこう血沸き肉躍るぶつかり合いである。

 面白くない。

 楽しくない。

 このまま妖は放置して貴文に勝負を仕掛けた方が何百倍も――


 ギン! と。


 真正面から超高速で突き出された薙刀の一撃を、ジークルーネは大鎌の腹で受け止めた。

「……異界の半神よ。戦に飢えておるなれば、某がお相手仕る」

 それは木の枝のような角を額から二本生やした男鬼だった。緑の袴に長大な薙刀。纏う妖気は今までジークルーネが蹴散らした妖たちとは比べ物にならない。

 間違いなく、強い。

 ジークルーネの表情筋が緩む。

「いいですね。あなたはとてもいいです。えへへ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「……茨木童子・黒鋼丸」

 薙刀を乱舞する茨木童子に、ジークルーネも大鎌を振り翳す。

「私はジークルーネです。お互い悔いの残らない戦いにしましょう!」

「……参る!」

 刃が衝突し、火花と剣戟音と衝撃波が飛び散る。


        ***


 ジョンは思い出していた。

 かつて数多の挑戦者を屠ってきた強さを。何人たりとも第二階層への道に踏み込ませなかった自信を。そして時にはこちらから討って出て主の敵を狩り尽していた野生を。

 牙が、爪が、鮮血を求める。

「わぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」

 夜天に轟く雄叫びは、萎縮する妖どもにその存在を刻みつける。


『鮮血の番狼』ここにあり、と!


「そうである。我輩はなにを腑抜けていたであるか!」

 炎を吐く。全てを融解させる灼熱の業火は有象無象の妖など簡単に薙ぎ払える。異世界邸に多くの化け物が住んでいるせいですっかり忘れていた。

 自分は強い。

 でなければ、我が主から最初の門番を任されるはずがないのだ。

「どうしたであるか雑魚ども! もっと、もっと我輩にその血肉を差し出すのであーる!」

 要するに。

 ジョンは調子に乗っていた。


「人間に飼われた犬の分際で、おらの視界に入るとは万死に値するぜよ!」


 目にも留まらぬ速度で接近したなにかが、ジョンの横っ面を思いっ切り殴り飛ばした。

「きゃいん!? だ、誰であるか!?」

 チワワとはいえマンモス級のサイズ。それを簡単に横転させた相手にジョンは戦慄を覚える。

「ああ、憎たらしい。憎たらしいぜよ。人間も、奴らに飼われた犬もなにもかも、この犬神が呪い殺してやるぜよ!」

 そこには犬歯を剥いてジョンを睨みつける少年が立っていた。見た目はどこにでもいそうな中高生だが、全身に纏っている怨念のオーラは周囲に味方の妖すら寄せつけないほど半端ない。

「なんかとんでもなくおっかなさそうな奴が来たである!?」

「牙を食い縛るぜよ、愛玩動物。おらがその首貰ってやるぜよ!」

「ぎゃわん!? こいつやべーである!? 誰か助けてくれなのであーる!?」

 良くも悪くも躾のなっているチワワは、ガクガクと震えて尻尾を股の間に隠すのだった。


        ***


 地上でジョンが悲鳴を上げている頃――異世界邸の上空。

「あらら~? いきなりなにも見えなくなっちゃった~?」

 飛行型の妖を千切っては投げていたカベルネは今、暗闇の中に囚われていた。

 あれはそう、チチチと雀の鳴き声みたいな音が聞こえ、周囲に黒い羽根がばら撒かれた途端だった。

「チッチッチ、視界を奪われてどこまで戦えるかな?」

 どこからともなく少女の声が聞こえる。

「えっと、どちら様~?」

「チーは夜雀さ。個人の名前は言わなくていいよね、天使さんは?」

「チーちゃんだね~。私はカベルネだよ~」

「気安く呼ぶなし!? お前ムカつくな。一気に片づけてあげるよ、チッチッチ」

 なにかが射出される音。

 続いてチクリとした痛みが左腕から伝わる。

「おや~?」

 左腕の感覚が消えた。力が入らないとかではない。肩から先がまるで喪失したような感覚だ。

 とりあえずその辺を右手の魔力で爆撃してみるが、手応えがないどころかこの暗闇が晴れることもなかった。

「これは、ん~、ちょっと面倒かも~」

 のんびり口調は変わらぬまま、カベルネは困ったように天を仰いだ。


        ***


「おうおう、こっから先は通さねえぜ」

「我らの相手をしてもらおうか」

 雑魚を蹴散らした竜神とアンドロイドは、ズカズカと真っ直ぐに異世界邸へと向かおうとしている男の前に立ちはだかった。

 そいつは赤黒いロングマフラーをした半裸の男だった。凄まじい妖気を感じるが、そんなことで怯むようなら毎日管理人の折檻を受けてなどいない二人である。

「退け、貴様らに用はない」

 男の方も竜神とアンドロイドになど微塵も臆さず、冷徹にそう告げる。

「ハン! 退けと言われて退く馬鹿がどこの世界にいやがるってんだぁ?」

「いや兄弟よ、こういう状況でなければそれはただの迷惑な奴では?」

 道を譲る気など毛頭ない。そんなことをして管理人にボコボコにされるのも嫌だが、なによりやっと雑魚じゃない妖が現れたのだ。戦ってみたいと思うのが戦闘狂の本望である。

「退かぬなら押し通るのみ」

「やってみろ! 俺様のドラゴンブレスでくたばれ!」

「我のグレードアップした対魔族ミサイルを喰らえ!」

 竜神が灼熱のブレスを吐き、アンドロイドが全身の発射口からミサイルを射出する。様子見程度の技と威力ではあるが、男は避けようともせず――

「出番だ、肉壁ども」

 後ろに控えていた二体の妖を前に出した。

「肉壁って言うな殺すぞ!?」

「ハッハーッ! だが、こいつらの相手は面白そうだ!」

 一本の長く太い角を持つ鬼が炎を腕力だけで薙ぎ払い、背中に燃える車輪を背負った男が火炎弾を放ってミサイルを迎撃した。

「チッ、この程度は効かねえ――あ?」

「奴らも相当上位の妖なのだろ――ん?」

 警戒を強めようとした竜神とアンドロイドだったが、攻撃を弾いた二体の後ろで男のロングマフラーをくいくい引っ張っている少女がいることに気づいた。

「無角様無角様、ボクは? ねえボクは? ボクも肉壁だよね? さあどんどん使って! うへへ、お尻とか蹴っ飛ばされて敵陣の真っただ中に放り込まれて、可愛いボクを寄って集ってみんなが嬲って、その様子をニヤニヤしながらハイビジョンで記録されたりなんかしたらハァ……ハァ……んんッ」

「……」

「……」

「……」

「……」

 長い長―い沈黙が下りた。

「なあ、なんだあのガキ?」

「気にすんな! それより戦いを楽しもうぜ!」

「いや、明らかに様子が」

「敵の心配してる場合じゃねえだろハッハーッ!」

 どうやら角と車輪の妖はあの少女を全力で見なかったことにしたいらしい。

「ん、あいつはどこだ?」

「なっ!? いつの間に我らの後ろに!?」

 と、気づいたらロングマフラーの男が竜神とアンドロイドの脇をすり抜けていた。

「一角、火車、この場は任せたぞ」

「ああ、無角様置いてかないでぇ~!? でも放置されるのも悪くないッ!!」

 邸へと歩を進める男を、なんか恍惚とした表情の少女が慌てたように追いかけて行った。


        ***


 異世界邸――正門前。

「無角童子だっけ? やっぱりあんたはここまで来ちまったか」

 正門を守護する貴文は、目の前に現れた底知れない妖に最大限の警戒態勢を取った。

「貴様はあの時の人間だな。礼を言う。貴様のおかげで那亜の居場所がわかった」

「礼には及ばない。あんたは那亜さんの下には辿り着けないからな」

 無角童子の取り巻きは一人。黒い翼の少女だけだ。変態羊が行方不明になったから焦ったものの、取り巻きをフォルミーカに任せれば貴文は無角童子との戦闘に集中できる。

「本当に、その殿方はあなたが相手するんですの?」

「ああ、ここに招き入れたのは俺の落ち度っぽいからな」

「わかりましたわ。では、わたくしはそちらの可愛らしい少女を……?」

 フォルミーカの言葉が途切れる。見ると、彼女の体に白い糸状の物が何重にも絡みついていた。

「なんですの、これは――ッ!?」

 ギュン、と。

 フォルミーカがまるで一本釣りされたカツオのように糸の根元へと引き寄せられていく。

「フォルミーカ!?」

 糸の先を目で追うと、そこには木上から和服の女性が逆さ吊りになっていた。糸は彼女の手から伸びており、さらにその背中から八本の蜘蛛足が生えている。

「無角はん、この美人はんはあてが貰うてもええどすか?」

「絡新婦か。その女は我の狙いではない。好きにするがいい」

「あの人ぐるぐる巻きに縛られてる! いいなぁいいなぁ!」

「……ついでにコレも持って行ってはくれぬか?」

「ソレはいらへんどす」

「はうあっ!?」

 コレとかソレとか言われた黒い翼の少女は、怒るかと思いきや嬉しそうに奇声を上げてビクンビクンし始めた。

 関わらない方がいい。

 貴文は本能的にそう思った。

「大人しく那亜を出せ。さすれば無駄な戦いは避けられようぞ」

「断る。お前のような奴に那亜さんを渡すわけにはいかない!」

 無角童子の後ろでは少女がやっちゃいけない顔をしてアヘアヘハァハァ言っているが、それはもう見えないことにして貴文は竹串を構えた。無角童子も無視しているようだし。

「ならば消えろ」

 妖気が爆発的に高まる。

 無角童子の掌に異世界邸の結界をぶっ壊したのと同じ鬼火が出現する。やはりアレは流れ弾ではなく、こいつが意図的に破壊したのだ。

 そう思うと、怒りが込み上げてくる。

 話し合いは、もはや不要だ。


「待て無角童子! その人間は我らの獲物だ!」


 一触即発の空気だったところに割り込む声があった。

「なんだ? 新手の妖怪か?」

 貴文は二本の竹串でいつでも攻撃できる体勢にしつつ、横から現れた五体の妖を見る。魑魅魍魎には詳しくないとはいえ、貴文の知らない妖怪ばかりだった。

「我が名は妖怪・一不足いちたりない

 筋肉質な上半身に『一』の文字が刺青された男が前に出てそう名乗った。

「あっしは妖怪・物欲センサー」

 続いて幸薄そうなひょろ男が自分を指す。

「ぼくは妖怪・コード絡ませ」

 全身に様々なコードを巻きつけた少年。

「あてくしは紅一点。妖怪・リモコン隠しよ」

 テレビのリモコンっぽいものを持った少女。

「そしてこいつは妖怪・助平鶏」

「ほもー」

 一不足に抱きかかえられたのは、どこかで見たことあるような気がする鶏だった。

「我らは平成以降に概念が怪異化した新世代の妖である! 今ここで名を上げるため、この場で最も力があると見える貴様を討ぎゃああああああ!?」

「「「一不足!?」」」

 名乗りの途中でなんか悪い気もしたが、貴文はつい竹串をぶっ刺してしまった。

 だが、一不足は倒れなかった。

「無駄だ。我の力は『一足りなくする』こと。貴様のダメージは紙一重で我を倒せなぜぇ……ぜぇ……がふっ」

「瀕死じゃねえか!?」

「よくも一不足を! くらえぼくの必殺『無駄に難解な絡まり方をするコード』! これでお前の足下のコードを――外だからコードがない!?」

「馬鹿なのか!?」

「ならばあてくしがあんたのリモコンを隠して――外だからリモコンがない!?」

「馬鹿なんだろ!?」

「それならお前の物欲を達成できなくしてくれ竹串ぐはぁあああっ!?」

「戦闘中に物欲もクソもあるか!?」

「ほもー」

「黙れ!?」

 なんだこの残念な集団は? 他の妖は最低でも上位レベルの妖気を纏っているのに、こいつらばっかりは近づかれるまでわからなかったほど弱い。

 相手している暇はない。もうさっさと倒して――

「――って無角童子がいない!? あの変な女の子も!? くそ、こいつらの相手してる間に抜けられちまったか! 追わねえと!」

 貴文は異世界邸の中へと戻ろうと踵を返す。

 しかし――

「ひ、瀕死でも一足りないから死なねえ!」

「コードがなけりゃ草を絡ませればいいじゃない!」

「フフフ、あんたの竹串を隠してやったわ!」

「お前は無角童子を追いたいのだろう? ならばその欲望を却下する!」

「ほもー」

「こいつらうぜえ!?」

 文字通り足を引っ張られ、正門先でビターンと盛大に転倒する貴文だった。


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