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転生魔法使いの勇者召喚

作者: アラック

 自分の人生にタイトルを付けるのならば、『異世界に転生して最強の魔法使いになったけど、魔王軍にはどう足掻いても勝てっこない』と言ったところだろうか。前世の私なら、そういったタイトルでも付けて、自分の境遇を茶化していた事だろう。今は皮肉にも冗談にもならないのだが……。


 私は、元は地球の日本に生まれた人間だった。しかし、若くして命を落とし、生前の記憶を持ったまま異世界に転生した。転生者というものだ。


 死因は交通事故だったが、通例とされているトラックやダンプカーにはねられた、というものではない。坂道を猛スピードで下ってきた自転車(ママチャリだ)にはねられて、崖の上から落ちたのだ。自転車を運転していたのは、白いヘルメットを被った田舎くさい女子中学生だった。きっとママチャリのブレーキが壊れていたのだろう。こんな事になってしまって、彼女には本当に悪い事をしたと思っている。


 生前の私は、お世辞にも良くできた人間とは言えなかった。何をやっても駄目、というわけではなかったが、最底辺ではなかった。それがいけなかったのだ。自分よりも下がいるのだと安心して、上を見ないようにしていた。努力を怠っていたのだ。そのツケを払わされる事になるのは、大学を出てからだった。


 就活に失敗し、その事を親に秘密にしてしまった。体裁を取り繕うために、なんとかアルバイトを探して働きはじめはしたが長くは続かず、精神的に参ってしまった。女子中学生の運転する自転車にひかれたのも、新しいアルバイト先を探して家を出た時だった。注意力が散漫になってふらふらしていたのだ。


 そうして、私は命を落とし、異世界へ転生する事となったのだ。



 ◇



 転生した私が生まれ落ちたのは、貧しい農夫の家だった。第二の生を受けた場所が貧しい家であった事に落胆しなかったわけではない。だが、天にも舞い上がるような喜びようを見せる両親を前にしては、そんな落胆もどこかへ行き、逆に申し訳ない気持ちになるのだ。私のような不出来な前世を、その記憶を持つ者が、貴方たちの子として生まれてしまい、本当に申し訳ないと……。


 私は、ごく普通の農夫の息子として、第二の人生を全うする事に決めた。農家はこの世界でも人手不足だ。どの家も兄弟姉妹が沢山いて、みな家の手伝いをして大人になる。私自身もそういう生き方をしよう。


 誰に言われずともひとりでに学び覚えて、才覚を見せるような奇特な真似はしない。両親の言う事を良く聞き、手伝いをして、家族を助けるような息子になろうとしたのだ。平凡で、しかし、家族の事を第一に考えて行動できる人間に……。


 だが、そんな私の考えは早くも躓く事になる。第二の生を受けた私に、魔法の才能が発現したのだ。


 この世界には魔法があり、魔法使いがいる。しかし、その数は人口に対して圧倒的に少ない。魔法使いになれる素質を持ち、知識を貪り鍛練を積んで魔法を使いこなせるようになる人間は、全人口の1%にも満たない。そして、私は魔法使いになる才能を持って生まれて来た。それが目に見える形で発現したため、すぐに国から使者が来て、8歳の誕生日に王宮へ迎えられる事になった。


 この世界において魔法使いと呼ばれる人種は絶対数が少ない。なので、魔法使いに成り得る才能を持つ者が見つかれば、老いも若いも国から使者が来て、宮廷に住まう大魔法使いの下へ弟子として迎えられる事になるのだ。しかも、大魔法使いの弟子となった者の家族は、国から生活が保障される。


 国からの使者にそう説明されて、私は考え込んでしまった。こんな出来そこないの前世を持つ者が平然と家族面をするよりも、富をもたらして消えた方がいいのではと。平凡な農家の息子として生きると決めたのに、申し訳なさと居た堪れなさが蘇ってきてしまったのだ。


 前世の親にすら孝行できなかったのだから、せめて今回は……。その考えは、使者からの話を聞いて泣き崩れる両親を見て吹き飛んでしまった。両親にとっては、子供の中身など関係ない。ただわが子を愛しているのだ。


 ありがたいとは思いながら、それでも私は魔法使いの弟子になる事を決めた。その時、母のお腹の中には私の弟か妹がいて、もう数ヶ月で産まれてくるという時期だった。それだというのに、今年は不作が見込まれていて、どの家も懐事情が厳しい。そうなれば、別の土地に出稼ぎに行く必要も出てきて、父が家を空ける事になる。母のため、そして新しく生まれてくる命のために、父にはこの家に留まって欲しい。


 このタイミングで私の魔法の才能が明らかになり、国から御声がかかったのは天啓なのかもしれない。私は、引き留める両親を説得して魔法使いになる道を選んだ。両親に楽をさせてあげたいという言葉に嘘はなかったし、魔物の脅威が存在するこの世界で人を守るために魔法を覚えたいという思いも嘘ではなかった。


 魔物は、時折人里に現れては人畜に被害をもたらして消えてゆく。そのせいでご近所の誰かが返らぬ人となったり、また魔物が原因となり起こった飢饉のせいで、私より年下の子供たちが間引かれたり、人買いに売られていった。その光景を恐ろしげに見つめていたのも記憶に新しかった。


 魔法の中には、そういった魔物に対抗しうるものも確かに存在すると、国からの使いは告げていた。ならば、その魔法を人々のために役立てよう。



 ◇



 そうして私の魔法使いとしての人生が始まった。年老いた大魔法使いの下で、来る日も来る日も修行に明け暮れた。古臭い魔導書を読み漁り、力を増幅させるための触媒のつくり方を学び、実戦として野に現れる凶悪な魔物と戦ったり……。思わず、前世の記憶も薄らいでしまわんばかりの濃密な体験の連続の中、私は魔法使いとしての腕を上げていった。


 弟子は私だけではなく何十人もいたが、年齢や実力の上下は気にはならなかった。そんな事を気にする余裕がなかったのだ。家族が生きるための金が国から払われている以上、私が下手をするわけにはいかない。誰かのために金を稼ぐ、ともまた違うのだが、前世の感覚ではそういうものだと思っていた。


 そんな姿勢で挑んだことが良かったのか、私が15の歳になる頃には、師匠に並ぶ程に力を付けていた。史上初、ふたり目の大魔法使いなどと呼ばれるようになっていたが、私は浮かれる気持ちにはなれなかった。邪悪な勢力との戦いが目前に迫っていたからだ。魔王軍のと戦争だ……。



 ◇



 仮に人間の総力を結集して相対したとしても、人間は魔王軍には適わない。それ程の力の差があるのだと、師匠である大魔法使いは言ったものだ。老いて疲れた体を椅子に預けるその姿は、他の弟子の前では絶対に見せない姿だだった。その言葉の意味は、私も大魔法使いと呼ばれるようになって、初めて理解できた。


 生前の世界の物語では、『やってみなければわからない!』などと言う勇敢な言葉があったのを覚えている。それは、物語上の、しかも勝利を約束されたものだけが口にする事の出来る台詞だ。各々の勢力、その総戦力を、師匠が何年もかけて、何度も計り直した結果導き出された答えだ。年齢こそまだ若いものの、師匠と同じレベルに立ち同じ目線で見て、初めてその絶望感を理解できたのだ。もしも戦いが始まってしまえば、この世界の人間は滅ぶ。


 あらゆる魔法を駆使しても、あらゆる策略を練ったとしても、圧倒的な力と物量には適わない。突破口がないのだ。それでも、戦いは避けられない。ならば、戦いの始まりを引き延ばすしかない。少しでも開戦を遅らせて、新たな活路が開けるのを待つのだ。


 師匠は、私と数人の弟子を連れて、魔王の目を惹き付けるための旅に出た。他の弟子たちには活路を見出すための調査を言い渡し、私たちは勝ち目のない戦いに打って出たのだ。


 師匠が旅に同行する事を許したのは、当時もっとも実力のあるとされる弟子たちだ。数は、私も含めて10人。私が最年少だった。状況こそ絶望的ではあったが、旅の仲間たちは誰ひとりとして希望を捨てておらず、その笑顔に私は勇気づけられた。……思えばこの時、師匠が痛ましそうな顔で私たちを見ていたのは、後の私たちの運命を知っていたからなのだろう。



 ◇



 荒れ果てた大地で。瘴気の吹き上がる沼地で。嵐に揺れる船上で。炎と煙が舞い上がる山で。光も届かぬ深き森の中で。私たちは戦い続けた。魔王の配下、その軍勢を相手に。幾万の兵士をかき集めたところで相手にならないだろう、強大な魔物を相手に。


 私たちは敵の領土で戦い続けたが、ひとり、またひとりと、命を落として行った。敵の魔物の呪いを受けて、無数の敵兵に串刺しにされて、巨大な魔物足に踏みつぶされて、生きたまま魔物に咀嚼された者もいた。


 敵に捕まった弟子を助けに行こうという試みもあったが、助け出した時にはひどい拷問によって廃人となっていた。その弟子を助けに行く際にも、ひとり仲間を失っている。捕まった弟子の、実の兄だった。


 そうして旅に同行した弟子たちは、瞬く間にその命を散らせて逝ってしまった。残ったのは師匠である大魔法使いと私だけ、たったふたりだった。それでも、魔王の支配する領土の中で、何年ものあいだ戦い続けた。師匠の背中を守りながら、毎日ぎりぎりのところで生き延びた。王宮での修行期間よりも遥かに濃密な体験の連続は、着実に私の精神を蝕んで行った。


 戦いの日々の中、私は前世での体験を夢に見るようになっていた。平凡だった、そして平和だった頃の記憶だ。懐かしさに涙して、しかし、目を覚ます頃にはそれも忘れてしまった。生きるか死ぬかの世界、人間の命運をかけた戦いの最中だ。前世の記憶など、もう夢の中でしか思い出せなくなっていた。


 魔王領で戦い続けて、10年が経ったある日。いつものように戦いの準備を始めた師匠と私の元へ、なんと魔王本人が直接訪ねてきた。もしかしたら交渉のためかもしれないという淡い期待を抱いた私は、まだまだ未熟だったのだろう。魔王は自らの手で、師匠と私を亡き者にしようと考えたのだ。


 思わぬ遭遇戦。圧倒的な力の差。死が確定した状況だったはずだが、師匠が最後の力を振り絞って、私が逃げるための退路をつくってくれた。師匠を残して逃げるつもりなどなかった私だが、老いた大魔法使いの最後の言葉を聞いて、恥を忍んで尻尾を巻く決意を固めた。魔王は笑って、逃げ出す私を見送った。


 ひとりだけおめおめと国に逃げ帰った私を、誰も責めなかった。それが、第二の人生において一番つらい体験だった。10年という時間を稼ぎはしたが、そのあいだ魔王への対抗手段の模索は進まなかった。それでも、兵士の生存率の向上が見込めるようになっただけで、だいぶマシにはなったと思う。少なくとも、民がわずかな希望を繋ぐくらいには……。



 ◇



 国に戻った私は、国王をはじめとする重鎮たちや残った弟子たちを集め、師匠の遺言を言伝た。その中に、師匠を置いて逃げ出してでもやらなければならない事があったのだ。魔王に対抗するための最後の手段。それは、異世界から超常の力を持つ、決戦存在を召喚する事。いわゆる勇者を召喚する事だった。


 異世界から力のある者を召喚するという魔法は、古くから存在はしていた。しかし、様々な弊害があり、長きに渡り禁じられていたのだ。勇者召喚は世界のバランスを大きく崩す事になるからだ。他の次元から強大な力を持つ者を呼び寄せる手段は確かに存在するが、それによって召喚されてきた者が善の勢力であるとは限らない。


 召喚する対象を見つける基準は、力の強大さ、この一点に尽きる。そのため、召喚された勇者が邪悪な存在であった場合、魔王を倒したはいいが、その魔王に変わってこの世界を支配する、などという可能性も出て来るのだ。何を隠そう、今現在私たち人間の勢力を潰しにかからんとしている魔王こそが、幾百年前に行われた勇者召喚で降臨した者だったのだ。魔王である元勇者の召喚には、師匠も立ち会っていたという。


 それだけの危険を冒してでも、勇者召喚に頼るしか術はなかった。このまま戦いになれば、人間の敗北は確実で、皆殺しの運命が待ち構えている。降伏しても、人としての尊厳を残したままの生き方が保障されるはずがない。


 勇者召喚の実行に反対する者は誰もいなかった。誰もが、自分たちに後先がない事を良くわかっていたからだ。早速準備に取り掛かろうとみなが動き出す中、私はしばらくその場を動けずにいた。


 私は、25歳になっていた。前世において、交通事故で死んだ歳だ。今はもう夢枕にしか思い出せなくなっていた過去の記憶が、一時の安息場所を得た事で溢れだしてくる。何かの暗示だろうか。今世でも、私はこの歳で命尽きる定めだと、そういう事なのだろうか。


 自らが死ぬのは構わない。命が奪われることに恐れがないとまでは言えないが、それよりもこの世界の行く末が心配でならない。


 故郷に残して来た家族とは10年会っていない。私はこの世界でもとんだ親不孝者だ。ちなみに、生まれたのは妹だ。最後に会ったのは、魔王領に旅立つ前だったので、まだ7歳だったはずだ。母に似て優しい目をしていたのをよく覚えている。今年で17歳のはずだ。私の事を覚えているだろうか。


 それに、魔王領で共に戦った兄弟子たちの死を無駄にしたくもない。師匠の死をもだ。確かに、私たちが魔王領で戦い敵の目を惹きつける事で、10年という時間を稼ぐ事が出来た。突破口こそ見つからなかったものの、兵士の生存率を上げるための研究は進んだという。


 今にして思えば、前世の知識を生かして魔王への対抗策を、もしくは兵士たちの力になるような術を編み出すという道もあったかもしれない。しかし、有効な手段を思いついたところで、物資も時間も足りなかった。何より価値観の違うこの世界の人間に、前世の知識と技術とで強化・教練を施す事は困難を極めただろう。私自身、人にものを教えるのは得意ではなかった。だからこそ、師匠に着いて、戦いに挑む道を選んだのだ。


 選んだ事への後悔と、選ばなかった事への後悔が、交互に私を責め立てる。だが、自責の気持ちは自己満足にしか過ぎない事も、今の私にはわかっていた。だから、結果を出さねばなるまい。師匠の告げた最後の手段を果たす。勇者召喚を成功させるのだ。



 ◇



 あくる日。王宮の庭園に用意された召喚儀式上には、国の重鎮たちが集まっていた。国王をはじめ、まだ幼い姫君もだ。国を回している者たちがこれだけ一堂に会するというのは、極めて稀な事だ。それだけ、この召喚に最後の希望を託しているとも取れるのだろうが、実際は違うのだ。どんな事故が起こるのかもわからない危険な場所に集い、不運に巻き込まれて命を奪われてしまってもいい。誰もがそんな、後ろ向きな希望に満ちた目をしていた。


 せめて、まだ幼い姫君だけでもこの場所から退かせる事は出来ないかと国王に頼み込んだが、国王は諦めたような顔で首を横に振った。死んだ目をした者たちで埋め尽くされる中でただひとり、幼い姫君だけは、きらきらと輝いた目をしていたのだ。周りの大人たちの表情も雰囲気もわからない程の幼さではない、それをわかっていて、この召喚の儀式に希望を見出しているのだ。


 握った拳に、徐々に力が入ってくる。この召喚の儀式、姫君のためにも必ず成功させなければ……。自らも含めて全ての人間が希望を失った中、一番未来を望まれている彼女が希望を諦めていないのだ。ならば私は、魔法使いとして全力を尽くそう。


 そうして召喚の儀式は開始された。魔法陣を維持するための魔力を儀式場に繋ぎとめるため、数十人以上の弟子たちが精神力をすり減らす。青白い燐光が立ち上る儀式上の中心で、私は異次元の世界へ視界を送る。


 実際、こうしてこの世界の住人となり、別の世界から勇者を召喚する立場となって思い知った事がある。創作に登場する召喚士たちは、どうやって異なる世界から強力な存在を呼び込もうとして、それが出来たのか。少なくとも、狙った存在をピンポイントで呼び出そうとして、簡単に出来るものではないだろう。


 異次元へ飛んだ私の視界は、力ある存在の元を巡り続ける。神話に登場するような屈強な戦士、天候や地形を自在に操る魔法使い、等々。しかし、どこを探っても、この世界の現状を打破出来得る存在を見つける事は出来なかった。


 私の背後で、弟子が悲鳴を上げるように叫ぶ声が聞こえた。もう精神が限界なのかと横目にそちらを見れば、私を心配するかのような視線が返ってきた。一瞬わけがわからなかったが、それは一瞬だけだ。弟子は私の身を案じていたのだ。大量の、しかも高密度の魔力を扱い、体が蝕まれ始めた私を……。


 目にかかる自分の髪が白くなっていく光景を見ながら、それでも私は探し続けた。どこかにあるはずだ。

絶対的な力を持つ存在が。


「頼む……!」


 いつの間にか、私は叫んでいた。声は、音として発せられる事はなかったが、確かに叫びだったはずだ。心中の思いを弾丸として天に放つかのような。


「誰か、この世界を救ってくれ……!」


 誰でもいい。本当に誰でもいいのだ。神でも悪魔でも、救ってくれるのならば誰でもいい。私の魂を永久に苛む事を対価とするのならば、そんなものは喜んで差し出そう。だから、せめて、この世界での家族に、そして固唾を呑んでこの儀式を見守っている幼き姫君に、未来を……!



 ――果たして、私の願いは届いた。儀式上に滞留していた魔力が門としての形を持ったのだ。驚きに目を見張った弟子たちは一層力を込めるようにして、固定化した門の維持に努めた。私はやっとつかんだ勇者の手がかりが途絶えないよう、この世界への道筋を維持する。暗い夜道で旅人を導くために松明を灯すようなものだ。


 膨大な光の渦が巻き起こる。儀式場に集った者たちが目を瞑る中、私は勇者がこの世界に召喚されるまで片目を見開いていた。この光の中で目を開け続ければ視力が潰れてしまう事はわかりきっている。そうだとしたも、片目だけでも勇者の召喚を見届けねばならない。


 そうして、この世界に勇者は召喚された。私は潰れてしまった右目を押さえ、自分が目を瞑った事を確認すると、無事な左目を開いた。そうして、目にした勇者の姿に、私は言葉を失ってしまった。


 光の洪水が晴れて、皆々が勇者の姿を目にし、感嘆の声を上げる。口々に、素晴らしい、神々しい、強そうだ、などと。姫君などは、先ほど以上に顔を輝かせて召喚された勇者の元へ駆け寄ってゆく。皆々が興奮気味に率直な感想を述べていく中、私はどうしたものだろうと困り果てていた。


 ――勇者の姿は、全長5メートルの巨体だった。昼間の光を反射する装甲を纏った四肢は白と黄金の色で、力強い金属の材質をしていた。胸部には大きな深紅の宝石のようなものが埋め込まれ、それ自体がきらきらと光を発しているようだ。頭部は黄金の兜をかぶり、顔は彫刻のような彫りの深い顔立ちをしていた。


 国の重鎮たちや魔法使いの弟子たちは異世界の勇者の姿として、かの異形を受け入れてしまっている様子だったが、私は内心で冷や汗をかいていた。というよりも、先程までは毛ほども感じていなかった焦りや恥ずかしさのような感情が湧き上がってくるのだった。


 私は、召喚された勇者の名前を知っている。この存在の名前を知っている。



 ――その名は、勇者ロボ。



 召喚されたのは、黄金の輝きを纏う勇者ロボだったのだ。



 ◇



 そうして私は、召喚された勇者ロボと共に旅に出る事となった。魔王とその軍勢を討ち倒すための旅だ。私がこの世界の置かれている現状を掻い摘んで説明しようとするのを、勇者ロボはみなまで言うなとばかりに手で遮って、こう言った。「自分は、人の願いの元、正義を果たすために来た」と。電子音じみた声と微妙にずれている口パクに微笑ましい気持ちになったのは内緒だ。


 彼ら勇者ロボという存在は、それこそ私が元居た世界におけるアニメの設定のごとく、機械の体に命と心が宿り、悪と戦うためにあらゆる次元を渡り歩くものだという。彼らに寿命はなく、傷つき戦えなくなった時こそが彼らにとっての死なのだ。力尽きた時、彼らは黄金の光となって散るのだとも……。


 私は勇者ロボに対して、何か求める報酬はないかと問うた。もちろん、善と正義の申し子である勇者ロボは、そんなものは必要ないと首を横に振った。しかし、私にはわかる。この勇者ロボは何か欲しい見返りがあるが、彼の中の何かが“それ”を求める事を拒んでいるのだ。


 何度も根気よく問い質すと、ようやく勇者ロボは自らが求めるものを口にした。“相棒(バディ)”が欲しい。一緒に次元を渡って戦ってくれる“相棒”が欲しいのだと。


 彼ら勇者ロボは、永久ともいえる時間を生き、あらゆる世界を救い旅する存在だ。だが、無限ともいえる数の異世界を巡るには、圧倒的に人手が足りないのだ。多くても3体で旅をするという彼らだが、この世界に召喚された彼は、たった1体だった。彼は大昔の戦いで、ふたりの相棒を失っていたのだ。


 勇者ロボの“相棒”になるという事は、彼と一緒に永久とも呼べる時間を生き、異世界を渡り悪と戦い続ける事だ。“相棒”となった時点で寿命で死ぬ事はなくなり、彼らと同じように力尽きるまで戦い続ける存在になるというのだ。


 私は、ならばこの身を差し出そうと申し出た。召喚の儀式の最中に願ったはずだ。この世界を救えるのならば、例えこの魂が永久に囚われる事になろうとも構わないと。


 勇者ロボはこの申し出を最初は断ったが、私が何度も頼み込むうちに折れてくれた。後になって聞いた話によると、私のような別世界から魂だけ渡って来て転生した者というのは、異なる世界を渡り歩いて戦う者の素質があるのだという。



 ◇



 こうして私は、魔王を倒した暁には、勇者ロボの“相棒”となって永久に戦い続けると契約を交わした。転生して第二の人生を送る事になったと思いきや、第三の人生まで用意されているとは。運命とはわからないものだ。


 ならば、自分史のタイトルを改めなくてはならないだろう。さしずめ、『異世界転生して魔法使いになったと思ったら、今度は勇者ロボの相棒になったんだが……』と言ったところだろうか。もしくは、『勇者ロボ来た、これで魔王に勝る』だろうか。激しくどちらでも良い。


 一番最初の世界で冴えないフリーターをやっていた時の感覚を思い出して、どこかおかしな気持ちになってしまう。それは、心にゆとりが戻って来たという事なのだろう。しかし、気を引き締めなければならない。戦いは始まったばかりなのだから。


 もしかしたら、懐かしき地球を訪れる事もあるかもしれない。そんな可能性に思いを馳せながら、私は勇者ロボと共に、待ち受ける魔王の軍勢へと身を躍らせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これなら絶対に勝てますね、良い召喚をされました。 [気になる点] 召喚された勇者の熱い戦いを見たかったです。 [一言] 最後の最後で、期待を裏切られつつもこうきたか、と私得展開でした、あり…
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