第二十二話 契約 ③退路なき選択
特オタ、前回の三つの出来事!
一つ。キニスには火属性の攻撃しか通じないと察知し、アイリス達を下がらせる!
二つ。五重強襲強化にアサルトレイダーの力を加えた一撃を放つが、これも防がれる!
三つ。避難誘導を行っていたフォーティアの前に、ドクター・ワイルドが現れる!
***
「ふ、ふざけるな! 誰がアンタの手なんか借りるもんか!!」
数瞬以上の静寂を振り切り、内心の動揺を隠すように叫ぶ。
しかし、どうしてもドクター・ワイルドの手元から視線を外すことはできなかった。
掌に乗せられた火属性の魔力吸石。
深く濃い紅に彩られたそれは国宝級ではないにせよ、大きさ密度共にフォーティアの腕輪の力を解放するには十分過ぎるレベルだ。
「そうは言うが、貴様は己の意思に関わらず、これを手に取らざるを得ないのである。いや、既に無意識では自ら求めているのかもしれぬがな」
「くっ、だ、黙れ!! そんなことは、あり得ない!!」
歪んだ笑みを浮かべるドクター・ワイルドに対し、フォーティアは必死に声を荒げた。
それが彼の言葉をかえって肯定することになっても、否定を口にする以外にはない。
「クククッ、強情な奴であるな。しかし、これを見れば考えは変わるであろうよ。論理的に、そうせねばならんと思えば、矜持を騙すことも容易いからな」
そんなフォーティアを嘲笑うかのように、彼はそう言いながら逆の掌を空に向けた。
直後、その上方の空間に何か映像のようなものが生じ始める。
「ユウヤ!?」
そうして、そこに大きく映し出されたものを目の当たりにして、フォーティアは思わず彼の名を叫んでしまった。焦燥と共に。
その虚像の中で、ユウヤは今正に紅蓮の鎧を纏った巨大な竜の猛攻を防いでいた。
「どうして一人で? 他の皆は一体どうしたんだい!?」
苦戦の様相を呈しているにもかかわらず、援護が一つもない。
そのことに不審を抱き、フォーティアは無駄と分かりつつも映像に向かって強く問うた。
「フゥウーハハハハハッ!! 分からぬか?」
と、それに応えるように横からドクター・ワイルドが口を出してきて続ける。
「守護聖獣ゼフュレクスと同じ。そう言えば分かるのではないかな?」
少しばかり迂遠な答え。
しかし、フォーティアはハッとして戦いの様子に目を凝らした。
言われてみれば、敏捷さでは上回っているはずのユウヤが何故か相手と同じ火属性のまま攻めあぐね、何の工夫もなく戦い続けている。
その時点で異常な話だ。
逆属性で一気に攻め立てれば、それで済みそうなものなのに。
にもかかわらず、そうしないのは即ちそうできない理由があることに他ならない。
「火属性でないと攻撃が通らない?」
「その通おおおりっ!!」
フォーティアの自問気味の呟きに被せるように、ドクター・ワイルドが馬鹿でかい声でそれが正解であることを告げる。
彼のその煩わしい程の調子に内心舌打ちしつつも、フォーティアは努めて冷静に目の前の事実を頭の中で咀嚼した。
「なら、あの時と同じようにアサルトレイダーを使えば――」
「ふっ、それは既に実施済みである。その結果があの体たらくという訳だ。そもそも、一度クリアしたステージと同じ難易度で新たな闘争を設定するはずがあるまいて」
真っ先に浮かんだ解決策は、即座に否定されてしまう。
とは言え、正直フォーティア自身も、この男がそんな生半可な真似をするとは最初から思っていなかったが。
「つまり、あの超越人は……」
「応とも。当然ゼフュレクスより強い」
ドクター・ワイルドは、楽しげにフォーティアの言葉を引き継いだ。
敵は、守護聖獣ゼフュレクスの如く己の属性以外を無効化する。
故に、現状ユウヤ以外では太刀打ちできない。
かと言って、アサルトレイダー込みの攻撃でも倒し切るには至らない。
(詰んでる)
今ある手札だけでは、どうあってもジリ貧。
じわじわと追い詰められ、敗北してしまう結末が容易に予測できる。
均衡状態が長く続けば、周囲への被害も増えるばかりだろう。
胸の内に強い焦りが沸き起こる。
(この状況を……打開するには――)
無意識に、縋るようにドクター・ワイルドが持つ魔力吸石へと視線を吸われてしまう。
「ククク。当然、そうなるであろうなあ」
薄ら笑いを浮かべながらこちらを見る彼。
その表情を前に、フォーティアは奥歯をグッと噛み締めて意識的に目を逸らした。
「一体、何を企んでる!?」
そして、紅く輝く魔力吸石を見ないようにしながら問い質す。
「なあに、善意の施しである。ありがたく受け取るがいい」
「馬鹿なことを」
そんなことを言われても全く以て信用できる訳がない。
間違いなく、ろくでもない裏があるはずだ。しかし……。
「では、このまま手を拱いて見ているか? 吾輩はそれでも構わんぞ?」
ニヤニヤと愉悦に満ちた表情を浮かべ、挑発するように問うドクター・ワイルド。
「ぐっ………………あっ!?」
そんな彼を意識の外に置こうと映像に視線を集中させた正にその瞬間、映し出されたその中で巨大な鎧竜が口から炎を放った。
炎と呼ぶには輝きが強過ぎるそれは、意図的なものなのか広域に拡散していく。
そのまま、回避しようとしていたユウヤを飲み込んでしまった。
周囲の建物も尽く溶け落ち、映像の中の赤が増す。
「ユウヤッ!!」
思わず叫んで身を乗り出すが、目に映っているものはあくまでも虚像に過ぎない。
触れることはできない。
たとえそうすることができたとしても、そもそも今のフォーティアではなす術もない。
焚火に舞い込んだ枯葉の如く、呆気なく焼き尽くされるだけだ。
「ククク、これでは長く持ちそうにないな」
焦燥を煽るように、いつの間にか背後に回り込んできていたドクター・ワイルドが耳元でそう告げてくる。
そうした彼の言葉に対し、フォーティアは奥歯を噛み締め、拳を固く握って口を閉ざすことしかできなかった。
「さあ、どうする? 吾輩は貴様がどちらを選択しても構わないのだぞ?」
更に正面に回り込み、俯くフォーティアの顔を覗き込みながら言うドクター・ワイルド。
「ククク、フハハ、フゥウーハハハハハッ!!」
彼は、フォーティアの葛藤を嘲笑うかのような高笑いを空に響かせた。
***
「逃ゲルバカリカ? 情ケナイ」
見下すように挑発するキニスを前に、しかし、雄也は焦りに乱れる心を必死に抑えつけながら我慢の戦いを続けていた。
(けど、どうする?)
「食ラエ」
「っ!?」
次なる手を考える間もなく、キニスは巨大な鎧竜と化した肉体を用い、紅蓮の装甲で補強された鉤爪を振り下ろしてきた。
その速度は図体から考えれば、恐ろしい程に速い。
しかし、オルタネイトの目を上回る程ではない。
単純極まりない攻撃を繰り返す限り、回避は容易い。
如何に強大な力を得たとは言え、戦闘経験が加算される訳ではないのだ。
「悪足掻キヲッ!」
それに加え、人格を奪われている訳でないのなら生来の性格の影響は免れない。
その高慢さは変わることなく、彼は思い通りに行かないことに苛立っているようだ。
そこにつけ込むことができればいいのだが……。
《Heavysolleret Assault》
《Final Heavysolleret Assault》
「クリムゾンアサルトバースト!!」
収束させた魔力を鉄靴に乗せてキニスの頭部へと叩き込む。
「フン。ドレダケ温イ攻撃ヲ繰リ返ソウト、無駄ナコトダ」
しかし、結果が変わることはない。
攻撃を命中させられたとしても、如何せんダメージが通らなければどうしようもない。
「ちっ」
こうなると、つい舌打ちも多くなってしまう。
「攻撃トハコウスルノダ!」
そんな雄也を嘲笑うかのように、彼は装甲に覆われた翼を大きく羽ばたかせて空へと飛び上がった。
直後、今度はその巨躯を活かし、全身で圧しかからんとするように落下してくる。
自由落下ではなく、翼を用いて勢いをつけて。
その巨大さ故に鉤爪の一撃よりも範囲も広く――。
「っ! 〈ダイレクティブエクスプロード〉ッ!!」
雄也は普通に回避するのでは間に合わないと悟り、咄嗟に指向性を持った爆風を発生させることで急加速してその場から離れた。
ほぼ間髪容れず、直前まで雄也がいた足元の舗装された道路が、その重量に見合った轟音と共に完膚なきまでに破壊される。
「逃ゲ足ダケハ速イヨウダナ!」
粉塵が巻き上がる中から苛立ちを一層募らせたようなキニスの声が聞こえ、同時に羽ばたき一つで土埃が一掃された。
そして彼は乱雑に頭から突っ込んでくる。
が、さすがにそこまで大味な攻撃であれば、爆風を利用せずとも回避は容易い。
「ナラバ、避ケルコトノデキナイ攻撃ヲスルマデダッ!!」
「なっ!?」
焦れたキニスは怒りに任せて口を大きく開き、首を無造作に振り回しながら閃光の如き輝きと強大な魔力を帯びた炎を吐き出した。
滅茶苦茶な首の動きに合わせて広域に放たれたその攻撃故に軌道を読み切れない。
結果、白光に近い炎の波に飲み込まれてしまう。
「あ、が、ああああああああっ!?」
ダメージを減衰する同属性にもかかわらず、全身に焼けつくような熱さと激痛が襲いかかってきて、雄也は思わず絶叫した。
「ダ……〈ダイレクティブ……エクスプロード〉ッ!」
その中で、ダメージから逃れるために我武者羅に上方へと飛び上がる。
「く、あ、はあ」
それによって何とか炎から脱することができた。
火の海の只中に比べれば相対的に低い気温に突き刺さるような冷気を一瞬感じつつ、更に二度三度と爆風を発生させてキニスから距離を取る。
正直、ここまで一方的に苦痛だけを与えられたことは最近ではなかったため、内心の動揺が大きい。六大英雄と対峙した時のような、試されているが故の、どこかに答えが隠されている感じもせず焦りが募るばかりだ。
「フ、ハハハハハッ!! 今度コソ分カッタダロウ! 己ノ弱サガ」
と、そんな雄也の様子を見て溜飲が下がったとでもいうような感じに、キニスは高笑いをしながら近づいてくる。
「無力サヲ嘆キ、ソシテ死ヌガイイ」
彼は先程のいわゆるブレス攻撃が極めて有効であると学習したのか、再び火炎を放たんと大きく口を開いた。
(このままじゃ、本当にやられる。……殺される)
最初は、キニスの拙さのおかげで一見膠着したような状態にあった。
が、今やその図式も崩れてしまった。ジリ貧どころではない。
もっとも片や攻撃が通じず、片や回避し続けなければならない形だった以上、敗北は時間の問題に過ぎなかったのだろう。それが早まっただけだ。
いずれにせよ、反撃できなければ結果は同じだ。
(こうなったら、一か八か)
もはや〈五重強襲過剰強化〉の一撃に賭けるぐらいしか手が残されていない。
たとえ十中八九敵を倒し切るには至らず、全く無力化できないままにこちらが負荷によって逆に身動きできなくなる可能性が極めて高かろうとも。
(もう、分が悪くてもやるしかない)
だから雄也は、今正に火炎を放とうとしているキニスを前に深く腰を落とした。
「マダ足掻クカ。ソレモイイダロウ。最後マデ俺ノ踏ミ台トナレ」
絶対的優位に立ったと認識しているのだろう。
キニスは一度攻撃を止め、ゆったりと余裕を持って告げてから再び口を開き直した。
そして、その顎門の辺りに魔力が収束していく。
今度こそ、間違いなく炎を放つつもりのようだ。
「アトラクト」
対して雄也はRCリングに直接魔力結石を転移し、装填した。
それから半ば破れかぶれに、負担の大きい〈五重強襲過剰強化〉を使用しようと魔動器を起動させようとした正にその瞬間――。
「はあああっ!!」
キニスの後方の死角から影が躍り出て、鎧竜の鼻の頭を思い切り踏みつけた。
「グムッ!?」
直後、彼が解き放とうとしていた炎はその口の中で留まり、行き場を失ったエネルギーによって爆発が起こる。
その時には、影はキニスの顔面を踏み台に跳躍し、倒壊した建物の瓦礫の上に降り立った。が、位置的に逆光で姿が見えなくなり、一瞬何者か認識できない。
「ア、ググ……フォ、フォーティアアアアッ!!」
結果、キニスの叫びで正体に気づく。
手で庇を作り、視覚的にも確認する。
「ティア!? 何故ここに!?」
彼女は避難誘導をしているはず、と雄也は強く問いかけた。
しかし、返答はない。
「……アサルトオン」
代わりにフォーティアは、雄也が常々オルタネイトへと変じる際に口にしているかけ声を静かに真似する。
《Evolve High-Drakthrope》
と同時に、単なる模倣に留まらず、甲高い電子音が鳴り響き――。
「なっ!?」
フォーティアは竜の特徴を持ちながらも女性的な姿と化し、その上から全身に真紅の鎧を身に纏った。






