第二十話 束縛 ②守護聖獣の力
特オタ、前回の三つの出来事!
一つ。真龍人ラケルトゥスへの止めの一撃を、ドクター・ワイルドに防がれてしまう!
二つ。六大英雄を撤退させた彼は、置き土産にゼフュレクスを暴走させる!
三つ。反動で動けない雄也とアイリスに代わり、プルトナがゼフュレクスと対峙する!
***
(戦場に紛れ込んだか弱い一般人が、これ程邪魔だとは思いませんでしたわ)
隙あらばゼフュレクスとの間に立ち塞がろうとするイクティナ達の両親、ペリステラとコラクスに、プルトナは苛立ちを覚えていた。
いくら相手がゼフュレクスの精神干渉の被害者だとは言え、こうも邪魔をされては鬱陶しく思っても仕方のないことだろう。
「ゼフュレクス様に危害を加えさせはしない!」
「アエタ、イクティナ! 何をやっている! お前達もゼフュレクス様を守れ!」
しかも操り人形のように黙々と妨害してくる訳でもなく、己の意思らしきものを見せてくるから尚のこと忌々しい。
洗脳された狂信者の如くぎらついた目には正直嫌悪を抱くが、一応は人間らしい反応をされては攻撃し辛くもなろうというものだ。
勿論、アエタに頼まれた手前、傷つけるつもりはないが。
「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
そうやってプルトナ自身の攻撃の間合いまで上手く詰められずにいると、ゼフュレクスから無数の風の刃が放たれた。
(くっ)
一人では防戦一方になり、倒すべき敵だけを攻撃することもままならない。
『プルトナ姉さん、二人は任せて!』
と、クリアの言葉が耳に届き、同時に後方から粘性の高い液体がイクティナ達の両親目がけて飛んでいった。
粘々したそれは彼らに纏わりつき、行動を阻害し始める。
一応、ちゃんと顔は外気に晒されているので呼吸の心配はないようだ。
(今の内ですわ!)
《Convergence》
その隙に魔力を即座に収束させ、両手を覆う漆黒のミトンガントレットを構えながらゼフュレクスとの距離を詰める。
「グオオオオオオオオッ!!」
そんなプルトナに応じるように、ゼフュレクスもまた咆哮しながら前に出た。
あの状態では彼らが人間の盾として機能しないと判断したのだろう。
ゼフュレクスはその巨体からは考えられない速度で接近してくると、その丸太のように巨大な前足を振り下ろしてきた。
とは言え、六大英雄の苛烈な攻撃と比べれば脅威とは言えない。
「甘いですわ」
そう呟くだけの余裕を持ちながら、容易く回避する。
対してゼフュレクスは更に、図体に反した繊細さと共に鋭い爪を以って連続して攻撃を仕かけてくるが、冷静に見極めて対処すれば何ら問題はなかった。
見た限り、実力の程は精々プルトナ達と同格というところだ。
そうして全てを避け続けること十秒。魔力の収束が完了する。
「これで終わらせて差し上げます」
それを受けてプルトナは静かに告げ、敵の攻撃を掻い潜って一気に間合いを詰めた。
《Final Gauntlet Assault》
「レイヴンアサルトナックル!」
そして、収束した闇属性の魔力を両腕のミトンガントレットに束ね、右、左と全力の拳を振るう。漆黒の輝きを帯びたそれは何に遮られることなく敵に直撃し――。
「なっ!?」
しかし、同格異属性相手ならば致命の威力を有するはずの攻撃は、蓄えた魔力の気配も輝きも霧散し、弱々しく敵の体表を撫でただけだった。
「グオオオオオオッ!!」
故にゼフュレクスは欠片もダメージを負った様子は見せず、攻撃直後のプルトナの隙を狙って爪を突き立てんと手を伸ばしてきた。
「それだけではっ!」
咄嗟に手甲を叩きつけて軌道を逸らしつつ、その反動を利用して距離を取る。
そうして体勢を立て直しながら、プルトナは目の前で起きた己の理解を超えた現象に疑問を抱き、脳裏でその答えを探った。
(……攻撃は、入ったはずですわ。なのに、どうして)
単純に力足らずに受け止められたのではない。
直前で何らかの影響によって急激に威力が減衰してしまったのだ。
だが、その要因たる何かが分からない。
『プルトナお姉ちゃん! アサルトレイダーを使って!』
『魔力結石の再設置は済んでるわ!』
そこへ双子から指示が来る。
やや離れた位置から先の現象を見ていた二人のことだ。
魔動技師としての知識も豊富な彼女達ならば、解決の糸口を得ているかもしれない。
そうでなくとも、それを見出すための一手にはなっているはず。
『分かりましたわ』
「来なさい! アサルトレイダー!!」
だから、プルトナは〈テレパス〉で二人の指示に応え、即座にそれを呼び寄せた。
そして、すぐさま巨大な拳の如き形態へと変形させると共に魔力結石から極大の魔力を抽出し、六色の光として武装に纏わせる。
「ガアアアアアッ!!」
それを前にゼフュレクスは、格下の獲物を狙う獣のように再び真正面から迫って来た。
この魔動器の持つ力の強大さすら認識できない程に狂乱しているのか、あるいは、その程度の攻撃など歯牙にかける必要もないとでも言いたいのか。
いずれにせよ、今はこの攻撃を叩き込む以外、選択肢はない。
「勝負ですわっ!!」
プルトナは威圧するようにそう大音声で告げると、敵を注視しながら大地を掴むように地面を踏み締めて腰を落とした。
それから、変形したアサルトレイダーを右手に備え、こちらからも一気に突っ込む。
「イリセデント……アサルトナックルッ!!」
「グオオオオオオオオオオッ!!」
絶叫をぶつけ合い、巨大な拳を大きく振りかざし、プルトナは半ば正面衝突するように敵の攻撃の上から押し潰した。
「ギ、アアアアアアアアッ!?」
その一撃は先程とは異なり、ダメージを通すことができたようだ。
ゼフュレクスは苦痛の声を上げ、逃げるように間合いを開く。
しかし、六大英雄すら怯ませた威力を秘めるはずのそれにしては、余りにも影響が少ない。内部には衝撃が行っていても、表面的には傷一つ見られない。
プルトナ達と同格程度なら、それこそ粉微塵となってもおかしくはないのだが。
「グルアアアアアアアアアアアッ!!」
そう疑問に思っている間に、ゼフュレクスは痛みを受けて尚のこと怒り狂ったように吼え、更に攻勢を強め始めた。
強大な体躯が躍動し、全身の筋肉を振り絞るように連続で強靭な前足が振るわれる。
しかし、その代わりに繊細さは完全に失われ、回避はむしろ容易になっていた。
『メル、クリア。これは一体どういうことですの!?』
そんな中、疑問の答えを欲して双子に問いかける。
『……もしかして』『風属性の魔力以外が打ち消されてる?』
と、その様子を観察していた彼女達が、プルトナの問いに応じて答えた。
(風属性以外の魔力が?)
ゼフュレクスの攻撃を避け続けながら、頭の中で反芻する。
確かにそれならば今までの現象に説明がつく。
先の攻撃でダメージが入ったのも、巨大な拳と化したアサルトレイダーが纏う六属性の魔力の内、風属性のみが効果を発揮した結果と言えるだろう。
それだけでなく、一つ一つが《Convergence》に相当する魔力にもかかわらず、相応の攻撃力となっていない理由もまた。
風属性たるゼフュレクスに風属性では、威力も大幅に減衰しようというものだ。
『けれど、そんなことが可能なんですの?』
『特定属性の魔力を打ち消すことは、わたし達でもできるけど……』
『《Convergence》のレベルじゃ負荷がかかり過ぎてまともに使えないし、属性の相性による反発を利用したものだから複数の属性を打ち消すなんてできないわ』
『その上、任意の属性だけ使えるようにしておけるなんて信じられないよ』
『でも……目の前の現実はそのまま受け止めないといけないわ』
難しい声を出すメルと交互になるように、クリアもまたどこか苛立ったように言う。
魔動技師としてのプライドを刺激されたようだ。
『だとしても、何故全ての魔力を打ち消さないんですの?』
そうすれば全ての攻撃に対して無敵となることができる気がするが。
『多分、全属性を打ち消すと、自分自身の魔力も巻き込まれて魔法が使えなくなるはず』
『勿論、魔力による身体能力の底上げもできなくなるから、自分の属性だけは意図的に例外にしてるんだと思う。同じ属性の攻撃なら耐性もあるし』
(それは……厄介ですわね)
ゼフュレクスの猛攻を避けながら思う。
守護聖獣の名は伊達ではないというところか。
『いずれにせよ、自然的な現象じゃないよ。この生物の存在も含めて』
『人工魔獣。あの人達が言ってた通りね。人工的に特殊な魔動器を体内に埋め込まれて生み出されたと見て間違いないわ。この時代の技術では作り得ない存在よ』
『もしかしたら、まだ別の機能もあるかもしれない』
その事実を前に、彼女達の口調は悔しげだ。
だが、今は過去の遺物の性能に驚嘆している場合ではない。
『それで、どう対処すればいいんですの?』
『理論上、風属性で致命の威力を作り出せばいいはず』『だけど……』
ある意味分かり切った答えを言いながらも言葉尻を濁す双子。
繰り返しになるが、風属性に風属性では本来まともなダメージは出ない。
言うは易いが、生半可な方法では不可能だ。
それでも尚、無理矢理にでも求められる力を生みだすならば――。
『アサルトレイダーに風属性の魔力結石だけを設置すればいいのではなくて?』
六属性分の接続口があるのだから、そうすれば単純計算で六倍の魔力を発生させることができるはずだが。
『ごめんなさい。制御の問題で無理なの』
『各属性を一ずつ制御するのと、一属性を六倍の出力で制御するのでは話が別よ。難易度は後者の方が桁違いに高くなるわ』
言われてみれば当然のことか。
ダブルSクラス一人と戦うよりも、Aクラス数人と戦う方が楽なようなものだろう。
(せめてユウヤが戦えれば――)
一瞬そんな考えが脳裏を過ぎり、即座に頭の中で打ち消す。
これから先、彼に頼り切りでは肩を並べて戦う資格などない。
『私が戦います!!』
と、そこへイクティナが声を上げた。
身内には〈テレパス〉で今までの会話を全て伝えていたため、彼女も双子の説明を全て聞いている。故にその判断はそれを理解した上でのもののはずだ。
『元々私を指名しての敵です。風属性しか通用しないとすれば尚のこと。何より、曲がりなりにも守り人の血族として責任を取る必要があると思います』
彼女は正面切って戦う覚悟を決めたように、やや硬い口調で告げる。
(ドクター・ワイルドの言葉通りになるのは癪ですが、確かにワタクシよりもイーナの方が可能性は高いかもしれませんわ。けれど……)
『できますの?』
いくら呪い染みた精神干渉の影響がないにしても、守り人の家に育ってきた彼女だ。
無意識の内にゼフュレクスへの攻撃を忌避してもおかしくはない。
実戦経験が少ないことも心配だ。
そうした諸々を懸念して問いかけると――。
「大丈夫です」
イクティナはその意思を示すように〈テレパス〉ではなく、ハッキリとそう口にした。
『……分かりましたわ。ユウヤ達の守りはワタクシが代わります』
そんな彼女に頷き、それから敵の攻撃の合間を縫ってメルクリアに視線を送る。
『メルとクリアはそのままイーナを助けて下さいまし』
『うん』『分かったわ』
幸いにしてと言うべきか、ゼフュレクスはまともな判断能力も失っているらしく、直近の脅威を優先して攻撃しているようだ。
交代は容易いだろう。
『では、メル、クリア。合図とサポートを』
プルトナはそう告げると、回避を継続しながらタイミングを待った。
『今だよ!』
少ししてメルの声が脳裏に響いた正にその瞬間、後方から飛来したヘドロのように濁った水球が敵の顔面に命中する。
それによって視界を塞がれたようで、ゼフュレクスは見当違いの方向へと攻撃を放った。
そうしてプルトナは敵がこちらの姿を見失っている隙を見計らい、ユウヤ達の元へと引き下がったのだった。
視界の端に、入れ代わりにゼフュレクスの前に進み出るイクティナを捉えながら。






