第十六話 転換 ③転移魔法は毛色が違う
特オタ、前回の三つの出来事!
一つ。朝食の場にラディアがいないことに不穏な空気を感じる!
二つ。フォーティアがラディアに通信で呼び出され、一人彼女の元へと転移する!
三つ。プルトナが急に思い立ったように魔星王国に一時帰国する!
「そう言えば、何だか寮も慌ただしかったですよ?」
いつもの賞金稼ぎ協会訓練場。
しかし、いつもとは違ってフォーティアやプルトナがいない中、その事情説明のついでにラディア宅の朝の様子を聞いたイクティナが思い出したように言った。
「うーん、やっぱりまた何か事件が起こり始めたのかなあ」
それを受けて、大きく首を傾げて呟いたのはメルクリア。
比較的子供っぽい口調から、表に出ているのがメルだとすぐに分かる。
【かもしれない】
続いて、アイリスが同意の文字を雄也達の真ん中に浮かべた。訓練中は普段家事をしている彼女だが、今日は人数が少ないからと同行している。
昼についてはいつもの通り、朝の内に彼女が作っておいてくれた弁当を〈アトラクト〉でここに転移させて食べる予定だ。が、これは余談だろう。
それはともかくとして――。
「じゃあ、いざという時のためにも訓練しておかないと」
たとえ今回は杞憂だったとしても、ドクター・ワイルドがいる限り、いずれ何らかの事件に巻き込まれることは確実だ。
その時、力不足でなす術もない、というような事態は避けたい。
【けれど、何を訓練するの?】
「それは……うーん」
アイリスに問われ、雄也は少しの間考え込んだ。
技量という点では間違いなく実力者であるフォーティアやプルトナがいないと、身のある組み手を継続的に行うのは中々に難しい。
強行したとしても、この場にいる中では最も腕が立つアイリス一人に大きな負担がかかるばかりで効果は薄いだろう。普段とは趣向を変えるべきかもしれない。
しかし、この面子でできそうなこととなると……。
「そうだ。〈テレポート〉の訓練ってできないかな?」
「〈テレポート〉? どうして?」
雄也の思いつきに小首を傾げるメル。
「いや、この前の時も俺がもし〈テレポート〉を使うことができれば、もう少しマシな対処ができた気がするからさ」
若干気まずく思いながら答える。すると――。
『兄さん、余り気にしないで』
今度はクリアが労わるように〈テレパス〉で言葉を伝えてきた。
「そうだよ、お兄ちゃん。過ぎたことだし」
妹に続いてメルもまたフォローを口にする。
「そうは言っても、な」
どうしても考えてしまうのだ。
もっと二人を苦しめずに済んだ方法があったのではないか、と。
〈テレポート〉の利用もその一つだ。
勿論、本当にその場で咄嗟に活用できたかは分からない。
だが、取れる選択肢は多いに越したことはないだろう。少なくとも戦闘においては。
【それなら私も勉強したい】
「お姉ちゃんも? 〈テレポート〉使えなかったの?」
少し驚いた風のメルに、アイリスが小さく頷く。
【私は、ユウヤと出会った頃は魔力はCクラスでしかなかったから使えない】
(ああ、そう言えば)
進化の因子によって限界が取り払われ、ダブルSとなった今となってはもはや逆に信じられない話だが、確かに当時の彼女の魔力はCクラスだった。
しかも、それで彼女の年齢の獣人にしては大分優れているという話だったのだから、改めて常識からの逸脱具合が分かるというものだ。
いずれにせよ、〈テレポート〉は魔力がBクラス以上でなければ安定的に使用できないと聞いている。なので、出会って少しして呪いを受けてしまった彼女が、この魔法を習得する機会を持てなかったことは十分に理解できることだ。
「けど、何で〈テレポート〉を使えるようになりたいんだ?」
【ユウヤと同じ理由。選択肢が増えれば何か役に立つこともあるかもしれない。後、ティア達がユウヤを連れて転移するのが羨ましかったから】
「いや、まあ、自前でできるようになったら、誰かの手を借りる必要はなくなるけどな」
期待するようなアイリスの文字を見ていると、正直少々申し訳ない。
しかし、心を鬼にして彼女の考えの穴を指摘すると、今気づいたとばかりにハッとしたような表情を浮かべて文字を改め出した。
【ユウヤは使えるようになっちゃ駄目!】
「こらこら」
それでは趣旨に反してしまうだろうに。思わず苦笑する。
【冗談。でも、緊急じゃない時は一緒に転移したい】
アイリスは悪戯っぽく小さな笑みを浮かべながら、上目遣いで自分の希望を告げてきた。
「それは、まあ、うん」
彼女にそんな仕草をされては頷かざるを得ない。
【約束】
雄也の返答にアイリスは嬉しそうにそう文字を作った。その視線はこちらを向いたままで自然と見詰め合う形となる。
「わ、私も〈テレポート〉覚えたいです!」
そこへ雄也達の様子を見ていたイクティナが、横から勢い込んで入ってくる。
正直、アイリスの魅力的な表情に視線を逸らせなくなっていたので助かった。
【魔力制御が安定してないと危険】
「だ、大丈夫です! 最近は大分安定してきてるので!」
心配そうなアイリスの目と文字に、そう主張するイクティナ。
それに対し、アイリスは確認するようにメルクリアへと視線を向けた。
「うん。イクティナさんは嘘言ってないよ」
『まあ、まだまだ粗いけどね。それでも普通の魔法だったら暴発しなくなったわ。それにいざとなれば魔動器を使えばいい話だし』
双子の保証を受けて、アイリスは納得したように一つ頷く。
「うぅ、アイリスさんに信じて貰えませんでした」
【ごめん、イーナ。けれど、始めたばかりの頃の訓練で痛い目を見たから】
「あー、確かに」
荒れ狂う魔力の中、自分の身だけでなくイクティナの身まで心配しなければならない。
逆にハードないい訓練になっていたかもしれないが、またやりたいとまでは思わない。
「ユウヤさんまで! 制御が上達したのを傍で見てたはずなのに酷いです!」
アイリスに同意した雄也に、拗ねたようにイクティナが頬を膨らませる。
「ごめんごめん」
慌てて謝るが、彼女はツンとしてソッポを向いてしまった。
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
基本穏やかな彼女にそんな態度を取られてしまうと、正直かなり焦ってしまう。
「えーっと……あ、そうだ。ガムムスの実のパイ、また一緒に食べに行こう。奢るからさ」
「……二人きりでですか?」
「え? あ、ああ、うん。イーナがそうしたいなら」
「分かりました。許してあげます。でも、約束ですよ?」
イクティナはそう言うと、一転して嬉しそうな笑みを見せた。
「って、演技か」
「はい。ティアさんやプルトナさんに恋は駆け引きだって教わったので」
「いや、それ、ばらしたら駄目だろうに」
もっとも、最後の表情の変化で丸分かりだったが。
まあ、小悪魔的な装いを保ち切れない辺りは彼女らしい。
【と言うか、あの二人は大概ストレートだと思うけれど】
イクティナの言葉を受けて、アイリスが訝しげに首を傾げる。
確かに、フォーティアにしてもプルトナにしても駆け引き上手という感じはない。
少なくとも恋愛面に関しては。
しかし、これは藪蛇な話題なので話を戻そう。
「じゃあ、今日は転移系の魔法を訓練するってことで、メル、クリア、頼めるか?」
「あ、うん。……じゃなくて――」
雄也の問いかけにメルは一度頷いておきながら、しかし、何故か否定するように首を横に振った。それから考え込むように「んーっと」と唸る。
「そうだ! あの魔動器の乗り物をくれたらいいよ」
「乗り物? アサルトレイダーをか?」
「そうそう」
「何でまた」
正直、前回の事件で信頼性が大きく損なわれたアレを欲しがる理由がよく分からない。
「ちょっと改造してみたくて。……後、駆け引き?」
「おいおい」
つけ加えられた言葉に雄也は大きく脱力した。
どうやらイクティナの話に影響されたようだ。とは言え、恋愛的な意味ではなく商談的な意味になってしまっているが。
「そーいうことは覚えないの。家族相手なら素直が一番なんだから。交渉材料にしなくたって、あれぐらいならあげるって」
苦笑気味に笑いかけ、彼女の頭に手を置く。すると――。
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
メルは彼女らしい素直な無邪気な笑顔を返してきた。実に可愛らしい。
『でも兄さん。その、どんな形になっても怒らない?』
そこへクリアがおずおずとした口調で尋ねてきた。
別に好きにして構わないというぐらいの気持ちでいたが、そんな感じに改まって言われると不安になってくる。
「一体どう改造するつもりなんだよ……」
『それは……その、戦いの役に立つようにはする予定だけど』
「……まあ、誰かが危ない目に遭わない限り、どう扱ってもいいけどな」
勿論その誰かには改造を行うメルとクリアも含まれる。
そうした雄也の考えはしっかり伝わっているようで、彼女は真剣な様子で頷いてくれた。
「よし、じゃあ改めてメル、クリア。〈テレポート〉の使い方を教えてくれ」
「うん。……けど、〈テレポート〉って免許がないと使っちゃ駄目な魔法だから、練習するにしても段階を踏まないといけないよ?」
「ん、ああ、そう言えばそうか」
ドクター・ワイルドとの戦いの中では誰も彼も〈テレポート〉に関わる法律を無視してばかりいるので、どうにも認識が薄れつつある。
しかし、その使用には明確なルールがあるのだ。
『だから、まずは仮免許を取らないといけないんだけど……』
「仮免許?」
『そ。実際にポータルルームを使って〈テレポート〉の練習をするためのものね。〈テレポート〉は慣れてない人には練習も危険な魔法だから』
「成程」
聞いた限り、正に公道で教習を受けるための自動車の仮免許みたいなものだろう。
『で。仮免許を取るには同じ転移系の魔法である〈アトラクト〉や〈トランスミット〉を完璧に扱える必要があるの』
「ん? ってことは俺は……」
物体を遠くから引き寄せる魔法〈アトラクト〉。
物体を遠くの任意の地点に送る魔法〈トランスミット〉。
それらについては魔力がBクラスになった段階でラディアに練習方法を教わって、雄也は既に扱えるようになっていた。
「うん。多分お兄ちゃんは今の段階で仮免許はすぐに取れるよ。そしたらちゃんとした教習に参加して、それで免許も取れると思う」
「じゃあ、今日は――」
『復習がてら、私達と一緒にアイリス姉さんとイクティナさんの練習を見る係ね』
「ん。分かった」
クリアの言葉に頷いて、雄也はアイリスとイクティナに向き直った。
「えっと、ユウヤさん。転移系の魔法の練習ってどうするんですか?」
と、丁度目が合ったイクティナが、首を傾げながら問うてくる。
「ああ、そうか。知らないのか」
魔力がBクラスになっていない人間が転移魔法を使用しては危険ということで、練習方法は公開されていないらしい。ラディアから教わった時にそう聞かされた。
その時に、アイリスやイクティナの前では練習しないようにも言いつけられている。
彼女達の場合、魔力はBクラスを遥かに超えているが、問題は魔力制御。
イクティナは魔動器で訓練するまで、初歩中の初歩の魔法すらまともに扱えなかったのだから、これは仕方がない。
アイリスについては、これもまた呪いのせいで発声できなくなっているが故に制御し易い規定魔法を使えず、魔力制御に難があると判断されたのだろう。
ただ、発声できずとも以前と同等に魔法を扱えるようになってきたらしいので、アイリスも〈アトラクト〉と〈トランスミット〉をマスターすれば仮免許も取得できるはずだ。
そして、それらの転移系魔法を習得する方法の一つは――。
「俺が教わったのは、紙切れとか小さいものから初めて少しずつ対象を大きくしつつ、何回も転移を繰り返して体に覚え込ませるって奴だな」
言いながら確認するようにメルをチラッと見る。
「うん。それで問題ないよ」
彼女は首を縦に振りながら言葉でも肯定してくれた。
今日の訓練の内容はこれで決まりだ。
「……でも、前々から思ってたんだけど、転移魔法って何か特殊だよな」
そうして一通り方向性が定まったところで、雄也はふと前々から疑問に思っていたことを口にした。答えを知っていそうなメルクリアを見詰めたまま。
「どの属性でも普通に使えたりさ」
それについては純粋な魔力の大きさで力任せに空間をぶち抜いていると考えれば、多少なり納得できないこともないかもしれない。
だが、やはり、どこか毛色が違うように感じるのだ。
「と言うか、そもそもBクラス程度の魔力で使えるようなものじゃないと思うんだけど」
多くの属性魔法は、元の世界でも頑張れば再現できそうなレベルのものがほとんどだ。
しかし、空間転移など夢のまた夢。
いくら魔法が存在する世界だからと言って、それ以外の物理法則は割と近しいのだから、転移魔法はもっと難易度が高くなければおかしい気がする。
「うん。その通りだよ」
そんな雄也の疑問に対し、メルは教師のように少々大仰に頷きながら答えた。
「でも、現実として普通に使えるよな?」
『そういう仕組みが作られたからね』
「作られた? どういうことだ?」
『転移系の魔法は元々自然には存在しなかったらしいの。けど、千年前にそれを可能とする法則が世界に書き足されて転移魔法が生まれたんだって』
「は、はい?」
一瞬理解が及ばず、間の抜けた声を出しながら頭の中でクリアの言葉を繰り返す。
そうして首を傾げているとメルが引き継いで言葉を続けた。
「伝説に謳われた神に挑むための塔。偉大な魔法技師ウェーラによって作られたとされる超巨大魔動器アテウスの塔。その力は、世界の法則に干渉できる程だったって言われてる」
彼女はさらに「ちょっと信じられないけどね」とつけ加えた。
『いずれにせよ、転移を可能とする強固な法則、世界の仕組みによって比較的容易に空間と空間を繋ぐことができるの』
「世界規模で転移系の魔法にだけ補正がかかってるってことか」
双子の説明に一先ず納得する。
世界の法則からすら自由になろうと足掻いた人間が過去にいたのだろう。
その成果の一つが転移魔法という訳だ。
「なら、過去の偉人の苦労の証、ありがたく享受させて貰わないとな」
補足的に背景も学んだところで、アイリスとイクティナを振り向いて実際に転移系の魔法の練習を始めて貰うことにする。
二人に紙切れを渡し、感覚が掴めなかった時には雄也が彼女達の体に魔力を通して魔法を発動させるなどして体に覚え込ませていく。
そうして二人共、少しずつコツを掴めてきたところで――。
「……っ! 皆、下がれ!」
余りにも唐突に、すぐ近くに強大な魔力が励起した。
ハッとしてその方向へと進み出て、アイリス達を背中に隠す。と、眼前、視界の中に影のような存在が急激に浮かび上がってきた。
(〈テレポート〉? いや、違う。最初からそこにいた?)
まるで認識を捻じ曲げられていたかのような違和感。
やがて曖昧な輪郭はハッキリとした形を持ち、それは姿を完全に現す。
漆黒の装甲を纏ったオルタネイトの如き存在。
噴き上がる魔力からも同等の力の持ち主だとヒシヒシと感じられる。
(……何か前にも似たようなことがあった気がするけど――)
そのシチュエーションに既視感を抱きつつも、雄也は魔法で精神に干渉するという敵対行為をしてきた相手を睨みつけながら警戒を強めたのだった。






