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【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~  作者: 青空顎門
第三章 わたしは人間ですか?

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第十五話 怪物 ④第三の選択

 特オタ、前回の三つの出来事!

 一つ。精神干渉魔法を利用して、結合(ユナイト)超越人(イヴォルヴァー)の中からメルを救い出す!

 二つ。カエナがメルを過剰進化(オーバーイヴォルヴ)させ、交渉の材料にしようとする!

 三つ。カエナの命を奪い、彼女の屋敷の地下からメルと共に脱出する!

 腕輪を取りに一旦ラディア宅に立ち寄った後で。

 雄也はメルの〈テレポート〉で、彼女と共に賞金稼ぎ(バウンティハンター)協会訓練場のポータルルームへと転移した。

 そして、すぐさま白いその部屋の扉を開け、急いでクリア達が待つ広場に出る。

 その中央で、過剰進化(オーバーイヴォルヴ)により巨大な海蛇の如き姿に変えられた彼女は、体力の消耗を防ごうとしてか静かに横たわっていた。


「クリア!」


 駆け寄って呼びかけると、彼女はその声でようやく雄也に気づいたようで、ハッとしたように首を持ち上げた。


『兄さん、姉さんは?』


 それから焦りの滲んだ声色と共に〈テレパス〉で問いかけてくる。

 粘性毒の影響を避けるために少し離れた位置にいるアイリス達も、同じ疑問と焦燥を宿した目でこちらを見詰めてきていた。


『ここにいるよ』


 それに対し、未だにゲル状の体を薄く伸ばして雄也の全身にくっついたままでいたメルもまた〈テレパス〉で答え――。


『ね、姉さん? どこ?』


 居場所が分からず戸惑いの声を上げたクリアに応じるように、メルは雄也の体を離れた。

 半透明のゲル状の物体が少しずつ寄り集まり、一つの塊を形成していく。


『ここだよ、クリアちゃん』

『え、姉、さん?』


 それを目の当たりにして、クリアは愕然としたように呟いた。

 当然の反応だろう。他の超越人(イヴォルヴァー)と比べても、メルの変化は特に異色だ。

 それだけカエナが超越人(イヴォルヴァー)という存在の特性を理解していた証とでも言うべきか。

 もっとも、どれ程ドクター・ワイルドに近づいていたかは、もはや考えても詮ないことだが。


『その姿……』

『うん。過剰進化(オーバーイヴォルヴ)しちゃった』

『し、しちゃったって、そんな、簡単に……』


 軽い口調のメルに、それ以上の言葉を失ってしまうクリア。

 姉の態度が理解できないとでも言いたげな様子は、雄也としても共感できるものだ。

 過剰進化(オーバーイヴォルヴ)した者の末路は彼女も承知しているはずなのに何故、と。


【ユウヤ、ちゃんと説明したの?】


 雄也が何かしら勘違いさせたせいで彼女がそんな素振りを見せていると思ったのか、アイリスが文字を作って問いかけてくる。


『アイリスお姉ちゃん、わたしは分かってるよ。水属性の腕輪は一人分で、それで助けられるのも一人分だけだって』

【メル、貴方】


 アイリスは、メルの言葉を受けて痛ましいものを見るように表情を歪めた。

 全て諦め切った後の悟った態度と受け取ったのだろう。


「……それで、どうしますの? 残酷なことを言うようですけれど、いつ体の崩壊が始まってしまうとも知れません。早く、決めなければなりませんわ」

「どっちを……選ぶのか、だね」


 感情を抑え込んだ口調で告げるプルトナに続いて、言葉の選択を迷ったように少し間を置きながらフォーティアが言う。

 言い繕わなければ、どちらを生かし、どちらを殺すか、だ。

 それは誰もが重々理解しているため、場の空気が酷く重くなっていく。

 唯一人、メルを除いては。


『兄さん! 私はいいから姉さんを!』


 そんな雰囲気の中、全員の躊躇いを振り払うようにクリアが悲痛な声で叫ぶ。

 声色に見え隠れする恐怖心と姉を思う親愛。こちらはまだ理解できる反応ではある。

 胸をかきむしられる姿だし、十二歳の女の子にしては気丈過ぎる感があるが。


『クリアちゃん、そんなこと言われてもわたしは嬉しくないんだからね』


 そんなクリアの言葉に対し、メルは少し怒ったように言った。


『でも、私は姉さんを犠牲にして生きるなんて、耐えられない!』

『そんなのわたしだって同じだよ!』


 さらに妹を窘めるように口調を強め、メルはそのスライム染みた体を床に這わせた。

 そして、ズルズルと過剰進化(オーバーイヴォルヴ)状態にあるメルの巨体の傍へと近寄る。


『わたしはそんなに強くない! 買い被らないでよ!』

『ね、姉さん……』


 声を荒げたメルに、クリアは怯んで戸惑ったように視線を揺らした。

 そんなメルに驚いたのは、彼女だけでなく雄也もだった。

 正直、先程までの軽々しく感じられた態度の正体は、現実逃避の一種と見るのが最も妥当かと思っていた。が、今の言動を見る限り、少なくともそれではないことは明らかだ。

 しかし、そうなると尚のこと彼女の意図が分からないが……。


『わたしだってクリアちゃんのこと、大切に思ってるんだからね!!』


 雄也が疑問に思っている間にも、メルはクリアに詰め寄って諌め続けていた。


『ごめん、なさい』


 それに対し、クリアは自分の考えが自分本位な自己犠牲でしかないと思い至ったのか、姉に対して謝罪の言葉を口にする。


『けど、それでも私は姉さんを死なせたくないの!』

『うん。……分かってる。でも大丈夫だよ』


 メルはそう優しく諭すように言うと、クリアの耳元に体を寄せた。

 明らかに内緒話をする素振りと共に、少しの間二人の〈テレパス〉が届かなくなる。

 恐らく、〈クローズテレパス〉を使用して言葉を伝えているのだろう。

 内容はメルが大丈夫と口にした理由と見て間違いない。

 悲愴に満ちたクリアの雰囲気が徐々に和らいでいっているのが、その証拠だ。


『クリアちゃんが受け入れてくれれば、だけど』

『私は問題ないわ。姉さんと一緒なら』

『ありがと』


 メルは再び妹と通常の〈テレパス〉で少し言葉を交わした後、こちらを振り返るようにゲル状の体を蠢かせて少し近づいてきた。


『お兄ちゃん。腕輪をくれる?』

「あ、ああ。けど……」

『わたしに考えがあるから』


 雄也が心配の色を声に滲ませると、メルは安心させるように落ち着いた口調で言った。


『何だかね。凄く頭がスッキリしてるの。超越人(イヴォルヴァー)になる時に進化の因子を与えられたからかな。そのおかげで一つ解決策を思いついたんだ』

「……進化の因子、か」


 人間がそれを失ってしまったことは、この世界の文化、科学技術が停滞していた原因の一つとされている。実際、それを与えられたことでカエナは暴走し、今回の事件が生じたのだから、その説は蓋然性が高いと言っていいだろう。

 この世界(アリュシーダ)に来てから、応用力や発想力の乏しさを何度か感じた事実もある。

 恐らく、進化の因子を持たない者は思考や意思に何かしら制限がかけられており、それを得た者は制限が取り払われるのだ。

 元々ラディアをして優秀と言わしめたメルが進化の因子を持てば、それこそ雄也よりも遥かに優れた発想ができるかもしれない。だから――。


「……信じて、いいのか?」

『勿論』


 雄也は自信満々といった様子のメルの返答に頷き、腕輪を彼女に預けた。


『だけど、お兄ちゃん。私達がどんな姿になってもお兄ちゃんのままでいてくれる?』


 ゲル状の体を操って腕輪を摘み上げたメルは、しかし、不安げな声で尋ねてきた。

 その意図はハッキリと分からないが、その問いに対する答えは決まっている。


「ああ。当たり前だ」

『よかった』


 即答した雄也に、メルは喜色を声に滲ませて言うと、再びクリアの傍に寄った。

 今更ながら、ゲル状の体のおかげか彼女には粘液毒の効果はないようだ。


『じゃあ、クリアちゃん。行くよ』

『うん。姉さん』


 メルはクリアの返答を待って腕輪を地面に置き、その体を薄く引き伸ばして妹の全身を覆い尽くした。さらに、雄也の時とは違い、超越人(イヴォルヴァー)としての能力を発揮して寄生するように体表から浸透していく。


「……もしかして」


 その様子を見て雄也がメルの意図に気づいたのとほぼ同時に、クリアが目の前に置かれた腕輪を拾い上げて起動させた。


《Now Activating……Complete》


 そして、電子音が鳴り、メルが同化したクリアの体へと腕輪が吸い込まれていく。


《Current Value of Water Over 100%》


 直後、その全身から眩い群青色の輝きが発せられ、雄也達は一瞬目を瞑った。


《Evolve High- Ichthrope》


 その間に三度目の電子音が響き、それと共に光が収束する。


「これは……」


 目を開けて視界に映ったのは、巨大な海蛇でもなくスライム染みた塊でもなく、群青の装甲を全身に纏ったオルタネイトに似た存在だった。


《Armor Release》


 次いで全ての装甲が取り払われ、シャチの如き特徴と女性的な雰囲気を兼ね備えた外見が顕になる。それは過剰進化(オーバーイヴォルヴ)していない超越人(イヴォルヴァー)の姿に近いもので――。


真水棲人(ハイイクトロープ)……」


 フォーティアの呟きと同じ単語を、雄也もまた頭の中に思い浮かべていた。

 恐らく、それはアイリスやプルトナも同じことだろう。


《Return to Ichthrope》


 それから最後に電子音を伴って、異形の姿から一人の女の子の姿へとさらに変じる。

 双子の面影を持つ、しかし、二、三年後の彼女達とでも言うべき僅かに大人びた容貌。

 海のように青く長い髪は横の一ヶ所で束ねられており、ツインテールのメルとセミショートのクリアの丁度中間を取ったような髪型、サイドポニーになっている。


「メル? クリア?」


 二人の名を呼ぶと、その少女は満面の笑みを返してきた。


「お兄ちゃん」『兄さん』

「『もう、大丈夫だから』」


 少女自身の口から発せられるメルの声に、クリアの口調による〈テレパス〉の言葉が重なって耳に届く。


「一つの体にメルとクリアの人格が?」


 驚いたように問い気味に呟いたのはプルトナ。

 彼女が言った通り、メルは超越人(イヴォルヴァー)としての寄生能力でクリアと融合し、二人で一つの体を共有することで腕輪の恩恵を分かち合い、過剰進化(オーバーイヴォルヴ)による体の崩壊を免れたようだ。

 たが、再び二人にならないところを見る限り、真超越人(ハイイヴォルヴァー)あるいは真水棲人(ハイイクトロープ)として完成したことによって寄生能力は失われてしまったのだろう。


「ええと、メルが体の主導権を持っているんですの?」


 微妙に混乱したようにプルトナが問いを続ける。


「今はそうです。けど」


 それに対し、少女は一旦そこで区切り――。


「意識的に変えられるみたいですね」


 口調を変えて再び言葉を発する。

 その声色はクリアのものだし、顔に浮かんだ落ち着いた微笑みもまた彼女の表情だ。

 確かに、表に出す人格は自由に変更可能らしい。

 外見が同じでも雰囲気が大きく変わるし、話をすればどちらの人格かは分かるだろう。


【それはそれとして、もう体が崩壊する危険性はないと考えていいの?】

「うん、大丈夫。過剰だった魔力も安定的に制御できてるから」


 根本的なところを問うたアイリスに対し、彼女は再びメルらしい無邪気な笑顔に切り替わって答えた。

 一点の曇りもない表情を見る限り、そこは解決したと見てよさそうだ。


【そう。よかった】


 だから、アイリスもまた心底安堵したように文字を作り、平らかな胸を撫で下ろした。


「確かに、どっちかを犠牲にしない方法はこれしかなかっただろうけど、二人共、本当によかったのかい? 最善だとはアタシも思うけどさ。これからの生活、きっと大変だよ」


 しかし、そこへフォーティアが現実的な懸念を口にする。

 少なくとも現状、二人は一つの体で生きていかなければならないのだ。

 問題が起きないはずがない。


「例えば、それぞれ別の人を好きになったりしたら――」

『それは絶対に大丈夫です』

「うん。絶対に大丈夫」


 フォーティアが挙げた例に対しては間髪容れずにそう断言しつつも、恥ずかしげに顔を赤らめながらチラチラとこちらを見る少女。

 はにかんだ表情はメルらしい純真さに溢れている。


「ああ……命を助けられた訳だし、そりゃそうなるか。うん、まあ、なら大丈夫だね」


 納得したようにニヤリと笑って、そのまま意地の悪い顔を向けてくるフォーティア。

 こうまであからさまな態度を取られて意図に気づけない程、鈍感ではない。

 もっとも、最後の最後で彼女達の命を救ったのはメル自身の発想なのが締まらないが。


「命だけの話じゃないですよ」

『私達が私達らしくいれば、絶対に味方でいてくれるって信じさせてくれたから』


 外見年齢相応の胸に手を当てながら、二人は目を閉じて告げる。

 異形と化していた時のことを思い返しているのだろう。


「一つの体に二つの心。多分、他にも色々大変なことはあると思います。けど、傍で見守ってくれる人がいるなら、きっと大丈夫です」

「…………そっか。そうだね」


 双子の真摯な言葉に、今度は真面目に頷くフォーティア。

 むしろ変に茶化されるよりも気恥ずかしい感じがする。

 それ以上に振り返ってこちらを見上げてくる双子が愛おしくて、顔を熱くしながらも表情が緩んでしまうのを抑えられないが。


「えっと、だから、お兄ちゃん」

『新しく生まれ変わった私達のこと、よろしくお願いします』


 そう言って深く深く慇懃に頭を下げる姿に微苦笑しながら、雄也は彼女の目の前に歩み寄ってその頭にそっと手を置いた。


「そんなに改まる必要はないって。妹は少しわがままなくらいが丁度いいもんだ」


 顔を上げた彼女にそう笑いかけ、そのまま青い髪の流れに手を沿わせる。


『聞いた? 姉さん』

「うん!」


 軽く意地悪げに、しかし、弾んだ声で問うたクリアに、メルもまた嬉しそうに頷き――。


「じゃあ、えっと……ずっと、傍にいてね、お兄ちゃん!」


 ほんの一瞬だけ頬を赤らめて躊躇いを見せてから、彼女は可愛らしく笑顔を見せて勢いよく抱き着いてきた。

 微妙に体が成長したために仄かに柔らかさが感じられる。その感触に少しばかり戸惑いと羞恥を抱きながらも、雄也は柔らかく抱き締め返した。

 そんな様子を皆微笑ましく(約一名羨ましそうに)見詰めていて、だから、ようやく本当に一区切りがついたと実感できたのだった。

第三章終了です。

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